DDD_二次創作_転生?物   作:perry

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四話

 

 ――呉モヨ子は初夏の匂いを嗅いだ、そんな気がした

 

 

 

 五限の授業が終わった。この数週間で見知った顔に、さよならの挨拶をしながら急いで帰り支度をするあたしに友人達は呆れたような笑顔を浮かべている。

 入学してから同じようなこと繰り返していれば、この奇行に皆、慣れもするだろう。

 

「……今日もお兄さんと一緒に帰るの?」

 

「うんっ!」

 

 名前は忘れてしまったが、一番親しい友人があたしに問いかける。

 この奇妙な行動の目的が、あたしの兄と一緒に帰るためだ、というのは既にクラスの間では周知の事実であった。

 

 この春、高校に入学したあたしにも友達というか、一緒に行動することが多い同級生ができ始める頃である。そして、なぜだか彼女らの中では“友人は一緒に帰る”ということは常識らしく、最初に一緒に帰らない訳を聞いてきた時、あたしは大変狼狽したものだった。

 

 

 

 ――彼女らナンカと帰宅することになれば、お兄さまとの二人っきりの時間が少なくなってしまうではないのっ!

 

 そんな初めて聞いたような常識を、よく聞いてみるに彼女らの話では彼氏がいない限りは普通、友達と一緒に帰るものらしい。そして、美味しいクレープ屋に寄ったりするものらしい。姦しくお話するものらしい。

 そんな常識初めて聞いた、なんて呟くあたしに彼女らは大きな口を開けて、ケラケラと笑っていた。

 

『なに? クレさんって実は天然?』

 

 あたしはなぜだか、その笑い声にひどく苛ついた。つまり、感情が制御できなかった。

 だからだろう、あんなことを口走ってしまったのは。

 

 『……彼氏なら、いるもん』

 

 それを聞いた彼女らの目が、スーっと、細められたのが印象的であった。

 

 『へー、中学からの?』

 

 『……うん』

 

 『……そっか、ならしかたがないね』

 

 何が、仕方がないのか――よくわからないけど、とりあえずは許可を貰えたようだ。

何故こんなに安堵しているのか、不思議に思う。知り合って、たかだか数週間の間柄なのに。

 

 その後、あたしが兄と帰っている所を見た友人が興奮した様子であたしに詰め寄ってきた。

 何はともあれ、あたしの発言の意味を彼女らはそう真剣に考えなかったことは幸いだった。彼女らにとっては極度のブラコンである、というキャラ付けがなされただけで済んだようだったから。

 

 

 

 あたしは、教科書詰め込んだカバンを肩にかけ、学校のロッカー室まで駈ける――ピットイン。そこで考えられるだけの最速で上履きを替え、まだ誰もいない校門まで全速で駆けつけるのだ。

 ここまで私なりの全力であっても不思議なことに、いつも兄の後背をギリギリのラインで見つけることになる。学内自転車搭乗を禁止されていなければ、彼はさっさと下校してしまっただろう。

 

 今日もいつものように運良く、兄の大きな背中を校門辺りで見つける。

 

「お兄さまっ! 一緒に帰りましょう!」

 

 そう叫ぶと、いつものように兄は不機嫌そうに眉を顰めて振り返るのだ。

 でもあたしは、彼が本当に嫌な時は立ち止まったりしないといことを知っている。

 

 憮然とした顔のまま斜め右を向く兄の乗る自転車の後ろに、おずおずと腰をかける。身体の正面を90度左横に向けた、この格好は不安定なため手は前の搭乗者に回す必要があった。仕方がないのだ――最近大人の身体になってきたからか、ゴツゴツとした感触の兄の腰を抱くようにして自身を固定する。

 薄い制服シャツからは生暖かい体温が感じられた。

 生々しい感触に、背中が強張る。

 

 顔が熱くなるのを自覚する。

 

 カツっと音を立てて二人共々、横に揺れながらいつもの景色が左に流れていく。この二人だけの時間を過ごすために、あたしは学校に通っていると言っても過言ではないのだ。

 

「……部活には入らないのか?」

 

「うーん、お兄さまはどこに入っているの?」

 

「帰宅部」

 

「ならあたしも帰宅部にする」

 

