ヤンキー・グラヴィトン・アンファンツ【完結】 作:梵葉豪豪豪
更に当初お馬鹿な地雷のつもりで書き始めたのに、最近初心を忘れかけていました。聞いてはみるものです。
夏休み、外務省職員の訪問を受けた沙莉寿は露骨に威圧された。
学園が夏休みに入ってからは実家生活を満喫し、一度IS学園に戻った沙莉寿と簪が、シャルからインターンシップの名目で学園に申請したデュノア社訪問、という名目の同類との顔合わせを打診された。が、さぁ3人で行こうか、といった矢先に、どこから聞きつけたのか先のめんどくさそうなオッサン集団に訪問され、引き止められかけていた。国内を歩き回られるのは目を瞑るが海外は困るのだよ、とエラソーに言われては一同はムッとするがオチである。高校生だからってナメられ過ぎている。
結局はシャルの「誠実な説得」により事なきを得た。毒電波って素敵。
出国後、3人が向かった先はフランスはトゥールーズに本社を構えるデュノア本社、そのすぐ近くにあるラボである。そこで暖かく迎えるは客員研究員という名目でシャルが保護してきた少年少女たち。彼らは一丸となって自分たちが生き残る方法を模索している。そしてその一員として沙莉寿と簪も加わることとなった。実りの多い滞在であった。
彼女らが帰国して、夏休み最後の日曜日となったこの日、池袋にて、沙莉寿、簪、ラウラの3人はショッピングを楽しみ、そろそろ帰ろうかといった具合である。
3人で混み合う歩道を歩いている中、簪が買ってきたアクセサリーの入った小袋を落とした。彼女は拾うためにその場で屈んだ、それが運命の分かれ道だった。
ふと背後に何かの気配を感じ、振り向こうと右を向くと、見えたのは自分の顔だった。つまりはそれは、ナイフの表面である。
背後から誰かが簪の背中を刺そうとし、彼女がたまたま屈んだために刺し損ねたのだ。
「おい!」
沙莉寿が叫び、そのナイフを払いのけようとする。
次の瞬間、そのナイフが振り上げられ、沙莉寿の頬と眼球をなぞった。特異な体質故に、全く傷一つ付けられなかったが、その感触にぞわっとさせられた。
「!」
「!」
ナイフを持った男が予想外の事態に驚き、沙莉寿と目が合った。直前まで濁った眼付きをしていたのが沙莉寿にはちらっと見えたが、今は驚愕の表情である。すかさず彼女は相手を睨み付ける。
「!?」
睨み付けられただけで一気に怯えの目つきになった男は、一目散に彼女らから離れ、逃げ出した。ラウラが気付いて取り押さえる暇すらなかった。
「おい待て!」
男が自身の目の前にいた通行人を刺して更に逃げた姿に、沙莉寿ははっとして振り返り、周囲を見渡した。
そこにあったのは何人もの通行人が刺され血を流し、人によっては倒れ伏している、凄惨な様相だった。瞬間、沙莉寿の頭に血が昇る。歯軋りが唸る。
「さりーちゃん」
屈んだままの簪が、彼女に言い聞かせるように呼びかけた。過呼吸しかけた程に正直平常心とはとても呼べないが、気丈な態度で心配はかけまいとしている。
「追って」
「応!」
簪の言葉に即反応した沙莉寿は、男を追って駆け出した。背後からラウラが声を張り上げる。簪を介抱していた。
「彼女は任せろ!」
「頼んだぞ!」
「任された!」
一度振り返り簪を指差し、前を向くとただ追いかけた。
だが、なかなか思い通りにことは運ばない。日曜の池袋なのだ。大が付くほどの人ごみである。まさか自分の能力で往来を消し飛ばす訳にもいかず、加えて彼女は体格故に特に足が速い方ではない。一方、ナイフの男は通行人を無差別に次々と刺しながら逃走を続けている。大混乱は拡大し続けている。
沙莉寿の周囲に、同じように追いかけてくるスーツ姿のサラリーマンたちが3人も見えた。目が合った彼女と彼らはお互いうなづいた。明確に、目的は同じである。
先に追い付いたサラリーマンの一人がナイフの男にタックルをかます。その場によろけて速度が緩んだところを、沙莉寿をもう一人のサラリーマンが追い付き、ドロップキックを放った。男と沙莉寿は転がり、沙莉寿は前転から立ち上がり即追い付いた。
転がった男のが落としたナイフを、3人目のサラリーマンが踏んで遠くへ飛ばす。そして4人は、男に対し上から何度も蹴り続けた。沙莉寿はもう何も考えられない。ただこの男を地獄へ叩き込んでやりたいだけだ。
警官の笛の音が聞こえ、沙莉寿は我に返った。皆足を止め、3人目が頭を抱えてうずくまる男の腕を強引に背中に回して拘束した。
気が付くと周囲はざわめきと不安、そして血の匂いが漂っていた。
「何で……何で俺がこんな目に……」
男のうめきが聞こえた沙莉寿は、心底軽蔑して応えてやった。
「やるだけやっておいていざやり返されたら被害者面かよ。ざけんなボケ」
最後に男の腹に蹴りをくれてやり、男から離れた。こうして、池袋の無差別殺傷事件は一応の決着を見た。
すぐ傍まで簪とラウラは来ていた。
「おかえり」
「ただいま」
沙莉寿と簪がお互い微笑み合った。これだけで安心できる。ラウラが沙莉寿に慌てて問いかけた。何せ顔を刺されていたのだ。
「きょーだい、怪我は? 顔は、その」
「皮一つ削れてねぇさ」
頬をなぞって見せた。体質故に無傷で済んだが、普通なら重症を負ってあの場に蹲ってなければいけなかったろう。
「しかし……これは酷い」
ラウラが改めて周囲を見回して、戦慄する。ざわめき、泣き声、救急車やパトカーのサイレン、それらが混然となり場を支配していた。
「あの犯人も、この社会の犠牲者なのだろうか……」
「仮にあっても、やっていい理由にはならないよ」
「まぁそうなんだが……」
簪に突っ込まれ多少反省の弁を述べるラウラ。
「私も人のことは言えないけどさ……」
沙莉寿が頭を掻く。
「でもこれは駄目だ」
ただ言い切った。それだけだった。
次回:20 Les ENFANTS se reveillent ~私の神の手、神の心~
・事件
今回の話は趣が違うというか、昔実際にあった事件が元になっている。思うところがあり、いつかは形にしようと思っていた題材。
次回で、完結になります。テーマ的にはここで終わらせても良かったのですが、ストーリーの決着は次回になります。