――――時は1939年。ネウロイ大戦が終結し、二十年経った頃。沈黙を保ち始めていたネウロイ達は急速に行動を開始、電撃作戦を展開したネウロイは次々と欧州各地を襲撃、侵攻し侵食し始めていった。
そこで各列強国では機械化航空歩兵――通称”
これは、ネウロイ達と死闘を繰り広げる
※
穴拭少尉がスオムス派遣命令を下された頃とほぼ同じ頃。明野陸軍基地にて、一人の若い男が司令部へと足を運んでいた。
彼の名前は福田栄一、21歳。階級は少尉。幹部候補生として兵役を務め、その後陸軍予備士官学校時代に優秀な成績を残した彼は出世コースを順調に進んでいくに違いないといわれている。
「失礼します」
司令部へと入ると、中年の男性が座っていた。男は栄一に笑いかけるものの、顔は笑っているが、目は笑っていなかった。頬に誰かに殴られた後のようなあざがあり、つい最近のもののというよりは、まだ残っている、といったようだ。
栄一は気をつけの姿勢、から敬礼をし、休めの姿勢で男の話を待った。
そして男は笑ったまま口を開いた。
「福田少尉、君は
「はい、ネウロイの侵攻に苦戦中のカールスラントへ派兵すると」
それを聞いて満足そうに男はうなずくと、そのまま話を続ける。
「そうか、それでは我が扶桑皇国陸軍航空隊の穴拭少尉は知っているかね?」
「はい、2年前の扶桑海事変にての活躍は私も聞いております」
男は栄一の発言を聞いて更にニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべた。まるでいじめる相手を見つけたいじめっ子のように。
「おや、君と穴拭少尉は幼少時代に同じ剣道場に通い、相当仲が良かったそうじゃないか。今でも仲は良いと聞いていたが、先ほどの発言はあまりにも他人行儀過ぎないかね?」
栄一はあくまでも無表情に、先ほどと変わらない声のトーンで答えた。
「私は福田栄一として彼女との付き合いはありますが、福田少尉としての彼女との付き合いはありません。私情を挟んでは軍人として支障をきたす事がある、というのが私の考えですので」
そうは言ってみせるものの、心の底では”嗅ぎつかれたか”と舌打ちをしていた。この男の性格と陰湿さは有名であり、これから何を言い出すかも栄一の中ではおおよそ目星がついていた。
男はそのまま栄一の発言を特に興味なさそうに話を続ける。
「まあ、そんなことはいいだろう。君個人の考えに私は一々何か言うほど暇ではない。それで、問題はここからだ。穴拭少尉も無論欧州派遣に決まった。だが、カールスラントではなくスオムスだ」
栄一はそれを聞き、一瞬動揺した。スオムスとは北欧の極寒の地。ネウロイとは国境でにらみ合いを続けている国だ。だが、にらみ合いを続けているだけであり、特に激戦が起こるというわけではない。そもそも、カールスラントに派兵するための欧州派遣だと栄一は思っていたからだ。
しかし、何もなかったように栄一は相槌を打つ。
「初耳です」
その反応を見た男は、はち切れんばかりの笑みを浮かべながら話を続けた。まるで獲物を前にした猟師のように。
「なるほど、まあ当然だな。私も疑問に思っていてな、何でも加藤少尉による強い推薦だそうだ。だが、私も含め推薦委員会では彼女は非常に優秀な人材だと考えている。そのような人物が万が一、負傷をしては一大事といえる。彼女のプライドもスオムス派遣で痛く傷つけられているはずだ。スオムスにネウロイは来ないかといえばそれは断言できない。むしろ来るといってもいい。彼女は自分の評価を取り戻そうと無茶をすることだってありえなくはない。そして二度と飛べない体となりうるかもしれない。これは悲観といわれても仕方がないが、実際に起こりうることだと私は思う。違うかね?」
長ったらしい話を黙って聞いていた栄一はたった一言。
