色々と波乱のあった体育祭も無事に終わり、磯貝くんのE組残留も無事に決まり、私たちE組では2週間後に迫った学生として大きな戦いに向けての準備が進められていた。戦い……それはもちろん、
「さぁさぁ皆さん!2週間後は二学期の中間テストですよ!いよいよA組を越える時が来たのです!熱く行きましょう、さぁ熱く!熱く!!」
「「「暑苦しいわ!!」」」
……と、いうわけで、もうすぐ中間テストです。毎回のテストのごとく、殺せんせーの大量分身によるマンツーマンのテスト対策授業では、これまで以上に気合いの入った指導が行われていた。
今までみたいな生徒1人につき殺せんせー4、5人っていう分身どころか、体だけじゃなく顔だけで大量分身をして単語の暗記に務めたり、顔色を変えて立体視を駆使してきたり……もうやりたい放題だ。それでも、これらは全て私たちのため……与えてもらえるなら与えられた分だけ吸収するのが1番いい。そう思って、私は今まで通りに取り組んでいたのだけど。
……最近みんな、どこか落ち着かない様子を見せていた。たしかに勉強は大事だ、もしも疎かにしたら殺せんせーはいなくなっちゃうし……。
でも、大事だってことは分かっていても今はもう10月……殺せんせーの暗殺期限まで残り5ヶ月しかない。私たちは勉強と並行して暗殺をすることが目標なのに、このままでいいのだろうか、と。
◆
「ねぇ、勉強に集中してる場合かな、私達」
「……仕方ねーだろ、勉強もやっとかねーとあのタコ来なくなんだからよ」
テスト週間、ってこともあって殺せんせーから「校舎に残るのなんて質問がある人だけでいいんです!さぁ帰った帰った!」と追い出された私たちは、いつもならまばらに山を降りていくところをE組のほとんどが揃ったまま歩いていた。
この2週間くらいは、こういうのもちょっと楽しいな……なんて私は楽観視してたんだけど、桃花ちゃんが心配そうに呟いたのを機にみんなが足を止める。授業中も思うところがあったらしいみんなは口々に不満というか焦りを見せているような気がした。
そんな中、1人前に出てニヤリ、となにか企むような表情をしながらみんなを手招きしたのは岡島くんで。
「クックック、難しく考えんなよお前等。俺に任せろ!スッキリできるグッドアイディア見つけたからよっ」
「エロい事じゃないでしょーね」
「なわきゃねーだろ!とりあえずこっちだ、着いてこいよ!」
焦りと勉強による疲れ、様々な
……麓、はちょっと言い過ぎかもしれない……だって、山の入口ってわけじゃないし、足元にはちょうど家々の屋根が来るくらいの高さがあるから。
「…………」
「……行っちゃったね」
彼曰く、この屋根伝いにフリーランニングで行くと、ほとんど地面に足をつけることなく隣町の駅まで行けるルートを見つけたらしい。ただ、通学しているだけなのにフリーランニングの訓練になるし、スリルや非日常が味わえるからいい気分転換になるだろう、と。
磯貝くんやメグちゃんは烏間先生との約束である『裏山以外で使わない』ということを持ち出して止めようとするけど、1度乗り気になった人たちを止めることは簡単じゃない。結局大半の人たちが飛び出してしまい、委員長2人も追いかける形で走り出してしまった。
「元気だねー、若人は……」
「安全そうなら明日は私も行こーかな〜」
「…………」
「どうかした?アミサちゃん」
「え、あ……岡島くん、危険な場所はなかったって……」
「言ってたね。まあ、私たちに危険がなければ、体育の訓練の延長で烏間先生も許してくれるかもしれないし……」
「あ、そうじゃなくて……私たちに危険はなくても、……、……ううん、やっぱりなんでもない」
「そう?」
カエデちゃんや有希子ちゃんと話してから、みんなが走っていった住宅街を振り返る……確かにここから見た限りでも建物に高低差もないし障害物も見えないから、
岡島くんについてここまでは来たけど、いつも通りに山を降りて帰ることを選んだのは、私、カルマ、カエデちゃん、有希子ちゃん、おかーさん、綺羅々ちゃん、愛美ちゃん、陽菜乃ちゃん、竹林くん、イトナくんと、…………え、これだけ?!男子なんて10人以上……半分以上の人たちがついていっちゃったんだ……
