毎話、たくさん見てくれてありがとうございます!
ここから暗殺教室の中でもリアル脱出ゲームの舞台にもなった、普久間殿上ホテルでの作戦開始です。
オリジナル要素を散りばめつつ、作者の考察も含めつつ、原作通りのかっこいいみんなを描けるように頑張ります!
ほんの少し前まで、みんなには笑顔があった
ほんの少し前まで、みんなで1つの目標に向き合って
ほんの少し前まで、疲れていても明日に期待していて
……ほんの少し前と、私の目の前の光景は、一変した
……目の前のこれは、いったい、何が起きているの?
「フロント!この島の病院は……!」
それが起きたのは、私たちE組が現状で出せる全部をかけた殺せんせーへの大掛かりな暗殺計画が失敗に終わり、みんなが落胆しながらホテルへと帰ってきてすぐのことだった。
殺せんせーの弱点である水……私たちはそれを暗殺に活かすために、このリゾート地を利用して、周りに大量にある海水を最大限に使った作戦を実行した。水に浸かり続ければ体温が下がり体力を奪われていくもの……だからこそ、それを使った大がかりな暗殺は、私たちに異様な疲労感を残していた。
だけど、クラスメイトの半数は明らかに疲れているという言葉で表すには、目に見えておかしなことになっていた。それでも、これくらい休めば回復するだろう、プレッシャーから解放されたことによる一時的なものだ、こんなのちょっとした気疲れでしかない、暗殺が失敗したからには残りの滞在は思いっきり遊べばいい、だから、今日は部屋で休もう……みんな、そう思っていたはずだった。
なのに、1人、また1人とクラスメイトたちが倒れていく。ある人は机に伏せったまま動けなくなり、ある人は床に崩れ落ちて、ある人は高熱に、嘔吐に、鼻血に……、平和な時間から、いきなり地獄へ突き落とされたかのようで、ホントに突然の出来事だった。
慌てて烏間先生が病院を手配しようとしてるけど、時間も時間だし、小さなこの島にはもう、お医者さんがいないみたい。
「みん、な……?」
「……何コレ……いきなりクラスの半数が倒れるとか、おかしいでしょ」
「……!カルマ、カルマは、だいじょぶなの……?」
「ん、俺はへーき。触るよ……熱はないか」
いきなりのことに立ち上がることまではできたけど、なにか行動に移すことはできなくて、……そのまま立ちすくんでしまった。
渚くんが近くに倒れた莉桜ちゃんにかけよったけど、自力で起き上がれそうにない。岡島くんの鼻から大量の鼻血が吹き出て、抑えようとした手を赤く汚している。有希子ちゃんが、陽斗くんが、三村くんが、綺羅々ちゃんが……E組半分くらいのクラスメイトが、苦しそうに呻いている。
隣で静かに呟いたカルマの声が聞こえて、慌てて彼の体調に変化はないか、平気かどうかを確認する。すぐ私に返事をしたその声は、いつも通り飄々とした色が乗り、無理している様子もなくホッとした。
カルマはカルマで、もし今熱があったとしても、このみんなが大変な状況じゃなかったとしても私は隠すだろうからと、とても自然な動きで私のおでこに手を当てられた。もちろん今のところは私の体調に変わりはない、と思う。
────♪〜♩♪♪〜
……どこからか着信音が聞こえる。
「………っ、何者だ、まさかこれはお前の仕業か……?」
音の発生源は烏間先生のスマホだったようで、画面を見た先生は訝しげな表情のあとに耳に当てているのが見え……一気に真剣な
「……律ちゃん、烏間先生の通話内容を全員のスマホで聞けるようにできる?あと、可能なら電話の発信源の特定、お願い」
『……!』
どうすればいいか分からないまま下手に動いてみんなを苦しめたくない。それなら状況把握ができるようにと、その一心で私のスマホにいる律ちゃんに向かって小声で呼びかけると、画面に表示された彼女は私が小声でお願いした理由も理解して静かに敬礼してくれた。