 当然、運転中の彼の顔は正面を向いていて、こちらからはその表情を窺い知れない。

 

 どんな顔をしているのかな? いつもの不機嫌そうな顔? それとも時々見る、どこを見てるかわからないボンヤリとした顔? あの顔は好きだなぁ――なんて、考えながら。

 軽やかな音を立てて、自転車は緑に染まる桜並木の坂を結構なスピードで下っていく。

 

 呉モヨ子は初夏の匂いを嗅いだ、そんな気がした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 今の状況を説明しよう。

 

 先の呉モヨ子の衝撃の登場シーンは喫茶マリオンに、大きな傷を残した。いや、正確にはマリオンのマスターの心に、であろう。

 何事かと、こちらに駆け寄るマスターと勢いよく扉を開けたマキシム善人一号は見事にゴッツンして目を回し、泣きっ面に蜂をマスターは体現していた。そして、顔をしかめてコンマ2秒で立ち上がってきた超人であるマキシム善人には、因果応報の称号を送りたい。

 

 さて、そのような悲劇の後にマスターは何かを学習したのか、時々こちらを心配そうに見るだけで再び近寄ってくるのを諦めたようだ。君子危うきに近寄らず――非常に正しい判断であったと言わざるを得ない。

 

 モヨ子の突進に、某漫画のように膝を合わせてダウンを奪ったクレであったが、そんな喧嘩格闘術的反応とは裏腹に後の対応は、とても今さっき膝蹴りを食らわせた男とは思えない紳士具合であった。まるで高価なお人形を扱うような――そんな丁寧な動作でモヨ子を介抱していたのだった。

 クレは小さく息をする妹を――確かに静かにしている分には、彼女は人形みたいな美しさだ――喫茶店奥のソファに横たえ、その頭を自身の膝の上に乗せた。そして、彼女の濡羽色した綺麗な黒髪を手で優しく梳いている。

 

 俺はとりあえず、ため息をついて彼の向かいに座ることにした。横には、まだ顔を歪めたままのツラヌイが席につく。

 

「とりあえず、色々と説明してもらおうか」

 

「……そうですね」

 

 そう言って、クレは俺から微妙に視線をズラして、こう言った。

 

「ところで、そちらの方はどなたでしょう?」

 

 

 

 

「……ははぁ、なるほど。そういうことで、モヨ子が此処に現れたんですね」

 

「はい、本当にごめんなさい……」

 

 コレまでの経緯をクレにひと通り説明すると、ツラヌイは微妙に小さくなっていた。流石のツラヌイも多少は堪えているようだ。

 どうもモヨ子はクレを見るだけ、というのが元々の手はずだったのであるが、突然モヨ子が立ち上がり喫茶店に殴りこみをかけようとし、ツラヌイの制止も振り切って憐れマリオンに突っ込んでいったらしい。ツラヌイも、まさかここまでとは……と、不意を突かれたようであった。

 

 「それにしても、アレはどうなっているんだ? どう考えても普通の範疇から外れているぞ」

 

 妹に関して、どの口が言う――なんて思いながら口にした瞬間、しまったと思う。こいつは、多分色々と事情アリなのだ。なんたって、天下のオリガ記念病院からの退院組なのである。

 その妹も普通なわけ無い。

 

 いや、しかしマトちゃんにクレを“使える”ようにしろって言われたしなぁ――なんて、思い悩んでいると、クレは、ふむと一呼吸置いてから口を開いた。まだ、その右手は優しく、ヤバい妹さんの黒髪上にある。

 

「どこから話せばいいんでしょうかね。まあ、兄貴達とは“短い”付き合いになりそうですし。このタイミングで自分の事情も含めて、色々知ってもらうのもいいかもしれません」

 

 ん? と思うことはあったが、折角クレが自身について語ろうと言うのだ。野暮なツッコミは止そうと口には出さない。

 

「まず、ボクが入院していたってことはご存知ですよね。……ええ、はい、あのオリガです。そこに収容されたってことは、ボクも御多分にもれず悪魔憑きって診断されたくちで。

