棒倒し、本番
そしてついに……
体育祭は普段の学校生活とは違った、1年に1度だけのクラス一丸となって戦うイベント……椚ヶ丘中学校は偏差値が高い進学校だからこそ、みんな日頃の勉強疲れを発散するように盛り上がる。
私たちE組にとっては、個人競技等々でひさしぶりに本校舎の生徒たちと競う機会ではあるのだけど……体育祭の最後の最後に設けられたエキシビション、そこで行われる棒倒しの勝敗で、我らが委員長・磯貝くんのE組……というか中学校の残留がかかっているため、気楽に楽しみきれないのが本当のところだ。
本来なら団体競技の出場権は、E組にはほとんどないのだけど、浅野くんの提案によって棒倒しには確実に参加することになったから、選手としては一緒に戦えない女の子以外は、ほとんどこの棒倒しに全力を注いでいるといっても過言ではない。
ここで、何度も出てきた『棒倒し』というもののルール説明を軽くしておこうと思う……といってもそのルールはいたってシンプル、競技の名前通り相手チームの棒を倒した方の勝ちだ。
ただ、それ以外の決まり事は競技をする場所、団体によって異なってくる、って聞いたことがある……安全のために裸足でやるとか、服を掴んで引っぱった時に窒息させないために上の服を脱ぐ、とかだったかな。ちなみに、椚ヶ丘中学校の場合は、こんな感じに決められている。
─────────
・相手を掴むのはいいが、殴る蹴るは原則禁止
・当然武器を使うことも禁止。己の体のみで戦いましょう
・例外として、棒を支える人が足を使って追い払う、腕や肩でのタックルはOK
・なお、チームの区別をはっきりさせるため、A組は長袖と帽子を着用すること
─────────
……で、なんでみんな知ってるだろうに、わざわざこんな説明をしているのかっていうと……
「……アレ、帽子っつーかヘッドギアじゃね?」
「……区別のため、って聞こえはいいけど、ただ『A組は防具アリ』って言ってるだけだよな」
「ハッキリ口にしてなくても分かるっての。そんなところまで差別もってくるなよなー」
という、ただでさえ人数で有利な立場なのにまだやるか!……な声を上げているE組男の子たちの不満の声があったからです。
確かにケガが怖いから、E組側は防具の薄さに不安はあるけど……ある意味E組の良さを活かすためには邪魔なものがなくて身軽なんじゃないかなって気も少ししてたりする。どちらかといえば、防具云々よりも……
『なお、本エキシビションには文化交流を目的に、留学生の皆さんが参加されます!』
「浅野の奴、念を入れすぎだろ……」
「そこまでして勝ちたいか……!」
開始前の挨拶としてA組とE組が集合して向かい合う中、A組の列で明らかに体格が違う留学生が4人も並んでいることの方が目に付く。事前に浅野くんが呼び寄せていたことも彼等を作戦に組み込んでいることもわかっていたけど、どんな戦略を組んでいるのかは分からないし、実際にこう並んでみるとやっぱり警戒するしかない。
しかも、私は比べたことがなくて知らなかったけど、棒倒しのフィールドを直に味わえるこの観客席の近さ……これは椚ヶ丘中学校の名物だったみたい。どんな競技も一番迫力のある距離で観戦できる……それは、迫力を味わえるとともに、選手たちの声もしっかり聞こえることからリアルタイムの状況を詳しく知ることができる。
言い換えるなら、私たちに彼等の知能戦もしっかり見えることになるから、E組男子たちが女子に教えてくれなかった戦略への信頼と不安が大きくなっていて、参戦できない自分たちが歯がゆい。代わりに私たち女子は自分たちの種目の練習と並行して、この棒倒しに関しては治療班、客観的に見ての意見班というように裏方として動いてはいたけど……彼らを見つめるみんなの瞳は、不安で彩られていた。
「お願いね、男子……腹黒生徒会長達をギャフンと言わせてやって……」
「片岡さん……」
「……メグちゃん、きっと、きっとだいじょぶだよ。だって、磯貝くんはE組にいたいって言ってくれたもん。みんなは、その磯貝くんに返事してたもん……だから」
「ヌルフフフフ、そうですねぇ……簡単にやられるような彼等ではないでしょう?」
「……磯貝君達、女子に作戦、何にも教えてくれないから……でも、そうね。私達が信じなくちゃ、誰が信じるのってね」
そういって顔を上げた彼女の顔は、不安こそ消えないものの最後まで見続けるというまっすぐとした意思を感じられるものだった。
私もトラックの両端に設置された、それぞれの陣地の棒を固め始める両チームを見守る……これから行われる競技での純粋な勝敗の行方を。それに、
〝今日の俺、絶対見てて。アミーシャの迷いを払える、前に進めるための存在になれてるかどうか……最後まで〟
…………私自身の気持ちとの、決着をつけなきゃいけないから。
◆
A組の男の子は28人……浅野くんはそれを最大限に使って、棒が倒れないように支える人、その周りで防御として動く人、攻撃部隊として前に出られる人と配置している。対してE組は15人というA組に比べて半分程度の少人数……少しでも勝率をあげたいのなら、棒の防御を捨てて攻めるしかない……誰もがそう、思ってたのに。
「なんで……A組に攻める人が一人もいないよ?」
「あそこまでガチガチの全員守備を見ると、殺せんせーの完全防御形態が思い浮かぶ……」
「あ……、作戦
「あるの!?」
E組は上に乗る磯貝くんを中心に誰も飛び出そうとせず、全員が棒に集まって前に出る素振りすら見せない……まるで、この戦力差に自信があるであろう浅野くんに、攻めさせるために。
「
そして、浅野くんはE組の思惑にわざと乗った。といってもこのままだとE組は全く動かなかっただろうし、浅野くん側が動かないとこのまま膠着状態が続いてしまっていつまでたっても状況が変わらなかっただろうから、見てるこちらとしてもありがたい。
