人間と異形と狂気の狭間   作:sterl

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とある自衛官へのインタビュー

 夜が明けた。如何なる理由か、本来警鐘を鳴らすはずの警報が鳴るより早く、海の底を這うもの(スコーピオン)は上陸した。

 

 これは生還した自衛隊員の、数少ない証言だ。

 

 

 

 

 

 ――海の上に見えていたのは《天蠍宮(スコーピオン)》じゃあない。便宜上《天蠍宮(スコーピオン)》と呼ばれてはいるが、絶対に違う。今じゃ情報封鎖されて一般にはヤツの一部しか見れないだろうが、俺は見たんだ。

 

 まだ空が薄暗かった時の話だ。ヤツが陸に近づくほど、ヤツが大きくなってる気がしたんだ。当然、最初は気のせいだと思ったよ。なんせ、ヤツが海上に見せていた姿は、資料で見た《天蠍宮(スコーピオン)》そのままだったからな。

 

 だが、それは気のせいなんかじゃなかった。いや、気づいて然るべきだったんだ。もしかしたら、俺も、仲間も、無意識にその可能性を排除してたんだろう。

 

 海から這い上がってくるヤツは、先んじて海中から触手を陸に掛けたんだ。10本だったか20本だったか、大体そんぐらいだ。

 

 妙だった。ヤツの周囲10メートル圏内に触手がある分には気にも留めなかったんだが、ヤツがまだ陸から2キロは離れてる時に触手が掛かったんだからな。それに、ヤツの周囲にあった触手の何倍も太かった。

 

 ちょうど、空が白んできた頃だ。陸に掛かった触手が地面にめり込むのが見えた。コンクリートが板チョコレートのように割れた。……モノリスが握り潰され、海に落ちた。

 

 ヤツからすれば、ただ懸垂するだけの感覚なんだろう。それだけでも、被害は甚大だった。何せ、機を伺っていやがったのか、モノリスが倒れてすぐに、渡り鳥型のガストレアの群れがその上空から侵入して来やがったからな。

 

 そうまでしてヤツが触手の力で引っ張り上げたもの、それはヤツの体だった。

 

 海から迫り上がる黒々とした肉の塊。時折蠢いて赤色を示すソイツは、無限にも思える触手を纏っていた。

 

 何本かの、体の中心に近い触手には幾つかの眼球があった。目と呼ぶにはあまりにも大きかったが、俺の身長の2倍はあったに違いない。

 

 不規則に並んだ真っ赤な眼球が、舐め回すようにそれぞれ動くのを見て、ようやくヤツがガストレアだったことを思い出した。それほどまでに、今まで見たどんなガストレアとも、何かが決定的に違っていたんだ。

 

 上昇が始まって数分経って、既に2倍近くの大きさになっていたが、ヤツの海面への上昇はそれだけじゃ終わらなかった。

 

 ヤツ自身が朝日を遮ってできた影に、ザクロのように赤い瞳が蠢いている。水飛沫を上げながら、醜い肉塊を包む触手が姿を表す。

 

 一時間かそこらだ。ようやく上昇が終わったとき、ヤツはもはや、肉の塔と表現して然るべき何かになっていた。《天蠍宮(スコーピオン)》は塔の頂点に座すのみ。

 

 悪寒で震えが止まらなかったよ。いや、今も、こうして手が震えている。あの夜の間、俺はこんなものに手を出していたのかと思うとな。ヤツはもう、人の手に負えるものじゃない。もっと別の、畏れ敬うべき、何かだ。

 

 ヤツを攻撃して、反撃も無いのに何人もの仲間が死んだ理由も、具体的にはわからないが、少なくともヤツの能力に依るものだ。ヤツが海の中に隠していた身体を見せた時、俺は全身を這い回る怖気と、体が強張ったような硬直感を感じた。

 

 さらっと硬直感と言ったが、恐らくあんたらの想像してる程度のものじゃない。金縛りに遭ったみてぇに、それこそ体が石になっちまったのかと錯覚するほど、動かないんだ。

 

 ……あんたらは聞いたか? 石像化した人間の話を。ヤツを望遠鏡で見た人が石像になったり、ヤツが破壊した家屋の瓦礫から人の石像が掘り出されたって話だ。ほとんどの人は実物を見ていないから、デマだと思っただろうよ。だが、俺は見た。

 

