人間と異形と狂気の狭間   作:sterl

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防衛省

 電車に揺られ、少し歩くと防衛省の庁舎に到着しました。相馬さんが入口で名乗ると中に通されます。エレベーターで上の階に昇り、第一会議室と書かれた部屋まで案内されると、案内した職員は去っていきました。

 

 部屋の中は思っていたよりも広かったです。中央には細長い楕円形の卓、奥には巨大なパネルが壁に埋め込まれています。モニターでしょうか。

 

 楕円形の卓の周りには席が備えられていて、民警会社の社長と思われる方々が座っています。彼らの後ろにはバラニウム製の武器を携えたプロモーターの方々がいます。イニシエーターを連れている人もいますが、わたしたちのようにイニシエーターだけという人はいません。

 

 相馬さんが用意されている席に座ります。わたしはその後ろに立ちました。

 

 

「末席ではないんですね」

 

「きっと僕たちより格下の民警があるんだよ」

 

「予想外です」

 

 

 末席ではないということはわたしたちよりも規模の小さい民警があるということです。3ペアしかいない亜土民間警備会社より小さな民警が防衛省に呼ばれるものなのでしょうか。

 

 わたしと相馬さんが最低限の会話を終え待っていると、他の民警の方々がざわつきはじめました。

 

 

「白銀の長髪にサングラスとベレー帽……まさか、『無装のアイノ』ではないか?」

「あの、バラニウム製の武器を使わずにガストレアを屠るという」

「バラニウム製の武器を使ったのならIP序列3桁は固いと言われているが……」

「そんな強者がなぜ末席に近いあの席に」

 

 

 どうやらざわついている理由はわたしの噂をしているからのようです。通り名がついているのは嬉しいですが、ちょっと根も葉もない噂なので不満です。

 

 わたしが武器を使わないのは必要ないからです。それに、IP序列が低い理由はガストレア討伐依頼がないからです。好きなだけ倒せる環境さえあれば1位は固いです。

 

 そうです。今度ステージVのガストレアを討伐する旅にでも出てみましょうか。1年前のわたしなら勝てないでしょうが、今のわたしなら余裕で倒せます。

 

 ……やめましょう。面倒です。

 

 今ある空席は2つです。三角プレートにはそれぞれ『天童民間警備会社様』と『大瀬フューチャーコーポレーション様』と書かれています。天童民間警備会社は藤谷さんが報酬の取り分で負けた民警です。末席の民警に報酬を取られるなんて屈辱としか言いようがありません。

 

 しばらく待っていると、部屋に誰か入ってきました。どこかの学校の制服を着た女性の人と、見覚えのある不幸面の男性です。アパート2階の角部屋に延珠さんと住んでいるロリコンで、確か名前は、蓮太郎さんです。

 

 

「おいおい、最近の民警の質はどうなってんだよ。ガキまで民警ごっこかよ。部屋ぁ間違ってるんじゃないのか? 社会科見学なら黙って回れ右しろや」

 

 

 10キロ以上はありそうなバスタードソードを扱う大柄のプロモーターが文句ありげに蓮太郎さんに迫りました。面倒事に巻き込まれたくはないので傍観します。

 

 蓮太郎さんが女性の人を庇うように前に出ました。

 

 

「あぁ?」

 

 

 大柄なプロモーターの人のイライラがアップしたみたいです。

 

 

「アンタ何者だよ、用があるならまず名乗れよ」

 

 

 実力差を理解していないのかバカなのかはわかりませんが、煽っています。バラニウム特有の磁気が蓮太郎さんの腕と足と、あと目から感じられるので何か特殊な武装があるのでしょう。ですが、わたしからすればそれほど強いものではなさそうです。きっとバカなのでしょう。

 

 

「なにか『アンタ何者だよ、用があるならまず名乗れよ』だよボクちゃん。見るからに弱そうだな」

 

 

 見るからに弱そう、というのには同意です。ついでに言うと他の人をボクちゃんと呼ぶ人を初めて見ました。

 

 

「別に民警は見た目で実力が決まるわけじゃねぇだろ」

 

 

 確かにその通りです。失念していました。わたしも本来の実力を隠していますし、蓮太郎さんもきっと隠している力はわたしの予想以上に強い力なのでしょう。

 

 

「『別に民警は見た目で実力が決まるわけじゃねぇだろ』? ムカツクなテメェ、斬りてぇ、マジ斬りてぇよ」

 

 