浅野くんの指示を受けて、A組の一部……しかもかなりの少人数がE組へと進軍する。少人数なのに、大柄な留学生が含まれていることで、迫力がすごい。
「……っ、くそがっ!」
「無抵抗でやられるかよ!」
「吉田!村松!」
このまま相手のタックルを陣地そのものに受けたら一発で全滅の可能性がある……それを感じたのか、吉田くんと村松くんが防御の輪の中から飛び出した。そのまま突っ込んできた留学生と組み合いになり……跳ね飛ばされ、1度は耐えたけど2度目のタックルで客席まで吹き飛ばされてしまった。
「やばいよ、殺せんせー……!どんなに固まっても、一人ずつ吹っ飛ばされたら意味無いよ……っ」
……ここからじゃ、吹き飛ばされた2人のことはハッキリと見えない……身体運びを見る限り、受身は取れてたと思うけど、動かないからもしかしたら気絶しているのかも……。
たったの一撃で2人も行動不能にした力、それを見てカエデちゃんが不安そうに声を上げる。だって、今吹き飛ばされたのは、E組の中でも寺坂くんの次くらいに体格や力が優れてる2人なんだから。
「
「
「
A組の人たちから聞いているのだろう、日本人だしE組には通じるわけがないとばかりに早口の英語で挑発してくる留学生……に、流暢な英語を操ってカルマが挑発し返した。留学生の彼は腕っ節に自信があるんだろう、挑発に怒ることはなく、ますます楽しそうな笑みを浮かべると勢いよくE組の中へと突っ込んでいった。
守る側の人数は多いけど、このままだと、先に吹き飛ばされた2人の二の舞に……なんてことはならなかった。
「今だ皆!作戦、〝触手〟!」
棒の守備に立っていた根元を抑え込む寺坂くんたち数人以外が
まるで、無数の殺せんせーの触手が突っ込んできたA組に絡むかのように……カルマが挑発をしたのは確実に棒の近くまで誘い込むためだったんだ。これでA組の攻撃部隊5人を封じた上にE組の棒の土台を強化したことになる。
「へへへ……棒を凶器に使うな、なんてルールは無いからよ」
「
「
「おお!男子やるじゃん!」
「ただ、15人の内、吉田君と村松君も合わせて9人が動けないっていうのが痛いね……って、アミサどうしたの?難しい顔しちゃって……」
「……瀬尾くんの英語、訛ってて聞き取りにくい……カルマは、聞き取りやすいなぁ……」
「……アンタ、あの棒倒しの何を見聞きしてるの……」
……だってまず耳に入ってくるアレの方が気になるんだもん……いつも瀬尾くんって自分が留学経験あって英語は得意だからって豪語してるから余計に。感想はそれだったけど戦況も見てるよ、ちゃんと。
A組を抑え込めたとはいえ、戦力差が大きくなっただけにしか見えない……浅野くんも当然それに気づいていて、新たな指示を出していた。再び飛び出してきたA組の攻撃部隊は両サイドから……つまり、外からの囲い込みのために真ん中が空いている。
「よし、出るぞ攻撃部隊!作戦は〝粘液〟!」
磯貝くんの号令とともに、E組の陣地から6人……カルマ、磯貝くん、陽斗くん、岡島くん、杉野くん、木村くんが飛び出した。全員、E組の中でもトップを争う身体能力の持ち主たちだ……あれ、彼は入れないのかな……?確かに普段は大人しいけど、場面によっては牙をむく存在でもあるのに。……あ、
6人はしっかり中央突破に成功。戦力が分散した今の状態でならA組の棒を狙える……そう、なるかと思えば、E組に向けて攻め込んでいたA組の攻撃部隊が引き返し、中央を塞ぐ形で後ろから攻めてきた。今の両サイドからの進軍は前後からの挟み撃ちをするための偽装攻撃だったと考えていいだろう……これでは逃げ場がないまま大人数対少人数での戦いを強いられてしまう。
「……彼等の負傷は防衛省としても避けたい。彼等の意思を尊重できないのは悪いがこの試合を止めるなり、最悪真尾さんの介入も視野に……」
戦況を見ていた烏間先生が、殺せんせーに伺いを立てる。みんなに怪我をして欲しくないのはわかるし、確かに私ならA組の人たちに気づかれないようにしながら遠距離援護をすることができるから最悪の場合は介入させようとする気持ちもわかる……、だけど。
「……烏間先生、例え、先生からのお願いでも……私はやりたくない」
「しかし……」
「だって、勝つって言ってくれたから……私、約束してくれたことは信じるって決めてるの。それに、こういうのは最後まで分からないものだよ」
「アミサさんの言う通りです。それに、彼には社会科の勉強がてら助言しました──」
殺せんせー曰く、2倍の敵を打ち破った例としてカルタゴのハンニバルを教えたんだとか。道無き道を進軍し、突然ありえない場所に戦場を出現させ、防御を工夫し、秘密兵器を投入する……これらは全て、『常識』にこだわるほど予想外をつける作戦になる。すでに『自軍の棒を使って防御する』という常識外れを決行している……これからの作戦にも常識外れがないはずがない。
そして期待を裏切らず、E組の攻撃部隊6人はA組の戦力の大部分に囲まれたことを確認すると……それら全てを引き付けたまま、本校舎の生徒たちが集まる観客席へと逃げ込んだ。
「
「何をしてる、早く止めないか!」
椅子と観客を器用に使って逃げ回るE組と、人数は多いけどE組ほど小回りのきかないA組の追いかけっこがはじまった……観客席の中に新たな戦場のできあがりだ。6人全員が器用に逃げているけど、特にカルマはわざと引きつけるように挑発を繰り返しているから、A組だけじゃなく留学生にも狙われ追いかけられていて……それでも軽々とかわし続けているのはすごいことだと思う。