 ――退院? トマトちゃんから聞いていませんでした? 今回の件は、対外的に病院のアピールの為で完治した訳じゃないですよ。ってか、悪魔憑きって完治するモンなんですかね。ああ、話がそれました。

 

 ええ、どこまで話しましたっけ。退院、そう、自分の悪魔憑きの症状から話しましょうか。二人は悪魔憑きについて詳しいと思うんで学術的な説明は省きますが、ボクの患部は眼球及び脳。新部は見えないものが見える、となります」

 

 患部は眼球及び脳――と聞いた瞬間、隣からツラヌイがゴクッと、固唾を飲む音が聞こえた。確かに眼球とか脳とか、おどろおどろしい印象があるかもしれない。一般人的には。

 

「つまるとこ、先生的にはボクは頭が逝っちゃってて、幻覚が見えてる精神異常者なわけですが、そこで納得出来ないのはボクが狂人だからなのか――いやー、でも先輩。いきなり『貴方は狂ってる』なんて言われて納得出来ますか? いやいや、待て待て、と。ボクはこの齢まで上手くやってきたんだぞって。大体幻覚なんて生まれた時から、物心ついてから、ずっと俺の周りで漂ってるぞって。ってことはなんですか、ボクは生まれついてから狂ってたことですか。人生のボーナスステージだと思ったら、とんだ罰ゲームだったみたいな――すみません、また脱線してますね。話を戻します」

 

 と話すクレは先までの好青年然としたイメージとは、全く違って見えた。しゃべる彼の目は俺たちに焦点なく、もっと遠くを見て、よく回る口は何かクスリをやってハイになっているかのようで。

 端的に言うとクレはちょっと、おかしかった。

 

「まあ、先生方が言う幻覚なんですが――いや、これを他の人が見えないんだから、幻覚と呼ぶのに異論はないんですけどね――これです、みえます? 見えないですよねー ボクの脳と目には見えるんですけど? どうです? 見えませんかね」

 

 クレは彼の斜め上を指さした。当然、俺にはそこに何も見えない。ましてや、浮いている本だなんて。隣のツラヌイも何か一生懸命に目を凝らしているみたいだったが、肩をすくめて、判りやすいぐらい見えないアピール。

 それを苦笑気味にクレは眺め、しみじみと呟いた。

 

「やっぱり、ボクが、この世界じゃ狂ってるんでしょうかね…… 狂ってるのは、この“世界”だと思いますけど」

 

 その言葉には、何かを諦め切った人物特有の負の感情――絶望感が感じられた。まだ若いのに、その呟かれた言葉の印象から思い浮かべるは老人、それも取り戻せない何かを知った、人生に疲れた人間のそれ。

 しかし、いくらか気になったことがある。今まで知った“悪魔憑き”はみんな、一つの例外もなく、彼らは『社会不適合者』であった。どんなに凄い能力を――人間辞めた能力を――持っているやつも、戦車ぐらいなら倒せるかもしれないやつでも、彼らは“社会”という大きすぎる敵には馴れ合えない奴らばかりであった。負けた、奴らであった。

 

 だが、クレはどうだ? 社会不適合者ってよりも好青年という当初のイメージ通り、社会に適合しようとしていたんじゃなかったっか? 社会の構成員たれと努力したヤツなのではなかったのか? 

 その疑問を彼に聞いてみると、

 

「ええ、ボクが病院にぶち込まれたのは防衛大学校での血液検査で引っかかったから、らしくて――くっそ、そんな検査項目があるなんて聞いてなかったですよ――その後、有無を言わさず監獄行きです」

 

 そんな話を聞いてしまうと、嫌な想像をしてしまう。

 クレの話を聞いていると、彼は外に出しても問題ない、との判断のもとオリガの治療成果として退院する運びとなった訳だ。例えば最初から彼を“悪魔憑き”に仕立てて、それを退院させるというマッチポンプなんかも考えられないわけじゃない。そりゃ、彼が元々“悪魔憑き”じゃないのであれば、退院をした後に、らしい問題を起こして“オリガのカウンセリングの不備”を指摘されるはずもないのだから。

 いやな想像を打ち払うかのように俺は首を振る。そんな想像をイケナイと思うほどには、トマトちゃんを信じている俺がいるのだろう。

 

