人間と異形と狂気の狭間   作:sterl

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雪銀降り来る

 完全に夜が明け、地表は光に包まれた。外の騒動にも動じず、ただひたすらに引きこもる選択を採った自宅警備員(ニート)の男でさえ、耳を(つんざ)く警報と、響き渡るその鳴き声に、埃を被ったカーテンを開く。

 

 

「KYEEEEEEEEEEEE!」

 

 

 それは終焉を告げる鳥の声。或いは終焉を齎すものの声。

 

 空を舞う怪鳥。その数、男の視界に映るものだけでも10を優に越える。プテラノドンと呼ばれるそれに酷似したシルエットを持つ彼らは、小さいもので全長2メートル程度、大きいもので全長10メートルはあるだろう。

 

 時折、水鳥が水面に舞い降りるように降下する。再び空に舞い上がった時、(くちばし)に人が咥えられていた。その数瞬後、魚がペリカンに呑まれるように、人の姿は消えた。

 

 別の所では、家屋の屋根に停まった鳥のガストレアが、卵を産み落とす。親が飛び立った直後、卵殻は内側からはち切れるように弾けた。卵の中にいたのもまた鳥のガストレア。元の卵の大きさより明らかに大きい体を震わせ、飛び立った。

 

 1体1体、確実にガストレア化するのは彼らの知能の高さ故か。人の手の届かぬ高空でガストレア化し、産み落とす一瞬の隙を卵殻でカバーしつつスムーズに排出する。地上から狙撃しようとも、その多くは動き回る標的を捉えられない。少なくとも東京エリアの民警には、新たなガストレアの誕生を防ぐ手立ては無かった。

 

 ふと、影が陽の光を遮る。男の視界に映ったのは、ガストレアの胸部の羽毛。見上げれば、男を覗き込む赤い瞳。(くちばし)が窓ガラスを破り男に迫る。悲しきことに、その瞳に捉えられた時点で男の命運は決まっていたのだ。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

「なんだありゃあ、空母かよ」

 

 

 陸さんの視線の先には、空を飛ぶ1羽のガストレア。片方の翼の大きさは20メートルほどでしょうか。両翼合わせて40メートルです。大きいですね。

 

 そのガストレアは今、空を飛びながら無数の卵を落としています。卵は落下する途中で割れ、中から小さいガストレアが飛び立って行きました。小さいとはいえ、大きいもので陸さんが空母と称したガストレアの3分の1はあるのですが。

 

 その異様な光景は陸さんの言う通り、空母が適切な表現なのでしょう。最も巨大な、ガストレアを投下し続けるガストレアが母艦で、投下されるガストレアが航空機です。全部倒すのに何時間かかるのでしょうか。

 

 しかも厄介なことに、母艦ガストレアはこの個体の他に5羽存在します。見渡せば、モノリスよりやや高い位置を旋回する母艦ガストレアが他に3羽。残りの2羽は地上で建物を破壊し、中に隠れていた人間を啄んでいます。

 

 初めこの母艦ガストレアは、モノリスが倒壊した数分後に6羽のみで飛来し、総出で人々を食べ始めました。ですが、飛来してから1時間後、今のように2羽が人を食い、1羽が産卵を行い、3羽が東京エリアの各所を旋回するという形を交代で行い始めました。今産卵しているのは3羽目です。

 

 新たに生まれた航空機ガストレアも当然のように、人を襲っているのが見えます。小さい航空機ガストレアのステージは基本Ⅱ以下なのですが、大きい航空機ガストレアはステージⅢなので、民警の皆さんも対処しきれずにいるようです。

 

 

「これだけやべぇやつがいるってのに、メインは他にいるのか」

 

 

 そう言って陸さんは視線を移します。東京湾から長太い胴体を陸地に乗せ、這い進む黒い巨塊。長い触手を何度も地面に打ち付けてながら進んでいるので、黒い巨塊の周囲100メートル程度は既に更地に、1キロメートルの範囲の建物はほとんど倒壊しています。

