人間と異形と狂気の狭間   作:sterl

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天使

 テレビを通してもなお生々しい狂気。それは、蓮太郎をテレビの前で放心させた。或いは10年前の災害以来か。

 

 

「死んだ……のか?」

 

 

 それを蓮太郎が認識した頃に、ようやく放送事故時のテロップが流れ始める。その狂気に見入るのは、テレビの裏側を担う者でも同じだった。

 

 蓮太郎はテレビを消し、延珠を起こさぬよう最小限の音で銃の手入れをした。安全装置(セーフティ)を確認し、動きやすい服に着替える。

 

 最後に、書き置きを残すと音を立てないように玄関を出た。自転車を道に出し、跨がる。

 

 

「何が、俺にできるって言うんだ……?」

 

 

 浮かび上がった疑問を晴らすように、蓮太郎は自転車を走らせた。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

「思ってたよりもドデカイのが来たんだが?」

 

「わたしは知ってましたよ?」

 

 

 緊急速報(ニュース)は、わたしの予想通りゾディアックガストレアの訪れを告げるものでした。水面に出たことにより、離れているはずのこの位置でもその気配を感じることができます。

 

 それにしても妙ですね。緊急速報(ニュース)が始まったのは気配の出現と同時。普通ならゾディアックガストレアが表れてから気づくまでにもっと時間がかかる思うのですが……。気にしていても仕方ありませんか。

 

 

「使うのか?」

 

「そうですね……1割で使います」

 

 

 わたしの言葉を聞き、半腰だったのを座り直した陸さんに対し、わたしは立ち上がりました。

 

 

「どうしたんだ? 1割ならまだ何もしなくていいだろ」

 

「別件です。彼らも、恐らくは動き出していますから」

 

 

 陸はなるほどと言って立ち上がりました。

 

 

「その別件が終わったら起こしてくれ」

 

 

 一瞬、一緒に来るつもりかと思いましたが、そんなことはありませんでした。陸さんは陸さんです。わたしが眺めている間にも、陸さんは2階へ上っていきました。

 

 テレビや電気を消して外に出ようとしたとき、自動ドアの外の人影が目に入りました。この時間帯は内側からしか開かない設定になっている自動ドアをくぐり抜け、その人影と対面します。

 

 

「昨日は私の仲間が世話になったようだね」

 

「会いに行く手間が省けました、影胤さん」

 

 

 わたしと並ぶと、それこそ月を覆い隠すほどの長身の男は、わたしの顔を覗き込み言いました。

 

 

「一つ、手伝って貰おうと思うのだが」

 

「お断りします」

 

 

 不意を突いたハイキックで首を狙った……つもりでしたが、影胤さんの頭を刈り取る前に透明な壁に阻まれました。一種の金属音のような、甲高い音を響かせて左足が宙に止まりました。

 

 ステージⅣなら一撃で殺せる程度の力を込めたのですが、少し残念です。

 

 

「ヒヒヒッ、血気盛んなようで何よりだ」

 

「音がうるさいですね。場所を変えましょう」

 

 

 わたしがそう言うと、影胤さんは踵を返して歩き始めました。

 

 

「なら案内しようと思っていた場所がある。ついてきたまえ」

 

 

 影胤さんに従うのは釈然としないですが、言う通りにしましょう。このままここで戦っては近所迷惑になりますし、そもそもわたしが提案したことです。

 

 元よりわたしが欲しいのは情報です。そのためには、影胤さんの脳さえあれば充分。新鮮な脳さえあれば、ガストレアウイルスを操作できるわたしにとって、脳神経から記憶を読み取るのは簡単なことです。

 

 つまり、どこで戦っても影胤さんを殺せるのなら結果は同じです。

 

 

「殺気が凄まじいねぇ……ヒヒッ」

 

 

 影胤さんが歩く速度を速め……いえ、走り始めました。殺気から逃げているとでも言いたいのでしょうか? 地面を蹴るたびに青白い光が輝いているので、輝く壁を作る妙な能力を使って走っているのでしょう。

 

 今思えば、初めて会った時にも、ビルが壊れる寸前に生じた亀裂から青白い光が漏れていました。あれも影胤さんの持つ謎の能力によるものなのでしょう。あまりにも汎用性の高い能力です。

 

 それにしても、随分遠いですね。影胤さんは飛行機程度なら軽く追い抜かせる速度で走っています。モノリスの外にでも向かっているのでしょうか?

