暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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ホテル に 侵入 しました ▼


45話 引率の時間

 

 ────とんっ、ひょいっ……バッ!

 

「置いてくよー!」

 

 岩から岩へと飛び移り、途中に生えている木すら崖を登る道にして行く……それを体現する身軽な動きでどんどん登っていくひなたちゃん。元々体操で体全体を使った動きには慣れてるだろうし、それに加えて訓練で鍛えたバランス感覚や体幹、体の使い方をどんどんモノにして、あっという間に他のメンバーとの間を広げていく。

 体育の時の崖登り(クライミング)もすごいと思ってたけど、本物の崖でも本領発揮しててかっこいいなぁ……

 

「……やっぱ身軽だなー、岡野は」

 

「あー、こういうことやらせたらクラスでトップを争うからな」

 

「ん?クラス1じゃねーの?」

 

 磯貝くんと木村くんが近くで何か話してる……ひなたちゃんの名前が出てたから、きっとあの彼女の身軽さについてだよね、……さすがだなぁ。()()()()()()()()()()、チラ、と下を見てみれば烏間先生がイリーナ先生を背負って崖登りをしている。

 2人分の体重がかかりながら崖を登っている烏間先生もすごいけど、足を引っ掛けるところもない、ドレスで動きづらい、腕だけで自分の体重を支えるイリーナ先生も充分すごい。

 

 崖登りだけでも、いろんな人から見習いたいことがいっぱいあるなぁ……とと、まずは余計なことを考えてペースを落とすより、さっさと登っちゃわないと。登っちゃえば上でいくらでも考えられる時間あるもんね……

 

 ────とんっ、とんっ、とんっ、……

 

「……あれ見てそう言えるか?」

 

「…………真尾、最初からペース変わらねーし、早ぇーし、岩場のどこ掴んでんのかわかんねーよ……ほぼ崖の上を走ってるようなもんじゃん……あれこそ道無き道を行くってやつか」

 

「マジで駆け上がってるに近いよな、あれ。……あの身体能力も隠してたんだろ……真尾が秀でてるのはジャンプとバランス能力だけじゃなかったんだな。……女子にばっかりいいとこ見せられてちゃ、よっと、負けてられないな」

 

「……負けてられないっていうか……俺、同時に登り始めたはずなのに、ふつーに抜かれたんだけど。タイムリミットとか考えたら、声かけてリズム崩すのもヤダから追いかけてるけどさ」

 

「え、カルマって崖登りの成績男子の上位だよな……それで置いてかれるって」

 

「どうせ先に行って待ってあげようかなー、とか余裕かましてたら置いてかれたんだろ……どんまい、カルマ」

 

「うっせ……、お先っ!」

 

「「図星か……」」

 

 先生たちはきっとだいじょぶ、イリーナ先生も文句は言ってるけどこれくらいなら耐えられるだろうし……みんなは止まる様子もないから何の問題もなし。

 

 登りながら崖の上にそびえ立つ目的地を見る……あそこに、みんなを助ける術がある。

 ……でも、国家機密の殺せんせーを知っていて、E組にいるってことも知っていて、私の出自やプロフィールを調べられる……そんな犯人って何者なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1番最初に崖の上に到着すると、ある程度のスペースと敷地と外とを隔てる柵があることを確認……次に登ってきたひなたちゃんに、一旦身を隠せる場所を伝えてから、二手に分かれて次々登ってくるクラスメイトに伝言していく。

 最後に登ってきたカエデちゃんが私たちの後ろに着くと、烏間先生がスマホを掲げながら小さな声で話し出した。

 

「……律、侵入ルートの最終確認だ」

 

『はい、内部マップを表示します』

 

 律ちゃんの力で電子ロック、監視カメラへの侵入(ハッキング)は済んでいるみたいで、侵入すること()()なら割と簡単にできそうだ。ただ、内部に侵入した後は専用のカードを持たない私たちはエレベーターを使うことができず、バラバラに配置されている階段で最上階まで行かなくてはならない。

 

「テレビ局みたいな構造だな……テロリストに占拠されにくいよう、複雑な設計になってるらしい」

 

