人間と異形と狂気の狭間   作:sterl

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亜土民間警備会社

 アパートから徒歩20分。住宅街のど真ん中にある2階建ての建物がわたしたちの事務所です。綺麗に整えられた鉄筋コンクリートの事務所は景観を崩さず、ひっそりと佇んでいます。

 

 入口横には石柱が立てられ、『亜土(あど)民間警備会社』と縦書きで刻まれています。そこまで大きくはありませんが、仮にも仕事がなくて貧乏な民警だと外観からは想像できません。この建物を個人で所有している社長の相馬(そうま)さんには感謝です。

 

 ただ、住宅街のど真ん中にあり、なおかつ目立ちにくい外観なので、直接依頼してくれる方々は近所の方ばかりです。掃除などの家事や雑用の依頼には事欠きません。

 

 

「来てやったぞ相馬」

 

「相馬さんおはようございます」

 

 

 両開きの自動ドアをくぐり、社長席に座っている相馬さんに挨拶します。部屋の間取りは左に2階への階段、奥に相馬さんの座る社長席があり、その正面に長いガラステーブルと、テーブルを挟むように黒光りする革のソファーが2つ置いてあります。右側の壁には2つ木製のドアがあり、手前は個別の応接室、奥はトイレになっています。

 

 

「ふぁぁ。2人ともおはよ。陸はいてもいなくても変わんないから来なくていいよ」

 

 

 眠そうにあくびをしながら返事をしたのは、この民警の社長である亜土相馬(あどそうま)さんです。相馬さんはいつもキッチリとしたスーツを着て、黒縁の眼鏡をかけています。黒髪も短く整えられていて、一見するととても真面目です。見ての通り真面目というわけではありませんが。

 

 

「んだとコ――」

 

「相馬さん、なにか依頼はありますか?」

 

 

 うるさくなりそうな陸さんの腹にチョップをして相馬さんに話しかけます。陸さんが隣で悶絶していますが無視です。

 

 

「依頼はないよ。適当にそこら辺でくつろいでて」

 

「わかりました」

 

 

 依頼はないそうです。暇です。ソファーに座って相馬さんとなにか話しましょうか。

 

 

「そういえば莉子(りこ)さんは?」

 

「ぐっすり寝てたから寝かしといてあげたけど、そろそろ起きてくるんじゃないかな」

 

 

 莉子さんは相馬さんのイニシエーターであり、義理の娘です。陸さんとは違って純粋に子供が好きな相馬さんは川流しにされる呪われた子供たちを可哀想に思い、危険を(おか)して定期的に子供たちを助けに行くようになったそうです。

 

 そして8年前、唯一救えたのが当時生後一ヶ月だった莉子さんだそうです。川岸に流れ着いていたところを偶然見つけて以来、実の娘のように可愛がっていると藤谷さんから聞きました。

 

 

「俺を放置して話すなよ」

 

 

 復活した陸さんがわたしの隣にドスッと音を立てて座りました。邪魔です。せめて龍太刀を置いてから座って欲しいです。横向きにずれた龍太刀の柄頭が肩にあたって痛いです。

 

 龍太刀を陸さんから剥ぎ取ってテーブルの上に置き、一言。

 

 

「邪魔です」

 

「あぁ、ありがとな」

 

 

 なぜか感謝されました。もういいです。陸さんはこういう人です。

 

 特に何をするでもなく時計を眺めていると、階段から小刻みな足音が聞こえてきました。

 

 

「パパおはよー!」

 

 

 階段を下りてきた莉子さんが相馬さんに飛びつきました。

 

 

「おおっと。莉子、よく眠れた?」

 

「うん!」

 

 

 相馬さんは莉子さんを抱き止め、膝の上に座らせます。莉子さんの定位置です。

 

 莉子さんは黒い髪を短く切り揃え、可愛らしい薄ピンクのフリルがついたワンピースを着ています。亜土莉子(あどりこ)というのは相馬さんがつけた名前で、自分の名字は当然として可愛い響きの名前にしたいとつけた名前だそうです。理子と迷ったそうですが、悩んだ末に文字の形が莉子の方が可愛いと判断したそうです。

 

 ちなみにこの事務所の2階は居住スペースになっていて、相馬さんと莉子さんはここの2階に住んでいます。

 

