白銀の光が舞い落ちる中、比較的小型な――推定ステージⅡ以下のガストレアが一斉に向きを変え、《北極星》へ向けて飛んでいく。東京エリアのあらゆる場所で戦っていた民警達は、それをただ見守ることしかできなかった。
全長及び翼長、それぞれおよそ2キロメートルと1.5キロメートルのその巨躯と比べれば、精々が全長10メートル程度のガストレアの群れなど塵芥に過ぎない。されど、塵も積もれば山となる。無数に集まったガストレアの黒い体によって、《北極星》の白銀の胴体が覆い隠されていく。
やがて白銀の輝きもまばらになり、黒色に侵食される白銀の様相を呈した時、《北極星》は動いた。3対の内の1対、最も後方に位置する翼が、《北極星》の体を包み込み、撫でる。たったそれだけで、《北極星》の体に纏わりついたガストレアが消え去った。
大量のガストレアを絡め取った翼は、毛氈苔か蝿取草か、まるで食虫植物のように、ガストレアを逃がさぬよう隙間なく翼を閉じていく。やがて蓋を閉じた靫葛のような形となった翼を携え、2対の翼で強く羽撃いた。
地上付近を飛び交うのはステージⅢのガストレアと、ステージⅡのガストレアの中でも大型の個体のみとなった。依然として数は多く存在しているが、先程まで東京エリアを絨毯で覆い尽くさんばかりに存在していたのと比べれば、民警達の目にも希望が宿る。
その上何らかの影響か、生き残ったガストレアの動きが明らかに鈍る。中には自重を支えきれず墜落するものも表れ、地上での戦いは一気に人間の優勢に傾いた。
しかし、その最中にあっても平然と動く個体も存在した。空を征服するもの。通称《躍る六星》である。
彼ら躍る六星には、彼らの生み出す個体も共通して持つ体内での他生物のガストレア化の他に、明確に異なる能力があった。
彼らは《北極星》の降臨に反応し、東京エリア各地から《北極星》の下へ集結。6羽連なり、その場で旋回を始めた。円を描く躍る六星から、黒い粒のような影が胡麻を撒くように吐き出される。それらの影は鳥の形を取り、直上の《北極星》に向かって急上昇する。
躍る六星のみが持つ力。それは、体内にガストレアを格納しておけることだ。ガストレアを圧縮して体内に格納しておき、必要な時に魚が卵を産むように吐き出す。吐き出されたそれは急速な再生の後に鳥の形を取り、敵に急襲を仕掛ける。彼らは個であっても、群れなのだ。
《北極星》を襲撃するガストレアの群れ。当然のようにステージⅢのみで構成された群れの採った攻撃手段は突撃、即ち特攻だった。否、採ったより、採れたと言うべきだろう。どれほど群れの規模が大きくとも、相手は胴体の直径が100メートル弱に及ぶ超巨体。爪で引っ掻く、嘴でつつくといった近距離攻撃では、《北極星》の表皮或いは鱗で止められてしまう。その上爆撃のような遠距離での攻撃手段を持たない彼らでは、特攻でしかダメージを与えられる見込みが無いのだ。もっとも、彼らの特攻自体を躍る六星の遠距離攻撃と捉えることはできるが。
ガストレアの特攻により、再び《北極星》の体表が黒く染まっていく。しばらくはされるがままだったが、残弾尽きたのか躍る六星が吐き出すガストレアが途切れてきた頃、《北極星》は動いた。
それまで閉じていた食虫植物ような翼を開くと、本当にそこにガストレアを包み隠していたのか疑問に思うほどその形跡は無く、白銀の美しい翼だった。
開いたばかりの透明感さえある翼が、再びその身を撫でた。それはこびりついた油汚れを拭き取るように、胴体に付着したガストレアの残骸を拭い去る。三度顕になった白銀の御体に、傷がついた様子は無い。