 

 

「どこへ向かっているのですか?」

 

「もうすぐだ」

 

 

 と言っている間にもモノリスを通り過ぎました。そして更に1キロほど進んだ所で、影胤さんはようやく止まりました。

 

 

「ではやりましょうか」

 

「相手になろう。私ではなく、我が天使がね」

 

 

 死角から突然の殺気。背後から首を狙う刀を、屈んで躱します。直後跳躍。離れた位置に着地して、襲撃者の姿を確認します。

 

 それは少女でした。ウェーブのかかった黒い短髪。真っ黒なドレスにはフリルがついていて、腰には左右それぞれに計2本の刀を差しています。

 

 蛭子小比奈。紛れもない見知ったその姿ですが、大きく変わっていました。

 

 背中にはコウモリのような皮膜の大きな翼を携え、腕や首元など目に見える部位の白い肌には、まるで血管のように緑の線が張り巡らされていました。

 

 

「むぅ、パパァ、やっぱり当たらないよ」

 

 

 そして、その最たる変化は、小比奈さんから放たれる殺気と剣速。

 

 

「ふむ、それは力を完全に発揮できていないからだろう。小比奈の力は神にも及ぶと、彼らからのお墨付きもある」

 

 

 殺気は前に戦った時よりも鮮烈になり、その剣速も比べ物にならないほど速くなっていました。

 

 

「小比奈さんはどうなったのですか?」

 

「紹介が遅れたね。彼女は新宇宙創造計画被験体α(アルファ)、蛭子小比奈だ」

 

「新宇宙創造計画?」

 

 

 聞いたこともありません。ですが、ろくでもないものだということはわかります。

 

 

「フフフ、まだ詳細を知る時では無いよ」

 

 

 知る時では無い……ですか。後で殺して奪えばいいだけなので、問題はありませんね。

 

 

「さて、本題と行こうか」

 

 

 影胤さんは小比奈さんに歩み寄り、その頭に左手を軽く乗せました。

 

 

「小比奈と存分に殺し合ってくれたまえ」

 

 

 小比奈さんの頭から影胤さんの手が離れた瞬間、小比奈さんが突進してきました。右から横薙ぎに振るわれた刀を体を前転するように丸めて飛び越え、続けて斬り上げられた刀の側面に手を添えて乗り越えつつ、右足で小比奈さんの右側頭部を蹴り抜きます。

 

 わたしに蹴られた勢いのまま派手に吹き飛んだ小比奈さんでしたが、背中の翼を広げて体勢を整え、虫の羽音のような音を引き連れて低空飛行で再び突進して来ました。

 

 飛行する速さをそのままに迫る突きを右にステップして躱しやり過ごします。わたしを通り過ぎた小比奈さんは、空中でUターンしてまた突進してきました。

 

 何度も繰り返される突進を回避し続けると、小比奈さんは突進攻撃を諦めたのか、両足を地につけ擦過音を立たせながら着地しました。

 

 

「見えた。アイノはすごく強い」

 

 

 小比奈さんが嬉しそうに口元を歪めたその直後、地を蹴って跳躍しつつコマのように回転して斬り込んできました。背後に倒れて回避しつつ小比奈さんを蹴り上げようと思いましたが、足を振り上げようとしたときにはそこに小比奈さんはいませんでした。

 

 

「モデル・シェル!」

 

 

 気づいた時には背後に回っていた小比奈さんの振り下ろした刀を、貝の因子で硬質化させた腕を頭上で交差させて受け止めます。ですが、続けて繰り出された回し蹴りを回避することはできず、背中に鈍い痛みを感じながら体が宙に舞いました。