少し遅れて私の、そして他の生徒のスマホから烏間先生の通話音声を小さく流れ始める。驚いた様子の何人かが私を振り返ったってことは、律ちゃんが私からの指示だと教えたのかも……私とカルマは、莉桜ちゃんの体をゆっくり壁にもたれさせてあげている渚くんと、渚くんのそばでスマホを持つカエデちゃんの近くに移動する。
ひょこ、と律ちゃんが再び画面に現れて『発信源の特定に成功しました!』と文字を表示して、一緒に画面を覗いていた渚くんとカエデちゃんが烏間先生の所へ、無言でスマホの画面を見せに走ってくれた。
『ククク……人工的に作り出したウイルスさ。感染力は低いが、一度感染したら最後……潜伏期間や初期症状に個人差はあれ……一週間もすれば全身の細胞がグズグズになって死に至る』
「なにっ……!」
『その様子じゃクラスの半数はウイルスに感染したようだな……フフフ、結構結構』
……人工的に作られたウイルス。みんながこうなった原因は病気とかじゃなくて人為的に悪意をもって仕組まれたもの……そして、命の危険があるものだっていうこと。
そして電話の主は、その様子って言った……どこかで見ている?きょろ、とあたりを見回してみたけど、私たち以外に人がいるようには……、……待って、烏間先生の電話番号に電話をかけれたってことは、ハッキングした、とか……?そう考えれば、と天井に目を向けると……
「っ!」
「アミサ、何か気づいたの?」
「多分、犯人……あのカメラ越しに私たちのこと見てる」
「っ、律、茅野ちゃんのスマホからそのこと伝えて」
『了解です』
「……カメラに強い岡島がダウンしてる、見えてる範囲と死角が絞れないね……」
「壊す……?」
「……いや、やめとこ。逆上させたら犯人に何されるかわかったもんじゃない」
「……でも、これ音声は入ってなさそう、だね」
「……うん、それだけでも烏間先生に報告しておこう」
『茅野さんのスマホから烏間先生にお伝えします』
「お願い」
目線だけでカルマと律ちゃんに監視カメラの存在を伝えた後、私は気分が悪くなった風を装って、カルマに支えてもらっている構図を意図的に、でも自然に見えるように作り出す。そのまま2人でカメラに映るであろう場所に移動、その下で口元に手をあてている私とそのまま口元を隠さず、声をひそめることなく会話するカルマ、という状況を作り出す。
軽い実験のつもりだったけど、カメラに気づいてる内容を話したにもかかわらず、スマホから聞こえる電話の内容に焦りはない……音声が入ってないのか、バレることを想定に入れているのか、どっちだろ……
そのままの姿勢で電話を聞いていれば、電話の主が言うには治療薬はオリジナルのものが1種類しか存在せず、それも電話の相手……犯人しか持っていないのだという。そして、犯人の続けた言葉は、賞金首である殺せんせーを、犯人がいるこの島の山頂にある『
『だが先生よ……お前は腕が立つそうだから危険だな。そうだな……動ける生徒の中で、最も背が低い男女2人に持ってこさせろ』
その言葉がスマホから響いた瞬間、みんなの視線は私と渚くんに集まった。『最も背の低い男女』……男子は渚くんで明らかだけど、女子は私とカエデちゃんがほとんど同じ……それでも数センチだけ私の方が低い。これはカエデちゃんがクラスでいつも公言してることで、だからこそ私の方が低いことをみんな知っている……取引に要求されているのは、……私だ。
それが分かって、それくらいでみんなを助けられるならやってやる、そう思った時だった。それだけだと思った犯人の要求はまだ終わっていなくて、続いた言葉に、思わず声をあげかけた。
『あぁ、そうだ……確かそこには『月の姫の縁者』もいるらしいなぁ……そいつも連れてこい。1人くらいなら付き添いがいてもいいぞ。本物より劣っていても見世物くらいにはなるだろうからなぁ……ククッ、そいつの前でかわいがってやろう』
「─────ッッ!?」
そして電話は一方的に切られた。
