人間と異形と狂気の狭間   作:sterl

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普通

 2階建てのボロアパート。その1階の道路側から2番目にある部屋が、わたしと陸さんの家です。わたしと陸さんが所属する民警は中学生時代の幼なじみが集まってできたものらしく、小さな事務所で回ってくる仕事が少ないです。もちろん報酬も少ないので、今でもこのボロアパートに住んでいます。

 

 電気がついているので、陸さんはまだ起きているのでしょう。もうすっかり暗くなりましたが、陸さんならまだなにも食べていないでしょうし、早く夕食を用意しましょう。

 

 

「ただいまです」

 

「おう、帰ったか。んで、どうだった?」

 

 

 ドアを開けると、癖っ毛の茶髪をボサボサにしたままの陸さんが笑顔で出迎えてくれました。眞鍋陸(まなべりく)。それがこの人の名前です。

 

 白地に虎の顔が前面にプリントされたTシャツとジーパンを着ています。目つきが悪いので、虎の顔が妙に似合ってます。

 

 どうだった、というのはわたしの送ったメールのことでしょう。ガストレアを追跡、排除するという内容だったはずです。

 

 

「ガストレアは途中で見失ってしまいました。ですが、警察と敵対しているであろう民警ペアと思われる方を見つけました。追いかけたのですが、ビルの破壊を目眩ましに逃げられてしまいました」

 

「……はぁ。ちょっとこい」

 

「?」

 

 

 わたしはただ報告しただけなのですが、陸さんに手首を掴まれ歩かされます。寝室でしょうか?因子の補充は夕食を食べてからにしたいのですが。

 

 と考えているとテレビの前に座らされました。バラエティー番組がつけっぱなしになっています。陸さんがチャンネルを変えました。ニュース番組です。謎のビル倒壊について報道されています。

 

 概容は、ビルが何の前触れもなく倒壊したそうです。ビルの中にいた男女10名が重傷を負い、死亡者もいるとのことです。

 

 現場付近に偶然居合わせた人からは、ビルに亀裂が走りそれから崩れた、謎の光を見た、空を飛ぶ羽が生えた人影が飛び去った、などの目撃情報が上がっていて、警察はガストレアの仕業と見て捜査を開始したそうです。

 

 それにしても羽が生えた人影ですか。空も飛べるらしいです。そんな人もいるんですね、すごいです。

 

 

「この羽が生えた人影ってアイノだよな?」

 

「そんなわけないじゃないですかー」

 

 

 なんで陸さんはそんなこと言うのですかねー。

 

 

「よっと」

 

「いたっ」

 

 

 陸さんがわたしの肘から何かを取っていきました。痛いです。

 

 

「アイノだよな?」

 

「あっ……」

 

 

 陸さんは1枚の白い羽根を見せびらかすように持っていました。わたしの肘からむしり取られた羽根です。これは諦めるしかありません。わたしが犯人です。空を飛びました。

 

 鳥類の因子の操作には慣れていたのですが、人の因子が足りないので完全に抑えきれてなかったみたいです。そのせいで羽根が生えたままになっていました。

 

 

「なんでわかったのですか?」

 

「なんでもなにも、アイノしか羽生やして飛べるやつなんていないだろ。それに、お前って動揺すると語尾が伸びるからわかりやすいぞ?」

 

 

 なんと。飛んだだけでバレてしまうのでは飛ぼうにも飛べないではないですか。

 

 

「全く、何度勝手に飛べば気が済むんだ。これで7回目だぞ」

 

「8回目です。一週間前にモノリスの外まで行って飛びました」

 

 

 あの時は少し遠くまで飛びました。森を越えた先にとても長い建造物があったのを覚えています。バラニウムでできていたので中まで探索はしませんでした。探索しようとすればできるのですが、バラニウムに囲まれた空間はなんとなく嫌悪感があります。

 

 

「……そうやって正直に言ってくれるから俺も飛んだ回数を把握できるんだけどさ。その中で他の人に見られたのは5回目だ」

 

「はい……」

 

 

 5回のうち3回は見られると思いませんでした。さっきはビルの下に野次馬もいたので見られるとは思いましたが、夜なので大丈夫でしょうと思っていました。大丈夫じゃありませんでした。

 

 1回は陸さんの目の前で飛びました。こっぴどく叱られました。あの時はなぜ飛ぼうと思ったのでしょう。わたし自身のことなのにわかりません。もしかしたらわたしの中の鳥の本能が飛びたいと叫んだのかもしれません。きっとそうです。

