「――――全員集まって!」
空は灰色の雲で覆われ、凍てつく空気の中に智子の苛立った声が響く。気温は氷点下5度、体感温度は更にそれを下回る中とは思えないような調子である。智子の集合に全員は寒さに―――個人の差はあるが―――震えつつ整列した。そばでは整備兵が、それぞれが装備した飛行脚のエンジンの暖気を行っていた。
「しっかし、これはさすがに寒すぎネー! トモコ、後にしませんかー?」
震えたキャサリンがそう言うと、そばにいた栄一がたしなめるように反論した。
「まず寒さに慣れることが大事だろう。それに今回はそれぞれの機体がこの環境で無事に動作するか確かめる意味合いも強い」
「でも、寒いものは寒いネー」
ブルブルと震えながらキャサリンはそう栄一に訴えかける。栄一は、それに対してさらにたしなめるように話しかけた。
「すぐに終わるからそれまでの辛抱だ。終われば歓迎会が待ってるぞ」
「それまでの辛抱ネー……うう、辛いネー」
がっくりと肩を落とすキャサリンをみかねた栄一は智子に話しかける。
「穴拭少尉、先ほども言ったがあまり無茶をさせて怪我をさせないよう頼む」
それに対して智子はニッコリと微笑みながら言い放った。
「これは私が仕切る訓練です、部外者は口を挟まないで下さい。分かりましたか? 福田少尉」
栄一には、その笑みには”あまり私を怒らせない方が良い”といったものや”調子に乗ると刀の錆にするぞ”といったような随分と凶暴な意味があるように見えた。
そんな笑みに特に動揺した素振り見せずに、栄一はあきれた様子で智子に更に話しかける。
「まだ怒っているのか?」
それに対し、智子は苛立ちを隠さずに栄一に噛み付いた。
「決まってるじゃない! あんな大嘘ついて! 一瞬本当に驚いたのよ!?」
どうして智子が栄一に対してここまでの態度をとるのか―――。
話は少し前に巻き戻る。
※
「装備機体はキ27だ」
不適にニヤリと栄一は笑いながらそう告げる。一同は栄一の方を信じられないといったように見つめていた。しかし、智子だけは慌てた様子で栄一の肩を掴んで揺さぶりつつ口早に質問をし始める。
「ちょちょちょっと! どういうことよ栄一さ―――福田少尉! 説明しなさい! あ、ああ貴方私の従兵としてスオムスに来たんじゃないの!? ていうかありえない、魔力を持った男なんて―――」
智子に物凄い勢いでガクガクと揺さぶられつつも栄一はきわめて冷静に返した。
「いや、ありえなくはない。”昔は強力な魔力を持つ男性もおり、しばしば魔力を持たない女性と結ばれると女性はわが子に魔力を持つことを祈った”と正当な歴史資料書にも記されている」
「だとしてもおかしいわ! だって、貴方訓練とか―――」
そう智子が言うと、栄一は少し考え悩んだ後にしぶしぶと口を開いた。まるで何か重大な秘密を抱えているかのような様子だ。
「実際にはこれも喋らない方がいいのだろうが……まあいい。いずれ話せねばらないことだ。実は、扶桑皇国では男性版機械化航空歩兵育成計画があった。女子供を戦場に送るということが耐えられなかったんだろう」
「あったって……それじゃ」
智子のつぶやきに対し、栄一は短く「ああ」というと話を続ける。
「魔力を持つ男は現れなかった。よって、この計画自体ほとんど廃れていたんだが―――ある一人の男が現れた。その男は十分な魔力を保持し、極秘に陸軍はその男の事を研究し、開発を進めようとしていた。そしてその魔力を持つ男が……」
「福田少尉、貴方ということね」
智子はまるでおとぎ話でも聞いているかのような顔をしつつそうつぶやくと、栄一はそれに頷く。
「そういうことだ。そして、無事に育成は済んだものの実戦でこの男性版機械化航空歩兵が使えるかどうか、実用性を試すテストがまだ終わっていなかった。無論、大事な第一号を易々と失うわけにもいかない。そこで激戦区であるカールスラントではなく―――」