 ……いや、マトちゃんなら実行する。命令されれば、裏に気づかない振りをして完璧に、やり遂げ結果を出すぐらいには、彼女は有能な官吏だ。

 

 また話が逸れましたね、なんてクレはトロリと笑った。

 

「あとは妄想、なんて言われる思い込みについて話せばいいですか。呉一郎は前世からの記憶があるんですが――ああ、前世というのに説明は要ります? ……要らない? なら話は早いや。まあ、つまるところ物心ついた頃から『私』はこの呉一郎の中にいたんです。

 そんな不思議スタートだったボクの人生だったんですが、同じくボクの妄想もスタートってわけで。正確には、本が漂ってたんです」

 

「本、ですか?」

 

 ツラヌイが怪訝そうな声を上げる。

 そんな反応に、クレは大層真面目くさった顔で頷いた。

 

「ええ、本です。最初は、挿絵のついた絵本って感じだったんですけど――小学生ぐらいから文字を習い始めて、爆発的に成長しやがりましたがね――高校生ぐらいにもなれば、その本自体に見覚えがあることに気付いたんです。うーん、どう言ったらいいのかな……その本は、前世で見たことのある小説だった、ていうオチなんですけど」

 

 ――んん? 急に、着地点が見えなくなったぞ。

 

「それがただの小説ってなら良かったんですけど、えーと、オリガの先生方にはなんて説明したっけかな。『この世界は前世では小説の中の物語で――物語の中に転生したのだ』、そう、そんな感じで、たしか説明しました。これでも、あのマトちゃんに本物の未来予知者って認められたんですよ」

 

 ぽかーんとした俺たちの顔が楽しいのか、クレはどうだとばかり子供らしく胸を張っている。

 

「す、すごいじゃないですか! 呉さんっ! じゃ、じゃあ私の未来とかも分かるんですか!?」

 

 こういうものには目がないオンナが1人――目を輝かせて言うツラヌイにクレは先も見た気持ち悪い笑顔で言い放った。

 

「聞いてもいいこと無いと思いますよ? 現にそれで一人、首をくくりましたし」

 

 雲行きが妖しくなってきた。

 とりあえず話題を変えようと、クレの妄想に乗っかって、その“本”とやらの内容を聞いてみる。

 

「しかし、その作者もこんな、ごく普通の社会を題材によく小説を書けるな」

 

 その言葉に、クレは先の笑顔を百倍にしてお腹が痛いと腹を押さえながら、痙攣しているかのように大爆笑。揺れる膝の上の妹さんの眉がしかめられている。

 ひと笑した後に、クレはひーひー声を漏らしながら言う。

 

「こんな社会が普通ですか! 悪魔憑きだかなんだか知りませんけど、そんな“奇病”がある時点でファンタジー、おかしい、ズレた社会なんですよ!」

 

 ああ、妹の話でしたね、とクレは笑いすぎて出てきた涙を拭いながら、続きを話す。

 

「その前世で見たことのある伝奇小説にも、“悪魔憑き”なんてファンタジーが出てきまして。ああ、その小説でアリカ先輩は主役張ってましたよ」

 

「……お前の妄想の中で主役張っていても、うれしくないな」

 

「でしょうね。最初はそんな主役たちとは別にですね、書かれてた内容というか――これは増えていった分量に書かれてた訳ですが――ボクと妹の話も書かれていまして。それに気づいたのは、中学の頃だったかな? 書かれてること自体はいいんですよ、けど、その内容が問題でして……」

 

「内容?」

 

「見事な近親相姦物語でした」

 

 ぶう、と何かを吹き出す音は隣と、クレの膝あたりから聞こえてきた。

 

「先輩は『オイディプス王』って知ってます? 中々含蓄のある物語ですよね、ボクも何とかその結末は避けようと行動してきたんですが、結局、一線は越えてしまいましたし。そこでボクは思ったんです。このフザケた物語に引導を渡すには3巻まで待つか、“主人公”を殺すしか無いって」

 

「はあ……はぁ?」

 

 

「だから先輩にはごめんなさいです、さようならー」

 

 軽やかに、穏やかに。

 そんな事を宣いながら、クレは手元にあったナイフを掴んだのであった。

 

 

 

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