このままA組全員の意識を混戦に向けていられればいいのだけど……浅野くんはA組の数人に指示を出して、6人の中でも特に身体能力の高いカルマ、磯貝くん、木村くんの3人を警戒している。E組になって半年が過ぎれば身体能力なんて変わるに決まってる、その不足した情報を補うために、この棒倒しまでの体育祭競技で動きを見て、それぞれ把握したんだと思う。
A組はE組の棒を倒すことじゃなくて、E組を痛めつけることを目的にしてるから、E組の棒の守備の方に指示は来ない……まだ安全とみていい。そして磯貝くんたちはただ混戦を作り上げたいためだけに客席に逃げ込んだわけじゃないはず……だけど、なら一体……なんのために?その答えはすぐに分かった。
『なっ……ちょ、いつの間にかE組の二人が……っ、どこから湧いた!?』
「へへっ、受け身は嫌ってほど習ってるからな!」
「客席まで飛ぶ演技だけが苦労したぜ!」
思いもよらない所……観客席の中から、1番最初に吹き飛ばされたはずの吉田くん、村松くんの2人が飛び出してA組の本陣へと飛び付いた。大げさなくらいに吹き飛んだのはわざとであり、6人の攻撃部隊が混戦を作り出して観客だけでなくA組全ての意識を集めていたのは、2人が客席に紛れて別働隊となり、奇襲するため……そして、
「逃げるのは終わりだ!全員、〝音速〟!」
「「「よっしゃァ!」」」
全員の注意が外れ、奇襲に動揺している隙に懐へと入る……それが狙い。棒を倒すまではいかなかったけど、奇襲2人と追い討ち6人が上に乗る浅野くんを捕まえられる位置までは登ることができた。かなり高重心になってるから、外側から無理やり引き剥がそうとしたら棒は大きく揺れることになる……だから、ここから浅野くんがとる行動は。
「
「あぁっ!」
「そっか、ルール上棒を支える人が足で蹴り落としたりするのはOKだから……」
浅野くん1人で客席に引き付けられていたA組が戻るまでの時間を稼ぐ、という手段。受け身、投げ技、蹴り技、様々な攻撃に対する対応訓練を受けてきたE組を軽々と蹴り落としていく……
「……やばいよ、詰みかけてる」
「客席に散ってたA組も戻りつつある……このままじゃ取り囲まれてリンチだよ」
「…………だいじょぶだよ」
「……アミサ」
「だってあの浅野くんの動き……ちょっと違うけど、私、模擬で男の子にやったもん」
「「「…………、……え?」」」
「掴んで投げるのは力のない私じゃ絶対できないけど、ルールに反しない程度に棒の上から敵を引き剥がすとしたら何するかって磯貝くんに聞かれたから……私じゃ体重ないから動きだけだけど、あの蹴り落とすというか、上から蹴り飛ばすのはやったから、男の子たちはみんなあの動きを1度見てる……だから、対応できるはず」
「…………一応、聞くけど、誰かにご褒美ですとか言われてない?」
「え、なんで知ってるの?」
「はぁ……やっぱり……」
放課後の練習でああいうカルワザ?みたいな事でならこっそりお手伝いに参加したんだよね……だからってわけじゃないけど、上からの攻撃についてはみんなある程度の防御はしっかりできてる。
でも、決定的に違うのは体重……浅野くんの方が私より明らかに重いから、勢いも威力も高いことで、みんなは避けたり流してはいるけど、ついに磯貝くんも蹴り落とされてしまった。
「……磯貝君は、彼のように1人で戦況を決定づけるリーダーにはなれないでしょう。なぜなら……」
心配する私たちへ触手を伸ばし、殺せんせーがニヤリと笑うと告げる。
───彼は1人で決める必要はないのだから。
余裕な笑みで蹴り落としていた浅野くんがいきなりバランスを崩した。地面に落ちた磯貝くんの背中を踏み台にして、今までE組の棒を支えていた渚くんたち防衛部隊がさらに上へ飛びついたのだ……それは高所から反撃していた浅野くんにしがみつくのが容易なほどで、A組に一気に動揺が走る。
……でも、動揺が走ったのはA組だけじゃなくて、見てる私たちにもだった。
「え、待って、私達の陣地でA組を押さえてた渚たちが増援に行ったってことは……守備2人!?」
「寺坂君と竹林君の二人で、どうやって押さえてるの!?」
「梃子の原理さ」
「…………て、梃子……なのか?」
「梃子なら……仕方ないの?」
E組の棒を支えているのは寺坂くんと竹林くんの2人だけ……A組は5人も下敷きにしてるのに、木の棒の重さもあるとはいえ明らかにおかしい。
自信満々に竹林くんが『梃子の原理』って主張してるけど、さっきまで7人で押さえ込んでたものがたった2人だけになったから、それを押しのけてA組が棒を倒すことなんて簡単なはず。それでもそうしない理由は、
「
「
「浅野ー!指示をー!」
竹林くんの言う通り、A組の人たちはあくまでもE組を潰すことが目的だから、司令塔である浅野くんの指示なしで勝手にE組の棒を倒し、勝負に勝つことなんてできるはずがない。E組はそのことを事前に知っていた……だからこんな大胆な作戦に踏切ったとしても浅野くんを混乱に落としさせすれば、棒を倒しには来ない。
直接しがみつく人もいるから浅野くんはそこから抜け出して上手く蹴り落とせず、かと言って指示を出すこともできない。ここまで常識外れの作戦で防御の体制が整ってきているとはいえ、だいぶA組には余裕がなくなってきている……ここで、ようやく今まで隠れ続けていた彼に動きがあった。
「今だ、来い!イトナ!」
「あぁ、」
体育祭の午前中では、わざと浅野くんの意識に止まらないようにするために全力を出さずにすむ競技への出場にとどめ、棒倒しになってからも前線には出なかったイトナくん。彼だったら攻撃部隊として前に出ても活躍出来ただろうに、それをしなかったのは……この時のため。