 

「アイノおねーちゃんとりくもおはよー!」

 

「おはようごさいます」

 

「おいガキ、俺は呼び捨てかよ」

 

 

 笑顔で返事をします。2歳年下の妹のような存在で、とても可愛いです。欲しいです。抱きしめたいです。相馬さんが手放しませんが。

 

 莉子さんをガキと呼んだ陸さんに相馬さんから鋭い視線が飛びます。陸さんは気づいていません

 

 

「りくはりくなのー」

 

「ガキ、ちょっと来い」

 

「きゃー!怖いのー!」

 

 

 莉子さんが楽しげに笑いながら相馬さんに助けを求めます。親バカで過保護な相馬さんは陸さんに殺気を飛ばします。陸さんの動きが一瞬止まりました。

 

 

「いや、まぁ、別にいいんだけどな」

 

 

 明らかに萎縮した陸さんがソファーに座り直しました。莉子さんのためならとんでもない力を発揮する相馬さんの前なので仕方ないことです。

 

 2年前、莉子さんがガストレアに襲われてしまったことがありました。わたしもその場にいたのですが、当時イニシエーターになったばかりでまだ弱かったわたしはどうすることもできませんでした。無力なわたしと泣き叫ぶ莉子さんを守ったのが相馬さんです。

 

 相馬さんは普段の姿からは想像できない馬鹿力で倍以上の体格のガストレアを投げ飛ばしたのです。あの光景は今でも忘れられません。そのあとすぐに陸さんが駆けつけて、龍太刀でそのガストレアを斬り倒しました。

 

 それ以来、莉子さん関連で相馬さんを怒らせてはいけないというのは暗黙の了解です。

 

 

「パパ、おなかすいたの」

 

「よし、じゃあなにか作ってあげるよ。アイノと陸はそこら辺で待ってて」

 

「わかりました」

 

 

 相馬さんが莉子さんを抱っこして2階に上がって行きます。

 

 

「相馬ってさ、親バカすぎないか?」

 

「激しく同意します」

 

 

 異論はありません。莉子さんが可愛すぎるのはわかりますけど、流石に甘やかしすぎです。

 

 その後、特にすることもなく話題もなく、なんとなく時計を見ていると自動ドアが開く音が聞こえました。

 

 

「俺が来たぞー」

 

「……おはようごさいます」

 

 

 目を向けると、気の抜けた声の藤谷さんとそのイニシエーターである美雨(みう)さんがちょうど入ってきたところでした。

 

 

「おはようごさいます、藤谷さん、美雨さん」

 

「来たぞってなんだ、来たぞって」

 

「別にいいだろ、んなこまけぇこと。てか相馬は?」

 

「相馬さんは莉子さんの朝食を作っています」

 

「いつもの親バカだ」

 

「ああ、なるほど」

 

 

 藤谷さんは普段から上下黒ジャージでバラニウム製の棍棒を常に持ち歩いています。ファッションにはわたし以上に無頓着なようです。わたしはベレー帽と作業服の色の調和には気をつかっています。

 

 美雨さんはいつも通り、手から足首まで全て覆う真っ黒なレインコートだけを着ています。大きなフードもついていて、顔は少ししか見えません。レインコートの下になにを着ているのかさえ定かではありません。

 無口かつ無表情なので、美雨さんがなにを考えているかは顔色の変化でしかわかりません。ですが少しでも恥ずかしいことがあると真っ赤に染まるので、むしろわかりやすいです。

 

 

「なんか暇だし、トランプでもすっか?」

 

 

 藤谷さんが社長席の引き出しからトランプを取り出しだから提案しました。

 

 

「トランプって言っても、なにするんだ?」

 

「んー、ちょうど4人いるから大富豪とかでいいんじゃね」

 

「いや、ここは先に七並べだ。上の2人が下りてきたら人数多くて封鎖祭りのパス祭りになる」

 

「なら間とってババ抜きだ」

 

「それは人数多い方がいいだろ。それなら神経衰弱の方がまだいい」

 

「血迷ったか?神経衰弱は前、アイノが全取りして終わったじゃんか。あんなん勝てるわけねぇよ」

 

 

