欧州までは五週間もかかる。それまでに体が怠けてはたまらないと栄一は早朝、木刀を携えて外に出ると、そこには木刀を地面に突き立てるようにしている智子が居た。
栄一と考えていることは同じだったのか、既に智子は素振りを終えた後らしく、汗を拭いているとそこで栄一が木刀を片手に、自分と同じように素振りをしに来たのだと気づいた。
「福田少尉、随分と遅かったじゃない。もう素振り100回は済ませたわよ?」
「そうか、では私も始めるとしよう」
栄一は智子のからかいを軽く受け流すと木刀を抜いて服を脱ぎ、構える。栄一の構えは幼少の頃から続けてきたためか、とても堂に入っている。
「フゥッ……フッ……フンッ!」
栄一が木刀を振るたびに、木刀が空気を切り裂くような音と栄一の口からもれ出る呼吸の音が阿波丸が海を突き進む波の音と共に響き渡る。
そのまま、長いとも短いともつかない時間の流れが智子と栄一を包み込む。木刀を振るう栄一、そしてそれを見ている智子。幾ばくかの時間が流れ、ふと栄一はピタリと木刀を振るのを止めた。
「あら、150回でおしまい?」
からかうように笑う智子を前に栄一はまたしても軽く受け流すように答える。
「こういうものはただ数をこなせばいいというものではない。朝、昼、晩と続けてやって効果があるものだ」
そういうと栄一は体を冷やさぬように汗を拭いて服を羽織り、歩き出した。どうやら朝の鍛錬はひとまず終了ということらしい。
そのまま歩き出した智子と栄一はそのまま艦の中へと入っていく。そして歩いている途中、徐に栄一は口を開いた。
「そうだ、穴拭少尉。君に渡したい物があったな……」
「えっ? 渡したいものって……」
――――渡したいものって、私以前何か頼んだかしら。
そう思いつつも智子はついていく。そして部屋の前に着くと栄一は手招きをして智子を自分の部屋に招きいれた。
「確かここにあった筈だ――――が」
そして栄一は何かを探すように荷物の中を探し始める。いつもは荷物をきちんとまとめている栄一が珍しく荷物を探し出すのに苦労している。智子は珍しいこともあるものだと思いつつも、少し渡したいものに期待をしていた。
――――あの堅物の福田少尉……栄一さんが渡したいものって、何だろう。もしかして……
一瞬生まれたわずかな期待を否定する智子。まさか、ありえない。そもそもそんな物をあの福田少尉が勤務中に渡すはずがない、と。
「ああ、あったこれだ」
その声に智子は思わず一瞬肩をビクッと震わせた。そして栄一はにっこりと笑って智子の手に”渡したいもの”―――つまり、受け取り方によればプレゼント呼べるものを渡す。
ただ、そのプレゼントは色気もへったくれもない、徹底的にスオムス語を教え込むための武骨なスオムス語辞典やら日常会話集といった分厚い本の束だったが。
「ああ……そうよね。分かってたわよ、こう来るってことは……」
先ほどの自分のわずかな期待が急にバカらしく感じてしまった智子はため息混じりにそうつぶやいた。 そんな智子に気づいていないのか、実にいつもと変わらない真面目な様子で栄一はもう一つ自分用と思われるスオムス語の本やスオムスの風習に書かれた本などを取り出しながら智子に話しかける。
「なにも鍛錬だけが軍人の務めではない。学び、得た知識を持ってその土地や地形を事細かに理解し、適応することも時として求められるわけだ」
「まあそうよね……そういう奴だもんね……」
「ああ、それで私もスオムスの事について色々と知ろうと思ってな。荷造りよりもこの手の本を手に入れる方が苦労した」
智子がつぶやきながら返事をしているためか、栄一が本を取り出すことに集中しているためか、どこかお互い話が噛み合わないまま、片方は堅物人間の堅物さを再確認しつつ、もう片方はいつもと変わらぬ調子の中、太陽は早朝と呼ぶには些か高い所まで昇っていった。
尚、この後欧州にたどり着くまでに似たような会話がしばしば行われたのはいうまでもない。
※
