人間と異形と狂気の狭間   作:sterl

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狂気と災禍の二重奏

「ヒヒヒッ、いやはやなるほど。噂には聞いていたがあれが《北極星(ポラリス)》か」

 

 

 モニターの薄明かりのみで照らされた部屋の中、仮面の男――蛭子影胤は呟いた。

 

 

「イエス。だが前回はガストレアのみ害する毒の散布は行わなかった。あの姿になっても恐らく進化を続けている」

 

 

 影胤の傍らに立つ異形の影が、気味の悪い虫の羽音らしき雑音(ノイズ)を伴い応える。

 

 

「あれが救世主とはねぇ。神々しさの殻を破り、なんともおぞましい戦い方をするじゃないか。ヒヒッ、笑わせてくれる」

 

 

 モニターに映る白銀の竜は、口角を引き裂き大型の鳥のガストレアを喰らう。一口で呑まれたガストレアは静かに消えていった。

 

 

「まさに化け物そのものじゃないか」

 

 

 その言葉に含まれるのは嘲笑か愉悦か、或いは憐憫か。影胤は小さくヒヒヒと笑う。

 

 

「《天秤宮(リブラ)》は見事倒して見せたが、はたして、神を喰らいし海の底を這うもの(スコーピオン)には勝てるかな?」

 

 

 暗く重い黒い部屋に、影胤の笑い声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 海の底を這うもの(スコーピオン)は這う。縮小すれば海鼠(ナマコ)のような図体が、幾多の触手を大地に這わせ蠢き進む。

 

 突如として()が陰った。否、海の底を這うもの(スコーピオン)はその存在に気づいていたが、意に介さなかった。

 

 暗黒の体表に2つ、巨大な風船のようなものが直撃する。風船は即座に破裂し、中に溜め込んだ無色透明の液体をばら撒いた。

 

 液体に触れた部位からぐずぐずに化膿し、中身が溶け出るように崩れる。ゾディアックガストレアの力はこれを即座に再生したが、液体と共に振り掛かった化膿の原因は容易に滅せるものではなく、第2陣を待たずして再び化膿を始める。

 

 煩わしげに空を見上げた海の底を這うもの(スコーピオン)は、遂にその存在を認めた。白銀の燐光を振り撒き、自らも白銀に染めた赤眼の巨龍、《北極星(ポラリス)》だ。

 

 《北極星(ポラリス)》は3対ある翼の中央の2翼を蜷局(とぐろ)を巻くように丸めていた。

 

 海の底を這うもの(スコーピオン)の上空を旋回する間に、丸めた翼は内側から押されるように徐々に大きくなる。そして熟れた蕾の様相を呈した時、翼は花開く。

 

 薄赤い皮で被われた肉風船がそこにはあった。風を受けてふるると震えるその塊は、熟しきった果実が大地へ墜ちるように、海の底を這うもの(スコーピオン)に向けて投下される。

 

 再びの着弾。振りかかる液体は、更に広い範囲で海の底を這うもの(スコーピオン)の化膿を加速させる。化膿は一向に途絶えることなく、広大な漆黒の皮膚は醜悪な膿の色に染まっていく。

 

 上空を飛ぶ《北極星(ポラリス)》と地を這う海の底を這うもの(スコーピオン)。着実にダメージを与える空からの一方的な攻撃により、勝敗は既に決したかに思われた。しかし、這いつくばるものが空に手を伸ばせぬ訳ではない。

 

 空を、《北極星(ポラリス)》を目掛けて伸ばされた2本の触手。海の底を這うもの(スコーピオン)が伸ばした漆黒の(かいな)は、2倍ほどのの太さの龍の胴へとそれぞれ巻きつく。刹那、《北極星(ポラリス)》の長い胴が(たわ)んだ。バランスを崩した《北極星(ポラリス)》は瞬く間に地上へ引かれ墜ちていく。そして、膿だらけの触手の海へ縛りつけられた。

 

 無数の触手が龍の体表を這い回り、白銀の鱗が1枚ずつ剥がされていく。躍る六星(ミルクディッパー)の攻撃では身動(みじろ)ぎ一つしなかった《北極星(ポラリス)》も、自身より巨大な海の底を這うもの(スコーピオン)の前では確実にダメージを負わされる。

 

 だが、このまま死を待つのみではなかった。 眼前の肉の海に噛みつき、《北極星(ポラリス)》はピタリと動きを止める。当然好機と言わんばかりに、触手は鱗を剥がし、皮を破り、肉を抉った。そして、その動きを徐々に停止させた。

 

 完全に攻撃の手を止めた海の底を這うもの(スコーピオン)の全身には、血管のように這い回る白銀の模様。《北極星(ポラリス)》を労るように、ゆっくりと触手による拘束を解いた。

 

 直後、ただ噛みついているだけだった牙が、肉を抉った。それがトリガーだったのか。再生すら止め肉体の5割以上が触手に貪られていたが、大量の蒸気を出して再生を再開。露出していた骨も流れ出た内臓も、瞬く間に治っていく肉に巻き込まれ体内に還る。

 

 《北極星(ポラリス)》は肉体が完全に治るまで、今も白銀に侵食され続ける海の底を這うもの(スコーピオン)を喰らい続けた。3分経てばボロボロだった龍の身体も元通り白銀の威光を放ち、同時に深淵に呑まれたように黒かった海の底を這うもの(スコーピオン)も完全に白銀に染まった。

 

 白銀の龍は空へ飛び立ち、白銀の肉塊は海へ還らんと蠢き始めた。彼方、雲の切れ間へ《北極星(ポラリス)》は消え、此方、海の底を這うもの(スコーピオン)も海へと沈んでゆく。

 

 斯くして、狂気の力を得たガストレアが齎す東京大絶滅は、1体のガストレアの力によって免れた。東京エリアの人口の3割強が失われた戦いですらないこの事件は、『最悪にして奇跡の事件』として歴史に刻まれる。

 

 しかし、人間はまだ知らない。異形に制圧されしこの地球に、狂気が広がりつつあることを。

 

 

 ――星辰は、既に揃っているのだ。

 




Tips

星辰

 クトゥルフ神話でよく出てくるワード。揃うとヤベーやつ。
 今作ではもう揃っているらしい。本格的にヤバいことになってないのはあちこちにいるガストレアのおかげ。ゾディアックとかいう3次元生命体の頂点は神々ですら対処が困難らしい。ガストレアと似た名前の神様とか《天蠍宮(スコーピオン)》に食われたし。
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