夏休みだからこそ、邪魔されないよね
普段は絶対一緒にいられない、あの人とのお出かけの話
1週間と少しぶりにカルマと話して、陽菜乃ちゃんの分析曰く、私のとった行動とそれに伴わない心が分離しちゃって、それが解消されたことで寂しさの自覚と安心を憶えたから少しだけ泣いちゃったんだろう……その後。なんかカルマが私を後ろから抱きしめながら沖縄リゾートの海底洞窟でやった肝試しのツイスターゲームについて文句言ってるなぁと思ってたら、いつぞやのここでのカフェでの話になっていた。
「……え、男女で入店したら安くなるからって……」
「あはは、あーちゃん、それ信じてたんだ〜」
「アミサには無理かもだけど男女の時点で疑いなさいよ……明らかにカップル限定メニューじゃない」
「というか片方自覚してないのによくメニュー出してくれたわね、ここの店の人」
「恋人繋ぎしながら『アピール中だけどダメ?』ってオネダリしたらOKもらえたけどね」
「こういう時に自分のイケメンフェイス有効活用してんじゃないわよ」
「…………!」
「どしたの?」
「あ、あれ……恋人繋ぎっていうんだ……!?お付き合いしてないのにしちゃダメな繋ぎ方だったってこと……!?」
「そこかー……カルマ、なんかゴメン」
「……アミーシャがこういう反応するって分かってて俺のアピール方法減らしてない片岡さん?……いや、逆に今知識をつけた分、やったら意識してくれるかも……?」
「カルマ君ったら;」
そこからはなんか、せっかく呼び出したからには私には聞いて欲しくない話をするとか言い出したイリーナ先生と莉桜ちゃんと陽菜乃ちゃんがカルマを引っ張ってきて、逆に私がメグちゃんと桃花ちゃんにカルマのいた側の席に連れてこられた。……抵抗という抵抗をしないで連れていかれてるカルマを見て、少しだけモヤっとしたのは秘密だけど。
というか私が聞いちゃいけない話なら私がいちゃいけないのでは……と思ったら、内緒話をしたいわけではなくて、その……私が全然免疫のない話をしたい、ということらしくて。
「ちょ〜っと下世話すぎるというか下ネタ話はアミサの耳に入れたくないからさぁ?」
「分かってるなら俺相手でもやめてくれない?あとさっき『真昼間の喫茶店で話すことじゃない』って言ったばっかじゃなかった?」
「いや、今だからこそ言える話もあるでしょ。あんたなりの悩みも聞いてあげる……というか私のカラスマに対する恋愛話も聞いたんだから対価払っていきなさい!」
「私もちょっと気になるから聞いてみよ〜っ」
「えと……聞いちゃダメっていっても、すぐ隣だったら内緒話も何も無いよね……?」
「いや、アミサは意外と気が逸れると聞いてないからいいの!片岡ちゃんと矢田ちゃん、釣っといて!」
「だ、そうだけど……アミサちゃん、私達は甘いものでも食べてよっか」
「そうね、あっちは放置。ビッチ先生の独断とはいえ騙し討ちの片棒担いだみたいになっちゃったし……奢ったげるから好きなの選んでいいわよ」
「え、このパフェおいしそう……フルーツ……一緒に食べよメグちゃん、桃花ちゃんっ」
「ちょっとアミーシャ釣られるの早すぎ……そんな簡単に餌付けされないでよ……ま、いっか聞いてないなら遠慮なくいってやろ……」
見事に釣られた私は、桃花ちゃんとメグちゃんに促されるままフルーツパフェを一緒に食べて、3人で全部食べ終わってからごちそうさまと手を合わせた後に視線を戻してみれば……向こうのテーブルに突っ伏してる莉桜ちゃんたちと、ちょっと顔を赤くしながらドヤ顔をしているカルマがいた。私がパフェを食べてる間に何があったの……?