 

 

「飛ぶなら問題にならない場所で飛べって言ってるだろ。一週間前みたいにモノリスの外まで行ってもいいからさ。よりにもよって、野次馬がいる上で飛ぶか普通?」

 

 

 あー、長いです。これは長くなります。わたしの経験則です。これでは早く夕食の準備がしたいのにできません。

 

 ……そうです。いいことを思いつきました。

 

 

「陸さんの食事これから作りませんよ?それとも陸さんが自分で作って食べますか?」

 

「停戦だ。この話はもう置いておこう。さーて、腹へったぜ。アイノ、今日の晩飯はなんだ?」

 

 

 今日はまだわたしも陸さんも夕食を食べていません。食い溜めができるわたしはまだ大丈夫ですが、陸さんはかなりの空腹のはずです。ここでこの脅迫をすれば話を切り上げられると思って言ってみましたが、予想以上でした。あっさりとした手のひら返しです。

 

 

「今日の夕食はラーメンとチャーハンです。それと……」

 

 

 それと、陸さんはきっと逃げると思うので先に釘を刺しておいた方がいいですね。

 

 

「それと、なんだ?」

 

「食事の後、寝る前に因子の補充をします」

 

「……するのか?」

 

「はい」

 

 

 陸さんがこめかみを抑えて唸りはじめました。おそらく逃げ出す言い訳を考えているのでしょう。

 

 

「それは今日しなくちゃいけないのか?」

 

「少し因子解放しただけで微妙に形象崩壊していますので、できれば今日」

 

 

 と言いながら貝殻のようになった爪を陸さんに見せます。陸さんは顔を手で覆い天を仰いでいます。天と言っても天井ですが。

 

 陸さんがその体勢のまま、部屋に静寂が訪れます。

 

 

「あ!蓮太郎遅いぞ!」

「おい馬鹿、誰か見てたらどうすんだ!窓閉めろ」

「安心するのだ。妾のカラダはお主だけのものだ!」

「頼むから日本語を聞き分けてくれ!俺が恥ずいっつってんだろ!」

 

 

 開けたままの窓からほのぼのとした平和な会話が聞こえてきます。陸さんが動いて静かに窓を閉めました。

 

 

「まずは飯だ。話はそれからにしよう」

 

「そうですね」

 

 

 わたしは陸さんににっこりと微笑みかけてから、サングラスとベレー帽を外し、服を部屋着のシャツと短パンに着替え、エプロンをつけました。

 

 

 

 ⚫️

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさん」

 

 

 陸さんと同時に食べ終えました。調理時間を短縮した即席料理でしたが、充分においしくできました。

 

 

「それじゃ、俺はトイレ行ってくる」

 

 

 陸さんは席を立ち上がりました。隙をついて逃げ出そうという魂胆はわかっているので、陸さんの腕を掴み肩に担いで運んでトイレに放り込みます。すぐにトイレのドアを開こうとしてきたので、手で押して開かないようにします。

 

 

「終わったら言ってください。ドアを開きますので」

 

「ッチ、八方塞がりかよ。降参だ。開けてくれ」

 

 

 開けてくれと言われましたので開けます。すると陸さんが素早く飛び出て玄関の方に行こうとしました。腕を掴んで引き寄せ、肩に担ぎ上げます。

 

 

「くそっ、離せっ!」

 

「暴れないでください。あといい加減諦めて下さい。1回の補充だけで一ヶ月も持たせるの大変だったんですよ」

 

「嫌だ!もう地獄を見たくな――あがっ」

 

 

 近所迷惑になってはいけないので口をガムテープで塞いでおきます。そしてわたしは陸さんを寝室に運び、同じ布団に入りました。

 

 

 

 ⚫️

 

 

 

 雀のさえずる声で目を覚まします。すばらしい朝ですね。昨日の夜、2階の角部屋の方が少し騒がしかったです。それに比べ、わたしたちは音を立てないようにやっています。近所の方々に迷惑をかけてはいけませんからね。

 

 隣を見ると、陸さんが死んだ魚のような目で天井をぼーっと見つめていました。一瞬死んでいるのかとも思いましたが、口に貼ったガムテープを一気に剥がすと「うっ」と呻いたので死んではいません。

 