扶桑からガリアまで、五週間の航海を終えると次は輸送機による空路経由でスオムスのカウババ基地に到着。スオムスは湖が多い国で有名であり、また冬には凍った湖が臨時の飛行場となるため、美しい湖のすぐ隣にカウババ基地は建てられていた。
その寒さは伊達に極寒の地と呼ばれていないのか、到着した三人を寒風と雪が襲い掛かる。一応の軍支給のコートも扶桑とスオムスでは寒さの度合いが全く違うためかてんで役には立っていないようだ。
「ううっ……凍っちゃいそうです」
ハルカはそう言いながら自分の体を抱きしめるようにしながらブルブルと震えている。智子と栄一はとういうと、ハルカ程ではないがいつもよりは多少動きが鈍っているようだ。
「雪国……ね」
「ああ、雪は扶桑の方がよく積もるとは聞いたが……寒さでは負けだろうな」
見渡す限りに雪化粧を施された銀世界。このような場所でもネウロイはやってくるかもしれない、そう考えるだけで二人の気は引き締まっていく。何せ雪国という普段とは違う所ですら、ネウロイ達はいつもと変わらぬ動きをして襲い掛かってくるのだから。
「この湖……この景色。お国の海に勝るとも劣らない、とっても綺麗だわ……。雪も綺麗。少尉、来てよかったですね」
寒さに震えつつも楽しそうに微笑むハルカ。それをよそ目に智子は雪をすくって手でサラサラとなぞっている。
「この寒さでいつも通りに飛べるかしらね。風、雪、この寒さ……機体がへばらないといいけれど」
感動もへったくれもない、といった智子の様子にハルカは少し落胆する。憧れの人はどうやら全く感傷に浸る気はないようだ。
ハルカがため息をついていると、雪上車が雪を掻き分けてこちらにやってきた。雪上車は三人の前に止まると一人の女性が降りてくる。すると、その女性は智子に向かって敬礼をした。
「カウハバ空軍基地へようこそ。基地司令部、ハッキネン大尉です」
大尉、という言葉にピクリと真っ先に反応したのはハルカだった。ハッキネン大尉が口を閉じるか閉じないかのタイミングでハルカは姿勢をぴんと伸ばし敬礼をする。
「ふっ、ふふ扶桑皇国海軍、迫水ハルカ一飛曹でしゅっ!」
寒さもあるからか、初対面の人間にあったからか、ハルカは最後に盛大に噛むと顔を真っ赤にしてそのまま敬礼の状態で俯いてしまった。
次に、そのまま特に気にしていない様子で智子が敬礼をする。
「扶桑皇国陸軍、穴拭智子少尉です」
それを聞いたハッキネン大尉の様子が少し変わったが、そのまま栄一の方を見た。その視線に答えるように栄一も続いて敬礼をする。
「扶桑皇国陸軍、福田栄一少尉です。穴拭少尉の従兵であります」
「ええっ!?」
それに対して驚くように声を上げるハルカだが、いきなり大きな声を上げたことで注目を浴びたのに気づき、ハッと我に返るとそのまま黙り込んでしまった。
ハルカが黙り込んだのを見てハッキネン大尉は何事もなかったかのように、二人に向かって話しかける。
「エース、そして優秀な陸軍士官の到来を歓迎します」
「ありがとうございます」
「ご期待に沿えるよう、精神誠意努力する次第です」
智子と栄一はなぜか皮肉を言われたような気分になりながらも敬意を込めて頭を下げた。しかし二人共、顔だけは笑っていたが目は笑っていなかった。
雪上車に乗って三人はフリーフィングルームへと案内される。お世辞にも改装をしばらくされてなかったと言えない程度のボロボロとした見た目の建物だ。中も見た目とそう変わらないほどで、昔は倉庫として使われていたのを間に合わせで作ったように見えなくもない程だ。
とある一室の前に立つとハッキネン大尉は三人にの方を向いた。
「こちらでお待ちください。5分ほどで中隊長を連れてきますので」
そうハッキネン大尉は言うと何処かへと言ってしまった。それを見た智子とハルカは部屋に入ろうとするが、栄一は入ろうとしない。
「入らないの? 福田少尉」
不思議そうに智子が言うと福田少尉は普段通りの真面目な様子で答えた。
「私は従兵だからな、わざわざ機械化航空歩兵の指揮所にいる必要もあるまい。それより荷解きをする必要があると思うがな」
