暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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46話 悪魔たちの時間

 

 取引を受けないで治療薬を奪い取るために私たちが入り込んだ普久間殿上ホテル……最初に出会った毒使いのおじさんは、烏間先生が相討ちとなって倒してくれたとはいえ、相手はプロ。

 あとから追いかけてこられたら厄介だから、寺坂くんが持ってきていたガムテープで毒物使いのおじさんを動けないように縛り、机や椅子などを被せて外から見ても簡単にはバレないように隠しておく。

 

 それらの作業が終わるまで通路を見張るメンバーがいれば、烏間先生の様子を確認しているメンバーもいて……みんなに何かしらの動きがある中、私とカルマも例に漏れず、とあるものを探して床に膝をつきながら棚の下や机の下を覗き込んでいた。

 

「……っかしーなー……烏間先生が最後の蹴り入れた時にアレ、持ってたよね?ポケットの中にもなかったし……」

 

「うん……烏間先生蹴り飛ばしてたし、おじさんの近くになかったってことは、多分方向的にあっち、に…………あ、」

 

「!……ナイス、アミーシャ。……ま、備えあればうれしいな、と」

 

 そんなことをしている間に、磯貝くんがフラフラながらも立っている烏間先生を支えに入っていた……あのおじさんの作った麻酔ガスって象をも気絶(オト)すってあの人言ってなかったっけ……なんで歩けてるんだろ。ホントにうちの先生っていろんな意味で化け物ぞろいだと改めて思う。

 

 ……だけど、満足に動けない烏間先生や足止めをかって出てくれたイリーナ先生に頼ることはもう出来ない……もちろん、完全防御形態の殺せんせーも話せるとはいえ動けない。

 まだここは3階、目的地の10階(最上階)までまだまだあるというのに……潜入したばかりなのに、すでに私たち自身しか頼るものがなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「いやぁ、いよいよ『夏休み』って感じですねぇ」

 

 

 

 

 

 …………私たちが、大人の手を借りれない中、私たちだけでこのミッションをこなさなくてはならないというプレッシャーと不安でいっぱいになっているっていうのに、なんともお気楽な殺せんせーの声が廊下に響いた。

 何言ってやがるこいつ、な空気が烏間先生を含めた私たちの間に流れる……自分は絶対安全だからって、顔色を変えて夏らしい太陽を表示させてるし。

 

 この後、全員から思いっきり責められて、渚くんによって振り回されてグロッキーになって、カルマが何かよくわからないことを寺坂くんにさせようとして拒否された問題の先生は、結構すぐに元の顔色へ戻った。

 

「殺せんせー、なんでこれが夏休み?」

 

「にゅ、……先生と生徒は馴れ合いではありません。そして夏休みとは先生の保護が及ばないところで自立性を養う場でもあります。……大丈夫、普段の体育で学んだことをしっかりやれば、そうそう恐れる敵はいない。君達ならクリアできます……この暗殺夏休みを」

 

 殺せんせーはところどころおかしい持論を振りかざす……なんて言うか、勉強については私たちに寄り添ってくれてるのに、運動関係については、私たちがついていけるはずのない超生物の自分を基準にして無茶ぶりをする。

 だけど、今回に関してはその無茶ぶりをやるしか道はない……残り時間がほとんどない今、後戻りしている暇なんてないから。

 

 

 

「……、……だとしても、なんか、ムカっとする……」

 

「……にゅいッ!?ちょ、アミッ、アミサさんッ!つ、ツンツンしな、しないでくださッ、いぃぃっ!ゆれ、揺れ、るっ!酔う、目が回りますからぁぁぁっ」

 

 

 

 ……でも、この状況で、自分基準で1人だけお気楽で構えていられるのは、いくらなんでも不謹慎すぎると思うんだ。

 ……だから私は渚くんの隣を歩きながら、彼の持つ殺せんせー入りの袋をつついて回転させて、楽しむ余裕のない私たちを他所に楽しそうにしている先生を酔わせて、仕返しをすることにしようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5階、展望回廊。

 