 

 地面に墜落する直前に地面に手を着き、何度かバク転をして勢いを殺します。わたしが着地するまでの間、小比奈さんは爛々と輝く目でわたしを見ていました。

 

 ……釈然としませんね。

 

 

「小比奈、そろそろその刀を使ってみなさい」

 

「わかった」

 

 

 小比奈さんは虚空で刀を振りました。その動作がトリガーとなっていたのか、刀がバチバチと音を立てて発光しました。まるで、刀が雷を纏ったかのようです。

 

 その場から動かず、小比奈さんはわたしに斬りかかるときのように三度、刀を振るいました。刀の切っ先から雷の刃が飛び出し、わたしに迫ります。

 

 1つ目は目視で回避し、2つ目は先程の小比奈さんの刀の軌道から予測して避けられました。しかし、軌道が普段のわたしの動体視力で見えないほど高速で振るわれた3つ目を避けることは(かな)わず、ふとももにその一撃を受けてしまいました。

 

 服の繊維と肉が焼ける臭いが充満し、感電の影響で一時的に体が全く動かなくなりました。その間にも追加の雷の刃と小比奈さん自身が迫って来ますが、かろうじてアメーバの因子の解放が間に合い、スライムのような半液状になり回避しました。

 

 小比奈さんの足下を通過し、1つだけ残した赤目で小比奈さんを見据えながら肉体を再構築します。1度肉体を細胞レベルに分解したおかげで、先程受けた傷は無くなりました。しかし、アメーバ状になる際に服は置いてきてしまったので、いつものことながら全裸です。いっそのこと服は要らないのではないでしょうか?

 

 と、無意味なことを考えている暇はありません。考えている間にも小比奈さんは攻撃してきます。肉体を再構築する際に猫や鳥類などの動体視力あるいは視力が良い動物の因子をあらかじめ解放しておいたので、動きを完全に見切り回避して、小比奈さんから大きく距離を取りました。

 

 

「思っていたよりも強いですね。油断しました」

 

 

 小比奈さんは足に力を込めましたが、影胤さんは手で制しました。

 

 

「当然だ。小比奈は彼らの技術で変異し、ゾディアックガストレアさえ凌駕する存在となったのだから。最も、本人もまだその力を扱いきれていないようだがね」

 

「つまりわたしは、小比奈さんの力を引き出すための練習台ということですか?」

 

「……この場はイエスと答えておくよ」

 

 

 なるほど、要するにこのまま戦ってはいいように利用されるだけということですね。少なくともこの状態のわたしでは戦闘が長引き、小比奈さんが力を使うことに慣れてしまいます。

 

 なら、やることは1つです。

 

 

「あまり、舐めないでください。……モード・エンジェル」

 

 

 前傾姿勢になり、指先を地に着けて一息。

 

 背中の肩甲骨の付近から急速に生えた白銀の羽はうねるように天を突き、わたしの身長ほどもある翼が2枚、生まれました。

 

 全身を長さ2、3ミリほどの透明な産毛が覆い、月光に照らされてわたしの体が白銀に輝きます。体を起こし翼を広げると同時に、白く煌めく粉が周囲に漂いました。

 

 体の内側では血流や筋肉量が増加し、元々赤かった目の輝きが強くなります。今のわたしの姿を表現するなら、白銀の天使でしょうか。飛ぶことが好きなわたしの、本気の飛行形態です。

 

 加速した血流に比例して速くなった呼吸を深く息を吸って整えます。

 

 

「……いきます」

 

 




Tips

新宇宙創造計画被験体α

 肉体に他生物の要素を埋め込まれた蛭子小比奈。黒の天使。
 新人類創造計画が人と機械の融合であるなら、新宇宙創造計画は人と神話生物の融合である。


モード・エンジェル

 天使の如き神々しさを身に纏ったアイノ・クラフト。白の天使。
 空中戦闘、主に格闘戦に特化した形態だが、アイノにとって戦闘が(こな)せることは前提であるため飛行専用の形態としている。

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