そう言って栄一は手荷物を軽く持ち上げて見せた。大体の荷物は雪上車に置いておいてあり、先に割り当てられた士官の部屋に置いてもらうらしいが、あまり人に触らせたくないような日本刀等はそのまま持っている。
「荷解きって……部屋を知らないのにどこで何を荷解きするの?」
「それもそうだが……」
「ハッキネン大尉はこちらでお待ちくださいとも言ってたけど?」
智子に完全に論破された栄一はなんともいえない顔をして、観念したように頷く。
「分かった……だが、一服するから先に入っててくれ」
そういうと栄一はタバコをくわえた。どうやらタバコの煙が嫌なウィッチもいるだろうということでここで吸うらしい。まあ、中ではスパスパとひっきりなしにタバコをふかしているウィッチがいるのだが。
「そう、じゃあ先に入ってるから」
「ああ」
「お、お先に失礼します」
智子とハルカは先に部屋に入る。中に黒板がありなるほど、確かに入り口からチラリと見えるようにブリタニア語で『スオムス義勇独立飛行中隊指揮所』と書かれている。部屋には石油ストーブがポツンと2つ、申し訳程度に置かれ、3つ空いている席がある。そこに智子とハルカは座った。
しかし、しばらく待っても一服するといった栄一も中隊長もやってこない。ハルカは、どこか苛立っているように見える智子に遠慮して他のウィッチたちを見た。
部屋には3人のウィッチたちが居る。タバコをひっきりなしに吸っている者や静かに本を読んでいる者、何かをうまそうに飲んでいる者など、それぞれが三者三様の姿で中隊長を待っていた。
とりあえずハルカはすぐ近くに居る本を読んでいる少女に近づいてみた。膝に使い魔のアナグマを乗せており、年齢はハルカと同じくらいか少し幼いくらいに見える。何を読んでいるのかハルカは覗いてみたが、カールスラント語で書かれているため、何と書いてあるかさっぱりとわからない。
「何読んでいるんですか?」
「…………」
ブリタニア語でそう話しかけてみるも当の本人は集中しているためか全くの無反応だ。もしかしてブリタニア語が分からないのか、と思いつつももう一度話しかけようとするとアナグマが恨めしそうにハルカを見ている。静かにしろ、ということらしい。
次にその少女の隣で陽気そうに何かを飲んでいる少女を見た。この中では体つきが一番大人らしいというのか、とても発育のよい体つきをしている少女だ。少し崩した様子でリベリオンの海軍服を着ている少女の頭の上にはかわいらしく使い魔らしき動物が乗っかっている。はじめてみるその動物をハルカが見つめているとその視線にリベリオンの少女は気づいたのかニコッと微笑む。女優さながらの微笑みにつられて思わず笑ったハルカにその少女は近づいてきた。
「ユー達はどこから来たネー?」
独特のリベリオン訛りのブリタニア語を話す少女にハルカは少し戸惑いつつも答える。
「扶桑皇国です」
どうもいまいちピンとこないのか、難しい問題を見るときのような顔でハルカに質問する。
「んー……それどこネ?」
「極東です」
そう答えると少女は少し驚いたように答えた。
「Oh、フロリダの隣ね」
どうやら彼女にとってフロリダの隣は極東のようだ。
「違います」
あきれたようにハルカが言うと少女は大笑いをしながらビンをハルカに突き出す。
「ソーリィ! お詫びにコーラ、飲みますかー?」
「だ、大丈夫です……」
ハルカは若干少女のノリについてこれないが、それを愛想笑いを浮かべて丁重に断りやりすごした。次にハルカはタバコを吸っている銀髪の少女を見てみた。
銀髪の少女はハルカよりは年上で黒い革のライダージャケットを着こなしている。彼女のどこか無愛想そうな風体と無表情が一層と話しかけにくさを生み出していた。
銀髪の少女はハルカの視線に気づいたのか、ハルカの方を見るが何事もなかったかのようにタバコを吸い続けている。どうやらこれといって興味がないのかこれからいっしょに戦うかもしれないハルカに話しかけようという気も起きないらしい。
こうしてハルカが周りの少女達を観察し始めて5分が立った。が、未だに栄一も中隊長も来ない。
―――ここでタバコを吸っている人もいるし、福田少尉もここで吸っていいんじゃ?
