Fate/Broken ideal   作:Lychee

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それでは、よろしくお願いします


衛宮士郎は未だ己の正義を見つけていない………

12歳ほどの1人の少年と30代のように見える青年はただ呆然と目の前の光景を見つめていた。

目の前に広がるのはドーム状の闇だ。

闇は家々を飲み込み木々を飲み込み、そして人を飲み込んでいく。これまでに見た中でも最大級の地獄が目の前に広がっていた。

多くの人々が闇に吸い込まれながら悲鳴をあげる。

少年はその光景を震えながら見ていた。

こんなことがあっていいのか、多くの人々が顔を絶望に染めながら引きずり込まれる。きっと、彼らは何も悪いことなどしていない、明日もこれまで通りの日常が続くと信じていた人々だ。

どうしてそんな人たちがあんなことにならなくちゃいけないんだ。

きっと正義の味方なら彼らのことを簡単に助け出すのだろう。

少年は傍にいる青年を見上げた。

青年の名は衛宮切嗣。切嗣は自分の恩人であり尊敬する養父であり魔術の師でありーーーー『正義の味方』だった。

切嗣はこの世から苦しみや悲しみをなくし恒久的に平和をもたらす、なんて妄言を本気で抱いた男だった

災害で家族を失い、瓦礫に埋もれ、死を待つだけだった少年を衛宮切嗣は救い出してくれたのだ。

きっとこの時に少年ーー衛宮士郎は生まれ直したのだ

 

事実、切嗣はこれまでも多くの人を助けてきた。あらゆる場所へと赴き、困っている人々に手を差し伸べてきた。

時々、何処かにふらっといなくなってしまうことがあるけど大抵3日もすれば帰ってきていた。切嗣が帰ってくると多くの人々は喜び、感謝の気持ちを伝えた。

切嗣が人々に向ける笑みはどこか寂しげなものばかりだったが、それでも士郎はこんな風になりたいと思った。

『正義の味方』になりたいと。

士郎は切嗣に視線を向ける。きっと、彼ならこの地獄をなんとかしてくれると信じて、だが、切嗣から告げられた言葉は

「引き返すぞ」

切嗣はこれまでに乗ってきた車のドアを開け、早々と乗り込もうとする。

「何言ってんだ切嗣⁉︎あの町には沢山の人が………」

「町だけで済めばいい方だ…!あの闇がどこまで広がるか予測できない!最悪の場合はこの国ごと……‼︎」

切嗣の表情にはこれまでに見たこともないほどの焦燥があった。

破壊されていく町に絶望に染まる人々に正義の味方は背を向けた…

 

 

その時だ

 

 

士郎の目の前で何かが……白く輝く神々しい何かが闇を払った。

 

 

 

町から逃げ出す人や車で通りは溢れかえっていた。

これ以上はきっと車では進めないだろう。

切嗣がそう呟くのを聞いた俺は車から降りて光の柱が立っていた場所へ切嗣の制止の声も聞かずに走り出した。

 

 

 

朔月家ーーーーそこが今回の切嗣の目的地だった。

なんでも、冬木という土地に古くから続く由緒正しい旧家らしい。

表向きは魔術とは関わりのない一般の家系だが、その家には一つだけ異常が存在していた。

それが『神稚児信仰』だ。

『7つまでは神のうち』

数えで7歳を迎えるまでの稚児は人ではなく神や霊に近い存在である。

そんな伝承がかつてこの国にあった。乳幼児の死亡率が極めて高かった時代に子供は人と神の境界に立つ両義存在と見なされていた。

医療が発達した現代では失われて久しい民族伝承だが朔月家はその伝承の生き残りだった。

 

切嗣は今回のその神稚児を世界を救う可能性のある存在として確かめたかったんだろう。

だけど、さっき俺は車の中で気づいた。

闇を払った何かとその朔月家の場所がほとんど一致していることに………

 

切嗣の車から飛び出した俺はただひたすらに走った。俺は配備されている警察の目をかいくぐり、街中で場違いに生い茂る竹林を抜け、そして、その竹林を背にした古い屋敷に………………いや、正確にはその残骸に『神の稚児()』を見た。

 

その子は崩壊した屋敷の中にただ1人座っていた。いかにも高価そうな着物を着て鞠を持ってただ座っていた。周りにはかつての屋敷の面影もないほどに悲惨なものだったのに。その瞳には恐怖の色は映っていない。その子はただ無感動に前だけを見据えていた。

 

「君は………」

俺のその言葉に反応したのかその子はゆっくりと俺のいる場所へと視線を動かした。

 

その瞬間、屋敷はバキバキと音を鳴らし崩壊を再開させる。

「危ない‼︎」

そう叫ぶやいなや、俺の体はその子に向かって走り出していた。

普通に考えれば助けようとするなんて愚行の極みだ俺の足であの子を救い出せるはずがない。だけど、俺の足は動いていた。

 

間に合うか…⁉︎…………まだだっ…まだ……………崩れるな!