「仰るとおりだと思います」
明らかな口八丁だと分かっていても福田は特に疑問を述べることはしなかった。疑問を述べ、反論し、口で打ち負かそうともこの男はそれを無視して話を続けるのは目に見えていたからだ。
そして、栄一の反応にますます気を良くした男は小躍りしそうな勢いで話を続ける。
「そうだ、私の考えは間違っていない。現に、私の信頼する情報網によるとカールスラントでは大規模な爆撃機隊が襲来するかもしれないと言われている。ネウロイがカールスラントでやることをスオムスでもやらないわけがない。奴らの辞典には被害という言葉は載っていないようだからな、力で強引に攻めるだろう、なにせ侵食する土地は多すぎて悪くはないのだからな。さて、ここで私が思うに君はそんな爆撃機部隊がもし評価を取り戻そうとやっきになっている彼女の前に現れた場合―――考えるだに恐ろしいことだ。そんな状況で無理をしようとする彼女を止める人間が必要だと思わんかね?」
――なるほど、これが本題か。さっさとこれを言えばいいものを、下らんでっち上げばかりペラペラと。どうせ穴拭の事はどうでもいいと思っているんだろう、分かりやすい嘘をよくもまあぬけぬけと。そう言ってやりたい衝動をぐっとこらえ、栄一は一言、感情を表に出さないように言った。
「必要だと思います」
そして、男は待ってましたといわんばかりに声を張り上げる。
「そうだ! 私もそう思う! そこで、私は加藤少尉の発言に賛成し、ついで穴拭少尉をよく理解し、そしてなるべく仲が良くその人物の発言なら忠告を聞き入れてくれるような人物を彼女の無謀な行動を控えさせる為に、特例中の特例として、海軍で言うところの従兵のような役割を勤めてもらおうということになった。福田少尉、私が君を呼んだのはこの事以外の何者でもない、この任務を君に任せたいということだ! どうだね、引き受けてくれるかね」
無理矢理なこじつけと一般人からしてもありえないような内容の任務。要はていの良い左遷。気に入らない部下をどこかへ放る為としか思えないような程の無茶苦茶な理由だった。
しかし、栄一は何も言わずそのまま、ただ頷いた。そして男はもはや笑いを隠す必要はないと感じたのか、鬼の首を取ったように笑うと栄一に止めを刺すように、一言。
「よろしい、では福田栄一少尉! 貴官をスオムス義勇軍としてスオムスへの派遣を命じる」
出世コースとして敷かれたレールから突き落とされたも同然のスオムス派遣。それを黙って受け入れた栄一はそのまま司令室を後にした。
「――――畜生」
誰に聞かれるまでもなくその声はただ響き渡っていく。そしてそのまま栄一は明野飛行学校へと足を運んだ。加藤少尉に会いたいと一言言うと、しばらくするとそれらしき人物が現れてきた。肩くらいまで髪を伸ばした少女。彼女は軽く一礼すると自己紹介をした。
「はじめまして、加藤武子少尉です」
「……福田栄一少尉だ」
少し先ほどのこともあり、栄一の発言は多少の苛立ちを帯びていた。しかし、それを感じる以上に加藤少尉は驚いていた。
「貴方が福田少尉ですか、智子から話を聞いています」
「そうか」
初対面の人物に対して第一印象を悪くしかねない無愛想な反応。そんな発言に栄一自身も自分に苛立ちを覚え始めていた。
―――情けない、扶桑男児が初対面の相手にこのように当り散らすとは、と。
しかし、何かただならぬ事情を察した武子はそのまま気にしていないように口を開いた。
「今日は私に出会いたいと聞きました、その用件が済んだ後に智子にも会ってあげてくれませんか?」
あくまでも友好的に発言する武子とは対照的に栄一は不機嫌なまま無愛想に返す。
「いや、今日は加藤少尉に話があってきた。申し訳ないが穴拭少尉に会うつもりは無い。ついては欧州派遣の事に関してだ」