 眼下の海を一望できる、見通しもよくて窓側が全面ガラス張りになった廊下だ。本来ならすごくいい眺めを楽しめる場所、なんだろうけど……そうもいかせてもらえないみたい。

 夜だからかどこか幻想的で……通る人が誰もいない静かすぎるそこは、危なく不気味な雰囲気を漂わせていて、その中心には窓ガラスにもたれかかりながら佇む一人の男の人がいた。

 

 それを見て、烏間先生が動けないならと壁役を買って出て先頭を歩く寺坂くんが足を止めた。

 

「(お、おいおい……めちゃくちゃ堂々と立ってやがる)」

 

「(いい加減見分けがつくな……どう見てもあいつは殺る側の人間だ)」

 

 この廊下はさっきの中広間と違って狭く、遮蔽物がないから見通しがいい……つまり、隠れて奇襲する、ということができない。小隊を組んで畳み掛けるにも狭すぎるから、私たちの人数が多いことを生かせない。

 

 どうここを通り抜けるべきか……息を潜めながら考えていると、突然男の人がもたれていたガラス窓にヒビが入った。

 

「……つまらぬ。足音を聞く限り、『手強い』と思えるものが1人もおらぬ。精鋭部隊出身の引率の教師もいるはずなのぬ……だ。どうやら……〝スモッグ〟のガスにやられたようだぬ、半ば相討ちぬといったところか。……出てこい」

 

 私たちがここまで来て、あの人の様子を伺っていたことは完全にバレていた、というわけか……バレているのに隠れていても意味が無い、全員で男の人の前に姿を見せるしか選択肢はなかった。

 

 それでゾロゾロと姿を見せることになったわけだけど……なんか……なんていえばいいのか分からないけど、みんなの表情が困ってるというか……言いたいことがあるけど我慢するしかなくて、みたいな……、あ、もしかして……

 

「〝ぬ〟、多くねおじさん?」

 

「「「(言った!よかった、カルマがいて!!)」」」

 

「え、そっち?みんな、〝私たちは宿泊客ですから通らせてください〟って言いたいのかなって思ったのに……」

 

「毒ガスおじさんも俺等の情報知ってたんだから無理っしょ」

 

「そっかぁ……」

 

「そうだよ」

 

「「「(出た、この天然娘!お前らここでほのぼのすんな!)」」」

 

 見たところこの男の人は外人さんな容姿をしてるから、正直、母国語から日本語習得した時に、違和感のある日本語の使い方で覚えちゃったか影響を受けて身につけた人なんだなってくらいのことしか考えてなかった。

 それか、日本の何かをリスペクト……だっけ、好きなものを真似てる人かなって思っていたら……案の定、サムライっぽい口調になるって聞いたらしく、かっこよさそうで試していたみたい。

 

「間違ってるならそれでも良いぬ。この場の全員殺してから〝ぬ〟を取れば恥にもならぬ」

 

「素手……それがあなたの暗殺道具ですか」

 

「こう見えて需要があるぬ、身体検査に引っかからない需要は大きい。近付きざま頚椎をひとひねりその気になれば頭蓋骨も握り潰せる……だが、面白いものでぬ、人殺しのための力を鍛えるほど……暗殺以外にも試してみたくなる。すなわち…闘い。強いものとの殺し合いぬ」

 

 素手……武器という武器が目に見えないからこそ、警戒しにくく、完全にその人の力量に左右されるもの。確かに暗殺には活かせるけど、鍛えすぎた力は凶器そのもの……普通のバトルではお話にならないだろう。それをこの機会に試したかったんだ……もしも、ここまで無事に烏間先生が来ていたら、烏間先生と殺し合いをしたかったんだろう。

 

 その時、隣でカルマが動いたのがわかった。

 

「(行くの……?)」

 

「(うん。いざとなったらアレがあるし、ちょっと試してくるよ)」

 

「(……だったら私も行く。見てるだけなんて絶対にイヤ)」

 

「(……じゃあおじさんぬとの闘いは、俺を信じてくれる?それならいいよ)」

 

「(なら、何かあった時に目を引くのは私。……信じてる)」

 

 私たちは1つ頷きあって、カルマが近くに飾られていた観葉植物を掴むのを合図に、静かに移動する。

 

 カルマ曰く『おじさんぬ』は、お目当てだった烏間先生が満足に動けないことから足止めに興味をなくしてしまったみたいで、1人では面倒だからと報告ついでに増援を呼ぼうと携帯を取り出し、そこに視線を落とした……ところでカルマが観葉植物を振りかぶり、私も飛び出す。

 

 

 

 ────ガァンッ!!