イトナくんは磯貝くんの手を足場にバネ代わりにして、上へ思いきり跳ぶ──そのまま、ただでさえ高重心でバランスが危うかったA組の棒の先端に取り付いた。
そして、棒は倒された。
「E組の、勝ちだ──!」
磯貝くんの声とともにE組が歓声を上げた……これには、本校舎の生徒たちも驚いたようなざわめきが起きていた。でも、それは全然否定的なものじゃない……誰の目から見ても不利な戦いを奇跡的に勝ってみせた、そんなE組に周囲の見る目が変わってきている証拠だった。
競技が終わったことで、喜びあうE組の男の子たちの元へ観戦していた女の子も一気に駆け寄って、輪の中へ飛びついていく。棒倒しでA組に勝利……これで、もみくちゃになってる磯貝くんの校則違反はもうだいじょぶだろう。
私も混ざって一緒に嬉しい気持ちをぶつけたい……にはぶつけたいんだけど、あのわちゃわちゃの中に入るのは、その、かなり勇気が……私、ほぼ確実に押し潰されそうで……。
そう思って輪の少し外側でオロオロと迷いながら見ていた時だった。
「真尾!」
「!」
「勝ったぞ!約束、守れたよな!?」
〝だったら、……もう、昨日みたいにいなくなっちゃう原因作らない……?棒倒しも、負けない……?私、やだよ……いなく、ならないで……〟
〝俺1人で戦わなくちゃいけないわけじゃないんだ……負けるつもりは無いよ〟
「───っ、うん!」
入りたくても入れずにいる私に気づいた磯貝くんが、私の方へ差し出した拳とともに声をかけてくれた。彼は私が言ったことを競技中も覚えていてちゃんと考えてくれてたんだ……そして、結果という形で応えてくれた。
少し道を作ってくれたみんなの隙間から、その差し出された拳に私も拳をぶつけると、磯貝くんは満面の笑みで笑ってくれた。
◆
体育祭が終わって……まあ、いつも通りに後片付けでE組に押し付けられた仕事は他のクラスよりも多かったわけだけど。この時、いつもよりちょっと違うこともあった。
「磯貝先輩!」
「カッコよかったです!」
「おう、ありがとう!危ないから真似すんなよ?」
「「キャーッ!」」
「くそっ、イケメンめ……」
……メグちゃんに聞いたところ、磯貝くんはいまだに本校舎の子からラブレターはもらっているらしい……それでも、ここまであからさまに好意を見せる人は今までいなかった。
もちろん女の子だけでなく男の子からも……下級生を中心にE組を見る目が変わってきているのを感じる。あれだけの劣勢をひっくり返したことで、なんかE組ってすごいんじゃないか?みたいな意識ができ始めているのかもしれない。
「あ、あの!真尾先輩!」
「…………へっ!?わ、私……?」
「そうですっ!」
私もいくつかパイプ椅子を運ぼうと手をかけた時に誰かから声をかけられて……しかも先輩呼びだなんて初めてで、戸惑いながら周りを見る。初めて聞く声に名前を呼ばれてちょっとビクビクしながら振り返ると、本校舎の男女何人かの生徒がキラキラした視線を私に向けながら近くに立っていた。
……先輩って呼んだってことは彼等は1年生か2年生なんだろうけど、私が小さいせいで彼等を見上げる格好になってる。私のが上級生なのに、なんか、申し訳なさが……
「先輩、E組なのに今年のテストで必ず5位以内に入ってて……放送部、新聞部を中心にE組には異端な存在が所属してるって話題になってるんです!」
「今日の400mも二人三脚もカッコよかったですーっ!俺達よりも小さいのに存在感がデカイんですね!」
「文武両道ってこういうことを言うんだって……憧れます!」
「E組は落ちこぼれ、不良のたまり場だからって上級生や先生達は言ってましたけど……先輩みたいな人もいるんですね!」
「…………ぁ……、……その……あ、ありが、と……」
…………怖い、E組に来る前だったら、そうとしか感じられなかった本校舎の人たち。だけど、こんなに素直な賞賛を向けられると疑うことなんてできなかった。……こういう、ちょっとした交流をきっかけに、人の意識って変わってくるんだ。
ムズムズする気持ちを抑えてなんとかお礼を伝えれば、声をかけてくれた下級生さんたち同士で顔を見合せて、再びこちらを向いた。
「……先輩、かわいいっすね」
「女子の中では磯貝ってあの棒倒しのリーダーがカッコいいとか、片岡って女の先輩の名前はよく聞いてたけど、真尾先輩も素敵でかわいいなぁ」
「先輩のこと、本校舎で好きだって言ってる同級生いるんですよー?知ってました?」
「え、え?あ、その……っ」
「マジでお近付きなりたいっす、連絡先とか……」
「もうダメだよ、真尾先輩にはさー……」
下級生の子たちのポンポンと進む会話になんて返事をすればいいのか分からなくて、……れ、連絡先?スマホ?とオロオロと取り出した方がいいかとポケットに手を入れたところで、後ろから私の持っていたパイプ椅子二脚がひょい、と取り上げられた。
「アミーシャ、持つよ」
「わ、え、カルマ……ありがと、」
「別にー……って、なんでアミーシャがこれ運んでるの?明らかに力仕事は男子の仕事でしょ」
「んー……その、持てるかなって!」
「いや、確かに持ててたけどさ……こういうのは男子に任せとけばいいの。むしろ俺を呼んで任せてよ、体の筋痛めるよ?……で、お前等はアミーシャになんか用なわけ?」
「い、いえっ!」
「俺等は失礼します!」
軽々と私からパイプ椅子を取り上げたのはカルマで、彼の方を向いた時にはそれらを抱え直しているところだった。だって、私も手伝えば男子だけでやるよりも早く終わるだろうし、なにより持てたし……と言い訳してみたけど、椅子2個持ちは危ないからダメだと言われてしまった。
その流れで下級生の子たちに要件を聞いてくれたんだけど……あ、行っちゃった……連絡先がどうとかって言ってたけどよかったのかな……?
