みなさんの目線の先で、わたしが回したルーレットが減速していきます。
「5……川に落ちてしまった、1回休みですか」
わたしは川に落ちたぐらいでは休みません。不服です。
「ははっ、ざまあないな。っと」
右隣から陸さんの手が伸び、ルーレットを回していきます。止まった目は……2ですね。
「2か、微妙だな。えーっと、家が泥棒に荒らされた。100万円失うだあ!?」
「ひゃく、まん! プププっ」
藤谷さんが笑いを堪えきれないといった様子で自分の太ももを叩いています。便乗しておきましょうか。
「無様ですね」
陸さんの目の前にある紙束から、10万と書かれたものを10枚取ります。これで陸さんの残りの所持金は15万3000円ですね。わたしの所持金は62万なので勝ちました。
「相馬さん、どうぞ」
「どうも」
「俺の100万がぁ……」
紙束が陸さんの目の前を通り過ぎ、相馬さんの手に渡ります。100万は陸さんの目線とともに銀行という名のケースに吸い込まれました。
「無様ですね」
「なんで2回も言ったゴラァ!」
陸さんの怒声を尻目に、対面から伸びた手がルーレットを回します。止まった目は9。それを見た美雨さんはコマを進めました。
「……宝くじが当たった。100万円」
「おっ、ちょうどいいところに100万円分の束が」
「……ありがとう」
相馬さんが収めたばかりの100万円を取り出し、美雨さんに手渡しました。陸さんが口をあんぐりと開けて枯れた声を漏らしながらその様子を見ています。
「無様ですね」
「クソがっ、クソがぁっ」
一時の栄光とは、かくも無様なものですね。
現在の時刻は10時。いつも通り亜土民間警備会社に集まったものの依頼は特になく、暇つぶしに人生ゲームをしていました。
依頼こそ『事件』前と比べて少なくなりましたが、それ以上に『事件』直後の収入が大きく、亜土民間警備会社の財政は安定しているそうです。そのお陰で今わたしたちはのんびりできています。いつでもそうだろとは言ってはいけません。
「たのもー」
そんな時でした。普段客も無い亜土民間警備会社に珍客が訪れたのは。
決して広くないオフィスと融合したエントランスに表れた1人の少女。寝癖だらけの金髪。眠たげな碧眼。当然のように片手に携えたカフェイン錠剤のボトル。
「ティナさん」
「あん? 知り合いか?」
見慣れぬその姿に陸さんは訝しげな目を向けていますが、一昨日の夜まで毎日会っていたので見間違える訳がありません。ですがティナさんは昨日の朝、日本を出国したはずです。
「どうしてここに?」
「探しました」
続く言葉はありません。返事はすぐに返ってきたので目は覚めているようですが、それはそうと眠いみたいです。ひとまず手を引いてわたしの隣に座らせます。
「ええと、アイノ。その子は誰?」
戸惑った様子で相馬さんが訊ねてきました。
「ティナさんは――」
その後、わたしはティナさんに出会ってからの話をしました。当然莉子さんもいるので、夜の話は伏せつつですが。もちろん黒色さんと2人で話したことも秘密です。
聖天子を殺そうとしたことを話した時にはみなさん驚いていました。プロモーターがランドさんであることを話した時にも相馬さんは反応していましたね。
ちなみにティナさんの制止は無視しました。そのお陰か、眠そうに半分閉じていた目はぱっちり開いています。
「つまり、君は聖天子暗殺未遂の犯罪者だと」
「あー、えっと、あー。はい」
ティナさんは諦めたように俯きました。
「ていうか黒色ってなに? 化け物? アイノを殺しかけるやつが聖天子の護衛? なにそれ聞いてないんだけど」
「言ってないですからね」
相馬さんが両手で目を抑えて天を仰ぎました。思考回路がオーバーフローしたのでしょう。莉子さんが相馬さんのアゴをつついています。
「えーっと、で、お前はなんでここに来たんや?」
藤谷さんが苦笑いを浮かべながら訊きました。
「しばらく居候させて貰おうかと思いまして」
続くティナさんの説明はこうでした。曰く、プロモーターから帰還の命令を受けていましたが、それが急遽東京エリアで待機するよう言われたと。
調べると、帰る予定だったワシントンエリアが炎上、大絶滅していることがわかったそうです。しばらくしてプロモーターに電話を掛けましたが、応答はなし。