「こりゃあ悪い宿泊客が愛用するわけだ……」

 

「行くぞ、時間が無い。状況を見て指示するから見逃すな」

 

 先頭を烏間先生が歩いて状況を確認し、後ろを行く私たちは足音や息を殺して静かについていく。通用口は何も無い裏手にあることもあって宿泊客も警備員も誰もいないし、律ちゃんがカメラに映らないように細工してくれてるのもあって比較的安心して通れた。

 

 問題は侵入して早々にかち合う……上へ行くには嫌でも通らなくてはいけない、ホテルのロビーだ。フロントから繋がっていて、エレベーターも階段も全てが集まっているこの場所は、当然上にいる人たちを守る警備員はたくさんいるし、最初のチェックだからこそ厳重だと思う。

 侵入している手前、警備を倒してしまうわけにもいかないし……非常階段がすぐそこにあるとはいえ、多分今顔を出しただけでも不審人物としてアウト……それに、入った非常階段に人がいないとも限らない。確認したいことが山積みだ。

 

 烏間先生は多分、人数を絞るべきかどうやってここを通過するのが効率がいいのかを考えているんだろうけど……

 

「……?……んっ、……何よ、普通に通ればいいじゃない」

 

 そんな悩む空気をぶち壊したのはイリーナ先生で、廊下に置いてあったお酒を、何のためらいもなくグラスにあけて飲むとそう言い切った。何をする気なのかよく分からないし、みんなも状況が見えないのかと抗議している……けど、イリーナ先生の目はやけに真剣だった。

 多分、イリーナ先生には警備の意識をかいくぐってこの場を切り抜けるんじゃなくて、自分に引きつけて目を離させない自信があるんだ。このままここにいても何も変わらないし、烏間先生が全員を通過させられる策をこれから思いつけるとも限らない。それなら、とイリーナ先生が囮として動いてくれようとしている。

 

 ……だったら、私も1つ役に立てることがある……思い立ってすぐ、ロビーに出ようとしているイリーナ先生を追いかけて腕に触れた。

 

「……イリーナ先生、()()()()()()?」

 

「?……何か、策でもあるの?」

 

「私1人だけだったら、誰にも見つからずにここを通過できます。……だから、みんながこれから使う非常階段に人がいないか、見てこようと思って」

 

「……そう」

 

「よせ、真尾さん1人では危険だ!」

 

 烏間先生に肩を掴んで引き止められて、やっぱり行かせてくれないかなって思ったんだけど……私を止める手を払ってくれたのは意外なことにイリーナ先生だった。

 

「この子は私の放課後講座の生徒よ?他の生徒とはまた違う、私の教え子……教え子のことだったら信じてやるのが先生でしょ。……1分、待ちなさい」

 

「……はい!」

 

 そう言って、イリーナ先生はフラフラとよたつきながらロビーの中へと歩いていく。当然いきなり人が現れたことで警備の人たちはみんなイリーナ先生へと視線を向けて……でもすぐに視線を外す警備もいる。当然だ、1人に注目して他を警戒できないとか警備の意味が無いもの。

 先生は1分待てって言った……なら、これからもっと多くの視線を引きつける()()をするはずだ。

 

 その間に私は目を瞑り、軽く屈伸をして準備をしておく。イリーナ先生が許可してしまったから、みんなは私を止めるに止められないみたいで後ろで少し慌てているけど気にしない。

 30秒経過……イリーナ先生がロビーに置いてあったグランドピアノへ向かって歩いていく……1分……座った……ここだ。

 

 

 

《───月に踊る蝶たちよ───》

 

 

 

 私は小さく、クラフトの詠唱を唱えながらその場でくるりと周り、その場で一度上に跳んだ……瞬間、着地の時には、

 

「へ……?消えた……?」

 

「ど、どこに……?」

 

 ……みんなから、私の姿は見えなくなっている。

 

 これは《水月》と同じく、戦闘の時に私が使える固有の技、クラフト……今、私が使ったのはその場にいる人たちから姿を視認できなくなるよう隠し、素早さを上げることができる《月光蝶》というクラフトだ。

