それではどうぞ
切嗣が倒れてから半年ほどが過ぎた日だった。
切嗣は久しぶりに俺に話をしようと持ちかけてきた。
切嗣は倒れてからすっかり老け込んだように思う。
頰は痩けて髭は伸びっぱなしになり、ピシリと伸ばしていた背筋も曲がってしまっていた。
かつてあった世界を救おうという意思に満ち溢れていた瞳は、今となってはどうしようもなく濁ってしまっている。
俺は少しでも切嗣に元気が戻ってくれるならと思い、切嗣に縁側で待っているように言い、俺は台所でお茶を淹れて縁側に向かった。
「ーーー僕は正しくなろうとして間違い続けた。間違いを正そうとして際限なく間違いを重ね続けた」
切嗣は俺が縁側に腰を下ろすのを見ると静かに呟きはじめた。
その言葉は俺に語り聞かせるようであり、自分のこれまでを振り返っているような口調だ。
「そうして僕は、都合の良い奇跡を求めたんだ。見えない月を追いかけるような暗闇の夜の旅路だった……」
僕は一体何をしてきたんだろうな………
切嗣はそう言うと、ただ下を見つめていた。
俺は切嗣のそんな姿を見たくなくて、切嗣の手をそっと握っていた。
「士郎?」
「……ほんとにじいさんみたいな台詞吐くなよ切嗣」
自然と俺の口は動いていた。
切嗣は少しだけ俺に驚いたように俺の方へ顔を向ける。
「暗闇だなんて嘘だ。月が見えなくたって、ほら………」
切嗣は顔を上げそして目を見開いた。
「星は輝いてる」
そこには数多くの星が輝いていた。まるで、俺の流した涙さえも吸い上げていくかのような満天の星空だ。
「正しくなろうとすることが間違いのはずがない………」
俺は確かにあの時助けられたのだから……これまでの人生を………切嗣に助けられてからの人生を俺は絶対に後悔なんてしない!
「俺が間違いになんてさせないからな…!」
俺の言葉をを聞き届け切嗣は確かに薄く笑い、星を見上げる
「………そうか…そうだな。それなら安心だ」
ーーーー2人で星を見ていた。
それが俺と切嗣との最後の会話だった。
それからさらに数年が経ち、俺は高校生になった。
切嗣が亡くなってから、俺は美遊の世話をしながら中学へと通い、無事に穂群原学園という、今となっては冬木のたった一つの高校に進学した。
数年前の災害で多くの人が冬木の町を出て行った。その影響で、多くの小学校は廃校になり、俺の通っていた中学も俺の次の代で廃校になるらしい。
高校もその影響の例外ではなく、穂群原学園を残してそれ以外の高校は全て廃校、もしくわ移転してしまった。生徒数も3学年合わせて100人にも満たないらしい。
そんな高校生活に徐々に慣れはじめてきた7月ごろのことだった。
俺は俺以外に誰も在籍していない弓道部を休み、バイトに励んでいた。
切嗣が残してくれたお金があるとはいえ、それもいつまでもあるわけではない。少しだけでも、生活の足しになればと思い冬木から少しだけ離れた街でバイトを始めた。
そのバイト終わりに俺は店長から今日はすごい雨だから気をつけてね、と言われた。俺が更衣室の窓から外を覗くと、今日は晴れが続くと天気予報で言っていたのに、今は雷が鳴り響く大雨の天気になっていた。
俺は少し大きめの折りたたみ傘を鞄から取り出して帰路に着いた。
「まさか、こんなに雨が降ってるは思わなかったな」
俺は大雨の中で1人呟く。
大通りから冬木への道に出ると、そこからは一気に車通りが少なくなる。
俺の家はバイト先からすごく離れているわけではないが、やはり人の姿は見えない。
この帰り道にもすでに見慣れたものだった。
街灯も切れかけているものがほとんどの道路を歩いている途中で、俺は視界にふと人影をおさめた。
その人影は大雨の中で傘もささずにひたすら歩いていた。
その人影がかろうじてついている街灯の下に立ち、空を見上げてそのまま倒れこんだ。
俺はその姿にかつての切嗣の姿を重ねて、思わず傘と鞄を放り捨てて走り出した。
人影の正体は俺が通っていた中学の制服を着た少女だった。
「大丈夫かっ⁉︎」
俺の大声に気がついたのか、少女は少しだけ息苦しそうに呻き、そのまま動かなくなった。
俺は慌てて脈をとり顔を近づけて呼吸の有無を探った。
「よかった…ちゃんと呼吸はある」
どうやら気絶しただけらしい。
本来ならこの子のために救急車を呼ぶべきなんだろうけど、あいにく俺は携帯電話を持っていなかった。
「ここからなら俺の家まですぐだからちょっと待っててくれ」
少女にその声が聞こえていたからわからなかったけど、少しだけ頷いたような気がした。
その瞬間どこかで爆発音が聞こえたような気がした。何事かと思って周りを見回したが少なくともこの辺りではないようだ。いや、もしかしたら俺の聞き間違いかもしれないし、あまり気にしないようにしよう。
俺は少女を担ぐと、さっき放り捨ててしまった傘と鞄を拾い、急いで家に向かって走り出した。
「………た…ただいま」
俺がいつものように鍵のかかっていないドアを開けると、美遊が懐中電灯を持って出迎えてくれた
「お帰りなさい士郎さん。今日は遅っ⁉︎」
どうやら美遊はずぶ濡れの俺と少女に驚いているみたいだった。
「美遊、悪いんだけど救急車呼んでくれるか?説明は後でするから」