 オウム返し2連続です。むしろ大柄なプロモーターの人の方がバカなのではないでしょうか。

 

 なんとなく眺めていると、何故か周囲を見回し始めた蓮太郎さんに大柄なプロモーターの人が頭突きしました。

 蓮太郎さんは背中から倒れましたが、すぐに跳ね起きてベルトに挟まった拳銃に手を伸ばします。

 

 

「バァーカ、なに熱くなってるんだよ。挨拶だろ?」

 

 

 周りから蓮太郎さんを嘲笑うような失笑が起きました。

 今の流れで笑う人は、蛮族だとわたしは思います。相馬さんでさえこうして無気力にぼーっとしているだけなのです。かつての陸さんのように人を嘲笑うのはよくありません。今の陸さんでも笑いはするでしょうけど。

 

 

「里見くん、こんなのに構っちゃ駄目よ。目的を忘れないで」

 

「おいクソアマ、いまなんつったよ!」

 

「やめたまえ将監!」

 

 

 一気に話が進みました。女性の人が口を挟んだかと思えば、プロモーターの人が怒鳴り、さらにそのプロモーターの社長と思われる人が怒鳴りました。

 

 蓮太郎さんの名字が里見といい、プロモーターの人の名前が将監さんということがわかりました。

 

 

「おい、そりゃねぇだろ三ヶ島さん!」

 

「いい加減にしろ。この建物で流血沙汰なんか起こされたら困るのは我々だ。この私に従えないなら、いますぐここから出て行け!」

 

 

 将監さんは何か考えるように黙ったあと、「へいへい」と言って引き下がりました。どうやらもめ事は終わったようです。

 

 

「騒がしい人でしたね」

 

 

 相馬さんに話しかけたのですが、将監さんにも聞こえたのか舌打ちしています。蓮太郎さんの時のように突っかかってこないということは、わたしのことを知っているのでしょう。あまり依頼が無いのに、どうしてこうも有名なのでしょう。

 

 

「あんな人がいるから民警は蔑まれるんだよね」

 

「ちなみにあの人のIP序列はいくつか知ってますか?」

 

「伊熊将監、IP序列1584位だよ」

 

「千番台ですか。偉ぶってるので少しは強いと思ったのですが、雑魚ですね」

 

 

 会議室の空気が凍りつきました。何故でしょう。普通の会話の流れで思ったことを言っただけなのですが。

 

 蓮太郎さんとちょうど末席に座った女性の人もわたしを凝視しています。そんなに驚くことでしょうか。

 

 

「てんめぇ、三ヶ島さんからアイツにだけは関わるなって言われてたから無視してやってたけどよ、大人しく聞いてりゃ調子に乗りやがって。同じ千番台のクセに粋がんなガキィ!」

 

「ッ!将監、なにをする気だ、やめなさい!」

 

 

 将監さんが三ヶ島さんと呼んでいた人の制止を振り切ってわたしに向かってきます。ガキはどちらでしょうか。将監さんの単純な思考回路の方がガキらしいです。

 

 将監さんはバスタードソードを振り上げ迫ってきます。もちろんバラニウム製ですので、わたしでも受ければひとたまりもありません。復活に1分はかかります。バラニウムでさえなければ全身ミンチにされても3秒で復活できる自信があるのですが。

 

 とりあえずバラニウムの武器が唯一の脅威ですので、バスタードソードの刀身を右手で掴んでへし折ります。口で言わずにカニの因子を解放したので、せんべいのように割れました。

 

 

「んなっ!?」

 

 

 刀身を半分失ったバスタードソードがわたしの目の前を通りすぎていきます。将監さんは驚いた表情で刀身とわたしを見ます。

 

 

「謝ってください。そして失せてください」

 

 

 サングラスをずらし、常に赤く輝き続けるわたしの目を見せます。どんなガストレアにも共通する特徴が赤目だからか、わたしは目の因子操作が苦手です。人間の目の形をさせることしかできません。

 

 ライオン、ワシ、サメ、ありとあらゆる食物連鎖の最上位の生物の因子。それら全てが備わった目。現在の世界での食物連鎖の頂点、ガストレアのものであるわたしの目。

 わたしの目の前では1人の人間などちっぽけなものでしかありません。そんなこの目で、将監さんの目を睨みます。

 

 

「あ……ぁぁ……」

 

 

 将監さんの口から掠れた声が漏れました。顔は白を通り越して青くなっています。

 

 

「す……すまな、い……」

 

 

 将監さんが小さな声で謝りました。力の差は認識できたようですし、これで許してあげることにしましょう。

 