流石にこの反応にはムッと来たのか、武子も少し苛立ちを帯びたように口を開いた。
「そう、そのことについて何の用でしょうか? 特にこれといった用件は私には思い浮かびません」
「私にはある。欧州への派遣に関して君がいろいろと口を出したらしいな」
欧州への派遣という単語を聞いて、武子の眉間はピクッと動き、ますます武子の返す言葉に感情が篭っていく。
「その通りです。ただ、貴方には関係はないはずです。それに、私は智子のことを思っての発言をしたまでです」
売り言葉に買い言葉、それがふさわしいようにお互いの表情はどちらかが発言するにつれて険悪なものに近づいていった。栄一はそのまま遠慮は要らないといわんばかりに口を開く。
「ああ、私は君の発言の大半は関係もないし興味も無い。私はカールスラントに大規模な爆撃隊が来ること、そして君が穴拭少尉のスオムス派遣を薦めたときに出た結論に、穴拭少尉に誰か一人付けるという条件があったかどうかという真実を聞きにきただけだ!」
半分怒鳴るように話した栄一に対して、こちらも負けてたまるかと武子も声を荒げた。
「それが貴方にどんな関係があるというんですか! 確かに資料には本格的なカールスラント侵略に向けた爆撃隊の編成をしているとありましたし、智子の事を案じてスオムスに派遣する際に従兵のような役割をする人物を一人付けようということもありました! それが何の――――っ!?」
何の関係がある、そう言い掛けた瞬間、武子の脳裏である考えがよぎった。
――――確か、その提案をした上官は顔に誰か殴られたようなあざがあった。噂では女性下士官に手を出した際に一人の士官に殴られたと聞いていたけれど、まさか……!
武子は先ほどまでの声を荒げるのを止め、半信半疑、いくらなんでもこんな無茶苦茶な事は信じられないといった表情で栄一に話しかける。
「もしかして、貴方が智子とスオムスに行く……?」
先ほどとは違った様子の武子に少し戸惑いながら、スオムス派遣について触れられたこともあり、栄一は苦虫を噛み潰したような表情をしながら頷いた。
「そうだ、私が行く」
「…………」
武子は言葉を失った。
なんとも言えない、申し訳なさしかないといった様子で武子は栄一に頭を下げた。
「その……ごめんなさい。私があの時に……もっと」
武子の反応に少し戸惑いを感じたのか、慌てて発言をさえぎるように栄一は軽く笑いながら話す。
「いや、あの男の事だ。この事が無くても似たような事を言い出しただろう。何せ軽く殴った程度で3回も地面を転げまわったような根性もない奴だ」
武子はその発言にクスリ、と笑った。武子が先ほどの様子とは違う様子になったことで栄一も多少は楽な気持ちになったのか、そのまま先ほどとは違った様子で話を続けた。
「それに、見知らぬ奴の従兵をやるよりは穴拭少尉の世話をする方がまだ楽だからな。さらにあいつは頑固で意地っ張りのうえにプライドが高い。私以外の誰かにはあいつの子守りは任せられない」
そう言った後に軽く笑うと武子もつられて安心したように笑い、頭を下げた。
「ありがとう、貴方になら安心して智子の事を任せられます。どうか智子を、私の大切な戦友を――――お願いします」
「ああ、任せろ。この福田栄一、扶桑軍人としての誇りを持って穴拭智子の子守りをしよう」
そう最後に冗談をかました栄一。それを聞いた武子は栄一と楽しそうに笑う。そこには先ほどまでの険悪な空気も何もが消え去っていた。
武子はにっこりと笑い、栄一に手を差し出して口を開いた。
「貴方とは軍人としてだけでなく、個人としてのお付き合いをしたいですね、福田少尉。もしスオムスから戻った時、よろしければ智子と一緒に何処かへ出かけませんか?」
「ああ、その時を楽しみにしていよう」
そう言うと、栄一は武子の手を握り、硬い握手を交わした。
