ヤンキー・グラヴィトン・アンファンツ【完結】 作:梵葉豪豪豪
千冬はただ静かに待っていた。旅館から離れた岬の上に立っている。束から話があるというので、事後処理の時間を縫って、同僚にその旨を伝え、ここに来た。
千冬が目を瞑り、開けるとそこにはあの女、束がいた。
「ちーちゃん、やっぱり来てくれたんだね」
「残念ながらお前とは仲良くするつもりはない。訣別のために来た」
「またまた御冗談を」
束に張り付く笑顔自体は本物なのだろう。
「一つ聞く。お前はISを造るために子供を犠牲にしているのか? もしそうだとしてお前は何とも思わないのか?」
この期に及んで、もしかしたらシャルから聞いた話が間違いかもしれない、そういう願望は僅かに持った上での問い掛けである。
「それの何が問題?」
しかしあっけなく打ち砕かれた。その束は全く笑顔を崩すこともなく、極々当たり前という態度だった。この一言で、千冬はISコアの話が嫌でも真実だと認めざるを得なくなった。
「あぁ、ちーちゃんその話知ったから束さん嫌おうって思ったんだー実に人間だなー……たかが材料じゃん」
材料。材料なのだ。寧ろ束にとってこの世の全てが材料ともいえる。目の前の自分や、妹すらもそうなのであろうと千冬は想像したが、外れているとは思えない。
「それを許容できるほど私は人間を捨てるつもりはない」
ただ静かに、千冬はそう反論した。
「堅苦しいなー、ちーちゃんもブリュンヒルデなんだから権力振るって好きなようにやればいいのに」
「たかが試合に一回優勝しただけの人間にそんな社会的権力がある訳ないだろう」
「ISにヘーコラしてる世界で?」
当たり前である。ただそれだけの人間に無制限に権力を分け与える程世の中は稚拙じゃない。
「私は、お前かその他大勢かどちらを守れを選べと言われたら、その他大勢を守る。少なくとも生徒を守るのが私の仕事で使命だ」
「ふ~ん。有象無象に目を向ける要素あったんだ。ふっしぎ~ぃすご~い」
馬鹿にした態度で千冬の決意を流す束。彼女に見下されてようやく千冬は10数年越しに気付いた。こいつはピーターパンなのだと。自分以外は見下す対象だと。だからせめて反撃した。
「そういうお前にしては、今日の騒ぎではお前の目論見は全部ヘタ続きだったようだがな?」
「そうだそれそれ! あのクソガキのせいで! 全部駄目じゃん! メチャメチャだぁ畜生! あんな奴いつか潰してやるゥ!」
その場でアニメの如く地団駄を踏み腕を振り怒り狂う束を見て、千冬はただ小さく一言、
「……ざまぁみろ」
それでも束に直接罵倒する言葉を避けているのが千冬の千冬たる所以である。
「改めて言う。お前との仲もこれきりだ。今日限り、お前とは敵対関係だ」
「そうは言うけどねちーちゃん」
束が指を立ててちっちっちとゼスチャーを取る。他人の決意なぞ彼女にはちり紙一枚の価値もない。そして共犯関係にある国家を敵に回しても勝てる道理はない。
「それでもちーちゃんは私の意を汲み続けてるんだよ。言うなれば束さんの手足だね」
にへら笑いしつつ千冬を指差す束。その言葉はつまり、千冬は束から逃れられないという呪いでもある。
「そして世の中は束さんの玩具箱だよ」
「甘い甘い」
そうシャルがにやつきつつ呟く。ここ旅館の一室では、シャルや沙莉寿に簪、箒、ラウラ、他興味本位の生徒らがノートPCから流される千冬と束の会話を、思い思いのスタイルでしっかり聴いている。千冬が事後処理で忙しいドサクサに紛れて、彼女のスラックスのポケットに盗聴器を捻じ込んだのだ。早い話が盗聴である。
面子の大半は最初の部分が事情を知らないためさっぱりではあったが、千冬の意外な一面が知れてなかなかいい感じに盛り上がってきている。お菓子を肴に摘みつつ。たまたま簪の巻き添えで部屋の隅に居座った本音は、いーのかなぁ~お嬢様(源氏名:楯無)に報告すべきかなぁ~と冷や汗を流しながら聴いていた。