 ────ガッシャン!!

 

 

 

「な……っ!!」

 

「「「!!」」」

 

「ねぇ、おじさんぬ。意外とプロってフツーなんだね。ガラスとか頭蓋骨なら俺でも割れるよ」

 

「……なんだ、思ってたより簡単に壊れちゃった。でも……ふふ、これで連絡手段はなくなっちゃった、よね?」

 

 ガラスが割れ、機械が破壊される大きな音が2つ、静かな廊下に響いてみんなが驚いている。

 

 烏間先生以外に手強い……戦える人はいないと私たち生徒を気にもしてなかったおじさんぬの不意をつき、カルマが観葉植物でおじさんぬの手を殴りつけて携帯をはじき飛ばす。……勢いをあえて殺さなかったから植木鉢はガラスを直撃、おじさんぬが作ったヒビよりも大きなものを作り出した。

 ほぼ同時に飛び出した私はカルマの肩、ガラスに打ち付けた植木鉢を足場に宙へ跳び、弾き飛ばされた携帯を床へ思い切り蹴り落として破壊、そのまま床に着地して、バックステップでカルマの隣へ移動しながらまっすぐ殺し屋さんを見る。

 

 私たちが、烏間先生にかわって、この場を引き受けることを示すように。

 

「……ぬ……?2人で来るか、少年、少女よ……、ッ!?」

 

「…………」

 

「なぜ、こんな所に……!」

 

 今の一連の動きを見たおじさんぬが、一瞬なにかに驚いた素振りを見せて……何かを考えるように私たちのことを上から下まで眺めている。

 実力を図ろうとするものだと思うから、嫌な目線というわけではなくて……どちらかというと困惑してる?私はとりあえず気付かないふりをしてあげようと、目をそらして少し下がり、その視線を遮るようにカルマが前に立った。

 

「……?なんかよく分かんないこと考えてるみたいだけど。この子はおじさんぬの連絡手段壊してくれただけだから、相手は俺だよ……ていうか速攻仲間呼んじゃうあたり、中坊とタイマン張るのも怖い人?」

 

「よせ、無謀……!」

 

「ストップです烏間先生……アゴが引けている」

 

 今までのカルマだったら余裕をひけらかしてアゴを突き出し、相手を見下す構えをしていた。でも今は違う、口が悪いところに変わりはないけど……目はまっすぐ油断なく、正面から相手の姿を観察している。テストでの敗北……その経験からしっかり学んだんだろう、そう殺せんせーが評した。

 

 1人だけ前に出て、明らかにカルマがタイマンで勝負を挑もうとしているのがわかったのだろう……殺せんせーは止めなかったとはいえ、みんなはなんとかして彼を止めようと1歩下がった私に訴えかけてくる。

 

「おい、真尾……お前はいいのかよ!相手はプロだぞ!?」

 

「いくらカルマでも分が悪いって……!」

 

「…………信じてって言ったから」

 

「……え?」

 

 ……私だって、1人では危険だとわかっている戦いに行くのを黙って見ているのなんて嫌だ。傷ついて帰ってくるかもしれないのに、何もできないで見ているなんて……嫌だ。

 だけどそれではカルマに実力がないって言っているようなもの……誰にも本当の実力とか、秘めている力なんてわかるはずがないのに勝手に判断するのは、彼を信じられないってことになる。

 

 

 

「カルマが、信じてって言ったから……だから止めない」

 

 

 

 ……これが、1人で無茶をしようとする人を送り出す側の気持ち、なんだと思う……こんな時に実感するなんて……はじめて、知った。

 

 まっすぐカルマとおじさんぬの方を見て、それでも何かあった時のために戦術導力器を握りしめて私がそう言うと、みんなは不安そうにだけど引き下がってくれた。

 任せてって、信じてって言ったから……私は目をそらさない、だからせめて、いつでもサポートに入れるようにはしておこう。……無理だけはしないで……

 