「それでは、失礼する。私も荷物をまとめなければいけないからな」
「はい、それでは」
互いに一礼すると、栄一は来たときとは違う、清清しい気持ちで明野飛行学校を後にした。そして、そのまま兵舎へと歩みをすすめていく。極寒の地スオムス派遣に向けて。
※
――一週間後、その時はやってきた。扶桑皇国欧州派遣軍を乗せた輸送船、阿波丸。舷側ではカールスラントへと派遣される将兵達が国民の喝采と歓声を浴びつつ敬礼をしていた。無論、栄一はスオムスへ送られるのでその場所へ立つことは無かった。栄一は将兵達の敬礼している舷側とは反対の舷側で海を眺めようとすると、そこで一人佇む穴拭少尉――――智子がいた。
栄一が近づいていくにつれ、智子の様子がはっきりと見える。明らかに落ち込んだ様子だ。
――――なるほど、確かにこれはあの男の言ったとおりだ、まあ大方でたらめに言った結果だろうがな。
そう思いつつも栄一は黙って智子の隣に立つと、一言。
「どうした、随分と情けない表情をしているじゃないか、穴拭少尉。扶桑海の巴御前は見捨てられた子犬みたいな表情をするとは思わなかったぞ」
その挑発を聞いて、苛立ちを覚えた智子は反射的にキッと栄一をにらみつけると、こう叫んだ。
「何よ! 扶桑海の巴御前を馬鹿にするなんて良い度胸……」
その叫びも栄一の顔を見るたびにだんだんと勢いを失くし、最後には驚いたような顔でただポツリとつぶやくように言った。
「栄一……さん。なんで、ここに」
「福田少尉、だろう? 勤務中だぞ穴拭少尉」
その発言を聞いて智子は多少慌てたものの、すぐに取り直した。
――――間違いない、この生真面目さは栄一さんのそれだ。でも、何でこの船に……?
智子の疑問を何も言わずに感じ取ったのか、栄一は黙って口を開く。
「簡潔に説明をすると、上官のわいせつ行為を注意する為に殴ったのでスオムスにお前の従兵として行く事になった。要は左遷だ」
それを聞いた智子は、「ハァ?」と言うと、苛立ちを帯びたような声で続けた。
「冗談はやめて福田少尉。私は真面目に聞いてるのよ? どうせスオムスじゃなくてカールスラントに行くんでしょう? それで私をからかいに来たってわけ? 良い趣味してるわね!」
智子は誰の意見も寄せ付けないといった様子の剣幕で栄一に迫る。しかし、栄一は真剣な顔をして、智子の剣幕を受け流すように、目を見てゆっくりと口を開いた。
「俺は、真面目だ。お前と一緒にスオムスへ行く。今ここでお前と話しているのが何よりの証拠だ」
智子は今度は口を閉じる。まったくもってその通りだからだ。今、カールスラントへ行く将兵達はここではなく国民達の歓声を受けている筈である。
そして智子は気まずそうな顔をすると、そのまま口を開いた。
「……悪かったわ。その、私も少し鬱憤が溜まってたから。ごめんなさい、福田少尉」
頭を下げる智子に対して、栄一はケロリと何も無かったように話し始める。
「いや、別に良い。あの男としばらく会えなくなると考えると随分気が楽になる。なんせ、あの男は軽く殴った程度で三下でも今時言わない台詞を吐いたかと思えば、よそ見をしたせいで窓ガラスに顔を思い切り叩きつけた間抜けだからな」
それを聞いた智子はプッと噴き出すと、栄一は眉間にしわを寄せた。
「穴拭少尉、扶桑乙女たるものもう少し優雅な笑いをだな……」
それに対して智子は笑いながらも「はいはい」と適当に流しながら続ける。
「相変わらず真面目ね、福田少尉は」
「当然だ」
何を言っているんだお前は、と言いたげな表情の栄一をよそ目に智子は口を開いた。
「その……ありがとう、福田少尉。励ましてくれたんでしょ?」
「さぁな。まあ、そんな所―――」
そう言ってタバコに火をつけようとしたところ、素っ頓狂な声が後ろで響いた。
「あぁぁぁっ!」
「――――!?」