 

 そのまま堂々とロビーへと足を踏み入れたけど私の姿は誰にも見えていないし、イリーナ先生のピアノが鳴り響いていて軽い足音程度なら紛れることができる。

 そして、先生の魅せる全身を使って奏でる〝音色〟……それによって警備の目はイリーナ先生に釘付けだから、万が一でもなければ誰も私には気づかない、気づけない。

 

 ……せっかく単身先に潜入したんだし、非常階段を見てくるだけじゃもしかしてがあるかも……連絡はロビー全体を回って、警備の人数を全部把握してからにしようかな。

 

 

 

++++++++++

 

 

 

渚side

 ビッチ先生の存在感に隠れるように、アミサちゃんがその場で何か呟きながらくるりと回って……跳んだ、と思った時には、存在しないはずの銀色に光る蝶が空中に溶けていくだけで、そこには誰もいなくなっていた。

 ……この感覚、どこかで経験したことがある……そうだ、中間テスト前に理事長先生が来た時だ。

 

 ロビーではビッチ先生がフラフラと歩いていって警備の人にぶつかって……ピアノを弾き始めるまでがすごく自然な動きだった。誰も疑わないし、誰も疑えない……この場はビッチ先生が主役になった。

 前にビッチ先生は体の血流を操作して顔色を変えることができるって言ってたから、酔ったフリをしてたんだと思う……多分最初に廊下のお酒をあおっていったのは、酔っているのにお酒の匂いがしないのはおかしいから、追求されることがないようにしたんだ。

 

 その後は流れるように警備の視線を引き付けて奏でられるピアノ演奏……すごかった……普段の学校での姿が、信じられないくらい綺麗であでやかで……それにあんな長い爪でピアノを弾く技術……そもそもピアノが弾けるなんて全然知らなかった。

 

 

 

────ブブブッ

 

 

 

「!……律か?」

 

『すいません烏間先生、律ちゃんじゃないです。今、非常階段に到着しました。ロビー全体を見て回って、警備の数はエレベーターホール、大階段の上、全部で13人を確認しました。大階段の上には一般客もいるけど全員がイリーナ先生に注目。警備はあと2人ほどを残して周囲2m以内にほぼ全員集合してます。非常階段に人影はなし、踊り場がないので入ってすぐは危険ですが、途中まで上がってしまえばロビー側から姿は見られません。……え、えと……なので、この後イリーナ先生が残りの人を集めてくれると思うから……その後来てください』

 

 そして、思わず僕達まで演奏に聞き惚れていたら現実に戻すように烏間先生のスマホに入った連絡……それは無事に非常階段まで行けたっていうアミサちゃんからの報告。

 ……だったんだけど……なぜか最初に言っていた非常階段の安全確認だけじゃなくて、ロビーの警備人数から大階段の上の様子まで調べていて、烏間先生が静かに頭を抱えだした。だってこれってさ、あの場で存在感がないからってロビーを歩き回ってきたってことでしょ……?

 

「……あのチビ、俺等が言ったこと早速忘れてねーか」

 

「単独行動で、余計なことしちゃダメでしょ……」

 

「囮を引き受けたビッチ先生も想定外じゃない?」

 

「……渚君……これ、叱っていいよね」

 

「……いいと思う。でも、侵入がバレない程度にね」

 

 訂正、頭を抱えていたのは烏間先生1人じゃなかった、むしろ僕等みんな、だ。崖を登る前に自己犠牲について色々言ったはずなのに、早速1人で突っ走っていったアミサちゃん……もたらされた情報は役に立つとはいえ、息をするように危険に身を晒すなんてこと、こんな速攻やらかすとは……って寺坂君ですら呆れてるしカルマ君なんて口元をひきつらせている。疑問形ですらないし……今回は庇わないからね、僕。

 

 ふと、ビッチ先生が演奏を1度止めて、アミサちゃんが想定していた通りロビー全体の警備を集めてくれているのが目に入る……あ、左手だけ椅子の下へ隠した?