「これで分かった?この無自覚とほぼ毎日戦ってんの」
「いや、想像以上に日常的にカルマが苦労してた件……普段のアレで氷山の一角だったなんて、無自覚の誘惑多すぎでしょアミサ……」
「ある程度は分かってたつもりだったけど……カルマ、自覚すんの遅かったとはいえ自覚してからも、よく今まで手を出さずに来れたわね……?私自身あの堅物に苦労してる手前、アイツ以上に苦労する奴いないと思ってたわ……無自覚ってタチ悪いのね……」
「高校に入るまでは我慢するけど、そっからは止める気ないよ、俺。……というか自制できる自信ないし」
「もうここまで聞いたら私が許すわよ。むしろ付き合えたら速攻押し倒していいレベルで我慢してるわよアンタ……手ェ出さないって言うんなら中学の間は深い方で繋ぎ止めて分からせときなさい」
「でも一応あたしが知る限り今あげたことやってんのはカルマだけだから、そこは安心していいと思うわ。いいの手に入ったらあたしからも流してあげるからそれで耐えといて……」
「あーちゃん、カルマ君のこと、もうちょっと男の子って意識してあげてね〜……?ちょっとカルマ君が可哀想になってきたよ、私……」
「……なんか知らないうちに私も烏間先生と同じディスられ仲間になってる……?」
「ごめん、パフェに意識向いてて聞いてなかったんだろうけど、漏れ聞こえた話聞いてたら流石にカルマに同情するわ……」
「うん、ここまでとは私も思ってなかったかなぁ」
なんとなく、私のことを話してたんだろうなぁとは分かるんだけど、内容については私がディスられてることしか分からなくて。聞いても「カルマに感謝しときなさい」としか教えてくれることは無かったから、きっと私には聞かせたくない話だったんだろうと適当にあたりをつけておくに止めた。……なんていうか、深入りしたらダメな気がする。
そして、私の相談会は思っていたよりも時間がかかっていたらしく、いつの間にかお昼ご飯の時間をまわっていたため、そのままそのカフェで食べていくことになった。
といっても私は直前にパフェなんていうものを食べてしまっていたから、桃花ちゃんが頼んだサンドイッチを一切れもらうだけで充分だったのだけど。
ご飯を食べて、一息ついて……あとはせっかく仲直りしたんだから2人で帰りなさいってイリーナ先生に背中を押されて、入口で放課後塾のみんなとは別れて、カルマと一緒にカフェをあとにした。
帰り道の話題はたわいもないもので、並んで歩くのも私が避けてしまうまでと全然変わりなくて……そこで、ふと気がついた。
──この関係は、この距離感は。カルマのおかげで成り立っているものだということに。
……私は、……ちょっとの間気持ちの整理がつかなくて避けてはいたけど、これまでカルマと接する中、特別何か態度を変えてきたわけじゃない。
「はー、夏休みに入って旅行に行って。こうやってアミーシャと並んで歩くのもひさびさ〜……ビッチ先生には少しだけ感謝しとこ」
「……私、カルマと一緒に歩くの好きだよ……?カルマの隣って安心できるし、誰と一緒にいる時よりも私のままでいられるから。だから、こうやって元に戻れるように助けてくれたから……えへへ、たくさん感謝したいな」
カルマは、男の子……クラスと中でも身長はかなり高い方だし運動もできるから、運動はできても、クラスの中で1番小さい私と歩く速さは絶対に違うはず。なのに一緒に歩いていて私が歩幅を合わせたことはほとんどない……彼が、私に合わせて歩いてくれてるから。
「……っ……そう?……って元に戻る、か……進んではないわけね…………ッ!っと危ね、……もう少しこっちに寄っときなよ」
「あ……ありがと……、……」
カルマは信頼してもいい、何も言わなくてもお互いの意思を分かりあって行動できる相性のいい人……だからこそ、私にとって彼の近くは気を抜いてもいい場所だと思ってる。
だからかはわからないけど、意識してない時は気を抜いて不注意になることがある。今だってそう、いつもならすぐに気づけるのに、カルマのことを意識していて自転車が近くを通るのに気づくのが遅れて、彼が自然な動きで肩を引き寄せてくれた。
「……ん、どーかした?」
「……ううん、なんでもないよ」
……今の今まで、私は彼と一緒にいる時にどんなふうに歩いていたかとか、どんなふうにそばにいたかなんて考えたことがなかった。……当たり前だよね、普通友だちと一緒にいる時だってどう接すればいいのかなんて、ずっと考えてるわけじゃないんだから。
だから今まで、私にとっての自然体でそばにいた……カルマは、そんな自由にしていた私に合わせてくれていた……だから、居心地がいいし、何も変わってないように感じるんだ。
だけど今の私は完全に受け身だから……何か、返せるといいんだけどな。
◆
「……あ、イリーナ先生から返信……」
夜、お風呂から上がってスマホを見てみれば、イリーナ先生の名前とともにピカピカと通知を知らせるランプが点滅していた。多分、帰宅してから個人チャットで書いた今日のお礼についてだと思う……乾いたタオルで髪の毛をふきながら、画面をつける。
《Irina:可愛い生徒が悩んでるのよ?