「え、えと、それが…この大雨の雷で停電になって電話が使えないの」
「そうか…それで家の灯りがついてなかったんだな。それじゃあとりあえず風呂を沸かしてきてくれるか?そのついでにタオルも持ってきてくれ」
うん、と頷くと美遊は走って屋敷の奥に消えてしまった。
俺は靴箱の中から携帯ランタンを取り出して灯りをつけた。
「君、大丈夫か?」
俺がその子を揺さぶると、その子はかすかに身じろぎをして薄く目を開けた。
「…………ここは?」
「俺の家だ。さっき君が急に倒れたから運んできたんだ。」
「す…すいません……今…すぐに…出て行きます……から」
そう言うと少女は立ち上がろうとする。しかし、その足は震えていて今にも倒れてしまいそうだ。俺はその肩を掴んで倒れないように支える。
「大丈夫だから!少しここで休んでいってくれ!」
「…………でも…」
「そっちの方が俺も安心できるんだ!だから頼むよ」
「…………はい。わかりました」
少女は俺の言葉に折れてくれたのか、玄関先に腰を下ろした。立っているのもやっとの状態だったのだろう。少女は荒い息を吐き出している。
さっき少女の肩を支えるために手に触れたが恐ろしいほどに冷たくなっていた。
「とりあえず風呂に入って温まってくるといい」
少女は俺の方をちらりと見てから頷いた
「そうだ、君の名前を教えてくれるかな?」
俺の質問に少女は荒い息をしながらもしっかりと答えてくれた。
「……間桐…桜です」
しばらくすると、美遊が奥から出てきてこちらに来るように手招きをしてきた
俺は少女ーーー桜に肩を貸して薄暗い廊下を通り風呂場へと連れて行く。俺が風呂場に着いた途端に美遊は小さな体で桜を俺から奪うと、俺は風呂場から締め出された。
「後は私がお世話をしておきますから、士郎さんはそこに置いてあるタオルで体を拭いてて!」
美遊にしては大きい声を出してドア越しに俺に呼びかけた。どうやら美遊も桜のことが心配だったみたいだな。
俺は美遊の言葉に甘えて廊下に積み重ねられているタオルで頭を拭き始めた。
美遊が脱衣所で、この人以外に大きい!といっていたのは一体何のことだったんだろうか?
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とあるアパートの一室にて男は1人座りトランシーバーを握っていた。
既に夜にもかかわらず男は部屋の電気をつけていない。
男の周りにはおよそ20を超えるほどのトランシーバーが設置されていた。一つ一つからノイズが入っており、男は無言にもかかわらず多くの雑音が部屋を支配していた。
そこにCと書かれたトランシーバーに赤色のランプが点灯した。
『Cー1からマスターへ入電、観察対象間桐桜が衛宮士郎と接触しました。判断をお願いします』
「こちらマスター、そうなった経緯を知りたい」
『……………』
「どうしたCー1?」
『では、Cー1が報告できないようなのでCー4から報告します。間桐桜がエインズワース関係者と接触しました』
男は一瞬だけ言葉に詰まる。その表情の示す感情はどこか後悔を指しているように見える。
『間桐桜はその後、おぼつかない足取りで雨の中傘をささずに帰宅している状態でした。衰弱していたのでしょう、道路で気絶してしまいそこを衛宮士郎に保護され現在は衛宮邸にいます』
「エインズワースに器のことを知られた様子はあるか?」
『今のとこをはまだ何とも言えませんが、おそらく気づかれてはいないものと思われます』
「‥…了解した。このまま経過観察を続行しろ」
『了解しました。C隊このまま経過観察を続行します』
通信が切れるとすぐに今度はFと書かれたトランシーバーが赤く点灯した。
『Eー3より緊急通信です。現在クレーター周辺を監視していたD隊がエインズワースのランサー保持者に発見され、現在戦闘中』
Eー3の声とは別に爆発音や金属音が聞こえる。こちらの戦力でそんな派手な戦闘になるわけがない。ということは、おそらくランサー保持者が少しは戦力を見せているということだ。
今の俺たちに必要なのは情報だ。少しでも情報を集めて相手の弱点を探る。
「現在の戦況を聞きたい」
『たった今戦闘になったばかりですが、ランサー保持者からの先制攻撃によりD隊は半分が消滅。残りも奮戦していますがおそらく5分ももたないでしょう』
「だったらD隊の1人がカメラでランサー保持者の姿を撮影し、俺の元まで来てくれ。もし、ランサー保持者に発見された場合は残りのD隊が撮影者を死守しろ」
『了解しました』
男はトランシーバーを苛立ちを紛らわせるように投げ捨てた。
男は深く深呼吸をすると手元にあったリモコンで電灯に明かりをつけ、そっと立ち上がり携帯電話を手に取ると通話画面を立ち上げ相手が出た瞬間に用件を告げる。
「今からこっちに来てくれ。頼みたいことができた」
男はそれだけ言うと通話を終え、トランシーバーだらけの部屋から抜け出した。
「やはりいつまでたっても俺の思い描く筋書き通りにはいかないな」
そう言った男の目が鈍く光った。
ありがとうございました
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