指示通り東京エリアで待機しようとしますが、宿として使っていたアパートは既に燃やして処理済み。ホテルに泊まろうにも、すぐにお金が尽きるのは目に見えていた。
結果、東京エリアで唯一知り合っていたわたしを頼ろうと探し、ここまで来たそうです。
「アイノさんが有名で助かりました。大きな民間警備会社を尋ねたらすぐにここがわかりましたし」
「それで、プロモーターが迎えに来るまで泊まりたいってことか」
「はい」
話が一区切りついたと見て、陸さんがソファーにどっしりと寄りかかりました。
「どうすんだ、相馬?」
相馬さんはいつの間にか天を仰ぐのを止め、姿勢を正していました。眠そうに寄りかかる莉子さんの頭を撫でています。
「アイノも共犯者だしな……。空き部屋はあるし泊める分には構わないけど、そのプロモーターって生きてるの?」
「……わかりません」
ティナさんの話では、エインさんはとても焦った様子だったと言っていました。十中八九、大絶滅に巻き込まれたと見ていいでしょう。そうであれば、よほど周到な準備が無ければ生き残れません。連絡もつかないそうですし、相馬さんが気になるのも当然です。
「IISOの規約に則れば、プロモーターの死亡が確認されたら即ペア解消。行方不明になった場合は、行方不明になった次の月の終わりまでに生存が確認されなければペア解消だ。君はIISOに出頭して新たなペアを組まなければいけない」
毎月生存報告をしなければならない面倒なシステムです。プロモーターは飽くまでイニシエーターの監督役なので、仕方のないことではあるのですが。
「君自身の生存報告をしなければ君も死んだことになるだけで、さっき言った問題はない。けど、侵食抑制剤が貰えなくなる。それに生きてることがバレれば僕たちもペナルティを受けるし、罪になりかねない」
今相馬さんが言った策はデメリットだらけに見えますが、実は最善策です。侵食抑制剤はわたしがいれば必要ないですし、バレてもある程度までならわたしが文字通り揉み消します。
「もちろん君のプロモーターが生きてればなんの問題もない。けどもし死んでいた場合、君はどうするんだい?」
「えっと……」
難しい質問ですね。既にティナさんには帰る場所が無いです。順当に行けばIISOに引き取られて新たなプロモーターと組むことになるのでしょう。ですがティナさんが考えている様子を見るに、それをあまり快くは思っていないようです。もしかしたら、なし崩し的に亜土民間警備会社に居座るつもりだったのかもしれません。
しかし相馬さんはそうはさせないつもりのようです。ここまで詰め寄られては、ティナさんもハッキリ答えなければいけません。ここはひとつ、助け船を出しましょうか。
「確認しましょう」
わたしの言葉に、全員の目線が集まりました。
「わたしとティナさんで、エインさんが生きているか確認してきます」
「本気?」
「はい。エインさんの生死がわからなければ、決めるものも決められないでしょう」
相馬さんと無言の睨み合いが始まります。無駄です。わたしには亀をはじめとした数多くの因子があります。根比べなら負けません。
「ややこしいことはわかんねぇけどさ、要するにアイノがどうにかするっつうことやろ? だったらそれでええやろ」
最初に根負けしたのは藤谷さんでした。藤谷さんの言葉を聞いた相馬さんは、片手で頭を抱えます。
「……はぁ。わかったよ。でも2人だけで大丈夫? 今のワシントンエリアに派遣された調査隊が帰ってこなかったって、ニュースで見たけど」
「問題ないです」
ティナさんの前なら力を隠すつもりもないですし、全開で戦えます。
「……大丈夫なんだな?」
陸さんがわたしの目を見て言ってきました。言葉の意味はわたしを気遣ってのものではなく、「俺はいなくても大丈夫か?」という意味でしょう。
「大丈夫です」
これでティナさんが考える時間は作れました。あとはワシントンエリアへ行ってエインさんの生存確認をするだけです。
「アイノさん。ありが「ではティナさん。行きましょうか」えっ?」
ティナさんの手を取って立ち上がり、そのまま外へ向かいます。
「みなさん、数日ほど留守にするのでよろしくお願いします」
「えっ、今から、えぇ!?」
善は急げです。ティナさんが驚いていますが知ったことじゃありません。みなさんの苦笑いを尻目に、わたしたちは光の下に出ました。