助けて当たり前じゃない!
ま、アンタの場合は1人で突っ走るんだから、
……身近な存在が難しいなら大人に頼りなさい
……私でいいなら放課後またいらっしゃい、
話くらいは聞いてあげるわ
《Irina:あと、カラスマとの立場の違いを
心配してくれてんのね。ありがと
……いい、とは言いきれないかもしれないわね
アンタ達みたいに平和な世界で暮らしてきた
子どもにとっちゃ、
死と隣合わせで生きてきた私は悪でしかないわ
結婚とか将来とかを考えるなら無理かもね
《Irina:でも、恋愛するだけなら自由よ
ただ、相手を好きになっただけ……
それが私の場合カラスマだっただけなんだから
《Irina:アンタもせいぜい悩みなさい
女の賞味期限は短いとはいえ、
アンタはまだまだ子どもなんだから
……なんともイリーナ先生らしい返信だった。
私は、やっぱり恋愛というのは、まだ分からない。お姉ちゃんも私と同じように自分の道を絶対に捨てられないと思っていたはずなのに、アルカンシェルで踊りたいっていう光の世界で生きる夢を……どちらも捨てられない自分を肯定してくれて、道標を示してくれた光のような男の人と一緒に歩いてみたくなったって言っていた。
私は、……本当の気持ちも何も見出せていない私は……まだそんなにハッキリ決断できないでいるのに。イリーナ先生の返信と、お姉ちゃんの決断……2人の答えが同じだったら、もうちょっと迷わないで済んだのかな。
「……私の、進む道……か……」
……カルマは、私に恋愛をしてくれているのだという……カフェでみんなと別れる前に、莉桜ちゃんから呼び出されてこっそり教えられたのだけど、カルマ自身が『アミーシャ・マオのことを異性として好きだ』って気づいたのは、修学旅行の時だったらしい。
……つまり、みんな、最初から『好き』という気持ちをわかってるわけじゃないってこと。……私は、焦っていたのかな。それでも、早く何かしらの答えは出したいけど……すぐに、わかるものでもないのかな。この相談会のおかげで安心してスッキリしたものもあるけど、まだまだ解決出来ないものも多そうだ。
────ピロン
「……?通知……え、」
◆
とある人から連絡をもらって数日後……私は待ち合わせのために椚ヶ丘駅の近くへと急いでいた。時間に遅れているというわけでは無いけど、約束した時間より少し早いくらいに到着しておいた方がいいに決まってる……待ち合わせ相手が彼である以上余計に、だ。
近くまでたどり着くと案の定、待ち合わせ場所では彼が本を読みながら壁に背中を預けていて……そんな姿がどこか自然すぎて、一瞬声をかけるのをためらってしまうくらいに綺麗に見えた。
というか、実際その姿は周りから見ていても綺麗なんだろう……彼は完全にスルーしてるけど、近くを通る女の人がひそひそ話してる……え、あの空気の中に今から行くの?……でも、友だちなんだからそんなこと気にしなくていいよね、……でも……いや、ためらっちゃダメだよ私、声かけないと。
「そ、その……お、おまたせしました……っ」
「っ!……いや、構わないよ。……むしろ、約束の時間よりも10分早い。僕が早く来すぎただけなんだから気にしないで」
「……でも、浅野くんを待たせたことには変わりない、よね……ごめんなさい……」
「君は本当に気にする子だね、別にいいのに……」
……そう、私が連絡をもらって会うことにした待ち合わせ相手とはE組の友だちではなく……A組の浅野くんである。あの夜のメッセージで、せっかく夏休みに入ったのだから今日、一緒に遊ばないかって誘われたんだ。
『普段なら我が椚ヶ丘中学校の最底辺とも呼ばれるE組生徒と、それ以外の生徒の差別意識の高さから馴れ合うものではないとされているし、そもそも本校舎の生徒と旧校舎の生徒がそれぞれの校舎を行き来することは禁止されている。だが学外ならどうだ?1歩学校の外へと出てしまえば、僕たちはただの中学生。同じ椚ヶ丘中学校の生徒であることに変わりない【だけ】じゃないか!だったらせっかくの夏休みなんだから、校舎や差別の違いに囚われず、こうして個人的に会ったり話したりしてもいいだろう?』
