今回、次回に続き、かなりのオリジナル展開が入ります。
クロスオーバー要素もあるので、英雄伝説軌跡シリーズを知ってる読者様には「おっ」と思ってもらえる内容が含まれるかもしれません。
知らない読者様は、登場人物と一緒に「なんだよそれは!」と思っておいてください。しっかり解説もしていきます。
そもそも、ヘリポートにカルマが呼ばれている時点でだいぶ違うんですよね。話の構成も、原作とも、リニューアル前と比べて大きく変わります。が、戻ってくるので安心してください。
震える足を叱咤してヘリポートへと上がると、そこではすでに渚くんと鷹岡さんは向かい合って立っていた。鷹岡さんの足元には治療薬の入ったスーツケース、渚くんの足元には……ひと振りの本物のナイフ……やっぱりあの人はあの日のリベンジ、……予想通りあの日と全く同じことをやろうとしてる。
ただし、前回は渚くんをみくびって油断して、彼に
こちらを見ている2人のもとへ歩いていく途中、ふと、自分の右腕が目に入った。……カルマがさっき、ヘリポートの入口で掴んでいた私の右腕には、指の配置からして
これは不審に思われるわけだ……いつからかは私も覚えてないけど、手足のしびれで感覚がないってことを隠していたつもりだったのに、私自身が教えてたってことだもんね。
「何してやがる……早く来いオラァ!」
手に起爆スイッチを掲げながら大声をあげている鷹岡さん。これ以上、あんまり時間を使うわけにもいかない……そう思っていつの間にか止まっていた足を再度動かそうとしたら。
ぐい、と右腕を引っ張られて前に連れていかれる……後ろから追いついてきたカルマが無言で私の右腕を引いていて、私たちは渚くんの隣へと並んだ。
あとを追うようにカンカンカン、と階段を駆け上る音が聞こえて、そっと視線だけそちらに向けてみると、ヘリポートへ登る梯子の手前の所に、心配そうな表情を浮かべたみんなが集まっていた。
当然鷹岡さんもそれに気づいていて、ニタリと笑みを浮かべると手に持っていたスイッチを向こう側にも見えるように掲げた。……その瞬間、カルマが私の頭を前から抱えるようにして
────ドォン!
「これでもう、だーれも登ってこれねぇ……ギャラリーくらいは許してやるよ。潮田渚君と、真尾有美紗さん、赤羽業君の3人のヤられ様を観戦するなァ」
あの人が持っていたのは治療薬の起爆スイッチではなく、私たちがたった今登ってきたハシゴを落とすための爆弾……それはそうだよね、治療薬は足元にあるのに起爆したらあの人が吹っ飛ぶわけだし。ゆっくりとカルマが私を離して、視界と音が元に戻る……周りの景色を確認すれば、階段……ううん、ヘリポートと屋上を繋ぐハシゴとなっていた部分がヘリポートの下へ落ちていた。
時間はかかるけどかけ直すことができないわけじゃない……でも、何かあったとしてもみんながこちらに、私たちが向こうへと簡単に行くことはできなくなった。でもそれは鷹岡先生だって同じこと……だけど、仕掛けた側である先生は余裕そうだ。
「おやぁ、過保護だねぇ赤羽業君?……さて、俺のやりたいことはわかるな……?この前のリターンマッチだ」
「……待って下さい、鷹岡先生。僕等は闘いに来たわけじゃないんです」
「だろうなァ、この前みたいな卑怯な手はもう通じねぇ……一瞬で俺にやられるのは目に見えてる。だがな、一瞬で終わっちゃあ俺としても気が晴れねぇ。真尾有美紗、赤羽業……お前等2人はあとだ……ちゃァんと出番は時間が経てば来る……邪魔をしたらどうなるか……わかるよなァ?」
「………………ッ」
「…………行くよ、アミーシャ」
私たちの目的は治療薬を手に入れること……だからなんとかこの興奮している鷹岡先生をなだめて交渉にもっていきたいのだけど全く聞く耳を持ちそうにないし、そもそも口を挟む余地がない。その上今度こそ治療薬のスーツケースに付けられた爆弾の起爆スイッチでみんなの命を盾に脅されて、私は前に出ることができなくなってしまった。
私はあの人曰く『
だけど、だからこそ渚くんと違って何をさせられようとしているのかが全然想像がつかない……時間が経てば出番が来るとか言ってるけど、一体どういうこと……?