 

 

 

【20分稼いであげる。行きなさい】

 

 

 

 ────完全に視線を集めたから先に進め、というハンドサインだ。

 そのハンドサインすら、僕等に見せるためとはいえ自然な動作の一部になりすぎて、警備は誰1人として気が付いてない。……今のうちにロビーを通過するだけなのに、僕等まで思わず目を奪われた。……なんて綺麗な先生なんだろう……って。

 

 

 

++++++++++

 

 

 

「うぉ、真尾いつからそこに」

 

「ずっといたよ?」

 

「……できたら、ワンクッション入れて欲しいな」

 

「うん、いきなりは心臓に悪い」

 

「びっくりして叫んじゃったら本末転倒だし、ね?」

 

「……わかった、気をつける」

 

 非常階段を少し登ったところで待っていれば静かに入ってきたみんな……予想通りイリーナ先生が残りの警備も惹き付けてくれたんだろう。全員が非常階段を数段登って、ロビー側から見えない位置取りになったことを確認してからクラフトを解除すれば、何人かからいきなり現れたって驚かれてしまった。

 だって、みんなが来るギリギリまで警戒してなくちゃ意味ないし……無事、最初の難関を全員でクリア……思わず安堵の息が漏れた。

 

「全員無事に突破!」

 

「すげーや、ビッチ先生」

 

「あぁ、ピアノ弾けるなんて一言も」

 

「普段の彼女から甘く見ないことだ。優れた殺し屋ほど(よろず)に通じる……君等に会話術を教えているのは、世界でも1・2を争う色仕掛け(ハニートラップ)の達人なのだ」

 

 イリーナ先生……きっと先生はいろんな所へ潜入するために、役立つと思えばどんなことでも身につけてきたんだろう。様々な環境に適応して、自然とその空気に溶け込む……それをたった今目の前で見せつけられたわけだ。殺せんせーは動けなくても、いろんな分野でプロぞろいのE組の先生たちはとても頼もしい。

 

 時間もないことだから先に進もう、烏間先生にそう言われて階段を登ろうと進行方向を向いた時、だった。背後から肩を掴まれて先に進むのを止められて、他のクラスメイトたちに抜かれていく……誰が抑えてるのかと思えば、

 

「さぁて、アミーシャ。侵入早々1人で余計なことして心配かけてくれたね……覚悟はいい……?」

 

「ひぃっ!?かく、覚悟っ、ないですっ」

 

「じゃあ今して」

 

「今して!?!?」

 

「……カルマ君、程々にね」

 

「上で待ってるぞー」

 

 ……笑顔でデコピンの構えをするカルマがいました。まって、それだいぶ指先に力入ってるよね……?!慌てて他の人に助けを求めようとしたのだけど、みんな、わざとらしいくらいに目を逸らしてさっさと階段を上がっていく。え……見捨てられた!?これ、私の味方いないの……!?

 ……結局みんなが見えなくなってから、肩から手も外してもらえなくてその場から動くに動けず、問答無用でデコピンの刑に。……思い切りデコピンをされた私が全く声をあげなかったことだけは褒めてほしいかも……痛い。

 

 今までにないくらい強烈なデコピンをいただいた後、心配したんだよって言いながらその痛む私のおでこにカルマはコンって自分のおでこを合わせてため息をついた。いきなりだったから思わず目を閉じちゃったんだけど、すぐに目を開ければ目の前にはまっすぐ私を見ているカルマのオレンジの眼があって……思わず瞬きを繰り返す。

 おでこを合わせることは初めてじゃないのに……デコピンのせいで痛むおでこよりも、心配をかけていたらしいのに気づけなかった申し訳なさよりも……カルマがいつも抱きしめてくれる時には見えなくて、今、目の前の私だけを見るキレイな眼になぜか心臓がドキドキして……、こんなの、知らない、「……私、病気になっちゃった……?」

 

 

 

 

 

 ……私としては心の中で呟いたつもりがしっかり声に出していたみたいで、何バカな事考えてるのってデコピン2発目をくらったことは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に2階をに到着して……少し先にフロアで待っていたみんなを見つけると、私とカルマは早足で合流した。

 