「いいだろう……試してやるぬ」

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

 そして、素手の殺し屋とカルマによる1対1の勝負が始まった。振りかぶった最初の一撃で観葉植物は握りつぶされ、武器として使えなくなった。

 それを投げ捨てるのを見たおじさんぬは一気に接近戦へと持ち込む。頭、首、腕……それらを捕まえ握りこもうと動く手を、カルマは全て避けるか捌くかをして当たらない。一度捕まったらゲームオーバー……まるで、立場が逆なだけで、烏間先生と私たちの体育の授業を見ているかのようだ。

 

「……すごい」

 

 思わず、そんな言葉が誰かからこぼれた。私たちは暗殺のために訓練しているだけであって、戦闘方法(たたかいかた)を学んでいるわけではいない。最終目的は暗殺だから、静かに忍び寄り、たった一撃の攻撃で仕留めればいいため、自らを守るすべを学ぶよりも、武器の扱い方、体の動かし方を優先して学んできた。

 カルマは、教えられていないことでも〝見て〟吸収し技術を盗んだんだ。鷹岡さんの時も、不完全な模倣しかできなかった私とは違って、あの時点で烏間先生の防御テクニックを完璧に会得していたから。

 

 それでもカルマは防戦一方にしかならず、捕まることを危惧した動きでは、なかなか攻めに移ることができない……どちらかが致命的なミスをするまで続ける気かな。

 ふと、彼らの足元を見てあるものを見つけた私は、そろそろきっかけ作りに動いてもよさそうだと判断して、ふら、と前に飛び出した。

 

「あ、こらっ」

 

「……ぬ!?」

 

「…………、っと、……」

 

 おじさんぬの腕の動き、カルマの攻撃を捌いていく動き、2人の動線……それらを全て目で追いながら、床に落ちたものを拾いつつ廊下の反対側へ危なげなく抜ける。攻防中の2人から、なんか言われた気もしたけどスルーして……ほどなくして、カルマとおじさんぬの攻防は、おじさんぬが動きを止めたことで、一旦止まることになった。

 

「……どうした?攻撃しなくては永久にここを抜けれぬ、ぞ」

 

「どうかな〜あんたを引きつけるだけ引きつけといて、その隙に皆がちょっとずつ抜けるってのもアリかと思って。現に1人、抜けれちゃった子がいるしねぇ……?」

 

「ぬ……」

 

「アミサちゃん!なんでそんな危ないところに突っ込んでいくの!?」

 

「だって、戦いの場に上着落としたままとか……フェアじゃないよ、どっちが踏んでもトラップになるでしょ?なにもない、邪魔するものがないところで戦ってこそフェア……違う?」

 

「だからといってふらっと飛び出すなよ真尾……」

 

「見てるこっちもビビるだろ!!」

 

「安心して、乱入してきたと思って俺もビビったし、一瞬で視界から消えてくれるから……アミーシャが意味の無い行動をするわけないってわかってるから、集中は切らさなかったけどさ」

 

 多分、空気抵抗を少しでも減らすためにおじさんぬは上着を脱いで、肌にぴたっとくっついたインナーのみで戦おうとしたんだろうけど……私としては、傍から見てて、かなり邪魔な位置に落とされたそれが気になっていて。どちらが先に踏んでもおかしくないし、それが敗因とか……ちょっと、ね。

 戦ってた2人だけじゃなくて、見ていたメンバーからも文句言われちゃったけど……私、危ないものを退けただけなのに……

 

「でもこれ以上は2人が素手を捨てない限り、私は参戦しない。それなら、どう?」

 

「……まぁ、そうだね。そんなコスいことは無しだ。あんたに合わせて正々堂々素手のタイマンで決着つけるよ」

 

「良い顔だぬ、少年戦士よ……お前とならやれそうだぬ、暗殺家業では味わえないフェアな闘いが」

 

 停滞していた空気はリセットしてあげた……ここからまた切りかえて、新しく攻防戦が始まる。今度はカルマから仕掛けて、おじさんぬを防御させる動きに流れを変えていく。まずは蹴り、高さを見せると基本的に顔や首、顎を狙って攻撃を仕掛けていく。腕や指先で顔を狙いおじさんぬの注意が上半身に向いた瞬間、防御ががら空きになった脛の当たりを蹴りつけた。

 上手い具合にヒットし、蹴られた足をかばったおじさんぬは距離をとって背中を見せる……すかさず追撃をかけるためにカルマが一気に距離を詰めた。

 

 

 

「(チャンス!)」

 

っ!エニグマ駆動……!

