ヤンキー・グラヴィトン・アンファンツ【完結】 作:梵葉豪豪豪
パリは燃えていた。クソ憎らしい程に。
突如宇宙から飛来した万単位の謎のメカメカしい軍勢が飛来して4時間、市民の避難もままならない中フランス政府は市民の救出と宇宙生物の迎撃のため軍を逐次投入。被害の規模から、閣僚や市民の救出は絶望的、という状況にある。
崩壊したパリ市街の中を、フランス陸軍の(自称)モテる歩兵・アーシィ上等兵は、同じ小隊の戦友とともに街道を撤退……転進している。
とにかく広いイヴリー通りの、辺り一面に燻る炎がちらちら見える中を走り回らなければならない。
そこら中にゴミ散らかすから燃えまくるんだバカ! て言いたくなって実際言ったけど今はそれどころではない。ついでに右手に見えるマクドナルドが吹き飛んでいた。こんな時にも拘らずコーラが飲みたくなってしまったぞ仕方ないだろメーンあの宇宙ヤロー共のせいだこのクソカニ野郎、と長々愚痴る程度にはまだ元気である。隣で聞いてる相方には甚だ迷惑な話だ。
今は走り回るしかない。繊維にパワーアシスト機構の入った軍服で走り続ける負担は軽減されてはいるが、それでも疲れるものは疲れる。
8本脚のメカメカしい、平たく言うとカニみたいな巨大な宇宙兵器が二人の背後に迫り、付近の建物にしがみ付く。口に相当する部分から実に無慈悲にビームを撃ち放ち、アーシィ上等兵らのいる前方へと薙ぎ払った。
その光条はアーシィ上等兵の真横を舐めていく。彼の視界に戦友だったものの手足が宙に舞って見えた。胴体がどうなったかは想像するまでもない。
「チクチョーォ!」
爆発に巻き込まれ、抉られた道路の破片と共に舞い上がるアーシィ上等兵。転がり、打ち付けられ、このままオサラバ……かと思った矢先に背中の紐を引っ張られ、十字路の陰へと引きずられた。
そこにいたのは、筋肉がはちきれんばかりのいかにも屈強な女兵士だった。彼の所属する中隊付きの中尉である。中尉はアーシィ上等兵の両肩をばぁんと叩くと、彼の顔を強引に引き寄せ怒鳴った。
「アーシィ上等兵! 報告しろ!」
「第二小隊、俺だけでェす! カニ軍団の本体を発見しました! 通信機はロストしました!」
宇宙兵器の統率ぶりと行動、降下時の映像の解析から、子機全機をコントロールする親機がいるとの推測を参謀本部が下し、目下歩兵による索敵が行われていたのである。当初はドローンにより上空から索敵していたが、既に全機撃墜されている。
ついでに通信機はアーシィ上等兵の相方が持っていたが、本人とともに蒸発した。
「よく生き残った。通信機ならここにある」
「愛してます中尉!」
「気持ち悪い奴だな!」
唇を突き出し抱き着こうとしたアーシィ上等兵を、腰のアームから繋がった機関銃を盾にして食い止める中尉。彼女は安い女ではない。
「それはそれとして中尉、他の小隊はどうしました?」
「第一第三は全滅した。第三中隊で残るは我々だけだ。我々だけで要請する」
「畜生惨め」
つまるところ再編された第三中隊の指揮官は彼女ということになる。編成はこののんのんびより野郎しかいないが。
「アーシィ上等兵、ともかく動け。目標まで接敵だ」
「了解目標まで接敵します!」
第三中隊、恐らく最期の任務である。
「あれか……」
「地下鉄へ潜られちゃぁ上から見付からんワケですわ」
立体駐車場の中腹から、腹ばいになって巨大な地下鉄出入口を観察している。中尉は双眼鏡から、アーシィ上等兵はメットの右目側ゴーグルに内蔵された簡易的なスコープから中を覗いていた。出入口周辺は8本脚の宇宙兵器がいかにも守るように蠢いており、その出入口、損壊して見渡せる奥には他より巨大な何かが鎮座しているのがかろうじて見えた。
「中にいた市民は……全滅か?」
「さっき降りてみたんですが、全員頭が破裂してました。うちの小隊も殆どがここで…」
第二小隊は一度地下鉄に潜入して親機らしきものを発見したのだが、一体どうやられたのか不可視の何かで次々と頭を吹き飛ばされた。アーシィ上等兵含む二名のみがかろうじて脱出できただけである。
状況を確認した中尉は、ポイントマーカーで親機のいるであろう地点で真上に当たる地上のビルを指す。座標は記録された。ジャケットに肩がけした通信機で改めて連絡を取る。
「第三中隊から師団へ。ドローンの中枢を地下で発見した。爆撃を要請する。マークした座標を送るから地の底までヤッちまってくれ」
『こちらIS連隊、了解した第三中隊。座標を受け取った。我々が一番近い』
通信機から女性の声が響いた。アーシィ上等兵が仰ぎ見ると、確かにすぐ近い上空にミサイルを懸架したISが飛行している様子が窺える。これまでに市街へ進入した戦闘機・爆撃機は悉く地上からビームで狙撃され、生き残りは外縁を周回している状況にある。ビームに耐性のあるバリアを持つISがかろうじて陣取っていられたのだ。
『後は我々に任』