突如聞こえてきた悲鳴にも聞き取れるような声に、危うくタバコを海に落としかけた栄一は慌てた表情で智子と顔を見合わせると、後ろを振り向く。
後ろでは小柄な少女が智子をうるんだ目で見ていた。背は智子よりも低く、見たところ十代前半といったところだろうか。少女はそのまま智子の顔をまじまじと見ると、感動した様子で小さな声で話す。
「うわぁ……穴拭智子少尉ですね。お会いできて感激です」
服装は、水兵の着るセーラー服を着込み、その上にさらにゴム引きのコートを着て碇のマークがある帽子をかぶっている。
思わずため息をついた二人。そしてまじまじとその少女の格好を見た智子はポツりとつぶやく。
「なんだ……海軍さんね」
その一言に慌てて気がついたかのように少女は敬礼すると、自己紹介をした。
「もも、申し送れました! 扶桑皇国海軍横浜航空隊所属の迫水ハルカ一等飛行曹です!」
そう言った後、瞳を輝かせていたがハルカは何かに気がついたかのように慌てて取り繕うに返した。
「ももも、申し訳ありません! 迫水ハルカ一等飛行曹であります!」
海軍式から陸軍式の挨拶に切り替えたハルカ。それに対して苦笑するように智子は話しかけた。
「いいのよ、ここは船の上なんだから。海軍さんのしきたりでいきましょう」
それに賛成するように栄一は頷く。
「そうだな、郷に入れば郷に従えとはよく言ったものだ」
ハルカも二人の意見に対して素直に受け入れ、頷いた。
「は、はい。分かりました!」
「さて、名乗られたからには私も名乗ろう。私は福田栄一、穴拭少尉の従兵だ」
「はい、宜しくお願いしますね、福田さん!」
元気よく挨拶をするハルカを見つつ、智子は口を開く。
「……飛行曹ってことは、貴方も
「はい! 私少尉の大ファンでして!」
それを聞いた智子はまんざらでもなさそうに笑う。
「そう、ありがとうね」
「それで、扶桑海事変のご勇姿を映画にした”扶桑海の閃光”! 穴拭少尉が主役を務めていました、あれを見て私も
落ち込んだ様子で話し込むハルカを見つつ、これ以上は話が長くなっても困るので適当に切り上げようと智子は話しかけた。
「そう。がんばってね」
歩き出した智子に続いて栄一も続くが、ハルカもまた一緒についてくる。最後に何か言いたいのか、そのままハルカは緊張した様子でこう口にした。
「あ、あの! 穴拭少尉、カールスラントでも頑張ってくださいね!」
智子はその発言を聞いて歩くのを止めた。そしてそのまま振り返ると、頬を引きつらせながらもハルカに返す。
「あ、あら。カールスラントでも、ってことは貴方は違うの?」
「そうなんです……実は私、訓練で、というよりは射撃も格闘も飛行も全部酷い、ダメ隊員でして……その、一番下なんです。したがって、私は激戦が予想されるカールスラントではなくスオムスに派遣される事になりました」
それを聞いた智子はなんとも言えないやるせなさを感じつつもその話を聞いていた。
「で、でも穴拭少尉はカールスラント派遣ですよね? 私の分も頑張ってください! 穴拭少尉ともあろうお方ならどんなネウロイでも蹴散らされちゃいますものね!」
あまりにも嬉しそうに、自分の憧れの存在が活躍するさまを想像して気分が高揚しているのか、無邪気な笑みを浮かべながらハルカを少し哀れに思った栄一は口を開いた。
「その……迫水一等飛行兵曹。実は穴拭少尉は――――」
君と同じスオムス派遣だ、と言おうとしたのを智子がそれを目で止めると引きつった笑いを浮かべながら智子は口を開いた。
「私もスオムスなのよ」
「えっ……ええええっ!? 穴拭少尉ともあろうお方がですか!?」
あまりのハルカの驚きっぷりにたまらず智子の引きつった笑みは更に引きつり、栄一はその光景を見て思わず笑いそうになったのをこらえ、咳で誤魔化した。