 

 

 

────ブシュッ

 

 

 

「!」

 

 

 

 ……瞬間、廊下に広がったのは見覚えのあるガス。まともにそこへ突っ込んでいったカルマは、ガスを吸ってしまったのか虚ろな目をして崩れ落ちた。カルマの顔を掴み、床に倒れ込むのを止めたおじさんぬは、持っていたガス噴射器を床に落とす。

 

「一丁上がりぬ……長期戦は好まぬ、〝スモッグ〟の麻酔ガスを試してみることにしたぬ」

 

「き、汚ぇ……そんなもん隠し持っといてどこがフェアだよ」

 

「俺は一度も素手だけとは言ってないぬ……

「そうだね、でも、私もちゃんと言ったはず、だよ……炎の礫……ファイアボルト(火属性攻撃魔法)!」

ぬ!?」

 

「〝素手の勝負〟先にやめたのは、おじさんぬだから」

 

 赤い光と共に火球がおじさんぬのカルマを掴んでいない側を掠め、窓にあたって消滅した……火のアーツの中で1番威力のない下位アーツだ。さらに青い詠唱の光を戦術導力器に灯して、新たな炎の礫をいくつか手の上に出現させ、私も挑発を重ねる。

 吉田くんの言うこともごもっとも……だけど私が誘導し、お互いにフェアを申し出ておきながらそれを先に破ったのはおじさんぬだから、これは無効試合みたいなもの。それなら最初に話していたタイマンだって無効……っていう理屈で私も参戦してアーツを使う意思があることを示す。

 

 驚いたように私を見たおじさんぬだけど、何事も無かったかのように勝利を確信した顔でカルマの顔を掴みなおすとそのまま持ち上げた……ぶら、と力の抜けたカルマの体が、宙に浮く。

 みんなには背を向ける形になってるから分からないだろうけど……私の方を、自分に有利な状況だと見せつけるように向くおじさんぬの向こう側……顔を掴まれて意識の無いはずの彼の口元がニヤリと弧を描いたように見えた。

 

「拘る事に拘り過ぎない……それもまたこの仕事を長くやってく秘訣だぬ。少女術師よ、そのまま攻撃アーツを使えばこの男の命はないぞ」

 

「!……アミサちゃん!」

 

「…………そっか……じゃあ、しょうがないね」

 

 カルマの命を盾にしてきた、か。さすがに人質に取られていて攻撃をするほど愚かじゃないから、私は構えていた炎を床に落として、そのまま足で踏み付ける。ちょっと焦げちゃったかもしれないけど、そのくらい必要経費ってことで。

 

「フッ、そう、そうやって大人しくしていればいいぬ。至近距離からのガス噴射、予期してなければ……」

 

「……、ふふ、……あはっ」

 

「……何がおかしいぬ、お前の一挙手一投足に、この少年戦士の命がかかって、」

 

「ありがと、おじさんぬさん……()()()()()()()()()()()()()?」

 

「何を、ッ!?」

 

 

 

────ブシュッ

 

 

 

「奇遇だねぇ〜、2人とも同じこと考えてたぁ」

 

 お礼を言った直後、私はハンカチを口に当ててさらに後ろへと下がった、瞬間、再びガスが噴射される音が響く……今度はカルマの手の中から。……予期してなければ絶対に防げないんでしょ?私に意識を向けた時点でおしまい、だよ。

 意識をなくすまではいかなかったみたいだけど、おじさんぬはたまらずカルマを手放して、崩れそうな体を支えている。

 

「なぜ、何故ぬ……お前がそれを持っているぬ……そして何故、お前は俺のガスを吸ってないぬ!ぬぬぬうぅぅっ!」

 

 苦し紛れだろう、懐から小さなナイフを取り出してカルマに躍り懸かったおじさんぬだけど、少なからずガスを吸った影響が残っていたみたいで動きが鈍い……もちろんそれを見落とす彼じゃないから、ナイフを避けるついでに懐へと入り込み、そのまま背中へ腕を回して固め技で締め上げた。