「アミーシャ、行くよー」
「……あ、うん!」
「あら、今日もカルマ君と勉強会でもするの?」
「えへへ……うん。カルマ、1学期の期末テストだいぶ悔しかったみたいでね、……今ね、すごい勢いで予習から復習までこなしてるよ。集中してるからあんまり声かけれないけど……、……本気でやってる時の顔、すっごくかっこいいんだよ」
「そっかぁ……、……ねぇ、アミサちゃん。気付いたんでしょ?カルマ君のこと好きって」
「…………、…………えっ。……えっ!?」
カエデちゃんと有希子ちゃんから離れておかーさんと歩いていた私を、結構離れたところでイトナくんと一緒に山を下りていたカルマが呼ぶ。それを聞いていたおかーさんにこれからの予定を話していたら、いきなり声を小さくして言われたことが一瞬理解できなくて足を止める。
……私、好きって自覚はしたけど今まで通りにしてたはずだし、鋭い子たちにもそういう話題が好きな子にも気づかれなかったのに……
「な、なんで、」
「ふふふ、おかーさんはなんでも知ってるのよ。といっても多分他の女子達もヤキモチ焼くくらいだからそろそろかなーとは思ってるかな。普段とあんまり変わんないから、アミサちゃんがちゃんと自覚したとは知らないだろうけどね」
「……おかーさん、すごいね……うん、私、カルマのこと、男の人として好き、なんだと思う。別の人といたらイヤだなって、誰にも渡したくないって、体育祭の日に思ったの……これって、そういうこと、だよね……?」
「そうね、好きだからこその独占欲かな。そっかそっか……自覚できたのね、アミサちゃんも花が咲いたかー……よかったねぇ。でも伝えようとは思わないの?告白されてるんだから、お返事って形で返せばいいのに」
「……今、カルマは中間に向けて頑張ってるから……邪魔、したくないなって」
「……そっか」
「……うん」
まだ、私の中で納得しただけで誰にも伝えてなかった気持ちに、いつの間にか気づいていたおかーさんは、だからといって根掘り葉掘り聞くようなことはしないで、私に芽生えた気持ちをそのまま認めてくれた。こういう必要なことだけ聞いて、それでいて気持ちを汲んで気遣ってくれる所がおかーさんの好きなところ、だな。
おかーさんにならって同じように小さな声で話しながら歩いていれば、いつの間にかだいぶ前の方を歩いていたカルマに追いついていた。一緒にいたイトナくんはいつの間にやらいなくなっていて……おかーさんと話してて気にしてないうちに帰っちゃったんだろう。
「誰にも言わないでおくから、いつでも相談しなさいな。じゃあ私はこっちだから、また明日ね」
「…………ありがと、おかーさん。また明日」
「なんか相談?」
「うん、女の子の秘密、だよ」
「ふーん……ていうかアミーシャ、俺がマジメに勉強してるの原さんに言ったでしょ?やめてよね、サラッとやんのがかっこいいのに努力してんのバレたら恥ずいじゃん」
「いたっ、……おかーさんなら絶対からかってこないし、いいでしょ」
「それでもー」
中々言い出せないことを聞いてくれると、頼もしい言葉を残したおかーさんと別れて、カルマの隣へ駆け寄る。私がおかーさんにカルマの勉強の様子を話していたのが聞こえてたのか、追いついて隣に立った途端に軽く頭を小突かれた。
……努力してることってそんなに人に知られたくないものなのかな?他の子だったら変に色々言ってきそうな気もするけど、おかーさんなら「あらまー」で済ませて終わりそうなのに。
そのまま2人で歩く帰り道では、今日あったことだったり、なんでもないことだったり、殺せんせーがまたおかしなことをしていたってネタだったり……そんな風にいつものように話していて。もうすぐ私の家、という所でカルマがこちらを伺い、躊躇うように口を開いた。
「……あのさ、アミーシャ」
「?」
「俺等さ……色々と言いたいことがあっても、伝えようとしたその時に限って毎回何かと邪魔が入ってるじゃん?そのせいで、『タイミング逃したし今はやっぱりいいや』……ってなってるのが常でしょ?」