 

 彼、彼女かもしれませんが、彼はいわゆる《天蠍宮(スコーピオン)》と呼ばれる存在です。実物は見たことがありませんでしたが、陸地に乗せた胴体の先端の形状が、図鑑で見た《天蠍宮(スコーピオン)》の姿と一致しています。

 

 前に見た《天秤宮(リブラ)》よりも遥かに大きく、あれでまだ海の中に体の一部を隠しているようです。図鑑には明らかにもっと小さい値が大きさとして書かれていたはずですが、不思議ですね。

 

 徐々にとはいえど、彼が上陸してから既に1時間半は経っています。上陸した時の位置から1キロメートルは動いていました。それでもしばらくは気にしなくて良さそうですね。

 

 

「そんじゃアイノ。そろそろ行こうぜ?」

 

 

 そうですね。もう1割は達成されそうですし、害獣駆除の時間です。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 肉の塔、海の底を這うもの(スコーピオン)が倒れ大地が揺れる頃。

 

 

「ふあ、じしん! 地震なのだ!」

 

 

 一人、他に誰もいない部屋で目覚めた藍原延珠。目覚めて真っ先に蓮太郎の姿を探すが、見回す限り蓮太郎はいない。起きて家の中にいるのならこの地震に何らかの反応を示しているはずだ。されど聞こえる音は、鳥の野太い鳴き声のみ。

 

 

「蓮太郎……?」

 

 

 揺れは既に止まっていたが、嫌な予感を感じて起き上がる。そして見つけたのは1枚の置き手紙。

 

 

  危険だから家から出るな

  必ず帰るから待っててくれ

               』

 

 

 ぐしゃり。潰された紙を放り、カーテンをばっと開いた。そこから見えたのは、鳥型のガストレアの群れが目につく空のあらゆる場所を飛び回る光景。偶然か幸運か、延珠のいるこのアパート近辺には飛んでいなかったが、それでも外に出て少し歩けば、すぐにでも襲われそうだ。

 

 

「なんでなのだ……!」

 

 

 既に感染爆発(パンデミック)が起きていると断定してもいいであろう光景を前に、延珠は咄嗟に身を(ひるがえ)す。寝間着を脱ぎ捨て外着に体を通し、そして、着衣が乱れたまま玄関へ走った。

 

 

「なんで、私を置いて行ったのだ!」

 

 

 底にバラニウムが仕込まれた靴を履き、扉を蹴破る勢いで開く。朝日照らす下へ、赤毛の少女は駆け出した。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 銃声が住宅街に響き渡り、鳥型のガストレアが墜ちる。

 

 

「ほんっとうにっ! あの2人はどこに行ったのかな!?」

 

 

 亜土相馬は不満を口にしながらも、大型拳銃による攻撃の手を緩めない。上空にいるガストレアにバラニウム弾を当て、ダメージを確実に与える。本来扱いづらさの目立つ大型の拳銃で、的が大きいとはいえ空を飛ぶ敵に攻撃を当て続けるというのは、明らかに人間離れした達人技と言えるだろう。

 

 しかしそれでも、顔を上に向けたままでは大きな隙が生まれる。当然その隙を突かれ、相馬に低空飛行でガストレアが迫る。

 

 

「知らねぇよ! どっかで戦ってんじゃねぇの!」

 

 

 相馬に迫るガストレアの背に、黒光りする棍棒が振り下ろされた。棍棒を握るのは三野藤谷。藤谷は自らが叩き落としたガストレアにトドメを刺すべく、その頭にバラニウムの棍棒を振り下ろした。

 

 

「ああもう! 次から次へキリが無いなぁ!」

 

 

 相馬の言葉の通り、鳥型のガストレアはここに魚群があるのだと言わんばかりに、相馬達の上空に鳥山を形成していく。

 