「こっえー……めっちゃギラついた目で見られたんだけど俺……」
「ほらー、真尾先輩には赤毛の番犬がいるって噂になってたでしょー?」
「二人三脚も一緒だったもんねー」
「えー、でもあの感じ恋人じゃなくて?」
「違うって、浅野先輩がさぁ……」
「…………フン、アミーシャのことをよく知らないくせに寄って来るとか……」
「あ、あの子たち……よかったのかな」
「いーんだよ、ほっとけば」
「え、えぇ……」
正直私から何か話しかけるのもできなかったとは思うけど、なんかカルマが追い払っちゃったみたいになって、よかったのかな……?カルマはカルマで眉を寄せて不機嫌そうな顔してるし……結局彼等が下級生ってことしか分からなかったし。
元々バケツリレー方式であと少し運んだら体育館の入口に待機している渚くんに渡して終わりだったんだけど、ふと顔を上げた時にはカルマも渚くんに椅子を渡して手を払いながら戻ってくるところだった。さすが、早い。
「カルマ……あからさまに真尾のだけ手伝うなよ……」
「それにお前等なんなんだよ、モテるモテてるって!体育祭で2人して目立って活躍してたし、お互い既に呼び出されて告白されてたとかか!?」
「え……、…………」
「いや岡島、『もてる』違いだからね、それ」
「つか真尾はたった今下級生に懐かれてたからなぁ……しっかり下級生曰く番犬が仕事したけども」
「めっちゃ狙われてたもんな、なのに本人しどろもどろだったから気付いてないんだろうし」
「ていうか浅野君、カルマ君のこと番犬で通してるんだ……」
「言いたくないんでしょ、E組を下に見たいのに」
「あと認められないんだろー?浅野にとっちゃ、カルマはいつも真尾の近くにいる邪魔者なんだから」
「……っ、と……アミーシャ、なぁに。さっきから黙ってたけどどうしたの?」
私たちの会話を聞いていたのか、岡島くんがなにか噛み付いてきた。椅子を運ぶ時の会話をどう聞いたらモテるって……あぁ、『椅子を持てる』って所を異性に好かれるって意味の『モテる』に取ったのかな。
確かにカルマは個人競技でも、棒倒しでも司令塔の磯貝くんとは違った感じに目立ってたからなぁ……しかも、挑発したりリスクをとったりしても負けない、度胸のある強いところは誰よりもかっこよくて……終始楽しそうに向かっていってるのがすごく伝わってきた。
ずっと喧嘩に強くて素行不良な怖い人、みたいなイメージを持たれていたカルマだけど、ああいう私と渚くんやE組の前では普通に見せていた姿を見たら、イメージが変わって私たちを知らない人たちから好感をもたれるのも納得できる。
……納得、できるけど……
「……私、カルマがかっこよくてちゃんと仲間思いなこと……知らない人でもみんなが知ってくれるのは、嬉しいはずなのに……なんか、モヤモヤする。……人気でちゃうの、……取られちゃう気がして……なんか、やだ……」
「「「!」」」
みんなの話すことを話半分で聞きながら、私は私の中で急に湧いてきたモヤモヤに戸惑っていた。思わず、近くに来たカルマの体操服を握ったから、不思議そうにカルマが私を見下ろす。
その表情も、私に向ける感情も、いつものように頭を撫でる手も……何も変わらないのに。なんで、こんなこと思ってるんだろう……だって、私はカルマのいいところをみんなに知ってもらいたかったはずでしょう?怖がらなくったっていいし、優しい人なんだよって……なのに、告白されてたら嫌だ、なんて。
私自身、よく分からない気持ちに困りながらもなんとか昇華させようと言葉を探していると、カルマは私が握りこんだ手に彼自身の手を添えて私と目を合わせてきた。
……周りにいたE組のみんなが息を飲んだような気配があったけど、それすらすぐに気にならなくなって、私をまっすぐ見つめるオレンジ色から目が離せなかった。
「……アミーシャ、それって……」
「よし、片付け終了!皆、戻るぞ!……あれ?」
……のだけど、彼が口を開き、何か続けようとした時に磯貝くんが体育館の扉を閉めてこちらを向いて声をかけた、瞬間私は我に返った。
慌ててカルマの手をから逃げて、近くにいた莉桜ちゃんの後ろに隠れる……今、私、なんかすごく恥ずかしいことを口走ってなかった……!?