 

俺が走りながら思った瞬間に屋敷は崩壊を一瞬だけ止め、

「ぐっ…!」

俺はその子を抱きしめて屋敷の崩壊から間一髪抜け出した。

 

俺は荒い息を吐き出しながら、今の状況を思い返す。

今確かに屋敷は崩れ落ちていた………でも、俺が願った瞬間に崩壊が一瞬だけ確実に止まった

ま、まさかこの娘がやったのか…⁉︎まさか本当に神の…

「…くる…しい………」

そして、俺の胸元で呻き声が聞こえた。

「かあさまいがいに…だっこされたのはじめて…」

苦しげにそういった神の稚児は黒い髪に赤い瞳をした童女だった。

 

 

 

 

 

「ーーーーー朔月美遊、朔月家が秘匿し、継承し続けた神の稚児。その末裔がこの子なのか」

あの後美遊は気絶するように眠ってしまった。

数10分後に切嗣が車に乗って俺たちの目の前に現れた。

俺が美遊を切嗣の車に乗せている間に切嗣は屋敷の残骸から数冊の本を運び出してきて、今は一心不乱にその本を読んでいる。

「どうやら、朔月家は屋敷の中に結界を張り、出産も育児も全てその中で完結させていたようだ」

「結局その神稚児っていうのは何なんだ?こんな小さな子を閉じ込めておく必要なんて……」

そこまで言った時だった。

「士郎、とうとう………見つけたかもしれない」

そう言った切嗣の体は震えていた。まるで、念願の夢が叶った子供のように口を笑みの形に変えながら。

「朔月家の神稚児の特性はーー『人の願いを無差別に叶える力』だ。結界は人の想念を遮断するためのもので、朔月家は女児を隔離し、母親のもとで厳しい情報制限のもとで育てる。そうして6年かけて神の子を人の子へと落とすんだ。だが今日、想定外の災害が起きた。あの謎の闇に飲み込まれて結界が消失。人々の唸るような怒涛の願いが美遊に届いた」

助けて、死にたくない、誰か、誰かあの闇を消してくれ!

それは人々の絶望の叫びだ。あの闇に飲み込まれる瞬間に被害者たちが願ったであろう剥き出しの感情

「そんな願いを美遊が叶えたっていうのか?」

「ああ。決めたよ士郎。この子は僕が使う。旅は終わりだ。この地で人類を救おう」

そう言って、切嗣は持ってきた本を車に詰め込み車に乗り込んだ。

俺もその後に続くように美遊が眠っている後部座席に腰を下ろした。

この時、俺たちは気づいていなかった。数十もの視線が俺たちに注がれていたことに。

 

 

 

 

 

 

切嗣は早々に活動拠点を立てるために冬木の土地に大きな屋敷を買った。不動産屋には災害がいつ起こるかわからないからやめたほうがいいと言われたが、切嗣はその言葉を切り捨てた。俺は不動産屋にしきりに謝り切嗣の後を追った。

そして、3人の生活が始まった。

 

切嗣は家事全般を俺に任せて部屋にこもり研究にふけった。

俺はその間家事こなしたり、美遊の遊び相手になってあげたりしていた。美遊と遊んでいる時はまるで妹ができたようで少しこそばゆくて楽しかった。

そんな生活が1週間ほどが過ぎた頃だった

 

「切嗣、ごはんできたよ」

俺がそう告げると、切嗣はこちらに目を向けることもなく、「ああ」

と言って研究を続ける。

「………少し根を詰めすぎなんじゃないか?」

「すべてを救える願望かを手に入れたんだぞ。なのにその使い方がわからないなんて…!」

切嗣は念仏を唱えるようにブツブツと言葉を口にする。

そんな切嗣の様子を見かねた俺はある提案をすることにした。

「あのさ、切嗣。今日は美遊の誕生日なんだよな?6歳の」

「…………それがどうした?」

「ちょっとしたものでもいいからさ、誕生会を開いてお祝いでも………………」

俺がそう言うと、切嗣はまるで幽霊のように立ち上がり、俺の肩を痛いほどに掴む。

「…きり…つぐ?」

「祝う?神稚児が成長した人に近づくことを?けっかいの外に出た神稚児が願望機の能力をいつまで有すのかはわかっていない。冬木の土地に由来するのか、年齢に由来するのか…もしかしたら、数えで7歳を超えたと認識させた時点で駄目になるものかもしれな………」

そこまで言うと切嗣は俺に向かって倒れこんだ。

 

 

屋敷を買ってから家具をほとんど買ってなかったために電話などもなく俺は救急車も呼べなかったので、俺は切嗣を休ませるために布団を引いて切嗣を寝かせた。

3時間ほど経った頃、切嗣は目を覚まし俺に、自分はもう長くは生きられないと告げた。大分前から医者にはそう言われていたらしい。

「…………僕ももう長くはない、そうなったら………………」

無言が部屋を支配する。切嗣は俺の方を向いてはいないが求めている言葉は分かっていた。

「…………ああ、分かってるって。俺はーーーー」

 

 

 

 

 

切嗣が眠りについたのを見て俺は部屋から出る。

 

そうさ、分かってるさ。正しいのは切嗣で、間違っているのは俺だ

思い出せ!

この世界は悲劇であふれている

切嗣に救われてから5年間何を見てきたんだ

滅びに向かうスピードは加速していく一方だ

天秤の皿に乗っているのは人類全てで美遊は人類を救うためのただの手段だ………!

ならばもう片方の皿に載せるものの価値なんて考慮すべきじゃない…!

人と思ってはいけない!情を抱いてはいけない!一の犠牲で全を救う

それこそが……………‼︎

 

そこまで考えた俺は何かに手を掴まれた。

「シロウ、あそぼ」

美遊が小さな手で俺の手を握っていた。その手はとてもとても小さくて………だけど、とても暖かい。人の体温………人の命だ

一の犠牲で全を救う、それこそが正義………………の……はずだ…




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