 わたしは布団から這い出し体を確認します。貝殻のようだった爪は元に戻り、腕のうぶ毛も綺麗になくなり、太ももは元の太さになりました。無事に人の因子を取れたようです。

 

 それでは服を着ます。下着をつけるときにブラジャーは必要ありません。悲しいです。ですが、陸さんは貧乳好きのロリコンだと陸さんの幼なじみの藤谷(とうや)さんから聞いたので、そこまで残念でもなかったりします。ちなみに当人の陸さんはロリコンであることを否定しています。最初襲ってきたのはどっちからだと思っているのでしょうか。

 

 今日はすぐに出かける予定なので、いつもの作業服とベレー帽のセットに着替えました。昨日とは色違いで、ベレー帽は黄色、作業服は緑がメインの配色です。ちなみにわたしの作業服は上下一体になっています。

 

 着替えを終えると、昨日の夜に脱ぎ散らかしたわたしと陸さんの服を集め、脱水機能がついている洗濯機に放り込みました。洗濯機を起動します。これで帰ってくる頃には洗濯が終わっていることでしょう。

 

 テレビをつけ昨日夕食を食べたあと放置していた食器を洗います。テレビは昨日のチャンネルのままで、ニュース番組が放送されていました。

 

 食器を洗い終えたあとは朝食を作ります。まずは食パンを2枚トースターで焼きます。焼き上がるのを待つ間にスクランブルエッグを作りましょう。

 

 2個の玉子を1度混ぜてから、マーガリンを引いた小型のフライパンの上で焼きます。少し固まってきたら、ゆっくりと外側から内側に寄せるようにかき混ぜます。

 

 玉子がフライパンの上でジュゥゥと小気味のよい音を立てていると、死んだ魚のような目をした陸さんがちゃんと服を着て起きてきました。一ヶ月前にぼーっとしたまま全裸で起きてきた失態を覚えていたのでしょう。

 

 完成したスクランブルエッグを2枚の皿に分けて乗せ、千切ったレタスとプチトマトを2個ずつ添えます。スクランブルエッグにはケチャップをかけ、別の皿に焼き上がった食パンを乗せて完成です。わたし特製のモーニングセットです。汁ものはありません。

 

 テーブルの上にモーニングセットを2つ置き、既に座っていた死んだ目の陸さんの対面に座ります。

 

 わたしも席につき、モーニングセットを食べはじめます。陸さんはこのモーニングセットの時は不思議な食べ方をするので、陸さんの様子を見逃さないようにします。

 

 陸さんはまずパンを半分に折り、間にレタスを挟みました。さらにレタスの上にスクランブルエッグを挟みます。ここからが陸さんの不思議な食べ方で、陸さんはおもむろにナイフを取り出し、プチトマトのへたを取ると十字の切れ込みを入れました。無駄にバラニウム製です。

 

 陸さんはスクランブルエッグの上にプチトマトの中身を絞りかけます。余ったプチトマトの皮もパンに挟むと、両手でモーニングセットサンドを持ち齧り付きました。陸さん曰く最も食べる時間を短縮できる食べ方だそうです。無駄な手間です。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそう……さん……」

 

 

 わたしと陸さんは同時にモーニングセットを食べ終えました。食器を片づけ洗い終えたあとは、サングラスをつけ、座ったままぼーっとしている陸さんの頭を少し強めに叩きます。

 

 

「いてぇっ! なにすんだ!」

 

「すぐに出られるように軽い身だしなみぐらい整えてください」

 

「え、あっ、あー。わかった」

 

 

 ぼーっとしていた陸さんが再起動しました。きっと朝食を食べたことを覚えていないでしょう。一ヶ月前は再起動させるのを忘れて事務所まで行ったら、道中の記憶がありませんでしたから。どれだけぼーっとすればこうなるのでしょう。

 

 短い説明で全てを察した陸さんを待つ間、手持ちぶさたになったのでテレビを見ます。ちょうどリポーターが「見てくださいッ」と叫んだのでチャンネルは変えないことにしました。

 

 テレビに映し出されていたのは第一区の聖居でした。2週間前、聖居の上空を通りすぎた時に見たので間違いありません。ちなみにこの時は見つかりました。早朝の老人の方々の目は侮れません。空を飛ぶ何かが第一区方面へ飛んでいったとすぐに警察に通報があったそうです。

 

 そんなことを思い出しながら画面を眺めていると、映し出されている場所が切り替わりました。どうやら聖居のバルコニーのようです。

 

