人間と異形と狂気の狭間   作:sterl

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冥い夜

「いきます」

 

 

 前に走ると同時に飛翔。地面を蹴った勢いと羽ばたいた勢いを合わせて2メートルほど飛び上がり、滑空。刀を構える小比奈さんに突撃します。

 

 当然小比奈さんはカウンターを狙って踏み込んで来ましたが、予想通りです。1回だけ羽ばたいて体勢を整え、雷とともに迫る刀を左から蹴りつけます。もちろん全身に流れる電流が筋肉を硬直させますが、遠心力を残してその場で駒のように回転し、かかとが小比奈さんの側頭部に命中します。

 

 小比奈さんがのけ反り刀がわたしの足から離れ、硬直から解放されました。その瞬間を逃さず小比奈さんの足下に急降下し、小比奈のお腹をまっすぐ蹴り抜きます。

 身体が浮かび上がった小比奈さんに起き上がりつつの回し蹴り。数メートル吹き飛んだ小比奈さんを追いかけてボディブロー。上方向にジャンプして膝蹴り。小比奈さんの腰を掴んで投げ飛ばし、空中で回し蹴り、ハイキック、かかと落とし。落ちていく小比奈さんを追いかけ、頭上へと投げ飛ばします。

 

 最初こそは羽を使って体勢を整えようとする様子も見られましたが、攻撃を続けていると、もう気絶したようです。最後に全力のかかと落としで、地面に落としてフィニッシュです。相手が悪かったですね。

 

 砂埃と銀の鱗粉が舞う中、地上にいるはずの影胤さんを探します。砂埃が徐々に晴れ、銀の鱗粉が減って視界が明瞭になります。……ですが、視覚、嗅覚、聴覚、その3つをフル活用して探しても見つかりません。

 

 せめて小比奈さんだけは持ち帰ろうと地上へ降りると、地面に叩き落とした小比奈さんの姿はすでに消えていました。地面にクレーターができているので、ここに落ちたのは間違いありません。

 

 してやられました。影胤さんはわたしが小比奈さんを相手にしている時、すでに逃げる準備をしていたのでしょう。もう少し影胤さんに気を配るべきでした。

 

 影胤さんを見つけ出すのは少し厳しいでしょうか。砂埃に紛れていたとはいえ、わたしに気づかれず小比奈さんを連れ去るだけの能力があるのです。既に逃げた後では尻尾を見せることも無いでしょう。

 

 時間は体内時計で深夜一時といったところでしょうか。獲物の到着まであと六時間程度ですかね。少し早いですが、観測を始めましょう。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 編隊を組んで東京エリア上空を飛ぶ戦闘機。目標は東京湾。厭に目につく民間の報道ヘリを横目に、追い抜いて行く。

 

 

「……妙だな」

 

 

 この部隊のリーダーである男は、奇妙に感じていた。なぜ、我々より先に報道機関が動けているのか、と。

 

 自衛隊のレーダーが海の底を這うもの(スコーピオン)を捉えるのとその出現を伝える緊急速報が流れ始めたのは、全くの同時だった。加えて、最も早い報道ヘリはその1分後に海の底を這うもの(スコーピオン)と接触したのである。

 

 

(報道機関に連絡したのが聖天子様だというのが真実なら、なぜ自衛隊より報道機関を優先した?)

 

(そもそもなぜ、目標の出現時刻が判った?)

 

 

 リーダーの男は深く考え込んでいたが、戦闘機のレーダーに写った目標を確認すると考えるのをやめた。

 

 部隊の仲間への号令とともに海の底を這うもの(スコーピオン)へと接近する。そして暗闇の中、その姿を捉えた。

 

 海面から表れるあまりにも巨大な体躯に、幾多の赤い目と名前の由来にもなった鎖鎌。そして、周辺の海から立ち並ぶ無数の触手。かつて世界を滅ぼした《天蠍宮(スコーピオン)》とはどこか異なる、しかしそれは、紛れもなくゾディアックの再来であった。

 

 戦闘機は攻撃を開始した。重い炸裂音が断続的に響き、或いは鮮やかな光が爆音を伴って海の底を這うもの(スコーピオン)を襲う。

 

 しかし、海の底を這うもの(スコーピオン)の歩みが止まることは無かった。それどころか、あまねく攻撃を意に介した様子も無く、反撃の素振りすら見せない。

 

 その時、海の底を這うもの(スコーピオン)を見ていたリーダーの男に悪寒が走った。直感から即座に退避するよう指示を出す。

 

 高度を上げていくリーダーの戦闘機。彼の目に映ったのは、指示と異なる動きを取る2機の戦闘機だった。軌道を変えることなく高度を落とす2機の戦闘機は、呼び掛けても応答はなく、次の瞬間。

 

 1機が海面に衝突し爆発四散。もう1機も片翼を海面に擦りながら着水し、やがて水没した。

 