ひとまず、カルマに腕を体に回されて促される形で、渚くんと鷹岡先生の2人から距離をとる。本気でそう思っている訳では無いけど……『邪魔をしません』という意思を見せるために。
「よしよし、いい子達だなァ……そのままそこで見ていろよ。さて、潮田渚……闘う前にやることやってもらわなくちゃな。謝罪しろ、土下座だ」
「───ッ!」
鷹岡さんが地面に指を向けて、渚くんに命令した瞬間、ぶわりと感情が高ぶるのを感じた。あの人の言い分は自分との一騎打ちに実力が無いから卑怯な手で奇襲した、それについて謝れということだった。
……なんで、理不尽だ、この人がただ自分が上の立場だと示したいだけだ、受ける必要のない屈辱じゃないか、やる必要なんてない、渚くんは悪くない、……そんな思いが私の中を駆け巡るけど、ここは鷹岡先生のフィールド……通用するはずがない。
「……、……アミーシャ落ち着いて。あっちと同時進行で俺の声、聞けるよね?イエスなら1回、ノーなら2回力入れて」
「っ!……、……」
「中間テスト対策の時、アミーシャは同時に複数教科の答えを書いてた……同時に同じように聞こえた殺せんせーの声を聞いて、同じ教科だと思って書取った……そうでしょ?」
暗く、距離が空いているせいで見えないだろうけど、私は全ての負の感情を向けるつもりであの人の方を睨む……と、隣から落ち着いた声が聞こえてきて、ふと、張り詰めていた気が抜けた。殺せんせーと同じ内容で、私の特性にカルマが確信していたことにビックリしたけど……私は声を出さずに、体に回された腕を軽く1回ずつ押さえて応える。
多分、彼が咄嗟にさっきの爆音から私を守る体勢をとったのはこのためだ。私の目と耳を壊さないため……そして、それをきっかけにすることで鷹岡さんに違和感を与えず
その時、視線の先で渚くんは少しだけ迷いを見せ、何かに気づいたように私たちの方をフッと振り返って……表情が変わった。治療薬の起爆スイッチという逆らえない脅しがあることもあってか、鷹岡先生に向き直り、静かに膝を折った姿が見える。……言葉通りに、心にもない謝罪をするつもりだ。
「……僕は、」
「それが土下座かァ!?バカガキが!!頭こすりつけて謝んだよォ!!」
「ッ!」
「……続きいくよ。今、ヘリポート周りに潜入組が何人か配置されてるはず……さっきそう指示しておいた。治療薬を奪った後はいつでも渡せる……本トなら俺が前に出て動きたいけど、アイツ相手に俺だと気付かれずに近づくのは無理。誰よりも素早く、気配を消して動けるのはアミーシャだからさぁ……アミーシャが奪って、俺が薬の中継をする、それでいいよね?」
「……、……」
「渚君も俺も、アミーシャがどんな手を使うかまでは分からないけど、何か考えてることはわかってる……渚君もそのために屈辱的なアレ、引き伸ばしながら引き受けてくれてるんだろうし……危険な役目だけど、アミーシャに任せるから」
「……ん」
カルマがいなかったら、きっと今頃は、タイミングを探しながらただ見ていることしかできなかった。渚くんとあの人のやり取りを見続けないといけないのは、みんなで一緒にここまで来たのに、渚くんにだけ負担をかけないといけないこの状況は、かなり心がぎゅっと締め付けられるかのようだった。
だけど、カルマも渚くんも私が何かしようとしてるのに気づいてくれた。
渚くんは少しでも自分に意識が向くようにわざとあの人の要求に対して従順に動いてくれている。さすが、出会ってから私たちとずっと一緒にいただけある、私たちのことを誰よりも知っていて、信じられて、心が誰よりも強い人だ。
カルマは、いつもだったら絶対反対するのに、何をするか話そうとしない私を信じて任せてくれると言った。状況判断でそうするしかないのかもしれないけど、ここで対峙する前にしたお願いを叶えてくれようとしているんだ。命がかかったこの場面で、私と一緒の方を向いてくれるのは……もしかしたら、彼しかいないのかもしれない。
「俺は下に誰がいるのがわかり次第ヘリポートの端で待ってる……信じてるから」