 バルコニーに一人の少女が表れました。着ている服、肌、髪に至るまでが純白です。名前は……なんでしたっけ。わたしが覚えていないのなら名前がないのでしょう。とりあえず聖天子様と呼ばれていることだけは覚えています。この東京エリアの統治者だったはずです。

 

 わたしの髪の色は純白というより白銀なので、そもそも白の分類が違う聖天子様と白さを競う気はありません。ええ、絶対にです。

 

 その隣に立っている男の方は、名前だけは知っています。天童菊之丞という方です。それ以上は知りません。

 

 そういえば藤谷さんが、天童民間警備会社の女社長と報酬の取り分で言い争って負けたと愚痴を言っていた覚えがあります。同じ天童です。何か関係があるのでしょうか。

 

 

「おい、行かねぇのか?」

 

「待ってください。今行きます」

 

 

 気づけば準備が終わったらしく、玄関のドアを開けたまま待っている陸さんに呼ばれました。慌ててテレビの電源を消し、小走りで向かいます。

 

 陸さんの髪は相変わらずぼさぼさで、龍柄のTシャツの上に黒い革のジャンパーを羽織っています。ジーパンのベルト部分にはじゃらじゃらと鎖が巻かれていて、右側に拳銃、左側にナイフが吊るされています。ちなみに銃の予備弾倉は、ジャンパーの後付けした内ポケットに入れてあるそうです。

 

 昔、陸さんのぼさぼさな髪を注意したことがあるのですが、すぐに無意味だと知りました。癖っ毛すぎて(くし)を通しませんでした。指一本すら通りませんでした。諦めました。

 

 わたしが歩いてくるのが見えたからでしょうが、わたしの方を向いていた陸さんが振り返ります。そのため、その長さのため正面からも見えていたものがしっかりと見えるようになりました。

 

 陸さんの背中に斜めがけされた、1mを優に超える長大な大太刀。特注の龍の意匠が施された鞘には肩かけベルトがついていて、それで陸さんの背中に固定されています。

 

 陸さんの使う武器。それがこの大太刀です。陸さんが龍太刀(りゅうたち)と呼ぶこのバラニウム製の大太刀は、なぜ陸さんが持っているのか不思議になるほどの業物です。並のガストレアならバターのように切り裂きます。

 

 

「出発進行!」

 

 

 外に出ると、聞き覚えのある元気な少女の声が聞こえました。声がした方を見ると、ちょうど自転車を発進させた不幸面の男と、荷台に足を投げ出して座っている声の主の少女がいました。名は知らぬ男性とこのアパートでは有名な延珠さんです。延珠さんとはたまに会った時に話しています。

 

 この2人はアパート2階の角部屋に住んでいます。昨日の夜、窓の外から聞こえた会話もこの2人のものです。ということは不幸面の男の人は蓮太郎さんというのでしょう。今まで陸さんがつけたあだ名でしか知りませんでした。

 

 ちなみに陸さんが蓮太郎さんにつけたあだ名というのは『十歳の女児に養ってもらってるロリコンヒモ野郎』です。盛大なブーメランだということになぜ気づかないのでしょう。稼ぎのほとんどはわたしが雑務の依頼を受けて稼いだお金です。ガストレアを倒すことにしか能がない脳筋は大人しく黙っているべきだと思います。

 

 

「……なあ、学校に行きたくはならねぇのか?」

 

 

 自転車で走り去る延珠さんを見て思ったのか、陸さんが言いました。延珠さんが勾田小学校に通っているというのは、このアパートの住人なら誰もが本人から聞いた話です。

 

 ()()の人が見れば()()の学校に通う少女に見える延珠さんを見て、普通の人である陸さんは何か思うところがあったのでしょう。

 

 

「行きたくなっても、わたしには無理です。目がずっと赤色ですから」

 

 

 あえて『呪われた子供』だからとは言いませんでした。『呪われた子供たち』であっても、()()に見せて学校に通う人もいるのですから。学校は人ですらないものが行く場所ではありません。

 

 

「そっか。んじゃ、行こうぜ」

 

「はい」

 

 

 わたしは、()()の『呪われた子供たち』ですらないのですから。

 

 化け物と敵対する化け物は、かつて人間の最底辺まで堕落した人の隣がちょうどよいのです。




Tips

アパート

 アイノの暮らすアパートは某原作主人公と同一。だからといってどうということは無い。
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