 

「いっくのー!」

 

 

 家屋の屋根から跳び出した亜土莉子は、付近を飛んでいたガストレアの首に抱きつく。そのガストレアは身を(よじ)り莉子を振り払おうとするが、莉子の腕を振りほどくことはできず、むしろ首を抱き締める力はますます強くなっていく。

 

 やがて飛び続けるのが困難になったのか、莉子に抱きつかれたガストレアは遂に墜落した。

 

 

「莉子っ、大丈夫!?」

 

「いえーい! やったのー!」

 

 

 砂埃の中、地に伏したガストレアの前で仁王立ちして「ぶいっ」とVサインを作る莉子。しかしその背後で、ゆらりと立ち上がるガストレアの影。

 

 

「莉子、油断大敵」

 

 

 電柱の影から飛び出し、今にも莉子に襲いかからんとするガストレアの眼前に躍り出る影。漆黒のレインコートに身を包む皐月(さつき)美雨が短剣を振るうと、音も無く斬られたガストレアの頭部が地に落ちた。血飛沫がかからないよう莉子を抱き上げ、美雨は道路の端へ軽々と飛ぶ。

 

 

「みうおねーちゃんありがとうなの」

 

「……ん、気をつけて」

 

 

 小さく言い残すと、美雨は再び影の中へ身を隠した。

 

 

 

 

 この後も亜土民間警備会社の面々は戦い続けた。否、東京エリアに存在する全ての民警が戦った。しかし、それは徒労でしか無い。生み出され続ける鳥の軍勢は、まるで東京エリアの最期を告げるように飛び交った。

 

 多くの民警は力尽き、戦うことを諦めた。未だ人的被害で言えば東京エリアの人口のおよそ1割。しかし、人々の心に差した陰は海の底を這うもの(スコーピオン)のように重くのしかかる。

 

 その時、それは現れた。

 

 

 

 

「きれいなの……」

 

 

 相馬達から一歩離れた位置にいた莉子は、いち早く天より降るそれを認識した。

 

 

「……雪? なんでこんな時に、冬じゃねぇぞ」

 

 

 藤谷の言葉に、一同は辺りを舞う白く輝くものを見る。それは輝きを残し、血の海へ落ちていく。

 

 

「……違う。雪じゃない」

 

 

 影に在ってなお、白く輝くそれに触れた美雨は、それが雪ではないと悟った。

 

 

「これは、仙台エリアの時の……!」

 

 

 その正体を悟った相馬の言葉に、一同は天を仰ぐ。

 

 空を覆うようなガストレアの大群の更にその上。それはまるで空か雲か、一見しただけでは背景にしか見えぬ巨影。しかしひとたび認識すれば、その威光は目に焼き付いて離れない。

 

 6対の翼が羽撃(はばた)くたび、雪が如き煌めきを舞い散らす。朝日を受け輝くその巨体は白銀の光を照り返し、遥か遠くその空に長く尾を引く。

 

 西洋の竜のような形状を持つ上半身に、天使を思わせる6対の翼。そして東洋の龍を模したような下半身。まさに神と形容すべきその白銀の巨躯の持ち主は、紅き双眸を煌々と輝かせ、東京エリアの上空に降臨した。

 

 

「《北極星(ポラリス)》……!」

 

 

 誰が口にしたか、人々はその巨獣に希望の名を示した。迷える旅人を導く光の名、《北極星(ポラリス)》。それは奇跡の救世主。




Tips

北極星(ポラリス)

 白銀の体色が特徴的な、唯一のステージⅥガストレア。
 過去、仙台エリアに出現したゾディアックガストレアを撃破し、窮地から救った。このことから《北極星(ポラリス)》をガストレアと呼ばず、『救世主(メシア)』とする新興宗教もある。
 出自は不明。今回の東京エリアでの出現で2例目。謎に包まれたガストレア。
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