正直……成功するとハッキリ言えない作戦だけど……私1人の安全と、みんなの安全とを天秤にかけたら、みんなの方に傾くのは、私にとっては当たり前のことだから。痺れる手足と揺れる視界……全部、今は考えない。チャンスは、きっと、1回だけ。
『信じてる』……これまでに、何度も言いあった言葉……これ程軽くない言葉は無いけど、今までカルマは全部こたえてくれた。渚くんも今、こたえてくれてる。あとは、私だ……絶対、成功させる。
「僕は、実力がないから卑怯な手で奇襲しました。……ごめんなさい」
「おう、その後偉そうな口も叩いたよなァ……『出ていけ』とか」
「あとはタイミングだけど……アミーシャのことだから何か待ってるんでしょ……教えて」
タイミングは、
「ガキの分際で大人に向かって!!生徒が教師に向かってだぞ!?」
「ガキのくせに、生徒のくせに、先生に生意気な口を叩いてしまい、すいませんでした。本当に、ごめんなさい」
「……渚くんに、全ての注意が向いた、───今」
「……OK、作戦スタートだ」
鷹岡さんの意識が、完全に渚くんへ向いた。
私たちは地面を蹴った。
◆
渚side
鷹岡先生は、グシャリと笑った。土下座とか、ハッキリ言って人間の尊厳を貶める行為だと思う。だけど、たったこれだけで彼の憎悪を少しでも抑えられるなら……治療薬をもらうことが出来る可能性が上がるなら……このくらい、どうってことない。
ふと、僕の後ろからとてつもなく冷たい気配……まるで、鎖に雁字搦めにされるような、冷たく苦しい何かを感じた気がして……そっちの方向へ下がらされたアミサちゃんとカルマ君のことが気になった。別にすぐに謝罪しろと言われたわけじゃないから、自然体を装って2人の方を振り返ってみる。
……彼女は、真っ直ぐ僕の方を見つめていた。唇を強く噛み締めて。左腕で右腕を握りしめて。どこか、何かを決めたような
彼は、彼女を、守るように立ちながら、僕から目を離さないようにしていた。彼にしては緊張しているように見える……珍しい、あの素手の暗殺者とやり合う時でもいつも通り、隙を見てなにか仕掛けてやろうとしていた、彼が。それでも口元を上手く彼女の体を守るていで隠し、目だけは爛々と輝いている。
そんなのを見てしまったら、尚更逆らうわけにはいかないじゃないか。アミサちゃんは言った……最悪、治療薬を爆発させられそうになってもって。きっと、アミサちゃんはこれから無茶をすることを決意してしまった。僕等が怒ることも、心配することも、全部わかった上で自分を犠牲にする答えを出している。
いつもならそれとなく僕やカルマ君、クラスメイトが止めているけど、……そのカルマ君ですら肯定せざるを得ない状況ってことだ。
なら僕にできることは……時間を引き伸ばして、鷹岡先生に悟られないように僕に意識を向けさせること……2人から、完全に注意が外れるように、調子に乗らせること。僕は鷹岡先生に向き直って膝を折る。
「……僕は、」
「それが土下座かァ!?バカガキが!!頭こすりつけて謝んだよォ!!」
……あぁ、そういえばそんなことを言ってたっけ。どうやらちゃんと要求通りにしてほしいらしい。そんなことくらいで、気が済むんだったらいくらでもやってやる。ゆっくりと、地面に頭をつける。
「僕は、実力がないから卑怯な手で奇襲しました。……ごめんなさい」
「おう、その後偉そうな口も叩いたよなァ……『出ていけ』とか」
こんなに心を込めない謝罪なんてしたことが無い……したくもなかったけど。何の感情も込めない、ただ、言われたことを音にして口にしているだけなのに、鷹岡先生は満足そうだ。形だけでも自分より下に見れて嬉しいのかな。
そんなことを頭の片隅で考えていれば、頭に強い衝撃が走って、さらに地面へ押し付けられた。
「ガキの分際で大人に向かって!!生徒が教師に向かってだぞ!?」
「ガキのくせに、生徒のくせに、先生に生意気な口を叩いてしまい、すいませんでした。本当に、ごめんなさい」
「……よーし、やっと本心を言ってくれたな、父ちゃんは嬉しいぞ。褒美に、いい事を教えてやろう」
足をどけられたから、ゆっくりと顔を上げる。こんなこと、カルマ君だったらきっと我慢できないんだろうな……僕だってプライドがあるし嫌だけど、プライドよりも大きなものを背負ってるんだからって、自然と考えることができて、かえって冷静になれた。それにしても……褒美?いったい何を言い出すんだろう。