……というのが浅野くんの言い分で。今日こうしてメッセージで誘われる時に『夏休みだからこそ生徒の自主性に任されるべきだろう?』って熱弁された。なんかこれに近いことを殺せんせーも言ってた気がする。
最初にそれを言われた時、つい、「私以外のE組のみんなも?」と期待して聞いてみたのだけど、それはそれ、これはこれ、とのことでそれに関してはちょっと残念だった。
何はともあれ、あの終業式の日に本の交換をした日から私は少しだけ……浅野くんだけならなんとか苦手意識が薄れていた私は、連れていきたい場所があるという彼の誘いに乗ることにしたのだ。
……余談だが、アミーシャが誘いにオーケーの返事をした瞬間に思わず小さくガッツポーズをした浅野は、すぐさま他の五英傑が約束の日に一緒に来ないよう根回しをした。
アミーシャは全く気がついていないが、浅野はアミーシャに告白した側であり返事はまだとはいえ男女2人で出かけるということ、つまりこれはデートである。椚ヶ丘市内ということで自分たちを知る誰かに見られる可能性を極力減らすため、そして下手に噂を立てられないようにするため……という理由もあったが、アミーシャが自分の居場所と定めるE組のクラスメイト達以外では緊張し続けなくてはならないことが目に見えているからその配慮のために、だ。当然彼女は
「じゃあ行こうか」
「う、うん……そういえば、あの日浅野くんが言ってたところって……」
「僕の行きつけの店なんだ……落ち着いた雰囲気の場所だから、真尾さんも楽に過ごせるんじゃないかと思ってね」
E組とA組……学校では全然言葉を交わせない私たちではあるけど、普段のメッセージでのやりとりと同じように軽く会話をしながら先を歩く浅野くんの後ろをついていく。
前に浅野くんも言っていたように、共通する内容がなかなか無くて話題がつい勉強に流れがちだけど、それでも最初の頃に比べれば日常の話題とかも話せるようになってきた気がしてる。……国家機密に対峙してるっていう大きな秘密を抱えてる分、
夏期講習での思い出だったり、E組のみんなとのことだったり、いつも一緒にいる五英傑の話だったり……たわいもないことを話していれば、いつの間にか目的地に着いていた。
たどり着いた場所は人通りの多い通りにあるのに落ち着いた雰囲気を出しているお店で……まぁまぁ大きな建物だけど、静かなカフェ、ってことかな……と想像しながら浅野くんについて店へと入ると、
「わ、ぁ……!」
「すごいだろう?」
目に入ってきたのは、壁一面に広がっている本、本、本……とにかく本棚に囲まれた店内だった。ブックカフェ……カフェと本屋さんが合体したようなお店で、たいていのお店が特定のジャンルを取り扱っているため、その分野についてはかなり多くの蔵書があると聞いたことがある。
このお店の場合でいうなら、本の背表紙を見る限り、日本語の本がほとんどない……日本以外の国、外国の本を中心にして取り扱っているお店のようだ。
そこまで人が多いわけではないけど、それでものんびりと滞在している人はいる……店員さんに席へ案内されながらもふわふわと周りに目移りしながら歩いていると、浅野くんにはそれを見られていたようでクスクスと笑われてしまった。
そんなところを見られて少し恥ずかしくなり、少しだけ俯いたまま彼の向かい側の席につく。
「く、くくっ、ほら、メニューだよ」
「……オレンジジュース、ください……もう、笑いすぎです……っ」
「ん、ごめんごめん……っ、君が思っていたよりも好奇心があるんだと思って……あぁ、僕はコーヒーを。……君の成績から見て英語は堪能だろうし、少しは楽しめると思ったんだけど、どうかな?」
「……だいじょぶ、小さい頃からいろんな所を転々としてたから、英語以外でも語学はだいたいわかる、はず……。浅野くんも、行きつけの店って言ってたってことは、大体の言語がわかるの……?」