……『月の姫』。その単語ですぐに反応したのは、私とカルマ、渚くん、律ちゃん、殺せんせー……あの日、一緒にアルカンシェルへ行ったメンバーであり、私のことを知っている人たちだった。それ以外の人たちには、犯人の要求が一部の人にしか通じない内容なせいで、顔を見合わせたり不思議そうな顔をしている。
私の意志とは関係なく、息がしにくくなって、体がガタガタと震える……誰にも、それこそ連れていった4人以外には話したことも教えたことも無いはずの情報を、犯人は知っている。
なんで、どうして……あの一言で他のことが考えられなくなった私を、隣のカルマが引き寄せて私の顔は彼の着ているインナーシャツごしに心臓の音が聞こえる位置に……あたたかい……私より落ち着いた心音を聞いて、少し、力が抜けた気がする。……私はそのまま顔を彼に押し付けて、感じた恐怖を散らそうとギュッと、目をつぶった。
「烏間さん、案の定ダメです。政府としてあのホテルに問い合せても、プライバシーの保護を繰り返すばかりで……」
「……やはりか」
「やはり?」
烏間先生の部下の人も、一個人ではなく政府の代表として山頂のホテルに問い合せた結果を聞いた烏間先生も、どんな返答になるのかを予測していたかのような言葉に、殺せんせーが聞き返す。
烏間先生曰く、私たちが来たこの普久間島は別名『伏魔島』と言われていて……私たちが泊まるホテルなど、ほとんどの宿泊施設はまっとうな場所なのに、山頂のホテルだけは政府にマークされるほど、国内外のマフィア勢力やそれらと繋がる財界人らが出入りしているとか……そして、政府の上層部とのパイプがあるため警察も迂闊に手が出せないらしい。
「まるでルバーチェと、警察の確執みたい……」
「ルバーチェ?」
「……クロスベルで台頭してたマフィア……クロスベルそのものが魔都っていわれるくらい、治安と経済が歪な場所、だったから……なんか、そのホテルがクロスベルとエレボニア帝国、カルバード共和国の関係性の縮図みたいで……」
「ふーん……そんなホテルがこっちに味方するわけないね」
私が元々いたクロスベル自治州は、経済的に豊かな反面、エレボニア帝国とカルバード共和国っていう二大国に挟まれた立地だったことから、さながら両国の代理戦争の場とされて……クロスベル警察も帝国と共和国関係者には迂闊に手を出せないって、ほぼ同じような状況じゃない……?
「さらには私兵達の厳重な警備のもと……違法な商談やドラッグパーティーを連夜開いているらしい」
「ッッ!!ドラッグ……」
「?」
「……なんでも、ない……」
ドラッグと言うワード聞いて、クロスベルでの生活を思い出していた分思わずドキッとした。……あっちでは、とても身近で……というか、そのドラッグ関係の事件解決に関わった身だからこそ、思わず反応してしまった。
……だけど、それとここの話は関係ないはず……あれは保健体育で習ったような違法薬物のことのはず、だ。向こうのものとは関係ない……はずだ。
「いう事聞くのも危険すぎんぜ……1番チビの2人で来いだぁ?このちんちくりんとソコの震えてる小動物だぞ!?人質増やすようなもんだろ!」
「それに、なんだよ……『月の姫の縁者』って……」
「『月の姫の縁者』……心当たりのあるものはいるか?」
烏間先生がそれを明らかにしようと動ける生徒たちに問いかける。当然、心当たりがあるはずのないクラスメイトたちは顔を見合わせたり周りをキョロキョロと見るだけ……渚くんの視線が気遣うようにこちらに向くのと、カルマが私を引き寄せる腕に力を入れるのと、私がカルマの腕を外そうと手を添えたのはほぼ同時だった。
「……!……いいの?」
「……うん、ちゃんと話す……たくさん助けてくれるみんなにも、そろそろちゃんと話さなきゃって思ってたの。自分のタイミングじゃないけど……いいキッカケだと思うことにする」