「ウイルスで死んだ奴がどうなるか、〝スモッグ〟の奴に画像を見せてもらったんだが……笑えるぜ。全身デキモノだらけ……顔がブドウみたいに腫れ上がってなァ」
鷹岡先生は治療薬の入ったスーツケースを掴みあげると僕から距離を取り、みんながこれからどうなるのかってことを笑顔で説明し始めた。
……何が言いたいんだ、それを止めるためにこうしてここまで僕等は来たんじゃないか、なのに、その言い方だと……まさか。最悪な結末が頭をよぎった瞬間に、僕は血の気が引くのを感じて立ち上がり、鷹岡先生を止めようと駆け出していた。
「見たいだろ?渚君」
投げ捨てられるスーツケース。
この距離じゃ、追いつけない。
…………絶望しかけた時、それに気づいた。
…………そうか、キミは、これを待ってたんだね。
「やめろーーーーーッ!!!」
「……させない」
烏間先生の叫び声に重なるように、芯のある、小さな声が聞こえた気がした。
……僕は、その場で転んだフリをしてその場にしゃがみこんで、顔を上げた。鷹岡先生は僕が全く間に合わず、その場に転んだ哀れな姿だと思い込んで、ぐちゃりと表情を崩して僕を見た。あの時、素手の暗殺者がアミサちゃんだけを見て油断したように……
だけど、僕には一部始終が見えていた。
鷹岡先生がスーツケースを手放した瞬間が。
鷹岡先生の死角からいきなり小さな女の子が飛び出し、空中でそれを奪い取った瞬間が。
僕が十分に注意を引けていた証拠に、僕だけに見せつけるように投げたから、スーツケースの行方なんて、
だからこそ、鷹岡先生はそのまま、僕の方を見たまま起爆スイッチを押して、……アミサちゃんが爆弾をスーツケースから引き剥がして、遠くに向かって爆弾を投げたのとほぼ同時に、それが爆発した。
爆風によって、スーツケースと一緒に吹き飛ばされたアミサちゃんを見て、思わず叫ぶ。
「アミサちゃん!!」
「なっ……このガキ!!また邪魔を……!!」
「アミーシャ!」
僕の声を聞いて、遅れて治療薬が爆発することなく奪われたことに気付いた鷹岡先生が、そちらを見て怒鳴り声を上げた。だけど、今更気づいたって……もう遅い。
かなりの至近距離での爆発だったはずなのに、アミサちゃんは空中でしっかり受け身が取れていたのか……足からヘリポートの上に着地すると、そのまま地面スレスレに足を回してスーツケースを蹴り飛ばした。
その方向にいるのは、ヘリポートの下を確認しながら彼女の名前を呼んだ、カルマ君だ。
「千葉!岡野さん!ちゃんとキャッチして、よッ!」
「いくよ!」
「来い!せー……のっ!」
「……っとった!」
そしてヘリポートの下に向かってクラスメイト2人の名前を叫ぶと、蹴り飛ばされた勢いのままスーツケースを左手で掴んで体を回し、若干彼が今いる場所から方向を変えて投げ落とした。
僕の位置からは見えないけど、千葉君達の声と一緒に何か風を切るような音が聞こえたから、千葉君が岡野さんの足場になって上に持ち上げたか投げ飛ばすことで、岡野さんに投げられたスーツケースをキャッチさせたんじゃないかな。
多分、鷹岡先生からは遠く、アミサちゃんからは直線で蹴り飛ばせる位置にカルマ君が移動して、そこからアミサちゃんを呼んで合図を送り、受け取ったスーツケースを待機していた2人に届ける作戦だったんだろう。
「千葉!鍵開けれたなら烏間先生呼んで中身の確認!」
「岡野、頼んだ」
「おっけー!」
中継役のカルマ君はともかく、アミサちゃんはだいぶ予想外な無茶をしてくれた……だけどこれで治療薬は無事だ……!これで鷹岡先生が僕達を脅迫できる材料も無くなったと、僕は少しだけ安心していた。
「……ハァッ……ヒュッ、ハァッ……っ、これで、私たちが……あなたの、言いなりになる必要は、ない……ですよね……」
スーツケースを蹴り飛ばしたあとの姿勢のままで俯いていたアミサちゃんが、荒い息遣いではあるけど話し出す。ヘリポートの隅で片膝立ちになり、治療薬を無事に下でキャッチできたか、中身が正しいかを確認している烏間先生たちを見ていたカルマが、何かに気づいたように、顔を上げた。