 それを確認してから私も駆け寄り、落としたナイフを遠くに蹴り飛ばす……折りたたみナイフに麻酔ガスに、全然素手じゃないじゃんこの人……、ウソツキ。

 

「アミーシャ、サンキュ。ほら寺坂早く早く〜っ!ガムテと人数使わないと、こんなバケモン勝てないって」

 

「……はぁ、へいへい。テメーが素手のタイマンの約束とか、()()()ないわな」

 

「縛る時も気をつけろ……そいつの怪力は麻痺していても要注意だ」

 

「「「はーい」」」

 

 男子を中心におじさんぬの上にのしかかる……中学生とはいえ、さすがに10人近くが勢いよく背中に乗ってくるのはきついだろうね……ものすごい悲鳴が聞こえた気がするけど、聞かなかったフリ。そのままガムテープでぐるぐる巻きにしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても……カルマ、最初からアレ狙ってたのか?」

 

「ん〜?まーね。毒使いのおっさんが未使用だったのくすねといたんだ……使い捨てなのがもったいないくらい便利だね」

 

「アミサちゃんも笑ってたし……知ってたの?」

 

「だって、アレ見つけたの私だもん」

 

「……なるほど、あれか。椅子やら棚の下やらを覗いてた時」

 

 ぐるぐる巻きにしたおじさんぬのそばで話す私たち……押し潰したとはいえ、おじさんぬなら意識もあるし起きてるよ、だから悔しそうに見上げているのがわかる。

 危険なのは手のひらだけだとは思うけど、いつこの拘束をほどいて起き上がってくるかわかったものじゃないから、動ける人みんなで一定の距離を取りながら囲んでる。

 

「何故だぬ……俺のガス攻撃、お前は読んでいたから吸わなかったぬ。俺は素手しか見せていないのにぬ……何故ぬ!?」

 

「とーぜんっしょ、()()()()の全部を警戒してたよ。……あ、アミーシャ、うれしいなよろしく〜」

 

「!……ん、わかった。寺坂くん、リュック貸して?」

 

「は?……お、おう……」

 

 私に頼み事をしてカルマはおじさんぬの方へ近づいていった……先に済ましちゃおう。そう思った私は寺坂くんの持っているリュックから、カルマが入れたらしい非常用持ち出し袋を出させてもらう。私が迷いなくリュックに手を突っ込んでその袋を出した瞬間に、寺坂くんが「あいつ、いつの間にこんなの入れやがったんだ!」って……カルマ、入れさせてもらってたんじゃないんだ、……文字通り勝手に入れたんだね。

 

 おじさんぬの顔の正面に座るカルマはまっすぐと目線を合わせる……勝者だからと驕らず、ただ、まっすぐ。

 

「あんたが素手の闘いをしたかったのは本トだろうけど、一対多数のこの状況を足止めするために、素手に固執し続けるようじゃプロじゃない。俺等をここで止めるためにはどんな手段でも使うべきだし……俺でもそっちの立場ならそうしてる。あんたのプロ意識を信じたんだよ、信じたから、警戒してた」

 

 カルマが信じていたのはプロ意識……もしもおじさんぬが言っていたフェアな闘いを望むって言葉を信じていたら、素手以外に警戒なんてしてなかっただろうから危なかった。

 カルマもタイマンの事とか麻酔ガスの事とかいくつも嘘を重ねて対峙してたからおあいこって気がする……つまり、この勝負が始まってからすぐ、闘いの裏側では言葉の駆け引きが行われてったってことだ。

 

「ま、俺的にはいつウチの小動物が我慢できなくなるかが1番心配だったわけだけど……案の定突っ込んでくるし……」

 

「だって、あのままだったら2人ともずっと勝負の決まらない戦い楽しんで終わらなかったでしょ……?」

 

「……かもね。いい区切りにはなったし……でもちゃんと信じて任せてくれたのは嬉しかったよ」

 

「……へへ」

 

「アミサちゃん、すごい思いつきで飛び出したように見えたけど、ちゃんと考えて飛び込んでたんだね……」

 

「本ト、いろんな実力含めてカルマとセットだわ……」

 

「大きな敗北を知らなかったカルマ君は……期末テストで敗者となって身をもって知ったでしょう。敗者だって自分と同じ、色々考えて生きている人間なんだと」

 