「ネウロイの侵攻が起こりうるスオムスに送ったと……?」
「そうだ。経緯は理解してもらえただろうか」
どこまでも真剣な様子で話す栄一の、信じられないようで、どこかきちんと筋が通っていると思える話に、誰もが夢でも見ているんじゃないかという表情で耳を貸し、すっかりと信じきってしまっていた。
あっけにとられる智子の方を栄一は向くと、しっかりと目を見て、真剣な様子で言い聞かせるように話しかける。
「穴拭少尉。今すぐに訓練をしたい気持ちは分かるが、落ち着いて欲しい。全員が全員、貴官も含め長旅で疲労しきっている。その中で無理やり訓練をすると体に不調をきたす者も出てくるだろう」
「え、ええ。そうね……」
突然の衝撃的な出来事に頭が混乱し、智子は栄一の言うことを言うがまますっかりと聞き入れ、頷くことしか出来なくなってしまっていた。
「とはいえ、いつネウロイが襲い掛かってきてもおかしくはない状態であることも事実だ。そこで、折衷案を出そうと思う」
「せ、折衷案……?」
「ああそうだ。まず機体の簡単な動作チェックやそれぞれの機体の特徴などを把握する程度で今日は勘弁してくれないだろうか。それと、中隊長どのをもう少し敬うようにはしてくれまいか。先ほどの行為はエルマ中尉に対して失礼だ。この二つは福田少尉としてだけでなく、福田栄一としての頼みでもある」
栄一がそう言うと、もはや智子は場の流れに任せるしかなくなったらしく、大人しくコクリと頷くことしか出来なかった。
「わ、分かったわ。約束するわ」
「本当だな?」
念を押してそう言う栄一に対し、今度はしっかりと返事をする。
「本当よ、巴御前の名に懸けて」
きっちりとその言葉を聞き遂げた栄一は、一同の方を向くと頭を下げ、頼み込むように言った。
「そういうことだ。遠路はるばる、疲れている所をすまないが少しだけ付き合ってくれるだろうか?」
それを聞いたエルマ中尉は「うわぁ、男性のウィッチと飛べるなんて凄いです!」と感動した様子で特に抵抗は無いらしい。他の面々も、頭を下げられたということで特に文句も言わずに参加を承諾した。
「それでは、行こうか」
栄一はそう言って席を立つが、智子はまだ先ほどの出来事がまだ信じられないのか放心状態になっている。
「穴拭少尉、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ……ええ、多分」
智子はそう言うとやっと放心状態から立ち直ったのか立ち上がると栄一に笑いかける。
「貴方と飛べるなんて思いもしなかったわ、福田少尉。貴方とはいいライバルになれそうね」
こんな風に笑う智子を栄一は久しぶりに見た。栄一もその笑顔に答えるべく笑って口を開く。
「ああ、そうなるといいな。ところで、飛ぶ前にひとつ言っておきたいことがある」
「何かしら?」
智子はこれから共に飛ぶ仲間を爽やかな笑みと共に見つめる。その様子は、先ほどの無理やり訓練を始めようとした時の雰囲気がまるで嘘のように思えるほどだ。
そんな智子の様子を見て、栄一は真面目な様子で、いつも以上に真剣に口を開いた。
「先ほどの……扶桑皇国の男性版機械化航空歩兵の話だが―――全くもって根も葉も無い嘘だ」
「「「「「「えっ?」」」」」
智子だけでなく、楽しそうな気分ではしゃいでいたエルマやキャサリン、果てはビューリングなど、ほぼ全員がまったくもって同じタイミングで気の抜けた声を出し、栄一の方を揃って向いた。それでも栄一はお構い無しといった様子で話を続けた。
「よって、私は機械化航空歩兵ではないし、飛行脚で飛べるわけもない。第一そんな計画があったとして、スオムスにそんな軍の機密を派遣して外部に漏らすわけがない」