ハルカはそう思いつつ部屋の外にいるであろう福田少尉を呼ぼうか迷い、智子の方をチラリ、と見てみるが先ほどと変わらない、というよりかは先ほどよりも若干険悪な表情になっていてとても話しかけづらい。
しかしよく見てみると、智子は何か考え事をしているのかどうか分からないが、ぶつぶつと智子の口元が少し動いている。
「穴拭少尉?」
ハルカが声をかけてみると智子はいきなり唇を噛むような仕草をした。その仕草に思わずハルカはドキッとしてしまう。憧れのあの人がまさかこんな子供っぽい仕草をするとは、あの凛々しい人がこんな一面も持っているとは誰が思っただろうか。
「何か用?」
ワンテンポ遅れてこちらを向いた智子をハルカはまともに見れず、頬を赤くしながら
「な、なんでもないです」
と言いながら俯いてしまった。まさか憧れている人、それも上官に「その仕草でドキッとしました」だの「子供っぽい一面もあるんですね」なんて口が裂けても言えるはずがない。
「わ、私福田少尉を呼んできますね! ここタバコ吸ってる人もいるみたいですし!」
先ほどの行動を無理やりごまかすためか、ハルカはそう言って立ち上がる。
「そう、よろしく頼んだわよ」
「はいっ!」
憧れの人に頼まれて気分が高揚したハルカはドアを掴もうとする―――
―――前に突如開いたドアに額をぶつけてすっ転んだ。
※
話はハルカがドアに額をぶつける数分前に巻き戻る。
栄一は一人でタバコを吸っていた。建前としての理由はタバコの煙が嫌いなウィッチもいるだろうということで。しかし、本音は―――
―――少女達の中に一人男が混じっていたら、明らかにおかしな目で見られるだろうからな……。多少時間を潰させてもらおう。
―――といった感じである。ようするに奇異の目で見られるのが嫌なだけであった。ハルカのような無邪気な少女の言葉は悪気がないため、より一層心に深く突き刺さる。もしそういった子が数人いたとしたら―――そう考えるだけで栄一はめまいを覚えそうになった。
ため息をつきつつ、ゆったりとタバコを吸っていると気づけばタバコは半分近くが灰となっていた。一瞬どこに捨てようか迷ったが古い建物のため、更に空気は乾燥しているので捨てるのは諦めて足でタバコの火を念入りに消すと拾い、コートのポケットに入れた。
もう一本吸おうとタバコをくわえた所で一人の少女が現れる。両手一杯に資料を持った少女はふらふらと危なっかしげな様子でこちらへと歩いてくる。
「君、大丈夫か?」
さすがに見ていられなくなった栄一は少女にブリタニア語で話しかけた。その後スオムス語で話しかけるべきだったかと思っていると少女は焦りながらも返してくる。
「だ、大丈夫です……多分」
そう言うものの少女の腕はぷるぷると可愛らしく震えており、ちょっとした弾みで資料を落としてしまいそうなほど見ていて不安なものだった。
なんとか落とさずに少女は栄一を通り過ぎるとドアの前でもたつきはじめた。どうやら智子達のいる部屋に用があるらしい。
「ド、ドアを開けてくれませんか……?」
「ああ、分かった」
これ以上待たせると資料を落としかねないので、栄一は少し勢いをつけてドアをあける。すると、何かにぶつかったような軽い衝撃が走った。
「あいたぁ!」
「ん? 確かにドアは開いたが―――迫水一飛曹、どうした」
ドアが開いた先にはしりもちをついたハルカが額をさすっている。どうやら今ので頭をぶつけたようだ。
「あう……た、たんこぶが」
「どれ、見せてみろ」
ハルカの額を見てみると、多少赤くなっているもののたんこぶができるほど強くは打っていないようだ。これならすぐに痛みも引くだろう。
「ああ、大丈夫だ、問題ない。すぐに痛みも引く。手を貸そう」
そう言うと栄一は手を差し出し、それをハルカは額をさすりながらもちゃんと手を握った。ひょいと栄一は力を入れてハルカを起こす。
「うう……ひどいです、福田少尉」