 相手はどんな努力をしてきたのか……自分と同じように考えてるのではないか……見くびっていたら相手の存在なんて目に入って来るわけがない。

 相手をまっすぐ見るようになったからちゃんと見て、敬意をもって警戒する……それができてはじめて『隙がない』人物になれる。隙がないというのは、単に油断していないってだけじゃダメなんだ。殺せんせーが嬉しそうにカルマの成長を褒めているのを聴きながら、私は彼に頼まれた袋を持って一緒におじさんぬの正面に座る。

 

 

 

 

 

「大したやつだ、少年戦士よ。負けはしたが楽しい時間を過ごせたn……」

え、何言ってんの?楽しいのこれからじゃ〜ん?

 

 

 

 

 

「……ぬ?」

 

「はい、カルマ」

 

「ありがと〜……んー、あったあった」

 

 おじさんぬも、負けはしたけどカルマが1人の対戦者としてまっすぐ敬意をもって挑んでいたことを察したんだろう……どこか満足げにこの闘いを締めようとした。

 

 ……が。そこで終わるわけがないのが私たちなわけで……タイミングを見計らっていた私は今だと思って非常用持ち出し袋を差し出す。彼が楽しそうに袋を漁り、にょきっと取り出したのは……

 

「……なんだぬ、それは?」

 

「わさび&からし。おじさんぬの鼻の穴にねじ込むの」

 

「なにぬ!?」

「「「はあっ!?」」」

 

 カルマ特製非常用持ち出し袋……別名、いたずらグッズ『備えあればうれしいな』。見たことないようなものから身近にありそうなものまでなんか、いろいろ入ってる……のは知ってたけど、中身全部は知らないし、これから使うものが幾つかあるらしいから袋をひっくり返してみた。あ、虫のおもちゃ出てきた。

 

「さっきまではきっちり警戒してたけど、こんだけ拘束したら警戒もクソもないよね〜。これ入れたら専用クリップで鼻塞いでぇ……口の中にトウガラシの1000倍辛いブート・ジョロキアぶち込んで……あ、それとって」

 

「……これ?うん」

 

「ありがと。で、その上から猿轡して処置完了っと……さ、おじさんぬ。今こそプロの意地を見せる時だぬ♡」

 

「ぬぐおぉぁあぁあっッ!!??」

 

「あはははっ!え、まだひと押ししかしてないんだけど?まだまだチューブ1本あるんだからぁ、いーっぱい味わってよね〜!」

 

「カルマ、これって何?」

 

「ん?……あぁ、それ奥田さんに頼んで作ってもらった悪臭化合物(魔獣食材入)。使ってもいいけど、それ使うと正直ここいっぺんものすごく臭くなるらしいから、みんなの服から匂い取れなくなると思うし……おじさんぬにやるならそっちのセンブリ茶にしときなよ」

 

「もぐがァァあぁああぁッッ!!〜ッ!!」

 

「お茶?お湯ないのに?」

 

「そ、茶葉そのまんま口に入れな。煮出す前だからめちゃくちゃ苦いはずだし」

 

「んーと……私はいいかなぁ……カルマに麻酔ガスかけてきた時は氷漬けも一応仕返し候補にあったんだけど……、……うん、思い出したら、なんかムカついてきたからやっぱり凍らせよ。カルマを掴んでた手も、一緒に体もぜーんぶ氷漬けにしとけば、暫く握力なくなるよね……?」

 

「……ッ、何、俺のために怒ってくれてんの……?やば……アミーシャ、めっちゃいい顔するじゃん……っ」

 

「くふ、おじさんぬ、解けた時に体、動くといいね……♡凍れ、ダイアモンドダスト(水属性攻撃魔法)

 

「ガッッッッッ!!!??」

 

 ───ビキビキビキィィッッ!