「うん、まあね。僕は世界各国に友人がいる。ブラジル、フランス、アメリカ、韓国……他にもまだまだいるが、彼らと話し、交流するためには必要な力だろう?」
注文した飲み物が届くまで、私たちは本棚から適当な本を抜き取ってそれぞれパラパラとめくっていく……私は一応、外国語は主要なものならわかる。だけどものによっては言い回しの難しいものもあるから、それはフィーリングでなんとなく感じ取っているつもりだ。
外国の本を中心に扱うお店だからこそ、大通りに面した店のはずなのに人が少ないんだ。英語だけならともかく、このお店は世界各国の言語の本が集まっている……あんまり、私たちのようにたくさんの言葉を理解している人って、いないもんね。
目の前でゆったりと本を読んでいる浅野くんは、私の質問に軽く当たり前のことのように答えながらページをめくっている……その答えを聞いていたら、少し系統は違うんだろうけど、イリーナ先生がE組に来た頃に言っていた言葉を思い出した。
「…………」
「どうかしたかい?」
「あ、えと、……イリ、……E組の外国語の先生がね、『外国語を早く覚えるには、覚えたい言語の国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われている』って教えてくれたの。『相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとする』って……恋人のため、とお友達のためって違いはあるけど……なんか、浅野くんと似てるなって思ったの」
「僕の場合は友人の言葉をわかりたいから、か。ふふ、なるほど、確かに似ているかもしれないね……E組の英語教師もいいことを言うじゃないか」
「授業内容は結構ぶっ飛んでるけどね……」
「またそれも聞かせてくれ。……と、じゃあ、友人である真尾さんの言葉を知るためにも、少し付き合ってもらおうかな……おいで」
パタン、と手に持っていた本をテーブルに置くと浅野くんは立ち上がり、近くの本棚の、ある一角まで歩いていって私を手招きする。私の言葉を知るため……?私は今、日本にいるのだから日本語を話していて、それに浅野くんは日本語で正しく答えているから会話は成立している……意思疎通ができていない、なんてことはないはずだ。
不思議に思いながら浅野くんの近くまで行くと、彼はさらに奥へと進んでいくため、慌ててついて行く。
「……このカフェに連れてきたかったのは、君が緊張しないで落ち着ける空間だと思ったから、その理由以外にももう1つ理由があるんだ」
「理由……?」
「そう。僕も見つけたのはたまたまだったんだけどね……1年生の時、君が見ていた本に似ていたから、もしかしてと思ったんだ。……ご覧」
「……?……あ……」
彼が足を止めた本棚を見上げると、そこには……私にとっては見慣れた文字、題名の本たち……日本の普通の本屋さんではなかなか見ることのできない、私の故郷の書物が多く並んでいた。
確かに、私の出身地であるゼムリア大陸は、日本から見たら立派な外国……でも、こっちにはない導力器や魔物など、比較的平和な日本ではきっと空想で片付けられてしまうだろう存在があるから、そこまで大々的に取り扱うところはない。だから、こんなにたくさん……向こうの書物を取り扱っているお店があるなんて、思わなかった。
「君が入院した時に見舞いで差し入れた本もこの店で購入したんだ。『闇医者グレン』……中学1年生の図書室で出会った時、君があの時に手を伸ばしていた本と同じものが並んでいたから、もしやと思って」
「…………」
「癪だが理事長に聞いてね……君は、家族から離れて1人でこちらに留学する形で来ているんだろう?しかも日本とは文化が違う馴染みのない場所から来ているから、こっちでは故郷を感じられる場所が少ないんじゃないかって思ってね」
「…………」