「磯貝……」
「おまっ……空気読めよ貧乏委員……」
「ねーもう、また邪魔……」
「今のは磯貝君が悪いわ……」
「ええっ、ご、ごめん!」
「アミサ、今の気持ちとか洗いざらい詳しく聞かせてもらおうか……!?」
「ひぇっ……か、隠れる所間違えた……っ!?」
「いや、多分アミサちゃんが誰の後ろに逃げてもそうなってたんじゃないかな……」
頭を抱えたカルマや、陽斗くんたちが磯貝くんに詰め寄る中、私は私で隠れたはずの莉桜ちゃんに捕まって、男の子たちがいる場所から遠くに連れ出されていた。なんか、ツノ、イタズラ好きそうな悪魔のようなツノが生えて見えるよ……!?
いつの間にか他の女の子たちにも囲まれていて、私は逃げるに逃げられなくなっていた。
「ねぇねぇ!取られたくないって独占欲じゃん、アミサにもちゃんとあったんだねぇ」
「え、そんな気持ち、縛るようなことは迷惑……」
「いーんだよ〜?こういう縛りたくなる気持ちはあってもおかしいことじゃないんだから!あーちゃんもついに知ったか、この気持ち」
「やっと他と違うってとこにたどり着いた……長かったね……!」
「でも、…………」
「で?ヤキモチ?ヤキモチ妬いたの?」
「……ヤキモチ?」
「独り占めしたいとか、自分から離れてどっか行っちゃうかもしれないみたいな不安とか……そういうのだったりしない?」
「…………………………。」
「……初めて気づいたんね、コレも」
「さぁ、あとはどっちがどう行動起こしてどうなるか、じゃない?」
「自覚はしてないかもしれないしねー」
ヤキモチ?この、モヤモヤする気持ちはヤキモチっていうの……?胸に手を当てて考えてみる。他の人、E組の大好きなみんなに対しては、取られたらヤダなんて感じない、むしろ私の大好きな人たちを好きになってくれて嬉しいとさえ思うのに……彼に対しては、取られたくないって気持ちの方が強い。……カルマはカルマであって、私のものじゃないのに。
彼は何も教えてくれないけど、もし、もし……私を下級生の輪から離す前に呼び出されてたりしたら?……ちょっと考えただけでぶわっと、形容できないモヤっとした黒い感情が心の中を渦巻いているように感じる。
修学旅行の時に聞いた、『他の女の人と一緒にいたら』……これは、ありえなくないんだってことを今知った。それはそう、E組で過ごしていたとしても、彼は彼なんだから。何者にも縛られない存在なんだから、E組を出てしまえば1人の人なんだから……だけど、こんなにイヤだと感じてしまっているのは……
…………そっか、私、カルマのこと、知らない誰かに取られたくないんだ。多分、知ってる相手だとしても、E組の誰かにも。
ストン、と自分の中に落ちてきたその答えは、ずっと探していた気持ちを整理して名前をつけてあげるには十分で……、……ずっと、気づかなかった、分からなかった、彼とみんなへ向ける感情の違いにやっと納得した。やっと、分かった。
───私は、カルマのことが好きなんだ。
◆
女の子たちに、問いただされてる途中でいきなり黙り込んでしまった私が、やっと長いこと名前をつけられなかったカルマへの気持ちに納得した頃。
さすがにこんなにたくさん人がいるところでたった今自覚した気持ちを伝えたいとは思わない……というか恥ずかしすぎる。それでもちょっとスッキリした気持ちで顔を上げれば、女の子たちもなにやらホッとした顔をして向こうで集まっている男の子たちの方へ合流することになった。
E組で集まり、教室へ帰ろうとしたところで、おかーさんが立ち止まって前を指した……そこにいたのは五英傑を伴った浅野くんで。
「おい、浅野!二言はないだろうな……例の件は黙ってるって」
「……僕は嘘をつかない……君達と違って姑息な手段は使わないからだ」
「でも、さすがだったよお前の采配。最後までどっちが勝つかわからなかった……また、こういう勝負しような!」
「……消えてくれないか。次はこうはいかない……全員破滅に追い込んでやる」
私たちの言葉に返したのは、浅野くんらしさが全く消えていない言葉だった。磯貝くんは彼らしさを、強い意志をぶれさせることなく、敵として戦った浅野くんを認めて横に並び立とうとする。
浅野くんは拒否してしまったけど……磯貝くんの強さはきっとここにあるんだと思うな。誰よりも目立つカリスマ性で引っ張るわけじゃない、前でも上でもなく、気がつけば横にいる……そんなリーダーだ。
「ケッ、負け惜しみが」
「いーのいーの、負け犬の遠吠えなんて聞こえないもーん……ん、どした?」
「わ、私、……浅野くんのところに、ちょっと……」
「……あたしらが行ったら嫌味でしかないんだろうけどさ、アンタなら、行ってもいいんでない?」
負け惜しみと取れるセリフを吐いて、私たちに背を向けて歩いていこうとする浅野くん……チラ、と埋もれている私にも視線が来た気がして莉桜ちゃんに言ってみると、「なんであんなのに懐くのかは理解できんけどね」というお言葉はもらったけど背中を押してくれた。
「あ、浅野くん……その……あの日、浅野くんたちには何も言えなくて……ごめんなさい。でも、みんなにはちゃんと言えた。……ありがとう」
「……、奴等の目が離れたところへ行って君が余計な心配をかけたくないだろうからここで済まそう。……真尾さん、あの日は僕の方こそ悪かったね。嫌な役目を押し付けることになっただろう?」
「……ううん、いいの。その、たしかに、ああやって言うのは苦手なことだけど……私は、浅野くんの言い分が正しいと思ってたから。あの後、ちゃんと磯貝くんにもそのこと伝えれたから」