 

「あ、顔は残してやってよ息できなくなっちゃうでしょ」

 

「……はぁい」

 

 カルマからのイタズラに叫び声を上げながら頑張ってるおじさんぬの鼻の頭をちょん、と触りながらアーツを遠慮なく発動する。途端、鼻の頭から頭にかけておじさんぬの全身が一気に凍りつき、床にも余剰分の氷の華が咲いた。拘束されてたら逃げる心配もないし当て放題だもんね、卑怯な手を先に使ってカルマの命を人質にするなんてことをしたんだから……遠慮なんてするもんか。

 カルマが私の顔を見てビックリしながら嬉しそうに目を細めて笑ってるんだけど……そんなに驚かれるほど、喜んでもらえるような顔、してたかなぁ……

 

「……アミサちゃん、怖ッ!」

 

「本ト、アーツって一騎当千レベルだよな……ガチで真尾が味方でよかった……」

 

「それは違うよ。アミサちゃんはカルマ君を、カルマ君はアミサちゃんを、無意識下でもお互いを守ろうとするわけで……2人をセットにしとけばまだ被害は軽く済むけど、それでもどっちかに手を出した時点で、もう片方が勝手に暴走するんだから相手は終わりに決まってる。一応お互いがストッパーになるからある程度で止まるし……」

 

「な、なぁ、渚、お前が修学旅行でカルマと真尾を誘った理由って……」

 

「気心知れてる仲っていうのもあるけど……あの2人を離した時に何かあったら、どうなるか分かんなかったから……」

 

「実際に何かあったわけだしな……」

 

「今回も仕掛けたのはカルマのはずなのにな……」

 

「恐るべし、触手大量破壊コンビ……」

 

「アイツらセットにしてて大丈夫か?相乗効果でやばい事になってないか??」

 

 おじさんぬの顔を残してほぼ全身氷漬けにしたらちょっと満足したし、目の前のこの人から興味も薄れてきたから、うれしいな袋の中身を漁る……ホントに色々入ってるなぁ、この袋……カルマの隣に座って、気になるものを手に取りながら彼の気が済むまでおしゃべりを続けていると、袋ごと寺坂くんに没収された。

 なんだかんだ言ってもリュックに入れてくれるみたいで、そういうとこ優しいよね。そう思ってたのに、なんつーもん持ってきてんだよって言われてしまった……

 

「あー、もうお前らその辺にしろ!さっさと行くぞ!もたもたしてっと見つかっちまう」

 

「図体でかいもんね」

 

「うるせぇっ!」

 

 

 

 

 

 何はともあれ、誰も怪我も何もすることなく(相手は除いて。氷漬けだし、調味料漬けだし)5階を通り抜けることができた。

 これでやっと半分……ちょっと、疲れてきたかも……少しだけ力が抜ける感覚があるというか、歩く時にふらつく感覚というか……初めて感じる違和感だけど、軽いものだし、カルマのあの戦闘で心配しすぎて気が抜けたのかも。

 

 それにもう1つの、戦術導力器のリミットについての懸念事項の方が私の中の殆どを占めていたから、体調のおかしさについては、あまり気にしてなかった。

 

 

 

──次にぶつかる問題のフロアまで、あと少し。

 

 

 





「殺せんせー……カルマ君、変わってなくない?」

「えぇ……将来が思いやられます」

「ていうか、なんであの子は隣で平然としてるの!?」

「……慣れなんじゃ、ないかな」

「あれって慣れるのか……?」

「しかも何の疑問もなく手伝ってるし……奥田ぁ……なんつーもん渡してくれてんだ……」

「あの悲鳴をバックに、あそこだけ日常風景みたいになってるよ……」

「真尾の適応能力を褒めればいいのか、あれに慣れきってるのを異常だと思えばいいのか……」

「……全部、じゃないかな……」





〝カルマを掴んでた手も、一緒に体もぜーんぶ氷漬けにしとけば、暫く握力なくなるよね……?〟

「……恍惚した笑みっていうの……?マジでゾクッとしたあの顔……ッしかも俺のため?最高じゃん……」



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カルマの時間・2時間目、別名『悪魔達の悪魔的なお遊び(最後だけ)』をお送りしました。
アニメと原作単行本のいいとこ取りをしようといろいろ見ながら書いてるので、混ざってるかも?特にオリ主は気がついたら暴走してるので、みんなが荒れます。

カルマ的には、オリ主の出した感情に満足というか興奮するというか……喜んでそう。おじさんぬには死への秒読みが聞こえてたかも。

次回は、女子の時間。
そういえば、意図せずオリ主の名前と渚君の名前って音が一緒なんですよね。姉妹みたいですね!



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