化粧の手を止めて、鏡を確認する。
「……うん。多分これで大丈夫」
そこに映っているのは、結城密であって結城密ではない。
僕がよく知っている、男としての自分とはやはり印象が変わっていた。ナチュラルメイクではあるものの、所謂「男らしさ」は随分と削がれている。元々女顔と言われることも多かったが、ひとまず顔を見ただけで男性だとばれることはないはずだ。
もちろん化粧だけで女性だと誤魔化せるわけではないが、やるやらないで効果が違うことはしみじみと実感できる。万が一があってはいけないのだ。これからは気を抜くことなく過ごさなければいけないのだから。
気を引き締めていると、部屋の扉が叩かれた。
「どなたでしょうか?」
「私です。おはようございます」
誰何の声に答えたのは鏡子さんだった。鍵を開けて招き入れると、何故だか彼女は憮然とした様子だった。
「おはようございます。ええと、こんな時間からどうされましたか?」
「……いえ。ああ、そうですね。何かお手伝いすることがあるかと思って来たのですが、私の手は必要なさそうですね」
「ええと、はい。今日は少し早く起きましたから、準備の時間が多く取れたので」
「なら、結構です」
会話が終わった。
相変わらず何か様子が変な鏡子さんだが、どうしたものだろう。
「その、昨夜は申し訳ありませんでした」
「昨日と言うと……」
「浴場での件です。私から誘っておきながら、密さんを独りで残してしまったので」
鏡子さんの言葉を聞いて、急に頬が熱くなる。同時に昨日の一幕を思い出した。
女性に慣れるための訓練と、他の寮生が入ってきた場合の対処を目的として、僕は彼女と一緒に寮のお風呂に入ることになった。僕も若い男であるからして、初めて身近で見る生身の女性の裸というものはどうしようもなく強烈な印象を与えるものだった。
彼女の裸体を思い起こしそうになったところで頭を振る。朝早くから考える事ではない。というか知人の裸姿を思い起こすのは背徳感が強すぎる。
妄想を振り払って、話に戻る。
「いえ、不用意な発言をしたのは僕の方ですから、こちらこそすみませんでした」
「それでも、私から仕事だと伝えていた以上、あれは取っていい態度ではありませんでした」
お風呂での件にしろ、それ以前の指導にしろ、どれも鏡子さんが僕のためにしてくれていることである。彼女の失敗に何かを言うつもりはない。むしろ、気遣いに感謝を伝えたいくらいである。
「……では、少し付き合ってもらえますか?」
「今からですか?」
「はい。昨日聞いた朝食の時間までまだ少しありますから、お茶でもご一緒できればなと」
「はあ」
僕の意図が読めないらしく、鏡子さんは怪訝そうな表情を浮かべていた。
「お互いに、もっと理解が必要だと思うんです。これから短くない付き合いになりますし、プライベートな話はこれまであまりしてきませんでしたから」
「……そうですね」
「ほら、もし以前から鏡子さんが年上だって知っていたら、昨日の事態は起きなかったわけですから」
そう茶化すように口にすると、冷え切った視線が向けられる。女性に年齢の話題は
結果、睨みつけられることとなり、苦笑を浮かべているしかない。
「まあ、その通りですね」
はあ、とため息をつくと、鏡子さんは普段の調子を取り戻していた。内心で安堵する。
「では、お付き合い頂けますか?」
「いいでしょう。年上のお姉さんが美味しい珈琲を淹れてあげますから、味わって飲むといいのです」
「楽しみにしています」
そうして、揃って食堂へと向かっていった。