ゆっくりと、心配そうに開放されたカルマの腕の中から出る。そのままゆっくりと、烏間先生の方へ歩き出す。
……みんな、私を友達として受け入れてくれた。私を誰かの代わりじゃない、私として見てくれる、接してくれる。きっと、このことを告げてもみんなは受け入れてくれる……それくらい、みんなはいい人たちだから。そんな理由のない確信があった。
「……烏間先生、……多分私、です」
「アミサちゃん……?」
「!!……何故か、聞いてもいいか?」
「……みんなに謝っておかなくちゃいけないことがあるの。……ごめんね、みんなが呼んでくれてる私の名前、真尾有美紗って……ホントの名前じゃないの」
「へ、」
できたら、ずっと言わないままでこの中学生活を終えるつもりだった……だからこれは最後まで言うつもりのなかった言葉。みんなが突然頭を下げて謝った私を見て驚いているのが気配で分かる。だけど躊躇わず、顔を上げてハッキリと告げる。
「……私は……クロスベル自治州の劇団《アルカンシェル》の『月の姫』役、リーシャ・マオの妹……アミーシャ・マオ。だから、ホントの名前は、アミーシャっていうの」
「「「!」」」
お姉ちゃんは今ではクロスベル自治州に限らず世界中で人気を博しているアーティストの1人……演技を見たことはなくても名前くらいはイリアお姉さんと並んで誰もが知っているほどの有名人だと思う。
渚くんや殺せんせーたちのように、存在を知ってはいてもまさかそこと繋がりがあるなんて、思ってなかっただろうからみんなは驚いて……そして犯人に『月の姫の縁者』と称された理由に納得したみたいだ。……私は、こんなタイミングで公表するつもりなんて、全然なかったのだけど。
「けど、なんで名前を変えるなんて……」
「確かにそのままの名前でもよかったかもしれない。だけど、こっちじゃカタカナの名前は浮いちゃうでしょ?それに、苗字と私の容姿でお姉ちゃんと一致させる人がいるかもしれなかったから……アーティストであるリーシャの妹としてじゃなくて……私として、学校に行ってみたかった、から……」
アルカンシェルに、イリアお姉さんに見出されたことでいつの間にか有名になってしまった『リーシャ』の妹である私ではなく、『ただの子どもの』私として生きてみたかった。コンプレックスがあったわけじゃない……ただ、色々と知識をつけていくうちに、縁者が有名になればそれを色眼鏡でしか見ない人がいるのを知ったから、隠していたともいう。
それに私という存在はとても不安定で……これは私にとっての日常を過ごすうちに、心のどこかで願うようになった望みだった。私を私として誰かに見てほしい……それが今年叶って、みんなと一緒に過ごせるのが楽しくて、幸せだったから。
「渚とカルマ君は知ってたの?」
「うん、あと律と殺せんせーも知ってるよ……前に5人で舞台を見に行った時、アミサちゃんのお姉さん……リーシャさんに挨拶もしてる」
「ちぇ、俺等だけの秘密っぽくてよかったのに」
「カルマ君;」
「……ま、アミーシャの覚悟も決まった事だし、今後は遠慮なく本トの名前を呼べるからいいけどね」
「あれ?てことは、その事を知ってるのって4人だけってことじゃないの?他にも真尾が話したヤツがいるなら別だけど……」
「……私、4人にしか話してない……絶対に教えてない。確かに学校に入学するにあたって提出した戸籍とかはそのままだけど、入学時点で理事長先生に頼んで学校での登録名だけ変えてもらってるから……知ろうと思えば知れる、でも……」
「確かにE組に焦点を絞って調べるならまだしも、わざわざ生徒個人の戸籍とかを調べようとはしないよね、普通……」
ここにきて、私が怖がっていた理由にみんな察しがついたようだ。私は取引のために、要求のために呼ばれたことを怖がっていたんじゃない……それくらい、みんなを助けるためだったら正面から乗り込んだったいい。