涙目になりつつ上目遣いで栄一を見上げるハルカ。栄一は少し気まずそうに目をそらし、話題を変えるためか資料を持って立ち尽くしている少女の方を見た。
少女はそろそろ腕に限界が来ているのか、ハルカと同じように泣きそうな目で栄一を見上げている。
「あの……ぐすっ、通して……ううっ、下さい」
それを見た栄一は急いでハルカと一緒にドアから退く。少女はよたよたと歩き、机の前まで資料を持っていった――――が。
資料が重くて持ち上がらないのか、机の上に乗せられないようだ。必死に爪先立ちをして高さを合わせようとするものの机に乗せれそうではない。
見かねた栄一とハルカが手を貸そうとするものの、時すでに遅し。少女は爪先立ちからバランスを崩し資料の束が少女に襲い掛かる。資料は少女に倒れ掛かった後、辺りにバラバラと散らばっていった。
「あう……ううっ、う……」
本気でへこんでいる少女と一緒に栄一とハルカは急いで床に散らばった資料をかき集める。
「何をやっているんですか?」
そこをハッキネン大尉がやってきた。少女は顔をごしごしと拭くと資料をかき集める手を止め、ハッキネン大尉のほうを向いた。
「机に資料を置こうとしたら……バランスを崩して……資料を」
「資料はいいので自己紹介をしなさい」
そうハッキネン大尉に言われた少女は顔を手でいじくりまわし、なんとか無理やり元気な笑顔を作り、各国から召集されたウィッチ達の前、黒板の前に立つ。栄一とハルカはそれを見て席に着いた。
少女は一回大きく深呼吸をすると、先ほどの印象とは全く違った様子で口を開く。
「遠路はるばる、ようこそスオムスへ。各国からの義勇兵の皆様がたを歓迎します。えー……今日から皆さんと同じ空を飛びネウロイと戦うことになりました、エルマ・レイヴォネン中尉です。それで、あの……その、いわゆるですね」
ここまで話して少し恥ずかしそうにエルマはハッキネン大尉を横目で見ると、大尉はいいから早くという表情でエルマを見ている。
「自分でも恐れ多いと思うのですが、中隊長を……この義勇独立飛行中隊の……えっと、皆さんが所属する中隊の名前なんですけれどね。その、もっと可愛らしい名前がよかったですね、ペンギン中隊とか……な、なんてねっ!」
「アハハッ、ペンギンは空を飛べないネー!」
「あぅ、なんて縁起の悪いことを……せっかくの義勇独立飛行中隊の栄えある結成日に……」
リベリオンの少女に笑いながら指摘され、本気で肩を落とすエルマ。どうやら彼女はいらぬ努力と苦労を毎日しているようだ。
しかしその苦労を吹き飛ばそうとエルマはまた無理やり笑顔を作ると目の前のウィッチ達に言った。
「その、えっと、そういうことで私が中隊長やることになったので、その、皆仲良く頑張ろうねっ!」
最後はなんとか頑張って締めたと思ったエルマだったが、拍手のひとつすら起こらない。それを見たハルカと栄一が少し小さく拍手をした程度で、その後はただ空しくシンとした空気が漂うのみだった。何せ銀髪の少女はただしかめっ面をしながらエルマを見ているだけで、智子も似たような表情でエルマを見ており、本を読んでいた少女は未だに本を読み、リベリオンの少女は鼻歌交じりに爪を研いでいたのだ。
「うう……やっぱり、私じゃ無理ですよぅ、なんで私を中隊長に選んだんですかぁ……」
そう言ってハッキネン大尉に泣きつくエルマをハッキネン大尉は冷たく切り捨てた。
「他に余っているウィッチがいなかったからです」
「そ、そんなぁ……」
そのあまりの冷たさにエルマはがっくりと肩を落とす。しかしエルマは泣きそうになりながらも深呼吸をして頬をぷにぷにと捏ね繰り回すと何か自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「駄目よエルマ・レイヴォネン。泣いちゃ駄目なんだから。前向きに、前向きに……ポジティブシンキングポジティブシンキング……よしっ!」