 

「失せてください」

 

「ひぃっ」

 

 

 尻もちをついた将監さんがそのまま後退(あとずさ)って行きました。将監さんのイニシエーターと思われる人が驚いた様子でわたしを見ています。とりあえずサングラスをかけ直しておきましょう。

 

 

「終わったの?」

 

 

 机に突っ伏していた相馬さんが突然起き上がりました。

 

 

「はい。迷惑でした」

 

 

 本当に迷惑でした。力の差も考えずに突っかかってくるのはただのガストレア以下です。

 

 

「えっと、君は」

 

 

 蓮太郎さんが話しかけてきました。

 

 

「同じアパートのアイノ・クラフトです。変にかしこまらなくてもいいですよ」

 

「あ、ああ。俺は」

 

「2階角部屋の蓮太郎さんですよね?」

 

「そ、そうだ」

 

 

 蓮太郎さんの顔が引きつっています。蓮太郎さんが言葉を言いきる前にわたしが答えているからでしょうか。

 

 

「ちょっと、里見くん。知り合いなの?」

 

「同じアパートに住んでて、何度かすれ違ったぐらいだ。まさか民警だとは俺も思ってなかったよ」

 

 

 女性の人が蓮太郎さんを肘で小突いて尋ねています。わたしが民警だとわからなくても、普段から一緒にいる陸さんの龍太刀(りゅうたち)を見れば察しは付きそうなものですが。

 

 

「アイノさん、初めまして。天童木更と申します」

 

 

 挨拶をされました。女性の人の名前は木更さんというそうです。

 

 

「木更さんもかしこまらなくていいですよ。相馬さんはこれですし」

 

 

 相馬さんは机に突っ伏して寝ています。寝言で「莉子ぉ」と呟いています。

 

 

「そ、そうね。そうさせて貰うわ」

 

 

 木更さんも少し苦笑いをしています。なぜでしょうか。

 

 その時、制服を着た禿頭の人が部屋に入ってきました。そのすぐ後ろを早足で抜けるように燕尾服の男性と黒服の少女が入ってきます。影胤さんと小比奈さんです。

 

 影胤さんは空いていた席に座り、足を机の上に投げ出しました。影胤さんも呼ばれていたのでしょうか。だとすると、正規の民警ペアのはずです。昨日追ってしまったことを後で謝らないといけませんね。ですが、遅刻は感心しません。

 小比奈さんは私の横を通りすぎ、部屋の一番後ろで壁に背中を預けました。じっとわたしを見ているので、わたしも見返します。にらめっこでしょうか。

 

 

「本日集まってもらったのは他でもない、諸君等民警に依頼がある。依頼は政府からのものと思ってもらって構わない」

 

 

 禿頭の人が話し始めたので、小比奈さんから目を逸らし前を向きます。相馬さんはいつの間にか起きて真剣な表情で話を聞いていました。

 

 

「ふむ、空席一、か」

 

 

 ?

 どこに空席があるのでしょう。最後の席は影胤さんが座って埋まりました。

 

 

「本件の依頼内容を説明する前に、依頼を辞退する者はすみやかに席を立ち退席してもらいたい。依頼を聞いた場合、もう断ることができないことを先に言っておく」

 

 

 誰も席を立ちません。もちろん相馬さんも立ちません。貴重な依頼です。逃したら会社の経営は赤字のままです。いつか相馬さんの個人資産が底を尽きます。

 

 

「よろしい、では辞退はなしということでよろしいか?」

 

 

 禿頭の人が念を押すように周りを見回しますが、辞退の声はありません。

 

 

「説明はこの方に行ってもらう」

 

 

 禿頭の人が身を引くと、特大パネルに一人の女性が写し出されました。

 

 

『ごきげんよう、みなさん』

 

 

 写し出されたのはこの東京エリアを統括する聖天子様でした。影胤さんと相馬さんを除く社長格の方々が勢いよく立ち上がります。影胤さんは姿勢を変えずに聖天子様が写るパネルを眺めています。相馬さんは嫌そうな顔をしています。きっと対応しきれない面倒事に反応するセンサーが発動したのでしょう。

 

 天童菊之丞という名前の男性の姿も見えます。まるで光の裏にある影のようです。

 

 

『楽にしてくださいみなさん、私から説明します』

 

 

 着席する人はいません。影胤さんは態勢を変えませんし、相馬さんは顔だけパネルに向けて机に突っ伏しました。とがめるような視線が相馬さんに飛びます。

 