……怖かったのは、……簡単には知ることのできないはずの個人情報を握られていると知ったから……、背の低い男女、みたいな曖昧な指名じゃなくて、明確に私を要求されてるのがなんでなのか分からなかったから。
「……アミサちゃんが名前のことを黙っていたことは、とりあえず置いておくね。犯人の要求に当てはめると偶然なのか『最も背の低い男女2人』がそのまま要求通りってことになる……」
「でもあの言い方だと、3人で来い、もしくは真尾の付き添い……と言いつつ見せしめか何かで4人で来いって言ってないか?明らかに真尾は追加要求だったろ……」
「じゃあ、犯人が言ってるのは渚と茅野さん、アミサちゃんの3人……?」
「付き添い、犯人が許可してるんだから当然俺が行くよ。だから、案外俺を含めた4人だったりするんじゃない?」
「結局チビと悪魔が2人増えただけで変わんねぇ!第一よ、こんなやり方する奴等にムカついてしょうがねぇ……人の
「……賛成しないな。もし本当に人工的に作った未知のウイルスなら、対応できる抗ウイルス薬はどんな大病院にも置いてない……いざ運んで無駄足になれば、患者の
寺坂くん……いつも一緒にいる4人内、綺羅々ちゃんと村松くんがウイルスに感染していることに焦っていて、なんとか助けたい気持ちが前に出ているのがよく分かる。気持ちは分かるから、止めるに止められない。
そんな熱くなっている彼の声を鎮める静かな反論は、ホテルからもらってきたんだろう大量の氷を抱えた竹林くんによってされた。対症療法で応急処置はしておくから、急いで取引に行ってほうがいいって……すでに向き合い始めてくれている。
「殺せんせーが動ければ……僕等の暗殺が下手にいい所まで行ったから……」
「敵の目的は
「渡しに行った生徒を素直に帰してくれるかしら」
犯人から提示された交渉期限は1時間……ううん、あの電話を終えた時からだと考えれば、既に1時間もない。
「良い方法がありますよ。律さんに頼んだ下調べも終わったようです。取引に呼ばれた人たち以外の元気な人も全員、汚れてもいい格好に着替えて集合です」
素直に行って、見世物として呼ばれた私はともかく渚くんが、カエデちゃんが無事でいられる確証がない。どうすればいいのかって悩む烏間先生だったけど、殺せんせーには何か策があるみたい。
現状打つ手がないわけだから、今はとりあえず、その作戦に乗ってみようということになった。
「……あの!……少しだけ、待って」
動ける人たちが着替えのために移動し始めようとしたのを私は慌てて止める。急がないといけないって焦りがみんなの顔に見えるけど、先にどうしてもこれだけは試しておきたいことがあって、私は烏間先生とみんなに対症療法で看病をし始めている竹林くんに向き直る。
「……烏間先生、竹林くん……みんなのこれ、ウイルスなんだよね……?なら、私たちに盛られたものって、毒物と同じ扱いと考えても、いいよね……?」
「……ほぼ、そうだと言っていいだろう」
「感染力が低いということは、おそらくは空気感染の危険は少なく経口感染……飲食物等にウイルスを直接混入されたと見るべきだね」
「なら、完治はできなくても……もしかしたら、ある程度の回復はできるかもしれない」
「本当か!」
「うん。一応元気な人も……念の為近くに来てくれる……?」
そう言って私は、殺せんせーの暗殺でも使ったエニグマを取り出し、左手に構える。それを見て、みんなは私が何をしたいのかをすぐに察したみたいで、近くに来てくれた。
セットしたクオーツを見て、今から使いたいアーツが問題なく使えることを確認したところで……私のスマホから律ちゃんが声を上げた。
『アミサさん、ストップです、確か先程の暗殺で!』
「いいの。まだ、だいじょぶだから」
『ですが!』
「……律?」
「……いいから。エニグマ、駆動」
……そっか、律ちゃんは私のエニグマに接続したことあるから……私がアーツの使い手として致命的になるからって隠してる弱点、知ってるもんね。