●
「それで、どうやってワシントンエリアまで行くのですか?」
亜土民間警備会社を後にしたわたしたちは、必要なものを用意して廃棄された下水道を歩いていました。ボランティアの時、自衛隊に捕まらないために通っている道のひとつです。
「飛行機で密航できれば楽だったんですけどね。飛行機は出ていないので飛んで行きます」
「……?」
ある程度歩いたら地上に出ます。モノリスを背後にさらに歩いて、樹海化した土地は走り抜けて海沿いに出ました。ここは旧千葉県の太平洋側です。ここなら万が一でも見つかる心配はないでしょう。
手早く服を脱いで、持ってきておいたリュックサックの中に詰め込みます。生まれたままの姿になり、リュックサックの口を閉じました。
「アイノさん!? どうして服を……まさかここで」
ティナさんの顔が真っ赤に染まっていきますが、無視してリュックサックを押し付けるように託します。顔が赤いまま困惑するティナさんから距離を取り、意識を集中します。
「モード・フライト」
いくつかの因子をまとめて解放。身体中の骨から異音が鳴り響き、肉体が変形していきます。
背丈が5メートルほどまで伸び、背中が横幅2メートル弱まで広がります。指が急激に伸び、指と指、指と腕、そして体との間に皮膜が形成されました。脚は逆に縮小し、やや筋肉質な鳥の形へと変形します。
髪が抜け落ちて頭が前後に伸び、口はくちばしに、後頭部は大きく広がったトサカに変化しました。皮膚の質はゾウのように固く、背中を中心に体全体へ白銀の毛が生えます。
今のわたしの姿を形容するなら白銀の横長プテラノドンでしょうか。少なくとも翼竜の類いです。
以前、小比奈さん相手に使ったモード・エンジェルは空中戦闘用の
モード・フライトはモード・エンジェルと比べて安定性に優れていて、人を背中に乗せて運ぶことができます。あまり速いと風圧で乗っていられなくなると思いますが、スピードを出しすぎなければ問題ないでしょう。
ちなみに声帯は人のままです。機内アナウンスの真似ができます。
「ティナさん、乗ってください」
ティナさんに背中を向けて、乗りやすいよう体を伏せます。
「アイノさん、なんですか?」
「はい、そうですよ」
「えっ、けいしょうほうか、うぇっ? どうなって」
驚くのも無理はありません。わたしも陸さんも最初は驚きました。ガストレアウイルスを操り形象崩壊をコントロールする力なんて、世界でわたししか持っていないでしょう。
そういえば、もしかしたらこの秘密に気づいていたかもしれない人がいるのですが、今はどうしているのでしょう。突然民警を辞めると言い出して本当に辞めてしまってから、一度も姿を見ていません。以前暇つぶしに会いに行ったら既に引っ越していました。相馬さんも話したがりませんし、情報はありません。
今気にしても仕方ありませんか。
「ティナさん。積もる話は後にして、乗ってください」
「ひ、ひゃい!」
ティナさんの体内にある媚薬ウイルスを少しだけ活性化させて命令し、背中に乗せます。
巨大化し皮膚越しに盛り上がった背骨にティナさんが座ったことを確認して、脚で地面を蹴り跳躍します。十分高度が確保できたら翼を開き、飛行開始です。
目指すはワシントンエリア。モード・フライトで人を乗せて空を飛ぶのは初めてですが、問題はないでしょう。
Tips
IISOへの生存報告義務
勝手に作った設定のため、原作の正しい設定を見逃していたら教えてください。
一ヶ月に一度、各エリアのIISOの支部へ生存報告を行うプロモーターに課せられた義務。ガストレアウイルス抑制剤の盗難を防ぐため、抑制剤の支給もこのタイミングで行われる。
イニシエーターのみで生存報告を行った場合、プロモーターが行方不明ならイニシエーターの一時的な保護観察、死亡していたなら新たなプロモーターとペアを組むこととなる。プロモーターの職務放棄だった場合は、厳重注意や場合によりプロモーター資格剥奪の処分が下される。
プロモーターの行方不明が確認された次の月の終わりまでに生存報告がなされなかった場合、ペアは解散となる。イニシエーターのみや両名の行方不明であっても同様。イニシエーターの行方不明は場合により最大で資格剥奪までの処分が下される。