「……っ、そう。じゃあ僕は行くよ……また、誘わせてもらおう」
「はい、待ってま…………、……あれ?……浅野くん、誰か、ケガしてるの?」
その場で足を止めてくれた浅野くんに、あの日、E組にとっては悪役としての立場に立ち続けた彼へ、私の気持ちは何も言えなかったことを謝って、ちゃんと意思は伝えられたお礼を言うと、彼の方からも謝られてしまった。
今回に関しては目的があったとはいえ正すために悪役に徹してくれてたのに、前に立てる彼は強い人なんだと思う。
だけど、去り際、いつものように私の頭を撫でようとしたんだろう……彼が私に手を伸ばしてきた時に香った
「…………、何を……」
「…………、これ……浅野くんから血の匂いがする……でも、浅野くんじゃない……?じゃあ五英傑の誰か?」
「いや、僕達は棒倒しのかすり傷程度で……」
「A組の棒倒しメンバーに大怪我したやつなんて居ないぜ?」
「……こんな、かすり傷程度の匂いじゃないよ……、榊原くん、ちょっとだけ手を貸してくれる……?」
「あ、ああ……」
「……、……血の匂い、しない……浅野くんだけなの、こんなに濃い匂い……浅野くんじゃないなら、近くで……」
「…………………………。君は、気付いてしまうのか……」
浅野くんから感じたのは、血の匂い……しかも、彼自身が血を流すようなケガをしている、そんなものではなくて、まるで近くで血を浴びたような……薄いけど、濃い匂い。
後ろで話を聞いてたE組も、何かあったのだと感じるには十分だったらしい……迷ったように顔を見合わせていたけど、磯貝くんとメグちゃん、そしてカルマがE組の中から抜け出してこちらへと近づいてきた。
「浅野、もし棒倒しで怪我人を出してしまっているなら、俺等が代表として様子を見に行きたい」
「私も。クラス委員は磯貝君だけじゃないもの」
「あ、俺はこの子の保護者で」
「……棒倒しのせいじゃない、留学生の4人が理事長とやり合っただけさ」
「やり合ったって……」
「心配はない、だから……」
留学生が理事長先生とやり合った……浅野くんの言い方からして、1対1のタイマン勝負じゃなくて4人で向かったとかじゃないのかな……それで、多分、負けたのは。
巻き込みたくないとでも言うように、詳細を話さない彼の腕を抱え込んで引き止める。
「お願い、案内してください……ケガ人なら、私がなんとかできるかもしれない」
「……しかし、」
「浅野クン、アミーシャの出身知ってるんでしょ?なら、何をしようとしてるのか……自ずとわかるんじゃない?」
「……、……気づかれている以上、仕方ない。おい、お前達は競技後の指示をしろ、僕は後から向かう」
「了解。……今回は負けたが次はないぞ、E組ども」
「真尾さん、今度は君も一緒に……そうだな、高級ディナーにでも招待するよ」
「……赤羽、癪だがお前が1番真尾さんが懐いているんだろう……付き添え」
「……へぇ、分かってんじゃん。あとアミーシャ、そろそろその手を離しなよ」
「……おい」
「なにさ」
「あ、渚くん、エニグマ貰っていい?」
「あ、うん。……あの空気放置できるのはアミサちゃんくらいだよ……」
簡潔に五英傑に対して指示を出した浅野くんは、付き添いにカルマを指名した。彼の進行方向は本校舎……まだ後片付けが終わったばかりで校舎内にはたくさん生徒が残っている、それを彼なりに配慮してくれたんだと思う。
浅野くんが本校舎へ歩き出してすぐにカルマが隣に来て、私が浅野くんを引き止めるためにしがみついていた腕をゆっくり外していき、何故か浅野くんと睨み合っていて……いつも思ってたけど、なんでこの2人は揃うといつも喧嘩してるんだろう。
とりあえず2人は置いといていいかなと、戦術導力器を預けた渚くんから受け取りに行けば、呆れたような顔されたんだけど……解せない。そのまま磯貝くんたちを振り返ると、彼は分かっているとでも伝えるように1つ頷いてみんなをまとめると、E組校舎へと戻っていった。
私が間に入ると余計ややこしくなるから、本校舎の周りへと意識を向けなくていいように、浅野くんの少し後ろ、カルマの隣を歩きながら手元のエニグマに目線をやっておく。
「……ここだ。4人ともここで休ませている」
「……っ、」
「……これ、理事長先生が?」
「だから、見せたくなかったんだ。だが…………、頼めるか?」
ついた場所は保健室……本校舎にいた時代でもあまりお世話になることは無かったから、ここへ来ること自体がかなりひさしぶりだ。
先に浅野くんが入り、保険医がいないことを確認して私たちを手招いた。いくつかあるベッドには、呻き声をあげて寝ている留学生の4人……見た限り、かなり一方的になっていたんじゃないかというような傷跡だった。
「……この人たち、前に浅野くんがブックカフェで教えてくれた友だちなんだよね……?今回だって、浅野くんの要請に応えて全力で闘ってくれた人たち……友だちのためだったら、断る理由なんて、ないよ」
浅野くんが当分保険医が戻ってこないことを確認してくれたし、この部屋の中には私のことを知ってる人しかいないから、気兼ねなくエニグマを使うことができる。この位置からでもできなくはないけど、私にかかる負担と調整の正確さを考えて4つのベッドの中央に立って、導力器を構える。
「……万物な根源たる
「……これが、アーツ……書物で読んだことがあるだけだったが、実際はすごいな……」
「……一応言っとくけど、棒倒しでは俺等これに頼るのは断ってるから。アミーシャは最初、考えてたみたいだけどね」