それを聞いたエルマががっくりとした様子で栄一に言う。
「そ、そんなぁ! じゃあさっきのは嘘だったんですかぁ~……」
「中尉どの、口から出任せにあのようなことを申し上げたこと、確かに許されざることでしょう。しかし、これには深いわけがありまして……」
落胆しているエルマの前で片膝をつき、弁明をしはじめる栄一。そんな栄一の後姿を見つつ智子は現状の把握をしようと脳をフル回転させていた。突如のことで智子は脳をフル回転させても何がなんだかよく把握できていなかったが、これだけは理解が出来る。
―――つまりは、あの堅物バカ真面目人間はどうしようもない嘘をついたのだ。しかも、私がせっかくこの場での主導権を握った直後に。
それが分かった瞬間、無意識に智子は愛刀である備前長船を手に取ると、つかつかと栄一に向かっていく。
「こっ……このっ……こんのぉぉぉぉ……!」
ぎりぎり智子の自我が鞘から抜くことをさせずに、栄一の脳天へと智子の刀が襲い掛かる。しかし、これを栄一はエルマを抱きかかえ、寸でのところでかわした。
「穴拭少尉! 血迷ったか! よりによって上官に手を上げるとはどういうことだ」
「うるさいっ! この真面目な場で職務中にくっだらない嘘をついてっ……。その根性叩きなおしてくれるわ!」
そう言いながら智子は容赦なく栄一を袈裟斬りにしようとするが、これまた寸での所で栄一はかわし、自らの刀を手に取る。
まずはこの錯乱した智子を無力化する必要があるという結論に落ち着いた栄一は、智子との負ければどうなるか分かったものではないチャンバラバトルを始めた。
※
―――その後、死闘に渡る死闘を繰り広げた二人は、なんとかエルマ達が無理やり押さえ込むことに成功し、結局智子はこの苛立ちを何処かへ発散することができずに結局訓練にぶつけることにし、現在に至る。
「大体っ……福田少尉! なんであんなどうしようもない嘘ついたのよ!?」
「なぜそうしたか? 決まってる、ああでもしないとお前は私の言葉すら聞き入れないだろう?」
遠慮なく噛み付いた智子はそうあっさりと栄一に言われ、一瞬言葉が詰まった。それを見逃さなかった栄一はどんどん言葉を並べ立てていく。
「第一、いきなり訓練をするといって全員の反感を買ってもおかしくない。もし無理やり訓練をさせて長旅で疲れが溜まった者の体が不調をきたしたら、事故が起きたらどうする? その場合の責任を穴拭少尉、貴官は取れるか?」
「うっ……そ、それは……」
「大体、なんだ先ほどの中尉どのへの態度は。上官に対して普段から貴官はあのような態度を取るのか?」
智子が反論する前に次々と栄一はまくし立てた。とうとうその勢いに折れてしまった智子は観念したように叫ぶ。
「ああもう、私が悪かったです! 中隊長どの、先ほどの無礼をお許しください!」
しかし栄一はそれでもまだ許さないのか、智子を追い詰めるように平然と言い放った。
「声を荒げて許しを乞うのが扶桑式の謝罪ではないだろう」
「―――っ! ……っ! ~っ!」
こめかみに青筋が浮き出るのではないかというほどの形相で栄一を睨む智子に、ほとんどその場にいた面々はこれ以上は危ないのではないかと若干の危機感を覚えたが、予想に反して智子は深呼吸を一回するとエルマに対して素直に頭を下げた。
「先ほどのご無礼をお許しください、中隊長どの」
「き、気にしてません! 大丈夫ですっ少尉どの!」
もはやどちらが上官なのか分からない調子でエルマはあわあわと智子に話しかける。どうやらよほど先ほどの智子の顔が恐ろしかったようだ。
智子は頭を上げると若干不機嫌になりつつも栄一の方を見る。
「これで満足かしら? 福田少尉」
「ああ、十分だ。俺から言えることは何もない。疲れた体にあまり無理はさせるなよ……貴官等だけが頼りだ」
「言われなくても分かってるわよ」