 ……私は合流してすぐに足を止めたカルマを急いで抜かして、おでこの痛みとは違った、恥ずかしいというか何というか理解のできない何かで顔が赤くなっているのを早く隠したくて、メグちゃんの後ろに逃げ込んだ。

 ビックリさせたとは思うけど、私も今の私が理解できないから、メグちゃんの背中に顔をグリグリ押し付けて、私には理解できない何かを誤魔化そうとしたことは、許してほしい……

 

「……アミサ?あんた顔真っ赤だけど……」

 

「……こつんって、……そしたら、めがきれいで、しんぞ、おかしくなっ……うぅ……」

 

「……いろいろ気になるワードが飛び出てきたわね……全部終わったら聞いてあげるわ、ちょっと気になるし。最悪私が後で『お話』してきてあげるから」

 

「……うん」

 

 どこか含みのあることを言うメグちゃんと小声でそんなやりとりを交わしながら歩いていれば、いつの間にか3階に到着していて……烏間先生が振り返った。

 

「さて、入口の厳しいチェックさえ抜けてしまえば、ここからは客のふりができる」

 

「客?こんなところに中学生の団体客なんて来るんスか?」

 

「……聞いた限り結構いる、芸能人や金持ち連中のボンボン達だ。王様のように甘やかされて育った彼等は……あどけない顔のうちから悪い遊びに手を染める」

 

 悪い遊び……お酒とか、ドラッグ、なんだろう。甘やかされるというのは、誰にも咎めてもらえないということ……きっと何をしても肯定されてしまうから、将来どうなるか……嫌でも先は見えてしまう。親が大物だからって、子どももそうだとは絶対に言えないというのに。

 ただ、今回に関してはそんな人たちがいることに感謝だ。私たちのような部外者がここにいても、警戒されなくて済むということなんだから。

 

「しかし我々も敵の顔を知りませんからねぇ……敵もまた客のフリで襲ってくるかもしれない。十分に警戒して進みましょう」

 

「そうだな……何かのために指示をしておく。『もしこの先敵と遭遇した場合、即座に退路を断て。』連絡をされて俺たちの侵入がバレたり増援を呼ばれたりしたら、この潜入は役に立たなくなる」

 

「「「はい!」」」

 

 これまでのように足音を潜めるのではなく、普通に、ホテルを使っているお客さんのように堂々と廊下を歩く。何人かの人とすれ違っているけど気に止める人はいないし、むしろ相手の方が視線を合わせないように関わらないようにしているようにすら感じる。

 ……トラブルを避けたいのは相手も同じ……自分たちのことを知られるのを避けたいのも同じ、というわけだ。今のところ敵らしい人とは遭遇していない……気づかれてないのか、まだ来ていないのか、前衛を烏間先生が見張ってくれているとはいえ、完全に安心するわけにはいかない。

 

「へッ、楽勝じゃねーか。時間ねーんだからさっさと進んだ方がいいだろ」

 

 3階の中広間に着く頃には、そこまで集団で長々と行動することが得意じゃない寺坂くんと吉田くんが前に駆け出していた。2人とっては焦りもあったんだろう……確かに、進めるうちに進むのが得策なのかもしれない……だけど、私たちには馴染みのないフィールドだからこそ、慌てるべきじゃなかった。

 

「ッ!!寺坂君!!そいつ危ない!!」

 

「……ッ!?……ダメ、2人とも……!!」

 

 目の前からやってくる、すれ違うだろうこのホテルの利用客らしき人……なのに、どこかで感じた気配があった。このホテルに来るまでの私たちの行動範囲は、海沿いのホテル周辺だけ……それなのに()()()()人から()()()()気配を感じるのは明らかにおかしい。

 

 私と優月ちゃんが声を上げたのはほぼ同時で、間髪入れずに烏間先生が前に出て寺坂くんと吉田くんの2人の襟首を掴んで私たちの方へと投げ飛ばす……その一瞬の間に警戒していた男の人が何かをこちらに向けて、烏間先生を巻き込む形でガスが広がった。

 

「寺坂くん、吉田くん、だいじょぶ?吸ってない……?」

 

「あ、あぁ……」

 