そうつぶやくとエルマは笑顔でウィッチ達の方を向いた。どうやら無駄な苦労を背負っていった結果、立ち直りも早くなったようである。
「それじゃあ自己紹介いってみよう! まずは左端の人から!」
エルマが元気よく指差した先にはあの銀髪の少女が。少女は立ち上がると、淡々とした様子で口を開く。
「ブリタニア空軍所属、エリザベス・ビューリング。階級は少尉」
それだけを言うと少女―――ビューリングは席に着いた。エルマは少し拍子抜けした様子でビューリングに質問する。
「えっと……他には」
「他にはとは?」
上官を相手になんとも無愛想を通り越して失礼に値するのではないかといった様子のビューリングにエルマは若干戸惑いつつも質問に答えた。
「ほら、私達一緒の空を飛ぶなかよしさんになるわけですから! 色々と知っておいた方が……誕生日とか、血液型とか、好きな食べ物とか、趣味とか、好きな人がいるかいないかとか……」
少なくともそれなりに仲良くならないと分からないような、そんな類の、はっきり言ってしまえばどうでもいい例をエルマは挙げていく。見かねたハッキネン大尉がエルマに代わってビューリングに質問する。
「装備機は?」
「ハリケーン」
短めにそう言うビューリングにハッキネン大尉は
「いい飛行脚ですね」
とつぶやいた。
「ええと、では次の人っ」
エルマが次に指差したのはリベリオンの少女。少女はニコッと笑うと立ち上がった。
「リベリオン海軍から来ました、キャサリン・オヘア少尉デース! よろしくネー!」
無邪気な動作で手を振るキャサリンだが、おもむろに腰に手を伸ばすと、その無邪気さがかえって恐ろしく感じられるような物―――つまり、リボルバーを抜いた。
「ミーの特技はこれネー!」
腰駄目にして撃鉄を左手ではじく。それを見た栄一は瞬間的に伏せ、智子とハルカの二人を引っ張り無理やり伏せさせた。
「伏せろッ!?」
その瞬間、リボルバーが火を噴き、辺りに爆音が響く。他のウィッチ達も伏せていたため、無事なようだ。錯乱したのかと栄一は思わず護身用の拳銃を抜いた。
「オーゥ、大丈夫ネー! これ、空砲デース! 弾は入ってないネ! 安心するネー!」
そう笑うキャサリンに一同はホッと胸を撫で下ろすが、ハッキネン大尉は冷静な様子で黒板を指差す。
「黒板にいくつか大穴が開いているのですが」
それを見たキャサリンはまたさらに大きく笑い、あっけらかんに言い放った。
「ソーリィ! 間違えましたー!」
あきれ果てて物も言えない一同に代わり、エルマはキャサリンの隣にいる少女を指差した。
「え、えーい! 次! 次の人ッ! 矢でも鉄砲でも火炎放射器でもなんでもかかってきなさいっ!」
半ばやけくそ気味のエルマに指を差された少女は本を読むのをやめ、カバンを開けるとボロボロになったノートを手に取り、口を開いた。
「私はカールスラント空軍、ウルスラ・ハルトマン曹長です。カールスラント軍人のモットーは”すべて教科書から学ぶ”です。したがって私はこの『カールスラント空軍教範』に則って行動します」
どうやらウルスラが手に持っているのは『カールスラント空軍教範』だったようだ。ウルスラはエルマにそれを渡すと、エルマは少し困った様子でウルスラに話しかける。
「ここ……スオムスなんですけれど……」
それを聞いたウルスラは直立不動で答えた。
「私は、カールスラント軍人です。それはどこであろうと変わることはないのです。したがって、中隊長どのにはこれを熟読くださるよう、お願い申し上げます」
そこまで言われ、エルマはそのノート見てみるが、無論それはカールスラント語で書かれているため、全く読めなかった。エルマは悲しそうにカールスラント語に翻訳したスオムス空軍の教範を見つめる。むろん、ウルスラが読んでくれるはずもないだろう。