そう何度か軽いやりとりを智子と交わすと栄一は離れていった。栄一はその際、エルマに対してこっそりと耳打ちをする。
「中尉どの、穴拭少尉は場の流れや雰囲気で押される事に弱い。場の流れをこちらが掴みさえすれば、先ほどの様なこともしないでしょう。自分は、中尉どのならば穴拭少尉のようなじゃじゃ馬をしっかりと指揮に従わせることは可能だと踏んでおります」
それだけ言うと栄一は智子達から離れ、近くのハンガーへと歩いていく。
一方、耳打ちをされたエルマは「私にできるかなぁ……」と一人ごちていた。
※
栄一がハンガーにたどり着くと、そこにはハッキネン大尉が居る。彼女はおもむろに栄一の方を見ると歩み寄ってきた。
「大尉どの、自分に何か御用でしょうか」
ハッキネン大尉は先ほどとまったく変わらない表情で栄一に話しかける。
「よく考えられた嘘でしたね」
「……はて、大尉どの。自分は口からでまかせに言ったつもりでしたが」
「では、これは私の妄想です。仮にあの時あの場で誰もあのような嘘をつかなかったら。そのまま訓練は始まり、穴拭少尉によからぬ印象を持つ者も出たでしょう。これから共に戦う部隊としての出だしは最悪になりますね」
「…………」
栄一はハッキネン大尉の話を黙って聞く。ハッキネン大尉は相変わらずの表情でそのまま話を続けた。
「そこで、誰か……そうですね、穴拭少尉の身を案ずる人物は嘘をつき少尉を怒らせることにしました。いえ、この場合怒らせるのならなんでもよかったのでしょう。そうすれば、いくら少尉が彼女達を厳しく訓練しようとも、そもそも訓練をしようといった穴拭少尉ではなく、穴拭少尉を怒らせ訓練を厳しくさせた福田少尉、貴方自身に彼女達の不満が向けられる筈です」
ハッキネン大尉がそこまで言うと、栄一は口を開こうとするが、ハッキネン大尉はそれをさえぎる様に「そして」と言うと更に話を続ける。
「驚くべきことに貴方はその嘘で穴拭少尉をやり込め、その場の主導権を瞬時に握りました」
「なるほど、確かにそういった見方もできるかもしれません。しかし……」
そこまで言うと、栄一はハッキネン大尉を見据えるとゆっくりと口を開く。
「なぜそれを自分に申し上げたのでしょうか」
ハッキネン大尉は、どこまでもあくまでも変わらない、冷たい氷の様な表情で栄一の質問に答えた。
「貴方のような機転の利く、優秀な陸軍士官が派遣されたことを私個人としても喜ばしいことだと思っています」
ハッキネン大尉の、どこまでも変わらない氷のような表情とその態度に栄一は食えない上官だ、と思いつつ一礼する。
「お褒めに頂き有難く思います。ご期待に沿えるよう努力していく所存であります」
そして栄一はハッキネン大尉から離れようとすると、ハッキネン大尉はつぶやくように栄一に言った。
「ただ、疑問に思ったのは―――なぜ穴拭少尉はあの嘘を鵜呑みにしたか、です」
栄一は、振り向きざまにハッキネン大尉にこう一言告げると、ハンガーを後にする。
「それは、自分にも分かりません」
※
「でもでも、穴拭少尉はなんで信じたんですか? 少尉が信じたからてっきり本当のことだと思っちゃいました」
栄一が離れた後、エルマはさっそく栄一に言われたことを実践してみようと多少苛立っている智子にそう話しかけてみた。
智子が一度ギロリとエルマをにらむように一瞥すると、エルマは「ひっ」と怯えたように立ちすくんでしまう。しかし、智子はそれだけでハァ、とため息をついた。どうやら先ほどの嘘と栄一とのチャンバラで気疲れしているらしい。そのまま智子はしぶしぶと口を開いた。
「ありかねないのよ……福田少尉なら」
「福田少尉が、ですか」
「そう。人呼んで”不死身の福田”とか言われてるくらいなのよ」
それを聞いたハルカは、何か思い出したように智子の話に便乗する。