特攻が無意味と知ったガストレアの群れは、《北極星》の周辺を飛び回る。時折《北極星》の体の各所に特攻を行うものもいたが、その攻撃は体表で止められ、今度は靫葛のように閉じなかった3対目の翼に絡め取られて終わった。
完全に攻撃の手が止まった。その瞬間を待っていたのか、大きく動くことのなかった《北極星》が急激な方向転換を行う。その目線の先に写ったのは躍る六星。巨体をうねらせ肉迫する。
しかしその巨体故に動きを予測しやすく、渦を描き散開した躍る六星は《北極星》の攻撃が及ぶであろう範囲から逃れた。だが、《北極星》の攻撃は躍る六星の予測を上回る。
口が裂けるほど大きく開かれた顋。暗闇の覗く口腔から、長く細い舌が放たれる。舌は上方へ逃れた躍る六星の1羽を引き連れて、口腔の闇へと消えていく。
それだけに留まらず、口腔内壁が捲られるようにして、より大きな第2の口が口から出現する。投網の如き広がり方で元の口の2倍にもなった第2の口は、その範囲内に2羽の躍る六星を捕らえ、瞬く間に呑み込んだ。
一瞬にして3つの星を失った躍る六星は、一転、攻勢から逃走に移った。ステージⅢ以下のガストレアをどれだけ生み出そうとも塵芥のように退けられ、かといって躍る六星だけではその質量差ゆえに到底敵う訳がない。賢明な判断だった。
生き残った3羽は、それぞれ別の方向へ散らばる。《北極星》は1体しか存在せず、もしどれか1羽が狙われ喰われたとしても、残り2羽の生存率は飛躍的に向上する。まさに合理的判断。しかし、《北極星》は躍る六星とは次元が違った。
《北極星》の背、中央の翼の付け根から2羽の鳥が飛び立った。プテラノドンに酷似したシルエットで、翼長40メートルほど。赤目を煌々と、全身を白銀に輝かせる。それは、体の色が白銀と化しただけの、躍る六星に他ならなかった。
《北極星》と2羽の奪われた星がそれぞれ3羽の躍る六星を追い翔る。その数十秒後には、1羽が《北極星》の体内に呑み込まれ、2羽の奪われた星はかつて仲間だった敵へと取り付いた。
取り付かれた躍る六星は満足に動くことができず、滞空するので精一杯。地面に降下しようとしても取り付いた奪われた星がそれを許さない。見れば、奪われた星の体の各所が充血し、時折血が噴き出る。死力を尽くしガストレアの限界すらも超えた怪力に、逃げる余力を残さねばならぬ躍る六星では、太刀打ちできる道理も無かった。
タイムオーバー。《北極星》が残る2羽の躍る六星を足止めしていた奪われた星共々喰らい、遥か高空での戦いは終結した。
同時刻。地上においても残存するガストレアが討滅され、東京エリアに平穏が訪れた……かに思われた。しかし忘れてはならない。躍る六星はその存在の襲来に乗じて東京エリアを襲撃したことを。
そこは繁華街、そこは住宅街、そこは商店街。いずれにも共通しているのは、外周区からは程遠いということ。当然、躍る六星の運んだガストレアの群れの襲撃は受けたが、今は静かな白銀の光で満たされている。
突如として、大地が割れた。爆音と粉塵を撒き散らし、それは宙へ戻っていく。黒く光を照り返し赤く血管を張り巡らす。直径10メートルはあるだろうそれの根元を探せば、白銀の光に遮られうっすらと見える黒い巨影。
巨影が携える触手が再び振るわれたとき、それは100メートル先へと進んでいる。そして、海の底を這うものは生きた人間を眼下に見た。
数瞬後、人だった石塊が赤黒い肉塊に挽き潰される。何を望んでいるのか、巨影は彼方を目指して進む。
ただひとつ、そこにあるのは海の底を這うものが着実に侵攻してくるという恐怖だけ。