悲しそうなテンションでエルマは次の少女を指差した。ハルカだ。ハルカは立ち上がると少し緊張した様子ではあるが自己紹介を始める。
「は、はいっ! 扶桑皇国海軍所属、迫水ハルカ一等飛行兵曹です! 特技はお菓子作りで、お団子……えっと、お米の粉を固めたものでして、もちっとした食感のあるお菓子を作ります。趣味は弓道です、宜しくお願いします」
ハルカがそこまで言うと、エルマは号泣していた。どうやらハルカに感動しているようだ。
「まともな人……普通の人がいた……」
ここまでの発言でやっと、ハルカは自分がとんでもない場所に来てしまったということが分かった。
そんな中、智子は激しく苛立っていた。
―――なにここ、どうしようもない連中ばっかりじゃない。手柄を立てようにも仲間がこれじゃどうしようもない。
散々な感想だが、真実としか言いようがない感想だ。智子は何か良い方法は無いかと考えるが、やはり方法はひとつしかない。
―――変えるしかない。私が、こいつらを変えるしかない。せめて私の足を引っ張らないようにするまでに鍛え上げるのだ。
そう結論づいた智子をエルマは指差した。
「では、次の人……」
智子は勢いよく立ち上がる。この場の空気と主導権を把握しなければならない。
「扶桑皇国陸軍、穴拭智子少尉です。特技は格闘戦です」
全くもって他のウィッチ達が得意な軌道などを延べないことに苛立ちを覚えた智子にエルマはぱちぱちと拍手を送る。
「えー、この穴拭少尉はなんと扶桑海で七機も撃墜させたエースさんなんですね、頼もしいですね! 皆さんによろしく教えてあげてくださいね!」
「それは私に訓練を任せるということでしょうか?」
耳ざとく智子はエルマの発言に対しそう質問すると、エルマは少し戸惑いながらもハッキネン大尉のほうを見る。するとハッキネン大尉はいつもどおりの様子で
「いいんでないでしょうか。実戦を経験してるのは彼女だけのようですし」
「と、いうことなのでよろしくお願いしますね」
そうにっこりと笑うエルマ。訓練を任せると聞いた智子はそのまま強い語尾で口を開いた。
「では、このまま訓練を開始しましょうか」
突如の発言にざわめく一同。全員の意見を代表して中隊長であるエルマが智子に言う。
「えっと……いくらなんでも早すぎるんじゃ? それにほら、歓迎の席を用意しているので」
うろたえつつもそう言うエルマに対し智子は冷たい視線でスパッと切り捨てた。
「私に訓練の権限を任せるとおっしゃいましたね?」
「それは……そうですが」
「こうしてのうのうと歓迎の席でうつつを抜かしているうちにネウロイは刻一刻と迫ってきているかもしれないのですよ?」
「遠路はるばるやってきたのですし……」
「私達はネウロイと戦いに来たんです、手柄を立てに来たんです」
そう言い切って恐ろしい形相で睨んだ智子にエルマはビクッと怯えてしまっていた。
「では、決まりですね。全員外へ―――」
「その前にすまない。私の自己紹介が終わってないのだが」
智子の発言を栄一がさえぎる様に手を挙げた。突如のことに全員が今度は栄一の方に視線を寄せる。
「えっと、ではお願いします」
突如のことに戸惑いつつもエルマは栄一に促す。栄一はすっくと立つと毅然とした態度で口を開いた。
「扶桑皇国陸軍、福田栄一少尉だ。特技は剣道。それと―――」
一拍置いて、栄一はどこか少し自慢げに言い放つ。
「―――装備機体はキ27だ」
ここで、今度は全員が息を呑んだ。
いよいよ次回、福田少尉が本気を出しますね。
こんな風でも、あくまで福田少尉はただの一登場キャラなんです。主人公じゃないんです。と、言い張ったところで何の意味も無いとは思いますが。
とりあえず、この小説はゆっくりゆっくりとやっていきたいと思います。とはいえ、このシリーズ自体短いようにすると考えているので2ヶ月くらいで完結するとは思います。
gdgdする作品になるかもしれませんが、なにとぞ温かい目で見守っていただければ幸いです。