瞬間、複数束ねた幅広のビームがISを覆った。操縦者はたっぷり数秒間、少しずつ体が剥がされ、一気に炙られて蒸発し爆散、絶命した。なまじバリアと絶対防御があったため、彼女に死の恐怖が長く続いてしまったのは不幸という他ない。
「あぁ……!」
「あぁ……チクショー」
「撤退だ!」
アーシィ上等兵が怒りと諦観がないまぜになった呟きを漏らす隣で、中尉は即時撤退を決めた。代わりの誰かが爆撃を引き継ぐとしても、もはや自分たちにできることは何もない。
立体駐車場を駆け足で降り、地下鉄出入口とは反対側から道路に出て、周囲に敵がいないことを確認しつつ一直線に市街を抜けようと駆けた。が、ビルの壁を粉砕して彼らの真正面に陣取ったのは、件の多脚メカだった。彼らより遥かに高い位置にある歯茎剥き出しの歯だけのような顔面が、見下し嘲笑っているかのような錯覚を催す。不快感極まりない。
「このクソカニヤローがぁアアア!」
アーシィ二等兵がライフルを、中尉が機関銃を宇宙兵器に向かって斉射する。歯の内側にヒットすれば機能を停止させられることは既に判ってはいるものの、そう都合よく当たってはくれない。当たっても折れない。
遂にはライフルと機関銃の弾は撃ち尽くした。二人は拳銃を構え、連射するが拳銃如きでは奴の歯茎一つ傷つけられない。
カニ野郎の正面両脇に突き出た上下4対の突起物から上下2本のスパークが走り、次第に太くなっていった。2条の絡み合ったビームが二人を一瞬で蒸発せしめるのは時間の問題である。
「あぁ……ここまでか」
逃げようにも間に合わない。せめてもの抵抗にと二人してカニ野郎を睨み付け中指を立てた。
直後、横合いから超高速で飛来した人型のナニかが彼らの眼前に陣取り、自身のサイズ程もある盾を前方に掲げ、
「Champ(フィールド展開)!」
磁場らしき何かが元の盾の倍のサイズに拡がり、多脚兵器から放たれたビームを受け止めた。盾から漏れたビームの奔流はねっとりした濁流となって周囲を猛然と流れ、あらゆるものを融解し破壊していった。
人型……ISの背後にかばわれた二人は、すぐ上にも流れるビームとプラズマ化した粉塵の煌めきを仰ぎ見、正面の尻を眺めながらもしゃがみ込み身をかばう。アーシィ上等兵が狼狽し叫んではいるが、轟音にまみれて自分でも声が聞こえない。
悪夢の10数秒間が過ぎ、遂にビームが途切れる。ISは盾を構えたまま、サブアームから連なった3本の杭のうち一本を尾部のロケットモーターで撃ち出した。目標は多脚兵器正面にある口である。狙い違わず敵の歯ごと粉砕しながら半ばまで突き立った。
杭の全身にあるロケットモーターが点火、高速で回転しながら前進、多脚兵器の内部を蹂躙し遂には破砕せしめ真っ二つにした。
唖然としたアーシィ上等兵と中尉だったが、即座に立ち上がりお互い背を向けて交互に前後を確認し、周囲を警戒した。すぐには他の宇宙兵器は来そうもない様子だ。
命の恩人、ISの操縦者が笑顔で彼らに振り向く。金髪でオッドアイの持ち主である。美形だ!
「大丈夫ですかー!」
「感謝する!」
「女神が見えるぜ」
思わず両手で迎えそうなポーズを取ったおもろい野郎は背後の中尉に頭をはたかれた。
「あ、僕男ですよ?」
「え、そーなんスか!? ……あーアンタ」
その美丈夫、シャルル・デュノアは言われ慣れているのか笑って流した。ここでアーシィ上等兵は、自国のIS乗りに男性の操縦者がいると話題になったのを思い出した。最近彼が所属する企業ごと国の宇宙生物対策に協力する旨の発表があり、何かと飛び回っている……とは聞いたことがある。
「座標のデータはこちらでも受信しました。我々が爆撃を引き継ぎます」
そのシャルルの言葉と同時に、上空で何かが飛来した。巨大なサーフボードが斜めになって飛行している。その上面にはフックに繋がれた二人の少女が並んでしがみついていた。
その少女達の、一対ずつ背中から長々と噴出している粒子はさながら羽根にも見える。
「ちゃっべー今度は天使が見える」
「はい、僕たちの仲間です。……あぁ、天使ってまぁうん」
彼女らは3人の真上を通過し、地上から撃ち出されるビームの弾幕を上へ下へと掻い潜る。
ボードが逆さを向き、お互いの掲げた手から全てを討ち滅ぼすビームを撃ち出した。その幅広の奔流は親機のいる地点を舐め、狙い違わず親機を丸ごと蒸発成さしめた。天使たちは暴力的である。
これにより全ての多脚兵器が活動を停止した。
「いよっしゃぁあザマミロクソエイリアン!」
中尉がガッツポーズを取りつつ叫ぶ。思わずアーシィ上等兵も釣られてYaaaaa!と吠えた。
シャルルも微笑むが、ふと周囲を見回し、散乱する瓦礫と死体にその微笑みも消える。人類をもう信用しないと決めていた自分であっても、この景色を当面忘れられそうにない。それでも皆で前に進むと決めたのだ。
この日パリは壊滅した。しかして人類は膝を折る気はない。