「その前に烏間の先公に投げ飛ばされてたよ……」

 

「……何故わかった?殺気を見せずすれ違いざま殺る……俺の十八番だったんだがな、オカッパちゃんにおチビちゃん」

 

「だっておじさん、ホテルで最初にサービスドリンク配った人でしょ?」

 

 それを聞いて何人かは優月ちゃんの言いたいことに合点がいったみたいでハッとした顔でおじさんの顔を見ている。……イリーナ先生と同じで、自然に環境へ溶け込み、自然すぎるが故に印象に残さない……だから、すぐには気づけなかったんだ。

 

「断定するには証拠が弱いぜ。ドリンクじゃなくても……ウィルスを盛る機会は沢山あるだろ」

 

「竹林君が言ってた……感染源は飲食物だって。クラス全員が同じものを口にしたのはあのドリンクと……船上でのディナーだけ。けど、ディナーを食べずに映像の編集をしてた三村君と岡島君も感染したことから、感染源は昼間のドリンクに絞られる……従って、犯人はあなたよおじさん君!」

 

「ぬ……っ」

 

 ビシッと決めた優月ちゃんに狼狽えるおじさん……反論もしてこないし、これでウイルスを盛った実行犯は確定だ。

 

「……フン、認めてやろう。……参考までにおチビちゃん、お前は何故わかった?」

 

「……私、あなたのことは知らない……なのに、知ってる感じがする。私たちの行動範囲なんて海沿いのホテル周辺だけに限られてたのに、そこであった感じの人がこんなところにいるなんて、おかしいから……」

 

「なるほど……無意識に気配を読んだというわけか……ククク、おもしろい。おもしろいが、……ここまでだ」

 

 余裕そうに笑うおじさんに、嫌な予感がした。バレた時点でもう、私たちから警戒されるってわかっているはずなのに……何か、待ちわびた瞬間が訪れたって雰囲気だ。

 

 

 

 ────ドサッ

 

 

 

 ──目の前で、私たちの頼れる背中が崩れ落ちた。

 

「か、烏間先生!」

 

「なるほど、毒物使い……ですか」

 

「俺特製の室内用麻酔ガスだ……一瞬吸えば象すら気絶(オト)すし外気に触れればすぐ分解して証拠も残らん」

 

 さっきのガス、烏間先生、寺坂くんと吉田くんの2人をかばった時に吸ってたんだ……!どうする、こっちは15人あっちは1人……プロと素人という差があるとはいえ、人数差でいえば十分相手に出来るし、烏間先生が動けない今は参戦できるように構えるべきか……

 ……違う、ちゃんと対策(やること)は決まっている。得意気に自分の毒物について語るおじさんは烏間先生に意識がいってるから私たちなんて眼中に無い。私たちはアイコンタクトをとって、すぐに行動する。

 

「お前達に取引の意思が無い事はよくわかった。交渉決裂……ボスに報告するとするか。……なっ!?」

 

 報告へ戻ろうとおじさんが来た道へ振り返った時には私たちの配置は終了していた。壁に飾られた武器や部屋に置かれた机、ツボ等を構えた私たちが中広間に繋がる道をすべて塞いでいたから。

 

『もしこの先敵と遭遇した場合、即座に退路を断て。』

 

 私たちはここに来る前にされたこの指示を、忠実に守ったに過ぎない。見たところすぐに携帯とか電子機器でどこかに連絡を取る様子は見られなかったから、このおじさんをここで足止めできれば私たちのことを知られることは無い、はず。

 

 おじさんのやってきた方向……進行方向側を塞いでいた私は、おじさんに見えるように戦術導力器を構え、適当なアーツを詠唱する。……正直発動させるつもりは無くて、発動前に駆動解除してしまえばEPも消費しないで済むし、そもそもアーツ発動前、詠唱中の特徴的な光は属性に関係なく総じて青だから、相手には私が何をするつもりなのかは察せないはず。

 

 私の周囲にふわりと広がる青い光とその余波で揺れる私の髪……それを見たおじさんは少し焦ったように見えた。

 

「……そうか、だから……お前がボスの言っていたアーツ使いのガキか……!」

 