「んっ……ごふっ! タバコはうまいがたまに咽るのが玉に瑕だな」
そんな栄一を白い目で見つつ智子はハルカに先ほどと同じ引きつった笑みを浮かべながら話しかける。
「一緒に頑張りましょうね」
「は、はいっ! 穴拭少尉と一緒に飛べるなんて光栄です! そ、それでは失礼しましゅ!」
少し噛みつつもハルカは元気よく駆け出していくと、そのまま突き出しのパイプに頭をぶつけ、綺麗に90度回転すると床に倒れ伏した。
「ぶふっ! がふっ! げふっ……ぐぅっ!?」
あまりの綺麗過ぎる転び具合に思わず拭き出してしまった栄一のわき腹に、智子は容赦の無い肘鉄を食らわせると、そのまま栄一の手首を引っ張りハルカに声をかける。
「大丈夫?」
そう声をかけるも目を回しているハルカは返事をする事も出来ず、うんうん唸っているだけだった。
「仕方ないわね……福田少尉、私の部屋で寝かせるからおぶりなさい」
「りょ、了解……」
下手に逆らうとまた一撃をもらうと感じた栄一はそのままハルカをおぶる。やはり少女という事もありハルカの体重もわき腹へのダメージの負担にもならない程度に軽かった。士官である智子と栄一には一応個室を分け与えられているが、智子の部屋に入るとお世辞でも広いとは言えない有様だ。二畳ほどのスペースにたたまれたベッドを倒すと、そこにハルカを寝かせる。
「しかし……予想はしていたが、これほどの狭さとはな」
思わずため息をついてしまうような有り様に、栄一は少し驚いたようにそう呟いた。
「スオムスに行く士官にはこの程度で十分ってことでしょ?」
自虐的にそう呟く智子。何か声をかけようか一瞬迷った栄一だが、その前にハルカがようやく回復したのか、少し唸ると智子に話しかけた。
「す、すいません少尉……」
「大丈夫? 水兵さんが船の中で怪我してちゃ、やってられないでしょう?」
ハルカが恥ずかしそうにはにかむと、そのまま寝付いてしまった。そんなハルカを見て智子はため息をつく。そして栄一に向き直ると口を開いた。
「福田少尉、私ははっきりと分かったわ。スオムスにこんな子を送りつけるってことは、スオムスはどうでも良い場所で、そんな所が私にはお似合いってことよね?」
「穴拭少尉、それは――――」
「そう……そうよ! これは私の戦功をねたんだ誰かの陰謀だわ! 見てらっしゃい、私は扶桑海の巴御前なのよ! 向こうで私の手柄を上げればスオムス送りは間違いだったって思い知らせてやるのよ!」
流石にその発言には注意をしようとした栄一の言葉をさえぎるように、智子は何か決心したようにきっぱりと告げた。
――――まいったな。これでもし本当に爆撃隊が着たらあの男の言ったとおりになる。
そう思いながら栄一は一人手柄を上げるために燃えている智子をよそ目にため息をついた。
ある人物は自分の尊敬する人物と共に飛べるという喜びを、ある人物は手柄を上げてやるという野心を、ある人物はそんな野心を抱く同僚の不安を、それぞれがそれぞれの思いを抱きつつ、阿波丸は欧州へと向かっていった。長い航海はまだ始まったばかりである。
どうも、初めて私の作品を見ていただいた人は初めまして。私のもう一つの作品を見ていただいたかたはこんにちは。
最近、どうにも別の作品も書きたいと思ったのが8月7日のお昼前、そこから猛ペースで執筆―――もといタイピングをした結果、あっという間に一話を書き終えてしまいました。やればできるものですね。
この作品自体はそう長く続ける予定は無いのですが、それでも手を抜かないようにしていこうと思います。
さて、今回は猛一つの作品とは違った文のスタイルで書き進めています。おかげで新鮮な気持ちでサクサクと書き進められましたが……どうでしょうか、読みづらいでしょうか?
次回、いよいよ扶桑皇国の面子がスオムスいらん子中隊の面々と合流します。乞うご期待ください。