 藤谷さんと陸さんがトランプでなにをするか話しています。神経衰弱でわたしに勝てないというようなことを言っていますが、当然です。わたしは暗記には自信があります。

 

 

「とーやおはよー!」

 

 

 いつの間にか莉子さんが降りてきていました。

 

 

「莉子もおはよう。相馬は一緒じゃないんか?」

 

「うん。だれかとでんわしてるの」

 

「電話……依頼ですかね」

 

「ハッ、ないだろ。政府の関係者から依頼なんて」

 

 

 相馬さんは事務所の固定電話と自身の携帯電話で相手を判別できるようにしています。事務所1階にある固定電話には一般の方々や警察から電話を受けられるよう電話番号を公表していますが、政府関係の方々には相馬さんの携帯電話の番号を教えているそうです。

 警察は政府の関係者ですがガストレア関連の依頼は警察から来ることも多いので、どこかの脳筋プロモーターが自分も電話に出られるように相馬さんに頼み込んだ結果こうなったそうです。

 

 相馬さんの携帯電話にかかってくるということは、電話の相手は政府の関係者か普通に相馬さんと仲のいい人です。

 

 少しの間無言でいると、相馬さんが下りてきました。

 

 

「陸、アイノを借りてくけどいいね?」

 

「あ?なんでだ?」

 

「呼び出されたからこれから防衛省に行ってくる。護衛のためと、ちょっと退屈な話があるからアイノが適任だと思った。以上」

 

「防衛省って、政府かよ。別にアイノじゃなくてもよくないか?莉子……は無理だとして、美雨もいるだろ。むしろ退屈な話なら美雨の方が適任だと思うが」

 

 

 どうやら政府からの電話だったようです。防衛省へ行く、ということはなにかあったのでしょうか。防衛省が直々に民警を呼び出すのですから、なにか大きな事件が起こったと見るべきでしょう。きっとわたしたち以外にも呼ばれている民警は多いはずです。

 

 でも、確かにわたしじゃなくてもいいと思います。正直、長話を聞くのは退屈ですし面倒です。報酬が出るのなら勇んで行きますけど。

 

 

「俺は美雨がいいって言うなら別に構わんよ」

 

「……私は……大丈夫」

 

「だってさ。どうすんの、相馬」

 

 

 藤谷さんは美雨さんが代わりに行ってもいいそうです。ならわたしが行く必要はないでしょう。

 

 

「アイノを連れていきたいのはただの見栄だよ。みんなそれぞれのIP序列覚えてる?僕と莉子は15万3501位だ」

 

「俺と美雨は8420位だよ」

 

「なるほどな。俺とアイノは1021位だ。この中で一番強いアイノを連れていきたいってことか」

 

「そういうこと」

 

 

 つまりわたしが強いから連れていきたいということですね。悪い気はしません。行きたくはないですが。

 

 

「でもアイノは行きたくなさそうだぞ?」

 

 

 バレてました。流石陸さんです。わたしと同棲しているだけはあります。

 

 

「一緒に来てくれるなら臨時報酬をあげてもいいよ」

 

「行きます」

 

「即答かい」

 

 

 藤谷さんに驚かれましたが気にしません。それより報酬です。

 

 

「相馬さん、早く行きましょう。防衛省ということは電車に乗っていくんですね」

 

「そうだよ」

 

 

 相馬さんは答えると、莉子さんの前にしゃがみました。

 

 

「莉子、パパはちょっと出かけてくるから、陸たちと一緒にお留守番しててね」

 

「うん!行ってらっしゃい、パパ!」

 

「ああ、行ってくるよ」

 

 

 相馬さんが莉子さんのおでこに短いキスをしました。

 

 

「早く帰ってこいよ」

 

 

 陸さんが言いました。きっとわたしに対してでしょう。

 

 

「もちろんです。行ってきます」

 

 

 報酬、臨時報酬はいくらでしょうか。楽しみで仕方ありません。

 

 わたしは今がとても幸せです




Tips

亜土民間警備会社

 社員数6名の小規模な民間警備会社。最大時は8人。
 ガストレア退治からゴミ屋敷の掃除までなんでも請け負う。ただし仕事があるとは言っていない。
 基本的に赤字だが、社長である亜土相馬の個人資産により運営されている。
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