序章
深夜、時計の短針が0の数字を越した頃の、とある病院。
それは、学園都市の第七区にある、いつものカエル顔の医師がいる病院。
ではなく
そもそもここは学園都市でもなく、学園都市の外の、なんの変哲もない普通の病院。
その病院にある、一つの廊下に、コツコツと足音が鳴り響いていた。
その足音は、数歩進むと、振り返り、数歩進むとまた振り返り、を繰り返し、とある一室の前を往復していた。
”手術中”、と書かれた、赤く光るランプの前を。
「.....」
そんな落ち着きのなく足音を立てる男のそばで、ベンチに腰を掛けた女性が、イラついた様子で彼を見ていた。
足音を立てる彼は、馬面でぼさぼさの髪をしているのに対し、彼女の方は美形で整った顔をしており、長髪のストレートヘアーだった。
唯一似ている点を挙げるとすると、その髪色がどちらも茶色と言う事だけだ。
と言っても、彼女は綺麗な甘栗色をしているのに対し、足音の彼は薄い地味な色をしているが。
「.....(チラ)....まだか.....」
チラチラと目の前の扉を見ながら、時たまぼさぼさの髪をガシガシとかいたりしながら、扉の前をうろうろする浜面仕上。
「.....くそっ....まだかよ....」
そんな浜面を見ていた、ベンチに座っている女性、麦野沈利は、ふぅ、と溜め息を吐き、浜面に手を向ける。
そして緑の閃光が...
「...ってちょっと待てええ!なにやってんですか麦野さん!?」
放たれる前に、麦野を抑え付ける浜面。
「...んな時になに欲情してんだ気持ちわりぃ。殺すぞ」
「してねえよ!お前が原子崩しぶっ放そうとしてるからだろうが!」
思いっきり嫌悪の顔を麦野に向けられながら、それでも抑え付けるのを止めようとしない浜面。
「いやな、あまりにも煩わしかったから、ちょっとな」
「いや煩わしいから放っていいもんじゃねえだろ!あんなもんちょっとで済むと思ったら大間違いだぞ!」
「そうですよ」
思わず、麦野が浜面の顔面を殴ろうとした時、麦野の隣に座っていた、こちらも同じく茶色の髪をした、ショートボブの絹旗最愛が口を開いた。
「そんな危なっかしいもの使ったら超迷惑です」
「そうだそうだ!」
「私がこれの続き下に取りに言ってからにしてください」
「そうだそうだ...ってお前自分が助かりたいだけじゃねえか!」
そういう絹旗の手には、『隠れたC級問題作150選!~警察にお世話になった編~』というタイトルの映画雑誌が握られていた。
「ここ病院!しかも今手術中!んなもんぶっ放せる所じゃねえんだよ!」
「うるせえな、お前が鬱陶しいのが悪いんだろ」
「理不尽ッッ!」
麦野の横暴に戦々恐々し、それでも手を離そうとしない浜面。
「まあ鬱陶しいのは超同意です。さっきからうろちょろうろちょろ超せわしない」
「うぐっ...で、でも手術室入ってから何時間経ったと思ってんだよ」
「まだ50分です。そんなだから浜面は超浜面って言われんですよ」
「いやそれ言ってんのお前だけ」
そこでようやく麦野を離し、再び部屋の前でうろうろしだした浜面。
「あぁ~、まだかよ~。心配だ心配だ」
「あぁい!うるせえなぁおい!オドオドしてんじゃねえよ!」
いつまでもおろおろしている浜面に、麦野がついにキレた。
「うるせえな。独身のお前には分かんねえだろうよ」
何かが切れる音がした。
浜面はそれに気がつかなかった!
「ぶち殺すッッ!」
目の前の馬面に向け、全力の拳を振りかぶる麦野。
そして、その馬面に学園都市元序列第四位の拳か突き刺さる、一歩手前にその音は鳴り響いた。
――――――おぎゃぁ。
「来た!!」
その音に反応した浜面は、直前まで来ていた麦野の拳をするりと交わし、手術室に特攻する。
後ろでドゴゥン!!という音がしたが、全力で無視して扉を開け中に転がりこむ。
「理后!!」
「し...しあげ....」
手術室のベッドの上には、疲れ果てた、だがどこか達成感に満ちた滝壺、否、浜面理后が横たわっていた。
「浜面さん」
「看護婦さん!」
横から声を掛けた看護婦さんの手には、今生まれたばかりの、小さな生命が横たわっていた。
「無事生まれました。元気な男の子ですよ」
その言葉と共に、看護婦さんから赤ん坊を受け取る浜面。
「よかった、ほんと、がんばったな...」
「うん...しあげ、私がんばったよ」
二人の間に、ようやく生まれた生命。
「よかった...本当によかった....」
彼は今、幸福に包まれ、浮かれていた。
後ろの絶望に気づかずに...
「....はーまづらぁ....」
後に彼は、この時のことをこう語る。
初めて希望と絶望の板ばさみにあった。と...