掛け違えた釦   作:パオパオ

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※11/5 一話全改訂に伴いちょこちょこ手を入れてます。読み返すほどではたぶんないです。


二話 お説教の日

 茨鏡子は結城密の指導教官である。

 

 彼女は突然お嬢様学校に通うことが決まった僕のために、日夜叱責とともに必要な諸事について厳しい指導を行ってくれている。

 けれど、彼女の本業は聖セラール女学院の学生及び風早織女の護衛である。

 既に一年先んじて任務を行っており、指導教官という立場からしても先輩や上司と呼ぶべきなのだろうが、本人はそう呼ばれることを拒む。

 何故かと問えば、彼女も僕も護衛という同じ任務の下、同級生という同じ立場になるのだから、余計な上下関係を挟んで他人から勘ぐられたくないのだと言う。

 プロ意識というものを感じ、非常に感心したものだ。

 

 

 

 

 風邪も完治した平日の朝。休息期間を挟んだことで、体調もすっかり健康そのものとなったこともあり、久し振りに僕のために用意されている会社の一室へと向かった。

 編入予定日は明後日に迫っている。家でもう少し休んでいることも出来たが、勉強していた知識などが少し抜けかけていた。不安を解消するため、いないだろうとは思いながらも、いつも指導を受けていた部屋へと入る。すると、そこには予想していなかった相手がいた。

 

「おはようございます、密さん。まずは療養お疲れ様でした。それと、試験も無事合格で何よりです」

「おはようございます。ご心配をおかけしました」

 

 そう答えた鏡子さんは学生服ではなく、指導の時に見慣れたスーツ姿だった。今日は平常通り学校がある筈だが、どうしてここにいるのだろうか。僕の表情から疑問を読み取ったのか、彼女の口から説明が語られる。

 

「密さんの復帰日ということで、今日は自主休校なのです。もう本番は近いですから、今の内に復習しておいた方がいいでしょう。もし来なければ呼び出す心算でしたが、自分からやってくるとは感心なのです」

 

 要するに、僕のために学校を休んでまで面倒を見てくれるという事だった。感謝に堪えない想いだ。

 

「わざわざありがとうございます。正直なところ、いくつか確かめておきたい事があったので助かります」

「まあ、時間も勿体ないので早速復習を始めましょう。ですが、その前に」

 

 言葉を切って、鏡子さんが半目を向けてくる。何となく叱られる気配を感じ、自然と居住まいを直す。

 

「一点、お説教です。何かわかりますか」

「体調管理、ですかね」

「正解です。言われなくとも理解していることは評価するのです」

「あははは……」

 

 笑って誤魔化すような形になるが、彼女の視線は厳しくなるばかりだった。

 

「いくら試験中だからといって、健康状態を考えればちゃんと体調不良を申し出て延期してもらうべきでした。体調管理は社会人の基本です。まあ、密さんも私も今は学生なのですが」

「そうですね。鏡子さんの言う通りです。無理に我慢するところじゃありませんでした」

「自覚があったのならば、今後は特に気を付けてください。一応、私も密さんと同じクラスに在籍することになるので多少のフォローは出来ますが……もしも倒れてしまった場合、貴方の素性が第三者に明らかになる可能性が高くなることを理解してください。そうなってしまえば、貴方一人の処罰で済む物ではなくなります」

 

 言われて初めて気づく。考えてみれば当然のことだが、僕という男子が女子校に通っているとばれてしまった場合、僕一人をどうにかするだけで問題が終わることはないだろう。男子とわかって編入させた学園も責められることは間違いなく、学園の経営者である幸敬さんや、父大輔さんにも迷惑がかかることは避けられない。

 そして、そんなことにすら気づいていなかった自分に憤りを覚える。

 

「そうですよね。もっと気を引き締めて行かないといかないと」

「気を張り過ぎてまた倒れられても困りますが。まだ短い付き合いですが、密さんに気負いすぎるきらいがあるのはよくわかっていますし」

「うっ……はい。頑張ります」

 

 そう答えた僕を、鏡子さんは何だか呆れたように見ていた。

 

「まあいいでしょう。そうだ、明日は午後から予定を開けておいてください。実地……学園の方に向かって、実際の空気を体験してもらうのです」

「ええと、つまりはリハーサルということですか?」

「その通りです。放課後、それも今は試験期間に入っているので人は少ないでしょうが、どんな場所なのか頭以外で経験しておくことは貴方のためになると思います」

 

 実際に女子校に向かう。先日も試験のために訪れてはいたが、目的が異なるせいか緊張が高まる。

 逸る気持ちを抑えるように、ゆっくりと首肯した。

 

「わかりました」

「それでは、改めて今までの総復習を始めましょう。まずは、基本の姿勢から。その場に立って背筋を伸ばして──」

 

 鏡子さんの指示を受けながら、全身に集中して姿勢を保つ。

 不安はもちろんある。それでも、ついに新しい生活が始まるんだという期待が満ちていた。

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