「この店に来れば……書物程度ではあるけど、故郷に囲まれて過ごせるんじゃないかな……と、思ったん、だけど……」
「…………」
「……えっと、いらないお節介だったか……?」
思わず、壁一面に広がる本に見入ってしまい、周りを見る余裕がなくなっていた。でも、無言で本棚を見つめている私に語りかけていた浅野くんの言葉はきちんと聞こえていて……だんだん彼の声色が不安そうな声色になってきたのに気がついて、ゆっくり彼の方を見る。
いつも自信たっぷりな浅野くんが、不安そうにしてるところなんて初めて見る。本校舎の人たちもあんまり見た事ないんじゃないかなぁ……なんて。
「お節介なはず、ないです……ありがと、浅野くん。私、通信で向こうと話すことはできるけど、当たり前なんだけど故郷らしいものって中々出会えなくて……だから、少し寂しくなくなったよ……ここに来れば、故郷の近くにいれるんだ……」
「……よかった。ここの本は購入しなくても自由に読むことができるから、席にいくつか持っていこう。……僕も、いくつかの言い回しについて聞きたいところがあるしね」
「……うん!」
お礼を言うと、彼はやっと安心したように微笑んでくれた。そのまま席に戻ればちょうど店員さんが飲み物を持ってきてくれたところで、手を合わせてから一口飲む……あ、これ100%のオレンジジュースだ、つぶつぶも入ってておいしい……
その後、ゼムリア大陸の本以外にも英語やその他外国語の本をいくつか持ち寄って、本の中で読み方によっては解釈が変わりそうな文章について2人で話し合ったり、私が浅野くんにゼムリア大陸での言葉を教えたり、店員さんのご好意で勉強もしていいとのことだったから持参していた課題を解き直したり、……はじめての浅野くんとのお出かけはのんびりとした時間が過ぎていった。
◆
「今日は、ホントにありがとでした……楽しかった」
「それならよかったよ。また、誘ってもいいかい?」
「うん、私からお誘いできたらいいんだけど、こういうの苦手で……」
「はは、何となくわかってるさ……君は、男女2人で出かける意味すら分かってなさそうだしね……」
「……?なにか、意味あった……?」
「……いや、友達と一緒に遊びに来たってだけさ。あわよくば僕のことも少し意識してくれたら嬉しいっていう下心付きでね」
「……っ、も、もう……」
椚ヶ丘駅の近くまで送ってもらうことになって、お礼を伝えれば、浅野くんは笑顔で次の約束を取り付けたいとスケジュール帳を開いて……うわぁ、見せてもらっただけでも予定がびっしり……。私の方もイレギュラーが入るかもしれないから確約できないことを伝えれば、またメッセージで連絡を取りあって出かけようということになった。
お互いのスケジュールを閉じたところで、浅野くんが真剣な表情に変えて私に向き直り、申し訳なさそうに切り出してきた。
「……楽しかった、と言ってもらえた手前かなり言いづらいが……真尾さん、1ついいかな?」
「?」
「今回に関しては僕の意思ではない、ということを先に言っておくよ。──理事長の代理で提案する」
──A組、もしくは本校舎復帰の意思はないかな?
「…………私は、」
「ああ、君の答えはわかっているよ。最初に言っただろう……今回の勧誘は僕の意思ではないと。さすがにまだ本校舎にいい感情を抱けないだろう?」
「……うん、私は、E組がいい」
またそれを聞くのか。それを聞きたいがために今日一緒に過ごしたのか。最初こそそんな思いが1度顔を出しかけたけど、それを否定したのは他でもない浅野くん自身だった。
毎回のように、学校の敷地内で会うたびにされる問いかけだったけど、今回は違う……だって最初に宣言してくれた、僕の意思ではないって。つまり、浅野くんがなんとしてでも、と声をかけてくる毎回とは違い、本心ではどう思っているのかわからないけど、私の意思を尊重して聞いてくれている。それは嬉しかったけど……なんで、今回はそんな聞き方を……?