尚一緒にいる箒は改めて姉のキャラを目の当たりにして脂汗を流している。いっそきっぱり縁を切った方が身のためなのではとも考えていた。
更に隣に座るラウラは、
「教官は、やっぱり立派な方だった! うぅ……」
感激の涙を流していた。クラスメイトがつい眼帯をめくると案の定目が光っていた。夜道に便利な御仁である。
ちなみにこの場にいない一夏にセシリアや鈴音については、お察しください。
「束!」
千冬の叫びと同時に、岬の先端に腕組み仁王立ちする束の背後から、人参を模したカラフルなロケットが海面から飛沫を上げ急浮上した。サーチライトによる逆光で表情が見えない中、束の眼だけが異様に光っている。
そのロケットの中、操縦席には束の子飼いの少女であるクロエがシートに座り、モニター越しに外を観察していた。ISと人体が直結していた彼女は、前回沙莉寿の暴挙によってISを放棄せざるを得ず、結果視力と歩行に支障をきたしていた。現在は予備のISを装着したことで事なきを得たが、ロケットに戻るまでは束の手を煩わせざるを得なかった。
正直、あの連中には恨み骨髄なのだ。
が、操縦席の遥か後方、密閉された機関室にてそれは起こった。突然球体が出現したのだ。全体が鏡のようであり、水面のように波打っている。
その表面から、人の手、頭、胴体がせり上がる。そして2人、黒人の少年と少女の上半身が出現した。
彼らはシャルの仲間である重力子の子供たち。そしてワームホールを召喚しここに現れたのだ。実のところワームホール使いは仲間内でも結構多い。その能力故に何とか逃げ延びられ、シャルと接触できたために多くいるのだ。
2人が含み笑いをしつつ取り出したのは、巨大で長方形の白い羊羹らしき何か。電子機器が差し込まれている。ぶっちゃけるとプラスチック爆薬である。それを何本も取り出した。
最初こそ丁寧に一本一本壁に貼り付けていったが、面倒になって複数まとめてドカッと床置きした。ちょっと分量がオーバーキルもいいところである。
雑になりつつもイイ仕事した2人は、操縦席のある方向に中指を立てたり舌を出したりしつつ、そのまま沈んでいった。そして球体も消えた。次の仕事は明日シャルの寮部屋にワインを届けることだ。
千冬の元を飛び去っていくロケット。しかしてそれは、後部が突然キュバッと爆散した。千切れた前半分も飛び跳ねつつ誘爆し、爆炎の尾を引いて豪快に一切合切吹き飛んだ。
「……はぁ?」
あまりに予想外の光景に、千冬があんぐりと間抜けな表情を浮かべる。誰も見ていないのが幸いなところだ。フラン○ス・コッ○ラ映画の演出ばりな大空に笑顔でキメの束を何故か幻視してしまった。
まぁ……死んではいないだろう。
一方、夜の旅館からも遠くにその爆炎は見えていた。花火? と生徒らが窓を開けて外を見る中、シャルも一緒にそんな遠くの夜空を眺めた。ついでにそっと親指を立てる。Bon travail.
それは静かな宣戦布告である。
次回:17 Los Sitos Enteros ~さよならエジンバラ~(仮)
・束
思考の怪物。死んでない。ピーターパン。誰とも対等には見ていない。前回でもそうだが喋りやリアクションがアニメ的なのは、人との接し方をそういう物でしか学んでいないから。
・千冬
呪われた人。
・ブリュンヒルデ
南米の人気レスラーじゃあるまいし。そういえばISの世界って南半球がほぼハブられてる気がする。
・ワームホール
某映画に登場した球体という解釈はその手があったかって感じだった。
・コッ○ラ
本当に実写でやる奴があるかってあの演出で笑ってしまうのは、アニメや漫画に毒されているからだろうきっと。
・Bon travail.
Good job.