「チィッ…………そうだなァ……だが、その様子だとようやく効果が出てきたみたいだな。……
……そんな簡単に済むはずがないのに。嬉しそうに口元を歪ませる鷹岡先生を見て、安心なんてしちゃいけなかったんだと思い知ったのは、すぐのことだった。
「……ぅ……ゲホッ…ごぽッ……」
アミサちゃんは倒れ込むのはなんとか防いでるみたいだけど、動けないようで。さっき吹き飛ばされた時にどこか痛めたのか、それくらいのことだと思っていたのに……体を支えていた片手で口元を押さえたと思ったら、ごぼりと、血の塊を吐き出して、そのままその場に倒れてしまった。
「アミーシャッッ!!」
「アミサちゃ、なんでっ!?」
「おい、どうしたんだよ!?」
「なんで、こんないきなり……!」
「ヒャハハハッッ!!」
慌てたように彼女の元へ駆け寄るカルマ、僕にはもちろん、治療薬の確認をしていたメンバー以外の後ろで離れていたみんなにも、一部始終は見えていた……鷹岡先生の嫌な笑い声の裏で、みんなが焦ったような声を上げているのが、聞こえた。
◆
カルマside
俺と渚君とアミーシャの3人が鷹岡にヘリポートへ呼び出され、目の前で渚君が屈辱的なことをやらされている光景を見させられて……俺だったら命がかかっても絶対躊躇うし、我慢できない自信があるのに、渚君はすごいよね。
だけど、それだけのことを躊躇わずにやってくれたおかげで鷹岡は調子に乗って渚君にだけご執心になってくれたから、完全に俺とアミーシャのマークが外れた。その隙にアミーシャが気配を消して死角に回り込み、爆発の中捨て身で治療薬を奪いに行って、俺が残った潜入班に繋ぐ……本トにあの自己犠牲精神にはヒヤヒヤさせられるけど、治療薬を爆破されることなく奪い取ることに成功した。
これで俺等を脅迫する材料が無くなったかのように思っていたのに……ここまでの俺の心配が確信に変わってしまった。
「……ぐ、……ぅ……っ……」
「アミーシャ、アミーシャッ!」
「アミサちゃん、なんで……寺坂君と同じでウイルスに感染してたってこと……?でも、明らかに他の皆と症状が違う!」
「ヒャハハハッッ!有美紗さんがアーツを使う術者ってのは俺が見てるからなァ!〝スモッグ〟に治療薬でのみ治るウイルスを他の奴らには盛るよう指示するのと同時に、お前には他の奴等とは別の毒を盛るように頼んだわけよ……アーツでも普通の解毒薬でも解毒できない、特殊な神経毒だ」
『……なるほど神経毒……カルマ君が気にしていた『感覚がない』というのもそれが原因でしょう。遠目でしかわかりませんが……にゅう……他にも症状が出ているのを彼女は隠し続けていたようですね』
治療薬を奪い取ったあと、変だとは思ってた。さっきまでは目立たなかった呼吸の荒さもそうだけど、着地した場所から1歩も動こうとしなかったこと……この子なら、その場に留まり続けたら自分が次の標的になることくらい、分かってたはずなのに。
彼女が血を吐いたことに気付いた時点ですぐに駆け寄り、左手で彼女の体を仰向けに抱き起こしながら、渚君と2人で呼びかけ続ける……アミーシャは体を痙攣させながらも少しだけ動かせるようだけど、既に意識が怪しいのか呼びかけに対する反応がほとんど返ってこない。律を通じて殺せんせーの声が聞こえてくる……ここまで、最悪の状態だったなんて……ッ
「さぁて、先に渚君とリターンマッチを済ませようと思っていたが……有美紗さんが余計なことをしたおかげで先に出番が回ってきたねェ……業君、有美紗さん、君達の出番だ」
ジャリッと、足音を立てて鷹岡がこちらに歩いてくる。
「2人で来るなんて卑怯な手を使って渚君や烏間との訓練を再現した、だっけ?有美紗さんは……ゼムリア大陸から来たアーツ使いだもんなァ……戦闘経験者が強いのはまぁ分かる。だけどそもそも君は授業にも参加しない悪い子だ……でも頼みの有美紗さんは使えないねェ?有美紗さんなしのリターンマッチ、1人で何もできない臆病者には無理かなァ……」
アイツはとにかく神経を逆撫でさせる言葉を選んで、俺を怒らせようとしてるみたいだけど……話す言葉の端々に、何か違和感がある。アミーシャのことは間違ってないってことは俺に対して……なんだ?