「……今日、付き合ってくれたお礼だよ。E組の誰にも言わないで来てくれたんだろう?それに、僕は君を好きだと言ったはずだ。……問いかけるだけならまだしも、無理強いをして嫌われたくないからね」
「う、……ありが、とう……」
……私の疑問が顔に出ていたらしい。苦笑とともにさらりと理由を答えてくれて、その流れでなのか軽く頭を撫でられた。……撫でられても、体が震えなかったことに内心少し驚いたのは、彼には秘密にしたいところ……
そしてごめんね、浅野くん。確かにE組の誰にも言ってないけど、私のスマホには
「毎年、この時期になるとE組の生徒の中で成績が飛躍的に上がった者、もしくはE組の中でも特に成績が優秀な者にはE組脱出の打診がされる……真尾さん、君は今回のテストで学年4位、前回の成績をキープしただけでなく順位を上げただろう?それで勧誘の対象になったんだ」
「そう、だったんだ……」
「……君に免じて、少しだけ情報をあげよう。この勧誘はE組トップだけが対象というわけではない……君には僕が聞きに来たが、普通なら理事長自ら聞きに回るからね」
「なんで、私には浅野くんが……?」
「だって君、理事長が苦手だろう?あの人は君が苦手そうな、慣れない大人だと思ったから僕が強引に役目を引き受けたんだ。君が相手じゃなければこんなことしないさ」
あっけらかんと私が浅野理事長先生を苦手にしてるだろう、って気にせず言った浅野くん……自分のお父さんのことなのにいいの?それでも、私のことを考えて引き受けてくれたんだ……絶対にいい返事が来るわけがないって分かってただろうに、……嫌な役目だっただろうに。
「……そう、だったんだ。えへへ、ありがと……」
「……本当に素直だね、僕の言葉の裏なんて全く考えてない……」
「……言葉の裏……?」
「……なんでもない。帰ろうか……送るよ」
「え、あ……うん」
私が苦手としていることを話していなくても雰囲気や様子で察して手配してくれていたみたいで、さすがだと思う……期末テストの時に進藤くんが浅野くんのことを支配者の遺伝子を引き継いだって言ってたけど、あながち間違いじゃなさそうだ。
私を含め、多くの人の顔と能力、状況、環境……様々なものを把握して生かす力……それをもっていて、自分なりに役立てているから。
そのまま歩き出した浅野くんの少し後ろをついて行き、椚ヶ丘駅の改札をくぐった所で別れ、家へと帰る。
あの話をしたあと、駅までの帰り道で交わした会話にはすでに、A組とかE組とかクラス差を感じさせる話題が一切出てこなかった。……それが、彼なりの優しさなんだと私は思う。電車に揺られながら彼に今日の感謝をメッセージに認めながら……その日のお出かけは幕を閉じた。
「あぁ、そうだ、先に言っておいたものは持ってきたかい?」
「あ、うん。夏休みの課題だよね……でも、私、全部終わってるよ……?」
「……待て、この分厚さをか……?」
「うん、夏休みの初日のうちに共通課題終わらせて、あとの個人課題は沖縄に行く前には終わらせっちゃったんだ」
「(ざっと見ただけでも本校舎の課題と変わりない量……しかも、個別課題だと……ん?)……真尾さん、一つ聞いていいかな」
「……?……どうか、したの?」
「なぜ君の課題に赤羽の名前が書いてあるんだ……?」
「あ、それね、私の課題とカルマの課題、担任の先生が間違ってはさんじゃってたみたいなの。2人して気づいたのが共通課題を終わらせたあとだったから……沖縄に行く前にカルマと交換して、解いたんだ。名前を消しちゃうのは、なんとなく……なんでだろ、嫌だったから、かなぁ……」
「そ、そうなのか……まだ夏休みは残ってるけど、勉強はどうするんだ?もしよければおすすめの参考書とか紹介するけど……」
「!……そっか、学校の課題がないなら別の問題やればいいんだ……うん、あとで教えてください」
「……じゃあ、帰りに日本語の本屋によろうか」
++++++++++++++++++++
夏休み、ある日の出来事。
冒頭の裏話。
オリ主がパフェを食べているあいだはそっちに意識を向けさせる部隊(矢田&片岡)がいるため、カルマを恋バナに巻き込もうとしたら、思った以上に反撃を食らって突っ伏してたの図。
男子の女子の生理的な話を堂々とするためにオリ主は遠ざけられてました。
話していたカルマ自身、暴露してるわけだからかなり恥ずかしかっただろうけど、(ビッチ先生へと)嫌がらせを兼ねてるから、やるならとことんやる、の気持ちでやりきってドヤ顔してたりする。
もちろん、オリ主の無自覚な誘惑が多いことも愚痴ってたら、ビッチ先生がさらに仕込んでやろうと燃えた……かもしれない。
後半は浅野くんに出てもらいました。
中心となっているのはオリ主に居場所のプレゼントをすることですが、もうひとつ書きたかったことがあります。
前半でカルマと歩く風景、後半で浅野くんと歩く風景を描写しましたが……何か、お気づきになる方はみえますでしょうか……?オリ主はまだ気づけてないですが、所々で感じ方もやってる事も何かしら違いはあるんだよーっていうお話です。
では、次回は夏祭り編にいけるはず、です。