「そう、だね……?」
「だから……もう今はいいなんて後回しにしたくない。今回こそは、お互いにその逃げ道を塞いじゃいたいんだよね」
そこで足を止め、顔を上げたカルマは今までの会話のような軽い雰囲気には全く似合わない、とても真剣な表情をしていて。その真っ直ぐ私を見る表情に、場違いかもしれないけど私の心臓がどくりと大きく音を立てた気がした。そのまま、決心したように彼は、
そう、持ちかけてきた。
「ルールは単純に点数勝負……アミーシャと俺の成績はほぼ互角だし、不可能な勝負じゃない」
「…………」
「勝負するからには当然報酬もつける……無難に勝った方のいうことを1つ聞く、でどう?」
「……私にできることならやるし、別に勝負にしなくったって……」
「最初に言ったでしょ……俺は今までみたいに理由をつけて逃げることができないようにしたいんだ。……これはアミーシャの逃げ道を塞ぐことでもあり、同時に俺も逃げられない状況を作るものだから。俺の願いは、もう後回しにしたくないことだから」
「…………、」
「もちろん、アミーシャが勝てば好きに願い事をしてくれていい、俺の持てる力全部使って、全力で叶えてあげる。……この勝負、受けてくれる?」
今まで、私に大切な何かを伝えようとするカルマの真剣な表情は何度も見てきた。だけどそのほとんどを、殺せんせーだったり、クラスメイトだったり、はたまたそれ以外の何かにだったり、ワザとじゃないかと勘ぐりたくなるタイミングで邪魔され、言い出せずに終わることや後回しになることなんてざらだった。
カルマが私に何をしてほしいと思っているのかはわからない……だけど、前回はカルマの慢心が原因とはいえ私の方が成績は上だったから……毎回一歩及ばない実力の私でも、いざとなったら彼に勝つことができないわけじゃないし、一度、自分の力を試してみたい気持ちもある。
私が、彼に願うとしたら……、
〝でも伝えようとは思わないの?告白されてるんだから、お返事って形で返せばいいのに〟
───彼の瞳を見返して、私はひとつ頷いた。
◆
【緊急連絡】
【今日の放課後、E組生徒がフリーランニングの使用により一般人を負傷させるという事案が発生した】
【程度は軽いため歩けるまでに全治2週間だが、君達は全員国家機密の身。交渉の結果、────、】
【なお、この場にいなかった赤羽君・奥田さん・茅野さん・神崎さん・倉橋さん・竹林くん・狭間さん・原さん・真尾さん・堀部君の10名は詳しい事情を説明するため、明日7:00にE組校舎へ集合してほしい】
◆
昨日の夜に届いた烏間先生からのメール。そして、今朝の事情説明で岡島くんたち、フリーランニングを使って下校した生徒たちが一般人のおじいちゃんをケガさせてしまったことを知った。
なんでも、着地地点を確認せずに飛び降りたせいで、
「ここが、今日からお世話になるわかばパーク……?」
「看板あるしそうじゃね?俺等10人以外は先に行ってるはず……」
「あ、みんな、こっちだよ」
ケガをしてしまったおじいちゃん……松方さんはここ、『わかばパーク』という保育施設を運営している園長先生で、入院のために2週間経営から離れなくてはならなくなった。
その間、私たちE組が代わりに働き、復帰した松方さんに認めてもらえれば今回の事件は公表しないでもらえるんだそうで……E組は今日から2週間、テスト勉強の一切が禁止され、ここでの生活に集中することになる。
「まったく、なんで無関係の私らまで連帯責任かねぇ……」
「面目ねぇ……」
「私達ももっちりビンタされたよ。全員平等に扱わないとと不公平だからって」
「ごめんよ〜……」
殺せんせーが私たちに手をあげた……E組で教師をやるための契約として『生徒に危害を加えることを禁止』されている殺せんせーが、いつものように言葉を尽くして諭すのではなく、そうするしかなかったなんて……その事実に相当堪えたんだろう。岡島くんたち原因を作ってしまった生徒たちはかなりへこんで申し訳なさそうにしている。