 

『といっても依頼自体はとてもシンプルです。民警のみなさんに依頼するのは、昨日東京エリアに侵入して感染者を一人出した感染源ガストレアの排除です。もう一つは、このガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収してください』

 

 

 感染源ガストレア……昨日空を滑空していたモデル・スパイダーのガストレアのことでしょうか。

 

 パネルにジュラルミンシルバーのスーツケースと、その横に報酬額の数字が写し出されました。相馬さんが飛び起きて、わたしにアイコンタクトで「できる?」と聞いてきます。わたしはアイコンタクトで「必ず」と答えました。相変わらず現金な民警会社です。

 

 三ヶ島さんがすっと手を挙げました。

 

 

「質問よろしいでしょうか。ケースはガストレアが飲み込んでいる、もしくは巻き込まれていると見ていいわけですか?」

 

『その通りです』

 

「感染源ガストレアの形状と種類、いまどこに潜伏しているのかについて、政府は何か情報を掴んでいるのでしょうか?」

 

『残念ながらそれについては不明です』

 

 

 今度は木更さんが挙手しました。

 

 

「回収するケースの中にはなにが入っているか聞いてもよろしいですか?」

 

 

 社長の方々が色めき立ちます。相馬さんは報酬額を見て目を爛々と輝かせています。

 

 

『おや、あなたは?』

 

「天童木更と申します」

 

『……お噂は聞いております。それにしても、妙な質問をなさいますね天童社長。それは依頼人のプライバシーに当たるので当然お答えできません』

 

「納得できません。感染源ガストレアが感染者と同じ遺伝型を持っているという常識に照らすなら感染源ガストレアもモデル・スパイダーでしょう。その程度の敵ならウチのプロモーター一人でも倒せます」

 

 

 やっぱりモデル・スパイダーでした。たぶんこの中で滑空するという特長を知っているのはわたしだけなので、わたしが有利です。

 

 

「問題はなぜそんな簡単な依頼を破格の依頼料で――しかも民警のトップクラスの人間たちに依頼するのか腑に落ちません。ならば値段に見合った危険がそのケースの中にあると邪推してしまうのは当然ではないでしょうか?」

 

『それは知る必要のないことでは?』

 

「かもしれません。しかし、あくまでそちらが手札を伏せたままならば、ウチはこの件から手を引かせていただきます」

 

 

 もったいないです。手を引いたら当然何も貰えません。もったいないです。

 

 

『……ここで席を立つと、ペナルティがありますよ』

 

「覚悟の上です。そんな不確かな説明でウチの社員を危険にさらすわけにはまいりませんので」

 

 

 沈黙が広がります。相馬さんは目を¥マークにして妄想にふけっています。

 

 突然、影胤さんがけたたましく笑い始めました。

 

 

『誰です』

 

「私だ」

 

 

 全員の視線が影胤さんに集まります。影胤さんの両隣の人は驚いて椅子から転げ落ちました。驚きすぎではないでしょうか。

 

 

「お前は……そんな馬鹿なッ」

 

 

 蓮太郎さんは影胤さんを知っているようです。ですが反応が今更すぎないでしょうか。先程から影胤さんはいました。

 

 影胤さんは体を反らせて跳ね起きると、机の上に立ち上がります。マナーが陸さん並みです。

 影胤さんは聖天子様と向き合える位置まで移動しました。

 

 

『……名乗りなさい』

 

「これは失礼」

 

 

 影胤さんはシルクハットを取り、体を二つに折って礼をしました。

 

 

「私は蛭子、蛭子影胤という。お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿。端的にいうと私は君たちの敵だ」

 

 

 前言撤回です。追ってしまったことを謝る必要はありませんでした。むしろ捕まえたら報酬が貰える系統の人でした。WANTEDです。

 

 

「お、お前ッ……」

 

 

 蓮太郎さんは拳銃を影胤さんに向けて構えています。影胤さんの首がぐりんと外れそうな勢いで蓮太郎さんの方を向きました。

 

 

「フフフ、元気だったかい里見くん。我が新しき友よ」

 

「どっから入って来やがった!」

 

「フフフ、そ――」

 

「えっ、気づいてなかったのですか?」

 

 

 その場にいた全員の視線がわたしに集まりました。その全てが驚愕の視線です。相馬さんだけ納得した様子です。

 

 

「驚いたよ。まさか気づかれていたとは。アイノくん、君はいつから私に気づいていのかね?」

 