……そうか、鷹岡は今日このホテルでの、俺等E組の潜入班と殺し屋との戦闘を一切把握していない。今の治療薬を奪うことだって適材適所でアミーシャに任せていたから、俺は指示役でほとんど動かなかった。あの2日間しか俺等を見てないし、そもそも授業をサボってたこともあって俺が喧嘩ばかりしてたことも、戦闘面でいえば渚君より格闘技が使えることも知らないのか。ただの、授業をサボっていた不良程度に見ているんだ。
……俺等と渚君に対するあいつの目的は違う。
渚君には対しては、渚君の暗殺に油断して倒されたこととアイツ曰く暴言を吐かれたことに対する報復だから、土下座までさせて謝罪させた今、鷹岡が油断せずに戦闘でやり返すことが目的。
アミーシャに対しては、神崎さんと前原を回復させ、アイツ曰く教育的指導を受けなかったこと、俺と組んで渚君の暗殺と烏間先生との訓練を模倣したことに対してやり返そうとしてるから、回復することを不可能にした上で、アイツ的教育的指導を受けさせ、2人組で倒した事実をやり返すことが目的。
俺があの時したことはアミーシャを守ったことと、暗殺のサポート役をしたことだから……アミーシャを守れず毒を盛られたことと、サポートではなく戦わせること、か。
「渚君、ナイフ……拾ってきた?」
「うん、一応……」
「……ちゃんと持っててよ、俺が隙を作るから……、こうなったら渚君がアミーシャ役だ」
「っ!……うん」
ゆっくりとこちらに歩いて近づいてくる鷹岡は、笑いながら話して余裕そうだ……この状態のアミーシャは動けない、動かせない……おまけに俺等の武器は渚君のナイフと俺がこの子から預かったものだけ。
でも俺は素手でもある程度戦えるし……アイツの好きにさせない為にも、お望み通り、変則的なリターンマッチをしてやろうじゃないか。ペアは変わるけど、元々俺とアミーシャは渚君の暗殺を模倣したんだから、アミーシャの役割を元の渚君に置き換えればいい。渚君も意図が伝わったのか、真剣な顔で頷いた。
鷹岡はもう近い、俺はアミーシャの傍らにしゃがんだまま今まで右手に隠して握りしめていたそれに指を走らせ、渚君はナイフを体の横に持って立ち上がっ……
「おぉっとォ、お前等が何か企んでることはお見通しだぞォ?父ちゃんに逆らうヤツは……その場で何もできず見てるだけってのが罰だな」
「……え……」
「……何あれ、棒……杖?」
何故か間合いに入る直前に鷹岡が立ち止まり、ゴソゴソと服の中から何かを取り出した。見た目は棒……というか、宝石のようなものが付いた杖というか……?
「確かこう言えって言ってたっけなァ……時よ、凍れェ!」
───フォン……
「……、……えっ、なん、で……」
「体が、動かない……ッ!」
鷹岡が叫んで、持っている杖の様なものが光ったかと思えば……俺も、渚君も、その場から指1本、体が動かせなくなっていた。俺は片膝を立ててしゃがんだ姿勢のまま、渚君は片手にナイフを持って立ち上がり、足を踏み出そうとした姿勢のまま……息もできるし、瞬きもできる、話すこともできるのに、体の自由だけが無くなった。
『渚さん!カルマさん!どうしたんですか!?急にお二人の動きが止まって……!』
『渚!』
『カルマ君!状況を教えてくださいッ!』
「そんなの、俺等の方が知りたいんだけど……!」
「鷹岡先生の持ってる杖みたいなのが光ったら、動けなくなって……!」
律を通じてヘリポートの様子はあっちに繋がっていたから、向こうからいろいろ聞かれるけど……俺等だって何が起きたか分からないんだって!渚君が言ったことしか、言えることがない……!