「気にしないで……他人にケガとか、予測出来なかった私達も悪いし」
「……見られることとか、下にいる人へのリスク、気づいてたけど言えなかった。みんなだったらだいじょぶかもって、思っちゃって……ごめんなさい」
「……そーね、私にも監督責任あるかもね。こいつらおもしろサーカス団の調教師として」
「「あァ!?」」
「間違ってることは他人に教えられるよりも、1回自分で間違いを経験した方がしっかり実感出来るし……今回のコレも、ある意味いい経験になるんじゃないかな」
「勉強禁止……まぁ、学校で出来ないなら家でこっそりやればいい。
「竹林……パンツ一丁じゃなきゃいいこと言ってくれてるんだけどな」
「やんちゃな子が多い……」
1日のほとんどを勉強に当てられないのは正直かなり痛い……ほとんど誰にも伝えずにカルマと中間テストの点数勝負をしている以上、なおさら。
でも、怪我をさせてしまった園長先生の代わりを務めることで、E組の秘密を守ってもらえるなら、たしかに安い代償だ。
それにしても、やんちゃしてる子が多いなぁ……寺坂くんにぶら下がってる子は彼の首筋に噛み付いてるし、竹林くんのズボンをずり下げてる子はいるし……と、ずっと遠くから私たちを見定めるように眺めていた1人の女の子が近寄ってきた。
「で?何やってくれるわけおたくら。大挙して押しかけてくれちゃって……減った酸素分の仕事くらいはできるんでしょーねェ」
……、この子もなかなかとんがってた。
他の子どもたちの話を聞いていると、この子……さくらちゃんはここにいる児童の中でも最年長で不登校……学校に行けてないらしい。その後、さくらちゃんは近くに立てかけてあった箒を持って飛びかかってきたけど、元々傷んでいた床が抜けちゃってその穴にはまり、痛みに動けなくなり蹲っていた。1番近くにいた渚くんが、慌てて助けに走る。
磯貝くんが思わずというように建物の老朽化と修繕について職員さんに聞いているけど、お金が無くて思うようにいかないのだと教えてくれた。松方さんは待機児童や不登校児がいると格安で預かってきて、職員すらまともに雇えないから本人が1番動き回っているんだとか……私たちはそんな大事な戦力を潰してしまったんだ。
「29人で2週間……か。なんか色々できんじゃね?」
「できるできる!」
「よし、皆!手分けしてあの人の代わりを務めよう。まずは作戦会議だ!」
「「「おー!」」」
盛り上がるみんなの近くから、私は渚くんに抱き上げられたさくらちゃんのことを見ていた。他の子どもたちがなんだかんだと私たちを受け入れる中で、この子だけは明らかに嫌そうな態度を崩そうとしない。施設の中でもリーダー格みたいで、みんなを、自分を守ろうといきなり来た
「子どもの心をつかむなら劇だよね!」
「……台本くらいなら書いてあげてもいいわよ」
「ほんと?ありがとう狭間さん!」
「子どもでもわかりやすい内容なら……お姫様と魔物が出てきて、それを倒すヒーロー物とか?」
「あ、それなら俺が騎士か何かやるよ。寺坂魔物で」
「おいコラ俺の拒否権どこいったカルマァ!」
「いいじゃない、あんたやりなさいよ。
「うぐっ……!」
「おかーさん、料理するなら、私お手伝いするよ?」
「本当?だったら出張お料理教室みたいな感じで一緒にやりましょうか」
「うんっ!」
「あ?料理は俺もやるに決まってんだろ!原ばっかりにやらせるかって……」
「……?村松くんも、手伝うことあったらいつでも言ってね」
「……………、……おう」
「ふふ、村松君もアミサちゃんにかかれば形無しねぇ」
「木材はE組の裏山のを切ればいいし、廃材も結構あるよな?」
「じゃあ力仕事班は…………寺坂どうする」
「一番の戦力だよなぁ……演劇に引っ張られてったけど、あっちが片付き次第こっちに来てもらうか」
「律、この柱は……」
『そうですね、こちらの図面のここの部分はいかがでしょうか?あと、……』
「2週間でどこまで組めるか……ここを削って……」
「……で、あの仕事人は何を」