「いつからと言われても、最初からとしか」

 

「……それは本当かい?」

 

「パパ、アイノの言ってることは本当。最初から気づかれてた」

 

 

 後ろに控えていた小比奈さんがわたしの隣まで来て言いました。わたし以外は小比奈さんにも気づいていなかったみたいです。みなさんとても驚いています。

 

 

「……強そうに見えないのに」

 

 

 小比奈さんはどこか不満げに言いました。きっと、今までは相手の強さを見ただけで察することができたのでしょう。それなら昨日すぐに退いてくれなかった理由もわかります。

 

 

「能ある鷹は爪を隠すのです」

 

「パパァ、アイノ嫌い。斬っていい?」

 

 

 嫌われてしまいました。煽ったと勘違いされてしまったのでしょうか。悲しいです。

 

 

「駄目だ。アイノくんの力は思っていたよりも遥かに上だ」

 

「むぅ、パパァ」

 

 

 小比奈さんは小太刀の柄に手を添えて、小太刀を抜きたそうに指をせわしなく動かしています。

 

 

「おおそうだ、紹介が遅れてしまったね。私のイニシエーターにして娘の、小比奈だ」

 

 

 小比奈さんは小さく跳んで卓上にのぼり、影胤さんの隣まで歩いてからスカートをつまみお辞儀をしました。

 

 

「蛭子小比奈、十歳」

 

 

 顔を上げた小比奈さんにジト目で睨まれています。なにか悪いことをしたでしょうか?こんなに嫌われている理由がわかりません。

 

 

「では本題と行こうか。と言っても、今日は挨拶に来ただけだけどね。私もこのレースにエントリーするよ」

 

「エント――」

 

 

 蓮太郎さんがなにか言おうとした直後、電話の着信音が室内に鳴り響きました。

 

 

「私の携帯だ。すまないね」

 

 

 どうやら影胤さんの携帯にかかってきたみたいです。

 影胤さんが電話に出ました。

 

 

「……ふむ、そうか。既に『七星の遺産』は手に入れたと。それなら迎えに来てもらえないかね?私単独で逃げきれないことも無いが、少し面倒だ。……では、頼んだよ」

 

 

 奇妙です。わたしの聴力で電話相手の声も聞き取ったのですが、聞こえてきたのは虫の羽音のようななにかだけでした。

 

 

「諸君、始まる前からすまないが、どうやらレースは私の勝ちのようだ。君たちが欲するジュラルミンケースの中身、『七星の遺産』は我々が頂いた。すぐに迎えが来る。私たちはこれにて去るとしよう」

 

 

 直後、窓を突き破って何かが入って来ました。蟹のような腕、蜂のような胴体、頭部と思われる場所には鮮やかな色のうずまきがあり、蝙蝠の羽を生やして飛行する生命体。

 

 

「ガストレアだ!撃て!」

 

 

 誰かが叫びました。直後、謎の生物に黒銀の弾丸が殺到します。しかし、その全ては謎の生物と影胤さんたちを守るように出現した青白い燐光を放つバリアに防がれました。

 

 

「ヒヒッ、何をしても無駄だ。私の斥力フィールドは今や……ステージⅤの攻撃すらも防ぐだろう」

 

 

 謎の生物が影胤さんと小比奈さんを腕に乗せます。謎の生物はそのまま飛び上がりました。

 

 

「ではさらばだ! 友よ、そして超越者よ!」

 

 

 影胤さんと小比奈さんを乗せた謎の生物は窓の外へ飛び去って行きました。一瞬で外周区の空へと消えていきます。

 

 

「追いかけないの?」

 

 

 呑気に椅子に座ったままの相馬さんが聞いてきました。

 

 

「無理です。モノリスの近くで完全に気配が消えました」

 

「モノリス? あれ、ガストレアなのにモノリスに近づけるの?」

 

 

 モノリスは東京エリアを守るバラニウムの塊。普通のガストレアが近づけばただでは済みません。ですが……

 

 

「あれは、ガストレアではないです」

 

 

 わたしだからこそ、確信を持って言えます。




Tips

無装のアイノ

 素手でガストレアの脳を潰し、心臓を刺し貫く。ガストレアの肉体を武器に、また別のガストレアを狩る。
 その戦鬼の如き戦い方に、アイノはIP序列100位以内でないながらも二つ名で呼ばれるようになった。
 無装と呼ばれるキッカケとなった『仙台エリア防衛戦線』という戦いがあるが、それはまたいずれ。
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