心配してくれてるのはわかるし、止めようとしてくれる気持ちは嬉しい。だからといって、目の前で苦しんでる友だちを放っておくことなんて、ましてやそれを少しでも改善できるかもしれない手立てがありながらやらないなんて、私にはできないから。……その先を言わせないように遮って、気にせずに駆動する。
「全員、光が消えるまではその場にいてね……駆動魔法、≪
フワリと緑色の光の陣がオープンテラスに広がった……経口感染だというなら、ここに来てから何も口にしていない人は1人もいない。つまり、まだ発症していない全員にウイルス感染の可能性がある……犯人も潜伏期間に個人差があるって言ってたし、ね。
……元々効果範囲が広い術でよかった。E組の元気な人も、倒れている人も、烏間先生とイリーナ先生も、頭上から緑の光の雫が落ちてきて体の中に吸収されていく────
「……ん……ありがと……少しだけ、体が楽になった気がする……今なら体、起こせそう……」
「少し触りますね……熱、先程よりは下がってます」
「うぅ、……吐き気が治まった……」
「鼻血止まったぜ……ありがとよ……」
「……よかった、効果、あって……、」
すぐに効果はあったようで、全く動かせていなかった体を起こせる人たちが出てきた。……それでもやっぱりオリジナルのウイルスってことで原因を取り除くまで、完治にまではもっていけなかったみたいだから、治療薬は必要なことに変わりない。
アーツの光が消え、今できる限りの応急処置が済んだ事を告げると元気なメンバーで着替える人は着替えに行き、もう1度オープンテラスに集合することになった。
そして看病メンバーとして病気と医療の知識がある竹林くんと、薬学に詳しい愛美ちゃんをみんなの元に残し、残りのメンバーは防衛省の車でどこに行くかは知らされなかったけど移動することになった。
「…………っ、」
車の中で、私は手を握りしめていた……律ちゃんにだけバレていることのせいで、制止を振り切って動いたことを少し、後悔していたから。まさか第三者が介入してきてこんなことになるなんて思わなかったし、暗殺が終わったらゆっくり休んで回復すればいいと思っていて、必要になるなんて想定してなかった。
みんなこれからに向けて不安で何も喋らないし、みんな不安ばかりで精一杯……だから誰も私の些細なことに気づく人なんていない、隠し通せる……そう思っていたけど。
「……ねぇ、アミサ……何か、隠してない?」
「……っ、何も、隠してないよ……だいじょぶだから」
「……熱があるわけじゃ、無いよね……」
「ふふ、へーきだよ。……ほら、もう着くよ」
……最初に、私の変化に気づいたのはやっぱりカルマだった。ホント、なんですぐに分かるんだろう……だけどここでバレるわけにはいかないから律ちゃんには口止めしてるし、私もはぐらかすだけで絶対に言わない。
体調を心配されてまたおでこに手を置かれたけど、熱はないよ、多分。髪に置いていた手を、そのままカルマの手に、だいじょぶなことを伝えるつもりで重ねた。
そして、殺せんせーが提案する作戦の場として、私たちが連れてこられた場所は……呼び出された取引場所、普久間殿上ホテルの裏手に位置する崖だった。
◆
「高けぇ……」
木村くんが呟いた通り、私たちの立っている場所の前には高く険しい崖……それももし登って落ちでもしたら確実に転落死は免れない高さはある。ほぼ垂直だし尖っているし見ただけで危険とわかるこの場所の上には私と渚くん、カエデちゃんの目的地であるホテルが見える……明かりが全く無い、周りが真っ暗なところに建っていてどこか不気味だ。
ここに来て、何かあるのだろうか、それに私たち以外のクラスメイトを連れてきた理由は……。と、ここで私たち各自のスマホに律ちゃんが表示される……手に、なにかマップのようなものを持ってる……?