「あ、私もちょっと噂を聞いたことがあります! 陸軍には不死身の人間がいるとか」
ハルカの発言を聞いた智子は頭を抱えるように口を開いた。
「そう、それよ。訓練中の事故で手榴弾が至近距離で爆発しても、子供を庇ってトラックに轢かれて腕の骨が折れても、翌朝には元気に木刀振り回してるのよ! 結局骨折が数日で治ったり、火傷も切り傷もどんな負傷してもすぐに傷がふさがって、あまつさえも本人が”気合いと根性があれば治らない傷はない”なんて言い出したから”医者要らず”とか”精神論体現者”とか言われるくらいで、冬場に難破した船から何往復も泳いで人を救助するくらい色々とおかしいのよ」
「それは……なんというか、随分体が丈夫なんですね」
「あれが丈夫で済まされるなら私たちウィッチは虚弱体質ね……」
そう言ってため息をついた智子にエルマは質問を投げかけた。
「で、でも魔力は男性には無いんじゃ」
「魔力があると考えた方が合点がいくのよ……。荒れた海を何往復も出来る異常な体力と、さらに人命救助をこなせる異常な筋力に、異常な自治癒能力。どれもこれも異常だらけでむしろ魔力で説明しないと私の常識がおかしくなりそう……」
よほど常識では考えられない出来事を見てきたのか、智子はそのまま大きくため息をついたが、無理矢理気持ちを立て直すと真剣な表情に戻り、エルマ達の方を向いた。
「ともかくおしゃべりはここまで。今回は貴方達の実力もある程度測ります!」
先ほどとは打って変わって智子は魔導エンジンを発動させると巴御前の表情へと変わった。
※
いかに従兵といえど、それ以前に智子と栄一は男と女だ。よって智子と栄一の部屋は当たり前ではあるが別々だが隣同士という割り振りになっている。
荷を一通りほどいた栄一は次に一通り基地を見て回ることにした。
弾薬庫、対空砲の設置場所、バンカー、基地本部を見て回っているとハッキネン大尉とばったりと出会った。
すかさず敬礼をする栄一にハッキネン大尉は同じように敬礼を返すと、ハッキネン大尉が口を開く。
「基地を見て回りたいのでしたら見取り図が要り様でしょう、こちらへ」
返事をする間もなく歩き出した彼女の後を栄一は付いていく。倉庫と思しきところに入ると、大尉は一つの地図を手渡す。
「基地とこの周辺一帯の地図です。大まかにですが基地内も描かれていますので」
「恐縮であります」
敬礼をして受け取ると、ハッキネン大尉は、ではこれで、と言うとそのまま行ってしまった。栄一は一旦部屋に戻ろうと外に出ると、何やら外が騒がしい。
音のする方向を見てみると、飛行場の方でウィッチたちの人だかりができていた。
「まさか……な」
ひとかどの不安を覚えた栄一がよくよく目を凝らして見てみると、その不安は的中したらしい。どうやら智子ともう一人のウィッチが真っ向から対立していた。しかもどうやら遠目で見る限りでは空気がだんだんと悪くなってきているらしい。
「まずいな……」
自然と足取りは早くなっていった。飛行場まではそれなりに距離があるが、栄一はそれも気にせずに走り出した。
「穴吹少尉!」
栄一がそう叫びながら智子の元へとたどり着くと、彼女は激昂とまではいかないものの、険悪な表情で相手を睨みつけていた。
智子と相対しているウィッチは金髪の髪をなびかせて、いかにもお嬢様といった風貌で智子を見据えている。
「どうした、トラブルか?」
栄一の問いに智子が答えようとする前に目の前に居るウィッチが口を開いた。
「あら、あなたが噂の上官に暴力を振るったとかいう野蛮な男性ですの? なんでも女性関係のもつれだとか……ああ、汚らわしい! くれぐれも私の”
突然身も知らぬ女性にののしられた栄一は状況が呑み込めずに呆気に取られるばかりであったが、智子はそうではなかった。
「ッ! この―――!」