『杖って……あの、鷹岡先生が持ってる光ってるやつ……?』
『なにそのSFみたいな道具!』
『アミサの戦術導力器みたいな……』
「そう、ゼムリア大陸から持ち込まれた道具だ!ま、戦術導力器ごときとは比較にならない力を備えているらしいがな……!」
「……ぅ、ぁ、……ま、……さか……、≪
鷹岡が、スマホから漏れ聞こえるみんなの声に興奮しながら返事を返す。まさかの俺等の手が及ばない大陸から来た道具……しかも、アミーシャのアーツより比べ物にならない力って……
その時、俺の腕の中から、苦しそうな息遣いの合間に、か細い声が耳に入る。なんとか目線を彼女に向けると虚ろな目をしながら、少しだけ意識が戻ったらしい様子が目に入った。
「アミーシャ……!……なに、アーティファクト……?」
「ほう、お前は知っていたか。これは一定範囲内の者の動きを完全に停止させるアーティファクト、今回の計画を実行する前にとあるツテから流されてな。本物の≪
だから、ヘリポートの上にいない皆は問題なく動けるのか……そして、術者、というか使用者にも効果範囲は及ばないみたいだね。……もしかしなくても、かなり、ヤバい状況……
勝つ自信があったのだって、体が動かなければ話にならない。どんどん近づいてくる鷹岡を睨むことしかできない俺を、渚君を意に介すことなく、鷹岡は躊躇うことなく俺の方へ手を伸ばし───
「さて、……邪魔も入らない事だから補習を続けようか
なァ、有美紗さん?」
「……ぅ……ぐっ、……っぁ……」
「なっ……」
『『『ッ!!』』』
動けない俺等には目もくれず、鷹岡が手を伸ばしたのは……既に神経毒に侵され、瀕死のアミーシャ。鷹岡は俺の腕の上から、彼女を、彼女の首を片手で掴みそのまま持ち上げ……俺等が動けたとしてもすぐには行けない距離まで、離れていく。
「お前、アミーシャを、」
くそ、このままじゃ、体の自由の効かないままだと、守ることも抵抗することもできな……ッ!?
〝俺があの時したことはアミーシャを守ったことと、暗殺のサポート役をしたことだから……アミーシャを守れず毒を盛られたことと、サポートではなく戦わせること、か〟
……ちがう。気付いてしまったソレに、俺は血の気が引いていくのを感じた。
「……まさか、俺の出番とか、やりたいこと、って……」
「お前達にできるのは彼女の補習の様子を見ていることだけだ……過保護な王子様は、そのまま見ていることしかできないだろォ……?あはははははははは!!!」
……鷹岡の、俺に対しての目的は……アミーシャに毒を盛られても俺がどうすることもできないこと、じゃない。
物理的に、アミーシャを守れない状態にすることだ。
「ふむ、神経毒……低体温、手足のしびれ、めまい、……今確認出来ている症状はこのあたりでしょうか」
「……殺せんせー……ウイルスは、ありえないの?それならあの治療薬で……」
「ウイルスに感染していたら、アミサさんも発熱があるでしょう。しかし、カルマ君がいうには氷のように冷えきっていたと……そのあたりから違うものを盛られていると考えるのが妥当ですね」
「そんな……!」
「……ヌゥ……早めにこの闘いを制して、下の毒物使いに聞いたほうがよさそうですが……アーティファクト……レプリカとはいえ、そんなものまで持ち出すとは……!」
「アミサ……」
「3人とも……!」
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鷹岡戦、次回もオリジナル展開が入ります。
★用語解説★
≪古代遺物≫(アーティファクト)
古代ゼムリア文明の時代に作られた道具であり、この古代遺物の研究から導力器が生まれている。古代遺物も導力器も導力によって稼働する点では同じだが、異なる機械体系を持つ。字義どおりに古代の遺物であるため、多くはその力を失った状態で遺跡などから発掘されるが、力を失わずにいるものも存在し、その中には強大な力を持つ物もある。
七耀教会では古代遺物を「早すぎた女神の贈り物」と定義して、個人が無断で所持したり使用したりすることを禁止しており、力を持ったままのアーティファクトを回収・管理している。力を失った物は教会の回収対象から外れるが、力を失ったアーティファクトは解析することも出来ず、役に立たない。