『あのホテルのコンピュータに侵入して内部の図面を入手しました……警備の配置図も』
さすがな律ちゃんのスペックには毎回驚かされてばかりだ……この短時間でバレずにハッキングして、必要になるものを入手してくるなんて。
律ちゃんが得た情報によると、あのホテルの敷地一体や正面玄関付近には大量に警備が配置……見せてもらった警備マップには、どこから入ろうとしてもすぐにホテル側が来た人を把握できるくらいの人員が割かれていた。
……これではフロントを避けて侵入しようとしても、すぐに見つかってしまうだろう。
でも、私たちが今いるところから登った崖の上……そこに1つだけある通用口にはまず侵入できない地形だからこそ、警備がいないらしい。
……ここまで言われれば、さすがに殺せんせーがやろうとしている作戦が全員はっきりと理解した。
「敵の意になりたくないのならば手段はひとつ……動ける生徒全員でここから侵入し、最上階を奇襲して治療薬を奪い取る!」
みんなで崖を見上げる……烏間先生とイリーナ先生は無理だ、危険すぎると殺せんせーの作戦に異を唱えている。手馴れた脅迫の手口、これは明らかにプロによる犯行だからって。2人とも私たち全員の安全を考えて言ってくれているのも、初めての実践を心配する気持ちがあるのもすごく伝わってくる。
だけど……高い、険しい崖ではあるけど……だけど見たことがないもの、登ったことがないものでもない。だって私たちはいつも学校で、体育で同じことをやっているのだから。
きっとみんなが考えていることは同じ……ただ、
「……ねえ、私たちだけで行かなくても……いいの?その、みんなもついてきて……危なく、ない?私、みんなが傷ついたりするくらいなら、……1人でも正面から……」
崖登りの事は一切心配してないけど、未知の犯人を相手にして要求を蹴って……ここにいるみんなに、それに今もホテルに残ってウイルスで苦しんでいるみんなに手を出されないかが、私の不安だった。
だって誰にも気づかれることなくクラスの半分を動けなくさせた相手だ……相手はプロに違いない。あの場所には監視カメラもあったし、バレたら手段を選ばなくなるんじゃないかって。
幸いなことに私は別個の要求で呼ばれている……私だけでも言う通りにして、隙をついて治療薬を奪い、逃げ出すことも考えていた。
「それこそダメだろ。危険だってわかってる場所にお前等だけで放り込めるわけがない」
「チビが余計な心配すんじゃねーよ。それにふざけた真似をしたやつにきっちり落とし前つけてやらねーと気がすまねー!」
「っ、磯貝くん、寺坂くん……」
男の子を代表するように、馬鹿なことを言うんじゃないって言いながら私の額を軽く小突いて、他の男子と合流しに行く2人。他の男の子たちは、既に崖に手をかけてこちらを向いている。
「最悪1人でだなんて、言ったらダメ。特にアミサちゃんの場合、見世物として呼ばれてるんだよ……?そんな何をされるかわかんないとこに1人で行かせられない。だからカルマ君だってついて行くって言ってるんだし……」
「アミサは自分を平然と危険に置く選択肢を取ること、ほんとに無くさないと心臓がもたないわよ。いい?E組にはこれだけ頼ってもいい人がいるの、だから一緒に行って一緒に乗り越えればいいのよ」
「アミサは自分より他の人が傷つくのが嫌なんでしょ。だったら私達が傷つかず、一緒にいればいい……違う?」
「桃花ちゃん、メグちゃん、凛香ちゃん……」
桃花ちゃんとメグちゃんが、頼りなさいって言いながら私の片手をそれぞれ握って渚くんとカルマの近くに連れていく。すぐ隣で凛香ちゃんが静かに私の頭を撫でて、笑う。
「最も背の低い男女って言われると、弱くて人質にちょうどいいって思われてそうだけど……弱いって、警戒されにくいとも思うんだ。……僕はカルマ君くらいアミサちゃんを理解してる1人のつもりなんだよ、……みんなを守りたいのは、助けたいのは、分かってる。だけど、1人じゃないんだから……ね、一緒に行こう」