「……へぇ、黒幕はアミーシャのこれを知ってる奴ってわけね」

 

「!!」

 

 そう、この行動は少しだけカマをかける目的もあった。

 

 犯人が私の戸籍を調べたということは、私がゼムリア大陸の出身者だということまで分かったはず……だけどあちらで普及している導力器(オーブメント)のことは分かっても、私が戦術導力器を持っているのか、アーツを使うかどうかまでは分からないはずだ。

 だって、大陸に住んでいても戦う力を持たない人の方が圧倒的に多いんだから。

 

 私がこれまでにアーツを使って見せたのは、イトナくんからみんなを守る時と、鷹岡さんが来てから回復アーツと攻撃アーツを見せた時、プールで寺坂くんを守る時と今回の暗殺の時だけ……基本的に戦術導力器そのものは常に携帯するようにしていたけど、アーツそのものは限られた時しか見せていないのだから、私がどちらに当てはまるかなんて早々知りえない情報のはずなんだ。

 カルマが察して援護してくれたことで、少しだけ黒幕を絞るヒントを得ることができた……それでも全然姿が見えないことに変わりはないのだけど。

 

「お前は……我々を見た瞬間に攻撃せずに報告に帰るべきだったな。退路を塞がれボスの情報を少なからず漏らす……そんな失態を犯さずに済んだ」

 

 おじさんの動揺の隙に烏間先生がふらふらと立ち上がる。

 

「……ふん、まだ喋れるとはな。だが、しょせん他はガキの集まり……お前が死ねば統制が取れずに逃げ出すだろうさ。おチビちゃんには既に仕込んでるし、ボスの手土産にでもすれば、問題ないしなぁッ!」

 

 そう言うと顔の半分をマスクで覆い、すぐに先程のガスを撒き散らした機械を向けてくるおじさん……でも、烏間先生の動きの方が早かった。瞬時に間合いに入り込むと、顔面に強烈な蹴りを放った、って……あれ、烏間先生ってガス吸ってるんだよね、それであの速さ……?

 

 毒物使いのおじさんは耐えられずに床に沈んだ。だけど、力尽きたのはおじさんだけじゃなかった。

 

「「「か、烏間先生ッ!」」」

 

 気力だけでやり返したのだろう、烏間先生もその場に倒れてしまった。1階のロビーで囮を引き受けてくれたイリーナ先生、麻酔ガスを吸って倒れてしまった烏間先生、そもそも手足がなくて運ばれてる殺せんせー……でこれで私たちの先生は3人ともまともに動ける人はいなくなってしまった。

 

 ……ここから、どうすればいいんだろう。

 

 

 





「……ッダメだ、普通に歩くふりをするので精一杯だ……」

「烏間先生、すぐに回復を……!」

「いい、……30分で回復させる」

「……でも、」

「何かあった時に備えて温存しておいてほしい」

「……はい」





「そういえば、アミサちゃん。なんであの姿を隠せる技を暗殺で使わなかったの?」

「え、…………その、……、殺せんせーって一度使うと覚えちゃうから、もう二度と使えなくなっちゃうと思って……温存してた」

「……じゃあ、この状況にならなかったら」

「使わないで、今後に使えたかもしれないってこと……?」





「…………『誰か』は知らなくても、アーツ使いがいることは知っている、か。……まさかな」

「烏間先生……?」

「いや、何でもない」





「……既に仕込んだって……まさか……」

「アミーシャ、行くよ」

「……、……うん」



++++++++++++++++++++



同じ行動だけど、状況が変わったことでちょっとカルマのことを意識したオリ主。でも知識がないのとキャパオーバーでうまく説明できずに逃げ出しました。
多分、秘密を少しづつ話していることで周りを見る余裕が出来つつあるんだと思います。

片岡さんは何があったのかは何となく察したけど、伝わってないことも察したので最悪校舎裏()に呼び出す予定。

そして、本人バラしたしもういいよねとばかりに、カルマは本名を普通に呼び始めるという。オリ主本人も気にしてないけど、これがある意味今のところのカルマの独り占め案件なのかもしれない。

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