「律曰く、世界中の設計図面を参考にしてリフォーム考えてるんだと」
「じゃあ、俺等はとりあえず材料になるもん運べばいいんだな」
◆
こうして始まったわかばパークでのお手伝い。今、この施設の広間では、カエデちゃんがお姫様、カルマが騎士、寺坂くんが魔物役で演劇をしているところだ。
「やめて、騎士カルマ!もう誰も傷つけないで……!」
「いやいや姫!この魔物を退治しないと王国の平和は戻りませんって」
「カルマてめェ、当てるの無しって、台本……ッ最初から殴るのが目的かーッ!!」
「ね、眠れ魔物よーっ!」
「魔法使いのクロロホルムで魔物は無傷で眠ったのでした。化学の力でめでたしめでたし!はいみなさん、面白かったらはーくしゅー!」
私はおかーさんと村松くんの手伝いで食器や食材、買い物班の買ってきたものなどを運びながら、いろんな部屋とキッチンを行ったり来たりする間にそれを眺めていたんだけど、カエデちゃんの子どもたちを惹きつける演技、カルマと寺坂くんのケンカ……じゃなかった、本格的な立ち回りとアクション、……あ、愛美ちゃんが魔女役で、ってクロロホルム使うの!?なんてツッコミどころはあるけど子どもたちは非日常な動きを見れてかなり楽しそうだっていうのが伝わってきた。
というか、お姫様役のカエデちゃんが『誰も傷つけないで』って言う対象、魔物の寺坂くんじゃなくて味方であるはずの騎士、カルマの方になんだね……お姫様が味方を止めるほどって騎士がどれだけ蹂躙してきた設定なんだろ、この劇……
「村松くん、頼まれた分置いてきたよ。おかーさんにはこっち……んしょ、っと……三村くんとイトナくんが帰ってきたから、これ買ってきたやつの袋ね」
「ありがとね〜、ってあらでっかい袋が1つ2つ3つ……」
「おう、サンキュ……って、おま、バッカ!何でその量を1回で持ってくんだ!……むしろそのまま三村とイトナに持ってこさせろよ……ッてマジで重いな……よく持ってきたよ……」
「だって、2人が靴脱ぐのを待ってるより私が運んだ方が早そうだったんだもん。これくらいなら私でも持てたし」
「はー、はー……あ、いたぞイトナ!真尾、お前なぁ……、そんなに力無いくせに男2人でギリギリの荷物勝手に持ってかないでくれよ」
村松くんのお手伝いついでに玄関を通ったら、買い出しから帰ってきた三村くんとイトナくんが靴を脱いでいて……2人の近くというか、玄関の上がるところに業務用の油の缶と大量の食材が入った買い物袋と風呂敷包みが置いてあった。
キッチンに戻るだけの私は手ぶらだし、2人はここまでお店からこの量を運んできたんだからお手伝いしようとキッチンまで運んだんだけど……体育祭の片付けと同じように持ってきすぎたのか……私が運びきれなかった食糧を持って慌てたように2人が追いかけてきた。といっても、流石に重くて無理だったのは両手を使わないと持てない油の缶くらいで、それ以外はほとんど私が全部持ってきちゃったから、イトナくんは手ぶらだけど。
「アミサ、カルマにチクるぞ」
「そ、それはやだ!」
「ま、その量運ぶ時に広間通ってるわけだからバレバレだと思うけどな」
「アミーシャー?俺見てたからねー……着替えたら叱りに行くからー」
「ひぃっ……い、1番重たい油の缶は持ってないもん!!」
「1番チビのアミーシャが運ぶ必要ない量持ってるからー、どうせほかの男子の仕事取ってったんでしょー?」
「うぅ、距離あったのになんで気づいてるのぉ……」
「しっかり何やったかバレてんじゃん、たまにあるお前の謎の行動力な……あとお前ら2人とも、この距離で叫んで言い合うなって;」
「あとそれ、逆に油の缶以外は全部持ってきたって自白してるのよねぇ……」
そんな手ぶらなイトナくんが関係ないカルマに言うとか言い出して、慌ててやめてと言ったんだけど……向こうの広間の方から子供たちの歓声に紛れてカルマの声が……
手伝っただけなのに怒られるの……?そして逆に持った荷物で埋まってたし、広間と廊下の間に距離があって子どもたちも挟んでたはずなのに、なんでカルマは私だって分かってるの!?