 直後、リーダーの耳に飛び込んだのは体調不良を理由に撤退を求める仲間の震える声。彼にはそれに応える他、選択肢が無かった。

 

 自衛隊の攻撃はまるで通用せず、2人の死者を出しその部隊は撤退した。その後攻撃を行った部隊も原因不明のまま数人の死者を出し続け、体調不良を起こさなかった者だけで組まれた部隊による攻撃も無為に終わった。

 

 その戦いに参加した者は後に、まるで壁に発砲しているのと同じだったと語る。とてもただの人が太刀打ちできるような存在では無かったのだ。

 

 それは、終焉の始まりだったのだから。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 蓮太郎は、自分がなぜそうしているのかも分からないまま海岸にいた。影胤とは深夜の公園での一件以来、一度たりとも会っていない。蓮太郎を突き動かす衝動がなにか、それは彼自身にも分からないことだった。

 蓮太郎は自分がゾディアックを倒せる実力者だとは夢にも思わないし、ましてやこの蓮太郎は東京エリアの英雄(ヒーロー)でもない。小さな民間警備会社の一人の民警にしか過ぎないのだ。

 

 ある種の不安なのだろうか。唯、影胤の『星辰は既に揃っている』という言葉が耳にこびりついて離れなかった。

 

 だが、ここに延珠を連れて来なかったのは僥倖だったと言えよう。

 

 この海岸は、モノリスのちょうど中間にあることも作用し蓮太郎以外に人の姿は無い。海の底を這うもの(スコーピオン)の進行方向を把握している者からすれば、この海岸で海の底を這うもの(スコーピオン)を待つのはあまりにも馬鹿らしいことだ。

 もちろん蓮太郎に海の底を這うもの(スコーピオン)の進行方向を知ることはできない。自衛隊の攻撃による光で辛うじてその所在を知ることのできる程度で、彼は彼なりに海の底を這うもの(スコーピオン)の上陸する場所を予測しここまで自転車を走らせたのだ。

 

 それは運命の、或いは星辰の導きだったのだろう。

 

 暗闇の中、蓮太郎は爆撃による光の他に、光るものを見た。それは、海の上に漂い、爆撃の光を反射して輝いている。それがいくつもあった。蓮太郎は海面とは異なる光の反射に違和感を覚え、あと一歩踏み出せば海というところまで歩き寄った。

 

 

「あなた、誰?」

 

 

 その時だった、蓮太郎の背後から少女の声が聞こえたのは。

 振り向いてみれば、確かにそこにいたのは少女だった。暗がりで表情は見えないが、少なくとも体のラインがはっきりと浮き出る服を着ている。後ろに組んだ手で、長棒のような、槍のようにもみえる細長い物を持っている。そして何より象徴的だったのが、少女の目は赤く輝いていた。

 

 

「里見、蓮太郎だ」

 

 

 この少女が『呪われた子供たち』であることは、赤く輝く目を見れば自明の理だった。だが、蓮太郎は少女の接近に全く気づかなかった。民警を生業とする以上音には敏感になるのだが、それでも気づけなかったのだ。

 

 

「イニシエーターなのか?」

 

 

 もちろん、相手がイニシエーターであるならそれは例外である。イニシエーターは自身の力の制御に熟達しており、特に忍び歩きの得意な生物の因子を持つイニシエーターなら物音一つ立てずに歩いても不思議ではない。

 

 

「違う」

 

 

 しかし、少女から返ってきたのは否定の言葉だった。

 

 

「私は……別にいいか」

 

 

 少女は自らの正体を明かそうとしたが、突然考える素振りを見せ、それを止めた。蓮太郎は当然困惑する。しかし、或いは、その困惑こそが目的だったのかもしれない。

 

 肉が刺し貫かれる瑞々しい音が鳴る。

 

 蓮太郎が次に感じたのは腹部の違和感。見れば、血に濡れた金属が自らの腹から飛び出していた。

 

 

「っぐぁ」

 

 

 何者かに背後から刺されている。そう認識したとき、激痛が走った。声にならない叫びを上げ、しゃがみこもうとする。が、腹を貫く金属を支える何者かによってそれは許されなかった。

 

 

「適当に捨てといて」

 

 

 少女の声に応えるように、蓮太郎の体が浮いた。そのまま振り上げられ、金属が抜けた蓮太郎の身体が宙を舞う。

 

 痛みで意識が朦朧とする中、辛うじて蓮太郎の目に写ったのは、長大な槍を持つ、鱗とヒレを持った人型の背だった。

 




Tips

謎の少女

 鱗とヒレを持つ生命体を従える赤目の少女。スクール水着や全身タイツレベルで体のラインが浮き出ている。
 この謎の生命体は当然インスマウス。
 謎は謎のまま、三章再登場予定。

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