アーツの発動とともに私とカルマにとっては見慣れた青い光が収束し、上位属性である空のアーツを示す金色の光が保健室の中に広がる……浅野くんは始めてみただろうこの光景に手をかざして眩しそうにしていた。
≪セレスティアル≫は私の最大EP値ギリギリで発動できる、瀕死と体力をそれぞれ全快させられるアーツで、ついでとばかりにカルマと浅野くんも効果範囲に入れて置いた……2人とも何も言わないけど、あれだけ全力を出して戦ったんだから疲れてないはずがないもんね。
空属性を示す金色の光がだんだんと空気中へ溶けていき、回復が終わったところでペタリと座り込む……少し、疲れちゃった。慌てたようにカルマが近くに来てしゃがみこみ、私を支えながら浅野くんには画面が見えないようしながら手元のスマホを見せてくれた。
そこには律ちゃんが『使用EP600……今日はもう禁止ですからね!』というプラカードを持っていて笑顔。……律ちゃんが、怒らず笑ってるということは……恐る恐る私を支えてくれてるカルマの顔を見てみたら、満面の笑みで笑いかけられた。……これは後で怒られるパターンですね、ごめんなさい……。
「Asano……?」
「
「浅野クンって、なんだかんだいって他人を手下扱いするわりには、ちゃんと対等に接することはできるんだね……」
最初に目を覚ましたのであろう、イギリス人の留学生の元へ近寄っていく……他の3人も目が覚めたようで、浅野くんは安心したようにそれぞれの言語で会話をしていた。
おお、息をするようにそれぞれの言語を操ってる……と尊敬の目で見ている私の横では、カルマが結構失礼なことを呟いてた。浅野くんの態度はいつでも変わらないと思うけどな。
「
「
「
「
「……浅野くん、私、分かるよ……?」
私が幼少期に外国を転々としていたおかげでマルチリンガルであることを忘れていたのか、浅野くんは慌てたように最初に起きたケヴィンさん……かな、になにか小声で尋ねていたのが見えたけど、なんでもないとばかりに私たちにも彼らを紹介してくれた。
その後、彼らからそれぞれお礼を受け取り、少しお話していたらいつの間にかケヴィンさんとカルマが意気投合していた。なんでも、試合中に私も気になってた瀬尾くんの英語訛りでイライラしていたところに標準語で言い返してきたカルマのことを気に入ったんだとか。少ししたら浅野くんも交えておしゃべりしてて……3人でコソコソとおしゃべり……あの、私が内容聞き取れるからってそんな小声で話さなくても。そんなに聞いちゃいけない話なの……?
最後にお話しているうちに仲良くなった4人とハグをして、この中で1番身長が高いサンヒョクさんには肩車をしてもらって高さを堪能してから浅野くんに送ってもらって本校舎を出た。
ここから出たらまた、私たちは敵同士……1番近いのだと二学期中間テストで争うことになるのかな。カルマと浅野くんの2人は別れ際でもバチバチと火花を散らしていた……色々と違う内面を持ちながら実力全てが拮抗しているこの2人は、きっといいライバル。私も負けないように頑張らなくっちゃいけないな。
※全部英語での会話
「ケヴィン、僕は何も変なことは口走って無かったよな……彼女がマルチリンガルなことをすっかり忘れていたんだが……」
「ガールフレンドだと言ったくらいだな。まぁ、英語では女友達という意味と恋人という意味があるが……アサノはどっちの意味で使ったんだ?」
「……想像におまかせするよ」
※韓国語
「わぁぁっ!カルマよりも浅野くんよりも高い景色だ!サンヒョクさんはいつでも広い世界なんですね!」
「だが、その分頭は打つしいい事ばかりではない。お前は軽いしこの程度のこと、アサノのガールフレンドならいつでもやってやる」
「ホントですかっ?」
「やめろサンヒョク、色々な意味で」
「……俺、さすがに韓国語はできないけど、アミーシャがまた天然発揮してやらかそうとしてる気がする」
「じゃあ、助かったよ。正直僕一人じゃ、あの化け物相手にどうにもならなかった……」
「浅野くん……」
「あ、なら貸し一つだよね〜」
「……僕は真尾さんに感謝したのであって、赤羽には言ってないが」
「でも、一応今はアミーシャの保護者代理だから」
「そもそもなんだ!その呼び方は!短期間でコロコロ変わりすぎだろう!?」
「えー、アミーシャの家族公認の呼び名。いいでしょ、E組だけの特権だから」
「くっ……!」
「2人とも、やっぱり仲いいね」
「「よくない!!」」
※このあと本名だということは伝えました
「……やっと分かった。でも……返事……どうしよう」
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アニメに出てきていたもの以外の英語、韓国語、フランス語、ポルトガル語はネットを参考にしてます。もし間違えていたらコソッと教えて下さるとありがたいです。
棒倒し編はこれでおしまいです。戦いの場面、早々に客席でも声は届くという設定を盛り込んだので、その辺は書きやすかったです。競技しない側の目線は、ほとんど驚きに包まれてますね……主にE組の奇策によって。
最後、やっとこさオリ主は自覚しました!
無自覚に磯貝くんがやらかしたおかげで、気持ちを整理する余裕が生まれたんだと……
本人は返事をいつでも返せる状態になったわけですが、タイミングが掴めないことと、カルマのようにいきなり自覚させられたと言うよりも名前がついてなかった気持ちに納得がいった自覚だったので、そこまで照れることはありませんでした。
むしろ、スッキリしたと思います。
次回からは、ビフォーアフターの時間です!