「よし、一段落付いたしアミサちゃんも子どもの方に行っておいで」
「……え、あ…………うん」
「どうしたー?」
「な、なんでもない!行ってきます!」
不思議そうな4人から逃げるようにキッチンをあとにする。……私は、日曜学校で接した同じ歳くらいの子たち以外の、この子たち位の子どもと接するのがほとんど初めてだ。だって、自分がこのくらいの歳の子のことを全く覚えてないから……自分がどうだったかもだけれど、この子たちくらいの子がどんな感じなのかも分からない。
だけど、今回は仕事……そう、任された仕事なんだ。切り替えて、子ども相手に不安になっていたことを隠しながら広間の方へと歩く。
ちょうど演劇が終わったところだったみたいで、広間にいる子どもたちは劇に出ていたカエデちゃんたち出演していた4人……正確にはまだ気絶してる寺坂くんを除いた3人にまとわりついて遊んでいる。ひめ、きし、なんて早速劇の役職をあだ名にして呼んでる子たちもいて……そういえば、私が寿美鈴ちゃんのことをおかーさんって呼ぶからか、真似してママって呼んでる子がいたなぁ……
思い出して少し笑っていたら、勉強する小学生たちから少し離れた所でもっと小さい……幼稚園児くらいの子、かな、その集団が一つの本に集まっていて……少し調子の外れた声が聞こえてきた。
「……みんな、何を見ているの?」
「あ、あのね、あのね、しっぽのおねーちゃんが、ほんくれたのー!」
「おすとね、おとでるんだよー!」
「こっちきて、おねーちゃん!」
「あ、う、うん」
しっぽのおねーちゃん……本をくれたって言ってたし、近くの家に読まなくなった本を貰えないか交渉しに行ってる桃花ちゃんのこと、かな。
幼児に手を引かれるまま、近くに座ってその本を一緒に覗いてみると、ボタンを押すと聞いたことのある童謡の音楽が流れ、付属の楽譜には歌詞や音階などが書かれているってことが分かった。
……だけど、流れる音楽にはメロディだけで歌が入ってないし、読んでいるのは幼児だから読めないところもあるんだろう。『押したら音が出る』くらいの認識みたいで、音に合わせて知っているところは歌い、分からないとハミングで合わせて流していたみたい。
「…………~♪」
「「「!」」」
1番は知っていても2番は知らない、とかよくあるもんね……そう思いながら、なんとなく子どもが流した曲に合わせて歌詞を口ずさんでいたら、いつの間にか周りにいた全員が黙って私を見つめていた。こ、心做しかみんなの目がキラキラして、なにか期待しているような……
「え、ど、どうしたの……?」
「おねーちゃん、うたえるの?」
「これは?これも!」
「わたしもうたえるのよー!」
「ねーねー、ぼくこれ読んでほしいの!」
「おねーちゃん、おひざのっていい?」
……いつの間にか、室内で本を読んでいた幼児、児童が他にもいくつかあった本を持って私の周りに集まっていた。何人かは劇を見ていた子もこちらに来ていて……少し呆然としていたら膝に乗りたいと言った子が本を差し出しながらニコニコと期待したように笑っていて。
……子どもは無邪気だ。何も汚れた部分を知らず、ニコニコと笑顔を振りまいて、感情表現もまっすぐで……なんだか、癒される。……成長したら、嫌な部分をたくさん知って、誰かを傷つけることに力を使って……こんな幸せな時期を忘れてしまうのかな、なんて、寂しい考えが浮かんでしまった。そんな風に、成長して欲しくないな……今、私たちが来ている間だけでも、少し大きくなった私たちがお手本にならなくちゃいけない。こうなりたいって、思って欲しい。
「……いいよ、お膝、おいで?」
「やったー!」
「あ、ずるいー」
「じゃあわたしおねーちゃんのせなかー!」
「1個ずつ好きなの歌ったら交代しよっか?」
「「「はーい!」」」
……この子たちはこの子たち、こんな優しい場所で育ってるんだから……きっと、そんな寂しい考えと同じ未来にはならないよね。いきなり注目されることになって少しドギマギしていたけど、幼児たちのキラキラした笑顔に囲まれていたらなんだかどうでもよくなってきた。