渚くんが隣に立って、ちょっと不満そうな顔をしながら私を正面から軽く抱きしめる。少しだけ上にある彼の顔はこれからのことに緊張で固くなってるけど、恐怖は感じられなくて……
迷っていた気持ちが揺れだした時、背後からも手が伸びてきて背中に体重がかかったかと思えば、頭の上に顎を置かれた。そのまま小さく、私が一番安心できる声でカルマは言う。
「過信はしちゃダメってのは分かってる。だけど、俺等はあの烏間先生の訓練を何ヶ月も受けてきて、実力をつけてきてんだから、そんなヤワじゃないのは分かってるでしょ?……それに俺がアミーシャを1人で送り出すわけが無い……どこにだって、もちろん一緒に行くにきまってる……約束、してるんだからさ」
私は、安心できるこの2人の温もりが大好きだ。いつも、私自身の覚悟を決めるキッカケになるのは、この2人が関わってくれる時。安心と、自信と、勇気をくれる存在。
ゆっくり離れた2つのぬくもりは、私を呼んでこれから挑む試練の入口まで連れていってくれる。声をかけてこなかった人たちも、先に離れていった人たちも崖に近づき、手をかけてこちらを振り返っている。
迷っていたのは、怖がっていたのは私だけだったのかな……みんなが笑顔で目を合わせて頷くなら……もう、迷う必要も理由もなかった。
先生たちの指示を仰ぐことなく、全員でいつもの訓練でのように崖を登っていく。崖上りくらいなら学校での授業の延長線だから、苦戦している人なんて誰もいない。
高く登るにつれて海風が強くなって髪を揺らす……足場になる場所に落ち着いて、私たちの行動に驚いている先生たちを見下ろして笑顔を向ける。
犯人の要求通りに行くんじゃなくて、殺せんせーの作戦通りに動ける私たちみんなで奇襲をかける……これが私たちの答えです、烏間先生。
「でも、未知のホテルで未知の敵と戦う訓練はしてないから……烏間先生、難しいけどしっかり指揮を頼みますよ」
磯貝くんが告げる、先生への『お願い』、私たちの『覚悟』。それが烏間先生の意志を固めたみたいだ。
「全員注目!我々の目標は山頂ホテル最上階!隠密潜入から奇襲への連続ミッションだ!ハンドサインや連携については訓練のものをそのまま使う!いつもの違うのは標的のみ!3分でマップを叩き込め!
「「「おう!!」」」
烏間先生の号令に、初めての実戦に挑む私たち16人の気合の入った返事が夜空に響いた。
「いいなァ、中学生の苦しむ様……あのホテルにももっとカメラを仕掛けておけばよかったぜ……、ッ!?この光……、まさか……!」
「ボス、どうかしたんすか?」
「はっきりは映らなかったがアーツが使われた……そうだ、あのガキ……!〝スモッグ〟は間違いなく仕込んだんだろうな?」
「あいつがヘマするわけないじゃないですか……俺等、プロなんスから」
「そうか……ククク、部屋に来るのが楽しみだなァ……!」
「おい、〝スモッグ〟、階段ルートの侵入が無いか見回って来い、カメラでは異常は無いが一応な。……見つけたら即殺りでいいってよ、ボスが」
「アイアイサー」
「……ボスが言うにはアーツ使いのガキがいるらしい。一応気を付けろ」
「……ま、その前に殺れば問題ないだろう?」
++++++++++++++++++++
まだ、E組はどんな所かとか所属生徒とか程度なら調べていてもいいと思いますけど、完全個人情報はさすがに調べてたら怖い。
訓練の時間を変更したこともあって、要求も少し変更しました。
オリ主、本名バラし回。
特別感がなくなってカルマが若干不貞腐れてますが、逆にバラしたからこそ今後自由に呼べると気づいて切り替えてます。
≪レキュリア≫という回復アーツは状態異常回復魔法なので毒も治せます。が、今回の話の流れ上完治はできません。何話か後に、何故なのかは語られますので考察進めといてくださると嬉しいです!
安定の自己犠牲精神から渚すら置いて行って1人で全部抱えちゃえば他のみんなが傷つかなくて済むのでは……を平気で考えているオリ主でしたが、今回はそれを阻止する突撃メンバーがいたので抑えられました。殺せんせーが思いつくのが遅かったら1人で消えてたかもしれない()