 戦いが終わった後のことだ。息つく間もなく、生き残った隊員には新たな任務が下された。遺品回収さ。東京湾に落ちた仲間の遺体と遺品を、可能な限り回収する。ほとんどは海の藻屑になっただろうが、海上を漂う壊れた機体もあったからな。

 

 結果は、2機の軍用ヘリと4機の護衛用の戦闘機を投じ、1人だけ見つけることができた。機体の残骸に埋もれているのを発見し、引き揚げたらしい。

 

 帰投し、冥福を祈ろうと遺体の安置所へと向かった。数多の遺体で埋め尽くされた中、海から引き揚げられたその男は、すぐにわかった。服は焦げ、穴だらけになり、見える皮膚は全て灰色になっていた。石になっていたんだ。

 

 体勢はコックピットに座った形のまま固定されていて、灰色の顔は恐怖に歪んでいた。……操縦桿を握っていたであろう手を撫でると、確かな暖かみがあった。石像なのに、どういうわけか、熱を発していた。奇妙だろう?

 

 その後ずっとどうしてなのか考えたが、なんで熱を持っていたのかはわからなかった。ただ一つ言えるのは、ヤツが人を石に変える能力を持ってるってことだけだ。

 

 俺は幸運だったんだろうな。体が硬直するだけで、操縦桿を動かして旋回するぐらいはできたのだから。

 

 あー、どこまで話したか……。そう、ヤツが肉の塔になった後のことだ。ヤツは倒れた。倒れたって言っても、残念ながら死んだって意味合いじゃないけどな。

 

 物理的に倒れたんだ、陸地に向かって一直線に。2キロは間違いなく離れていたが、それで届いた。届いちまった。なんなら300メートルぐらいは余裕を持っていたよ。

 

 倒れたヤツの姿を例えるなら、ナマコか? 太さの比率もそのぐらいだ。とにかく、ヤツが倒れたことで津波が起きて、地震が起きた。倒れた衝撃で沿岸部の施設は大体倒壊したし、打ち上げられた海水がそれらを洗い流していった。

 

 ここからはあんたらも知っての通りだ。突然の地震に都市部は大パニック。まだ寝ていた人もそれで叩き起こされて、遅れて鳴り始めた警報が東京エリアの住民に避難を促した。

 

 だが、遅すぎた。体の先端を陸に乗せたヤツは、ナメクジのようにゆっくりと、だが確実に東京エリアを侵食していった。……大絶滅の始まりだ。

 

 人的被害で言えば、混乱に乗じて侵入してきた渡り鳥型ガストレアの方が大きかったか。これは後から知ったんだが、コイツらは6匹全てがステージⅣで構成された群れで、通称《ミルクディッパー》。非常に知能が高いことで知られ、10年前の大戦でオーストラリアを中心に多大な被害をもたらし、過去に2回、ブラジルエリアとサンフランシスコエリアを大絶滅に追い込んだ最悪の群れだ。

 

 それがヤツがモノリスを破壊してからずっと東京エリアにいたんだ。被害は尋常じゃあない。モノリスが倒れた際の地響きで起きて屋外に出た人はみんな、ヤツの存在を知る前にミルクディッパーに喰われた。

 

 世界中どのエリアを探しても、対抗できるエリアは無いだろうよ。ヤツとミルクディッパーの同時侵攻なんて。6羽のガストレアがパンデミックを起こし、無数のガストレアが人を啄みながら東京エリア上空を飛び回る。そして、その背後からは朝日に照らされてなお漆黒の巨影が迫る。まさに地獄絵図、絶望そのものだ。

 

 ああ、だからこそ不思議だったよ。なんで生きてるんだろうってな。だけど、こうして生き残った。

 

 ……心が救われるってのは、ああいうことを言うんだろうな。空から舞い降りた巨獣。朝日に照らされて輝く姿は、まさに希望を体現していた。

 

 かつて仙台エリアを救った奇跡。猛々しさと美しさを併せ持つ救世主は、6枚の翼で空を切り降臨した。

 

 

 

 その名は――

 

 

 

 

 

  ――《北極星(ポラリス)

 

 




Tips

海の底を這うもの

 某太平洋上のお方の親戚と人知れずドンパチして勝利し、食べてその力を獲得した《天蠍宮(スコーピオン)》。
 原作では《金牛宮(タウルス)》の指揮能力や《天秤宮(リブラ)》の毒のような特徴が語られることは無かったが、今作では新規特性の獲得力を《天蠍宮(スコーピオン)》の特徴とした。
 要するに神話生物のいない原作ではあれが成長限界。
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