それからは子どもたちからねだられるままに一緒に歌を歌ったり、膝や背中に子どもをくっつけながら絵本を読み聞かせたり。おかーさんと村松くんが年少組に先にご飯を食べるよう呼んだ時は、何故か私も一緒に食べることになっていたり、お昼寝の時間には近くで子守唄を歌うか隣に寝転んで軽く背中を叩いて寝かしつけたり……
学校では教えてもらえない、経験できない勉強をたくさんしながら、園長先生の代わりとして過ごす2週間は、あっという間に過ぎていった。
「「「…………」」」
「茅野もそうだったけど……」
「真尾の奴、一瞬で子どもの空気を掴んだな」
「体型といい、感情表現のしかたといい……あの幼児の集団の中にいて違和感なさすぎるだろ……」
「あの一角に癒しの空間が出来上がってる……」
「それにしても流石だね、アミサちゃん。歌が上手いっていうか感情がこもってるから、聞いてて気持ちがいい」
「…………」
「……集中出来なくなってきたみたいだし、ここまで終わったら、君も行くかい?」
「……!はい!」
「金髪のおねーさん、俺も行きたい」
「あいよ。……小学生まで惹き付けちゃってるよ、アミサのやつ」
「きしー、なんか怒ってる?」
「……べーつにー?あ、コラぶら下がるなって……」
「カルマ君、子どもにまで嫉妬向けないでね?」
「茅野ちゃん、流石に子どもにはしないって……あー、俺もあっち行こうかなぁ……」
「メガネのお姉ちゃん、きし、あのお姉ちゃんが好きなの?」
「ふふ、そうですよ。騎士のお兄ちゃんはあのお姉ちゃんのことが大好きですから。あの子達は近くにいられて羨ましいんですよ」
「……奥田さんはちょっと黙ろうか」
「ひめー、あのお姉ちゃん歌上手だね」
「歌が上手だから、うたひめ?」
「えー、きしのよめじゃないのー?」
「あ、あはは…………収集がつかなくなった」
◆
「……あ、もしもし、おかーさん?」
『あら、はいはいおかーさんですよ。どうしたの、電話してくるなんて珍しいじゃない』
「あの……あのね、ちょっと相談というか、その……」
『……ふふ、早速何かあったのね?どうしたの?』
「……中間テストでね、勝負することになったの。点数勝負で、勝った方が何でも1つお願いできるって」
『あらあら、……受けたの?』
「……うん、お願い事、思いついたから。おかーさん、言ってたよね、伝えないのかって……だから」
『なるほどねぇ……ふふ、いいんじゃない?』
「……私が逃げちゃわないように……おかーさんには、宣言しておこうかなって……ご、ごめんなさい、こんな電話……」
『いーのよ、相談しなさいって言ったのは私なんだから。でもそっか……多分カルマ君も……』
「……?」
『ううん、私はただ話を聞いてあげるだけだから言えないわね。頑張りましょ、テスト』
「……うん、ありがとう」
++++++++++++++++++++
今回入れたかった場面
・カルマとオリ主の勝負
2人が賭けをするって場面使いたいなー……と思ったのは実は1学期末テストの時から考えてました。あの時は使う以前に2人が喧嘩してしまったのでお流れに。これから使いたい展開を思いついたので、いざ!結果は、次回ということで。
・子どもと癒し空間作成
オリ主の設定のひとつに音楽が得意というものがあります。なかなか使う機会が無いのですよね……最初はクラップスタナーの応用で使うつもりが、下手に組み合わせると凶悪すぎる能力になりそうでボツ。このビフォーアフターの時間を読み返していて、待機児童がいるという言葉から幼児がいてもいいよね、なら歌のお姉さん化してしてまおう!ということでこのお話ができあがりました。
・オリ主にもわかばパークの子どもたちにあだ名をつけてもらいたい
カルマは『きし』、カエデは『ひめ』、寺坂くんは『じゃいあんとぶたごりら』……他にも何人かいますが、オリ主にもなにかつけたいなーと。フリースペースでさっそく子どもたちが相談中です。どうなるかは未定ですが、そろそろカルマ君も癒し空間に突撃しそうですからここで終わっておきます。
次回は後編、アフターの時間