智子の大きく振り上げた平手が目の前のウィッチに振り下ろされようとしたその瞬間、栄一の腕が智子のか細い腕を掴む。
「栄一さん、放して!」
智子は栄一を必死に振りほどこうとするが、栄一は彼女の目をしっかりと見つめながら穏やかに口を開いた。
「いざこざを起こすんじゃない」
ほんの数瞬の間であるが、二人はそのままお互いを見つめ合う。やがて智子が根負けをしたかのようにはあ、とため息をついた。
「分かりました。ご無礼をお許しください、大尉どの」
智子がそう言いながら頭を下げると相手のウィッチも納得したらしい。満足そうに笑いながら
「分かればよろしくてよ」
そう言いながら高笑いをしている。
智子から目の前に居るウィッチが大尉であると聞いた瞬間に栄一はすぐさま敬礼をした。
「これは、穴吹少尉が失礼いたしました大尉どの。自分は福田栄一少尉であります」
「ふぅん……目上の者に対する心がけはこちらの方が上なのね? まあ、いいですわ。わたくしの名前はミカ・アホネンですわ」
そう自己紹介したアホネン大尉の言葉を聞いた栄一は、突如海水を満杯まで取り込んだトラフグの様な顔になると、くるりとアホネン大尉に背を向けて口に手を当てると小刻みに肩を震わせる。
栄一のその態度にカァ、とアホネン大尉は顔どころか耳まで紅く染めると栄一の背中を睨みつけた。
「あ、あなたまでなんですの!? このわたくしの名前のどこがおかしいのよ!」
「くくっ……はっ、いえこれは……ぷっ、ぷすっ……」
栄一は必死に笑いを堪えようとしているものの、もはや自分の意志でどうこうできる程ではないようだ。それを見た智子も意趣返しといった様子でクスクスと笑っている。
しばらくして、何とか笑いを堪えた―――といってもたまにクスッと笑ってしまうが―――栄一は至極真面目な表情に戻すと、咳払いで誤魔化しながらアホネン大尉の方へと向き直った。
「大変失礼しましたア―――大尉どの。我々日本人にとって大尉どのの名前はいささか衝撃的すぎまして……ひらにご無礼をお許しください」
頭を下げたものの、さんざん笑いのタネにされたアホネン大尉の腹の虫はその程度では収まるはずもなかった。
「そんな謝罪でわたくしが納得すると思って!? この場でわたくしを笑いものにしたことにどう落とし前をつけてくれるのかしら!」
「は、つきましてはまず大尉どのの名前が我々にとってどういう意味であるかというのをご理解の上、弁明とする所存であります」
そう言いながら栄一がアホネン大尉の耳元に寄ろうとするが、アホネン大尉はそれを嫌がる。仕方なしに栄一はいつもと変わらぬ様子で口にした。
「とどのつまり、われわれにとって大尉どのの名前は―――”私はアホの子のミカです”という意味であります」
―――この時一瞬、空気が周囲よりも-1度ほど低くなったのをエルマ中尉は感じたという。
「あっはっはっはっは! ミカはアホの子ねー!」
突如としてこの空気を打ち破るがごとく、キャサリンが大声を出して笑い転げる。これがアホネン大尉にとってとどめの一撃となった。
「……ぐすっ」
顔は今まで見たこともないほど朱く染まり、目には涙を浮かべたアホネン大尉はもはや栄一をにらみつける気力もなくしたのか、大勢の”
「……福田少尉、本当に最低ね」
先ほどまでアホネン大尉に対して敵意を抱いていた智子でさえも栄一に対して侮蔑の視線を向けている。栄一はそれを”やってしまった”と顔面を真っ青にしながら冷や汗を流しながら受け、ツボにはまったのか、まだ腹を抱えているキャサリンのよく通る笑い声は空高く響き渡った。
こんにちは、どうもお久しぶりです。
随分と長い間未更新でしたがなんとか最新話を投稿できました。去年は忙しかったりしてまったく更新できなかったので今年はなんとか頑張りたいですね。
なお次回の更新は未定です。それでは皆さんまた会う日まで。