人間と異形と狂気の狭間   作:sterl

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バナナキムチ

「その影胤ってやつ、お前から見てどうだった?」

 

 

 ハートの4が陸さんの手から落とされます。

 

 

「どうと言われても、不気味としか。せっかくのジュラルミンケースも取られてしまったので、その分の報酬が貰えなくて残念です」

 

 

 スペードの6を手札から捨てます。

 

 

「まあ、あの蛭子って人を捕まえればもっと多い報酬が貰えるから別にいいんじゃない?っと、スペード縛りね。あと7渡し」

 

 

 相馬さんはスペードの7を捨てました。加えてカードを一枚、次の藤谷さんに渡しました。縛りと7渡しはローカルルールです。

 

 

「おっ、サンキュー相馬。俺は別に報酬さえゲットできるんならそれでいいけどな。そんじゃ、ほいっ」

 

 

 スペードの2が落とされました。誰かがジョーカーを出さないと、残り手札3枚の藤谷さんが続けて捨ててしまいます。加えて二枚あるジョーカーのうち片方は既に捨てられているので、ジョーカーを藤谷さんが持っていたら一巻の終わりです。

 

 

「報酬といえば、臨時報酬をくれると言ったから防衛省についていったのに、あれじゃあただのお小遣いじゃないですか。あ、パスで」

 

「たったの500円だもんな。俺もパスだ」

 

「ちょっとは収支状況を考えて言って欲しいね。特に陸。っと、とりあえずこれで流しでいいかな」

 

 

 と言いながら相馬さんがシルクハットの道化が描かれたカードを捨てました。ジョーカーです。ちなみにもう一枚のジョーカーは仮面の道化が描かれています。

 

 

「いいやまだだ。俺の手札にはスペードの3(勇者)がいる。つぅことでこれで流しにするぜ」

 

「ファッ!?てっきりもう出てたのかと」

 

 

 藤谷さんがスペードの3を出してカードの山を流しました。スペードの3は唯一ジョーカーに勝てるカードです。

 

 

「4の二枚出しで俺が大富豪だ!」

 

 

 藤谷さんがクラブの4とダイヤの4を捨てて上がりました。

 

 

「げぇ、マジかよ」

 

「ふっ、どうだ、参ったか」

 

 

 舌を出して言う陸さんに対し、藤谷さんは誇らしげです。

 

 

「っち、二枚出しなんてできねぇよ。パスだパス」

 

「こればっかりは手札の運ですからね」

 

「そう言うアイノはまだ7枚残ってるんだね」

 

「ハッ、今回はアイノが大貧民か?」

 

「いえ、そうでもありませんよ」

 

「はっ?」

 

 

 手札が5枚の陸さんに鼻で笑われましたが、わたしの手札はそんなに弱くありません。

 

 

「クラブとダイヤの2、これで流しですね。それからハートの2。これもジョーカーは全部出たので流しです。ダイヤの8とスペードの8で2回8切りです。ハートとダイヤの3の二枚出し。これで富豪です」

 

「なっ……」

 

 

 残り7枚の手札を一気に捨てたわたしを見て、陸さんが唖然としています。

 

 

「なぁ、そんなにいい手札だったのに俺に勝てなかったんか?」

 

「ジョーカーが出るまでは様子を見ようと思ってました」

 

「なるほど」

 

 

 藤谷さんが「あのタイミングでジョーカー出してくれて助かった……」と呟いています。

 

 

「10の二枚出しで、10捨てだよ」

 

 

 相馬さんがスペードとクラブの10を捨て、更にクラブのキングとハートの5を捨てました。10捨てもローカルルールです。

 

 

「だから二枚出しはできないっての。パスパス」

 

 

 二枚出しができないのは陸さんが下手だからだと思います。さっきも強引に一枚目のジョーカーで自分の手番にしておきながら、ハートの4を出していました。終盤なのに低い数の一枚出しです。もっと他の手は無かったのでしょうか。

 

 

「本当にいいんだね?じゃあ、クラブの3。これで上がり」

 

「は?」

 

 

 結果、一人残った陸さんが呆然としています。

 

 

「陸ってトランプ全般苦手なのにやりたがるよな」とは、藤谷さんの談です。

 

 

「うるせー。苦手じゃなくたまたまだ、たまたま」

 

「そんじゃ、今月のボランティアは陸な」

 

「あっ、そうだった……」

 

 

 ボランティアとは、亜土民間警備会社の恒例行事です。わたしとプロモーター1人でモノリスの外まで行って、一泊二日のガストレア狩りをします。わたし以外は報酬無しの完全ボランティアです。わたしは相馬さんから毎月ゼロ五つ分は貰っています。

 

 この大富豪で、大貧民になった人がボランティアに行くという賭けをしていました。ちなみにわたしが大貧民だった場合はわたし一人です。

 

 

「陸さん、諦めてください。明日から泊まり掛けですから、準備しますよ」

 

「嫌だ!地獄のボランティアなんか行きたくな」

「うるさいです」

 

 ドスッ

「ガハッッ」

 

 

 まるで子供のように駄々をこねはじめた陸さんを黙らせてから、手首を握って引き摺ります。辛うじて気絶はしてないので、大丈夫でしょう。

 

 

「それでは、買い出しに行ってきます」

 

「いってらっしゃーい」

 

 

 間延びした相馬さんの声を聞きながら、亜土民間警備会社を後にしました。

 

 

 

 ●

 

 

 

「ピーマンとニンジンともやしと……」

 

「そういえば、お前でも影胤ってやつの気配を追いきれなかったって本当なのか?」

 

 

 わたしがスーパーで野菜を物色していると、陸さんが話しかけてきました。

 

 

「はい。臭いも音も、モノリスのすぐそばで突然途切れました。能力を隠さずに追いかけていれば、空気の流れでどこに行ったかわかったのですが……」

 

「そんなことで秘密を見せちゃ切り札にもならないし、危険に身を晒すだけか」

 

「はい」

 

 

 陸さんしか知らないわたしの秘密は、そう簡単に公開していいものではありません。もし知れ渡ってしまえば、この力を求めて、或いはこの力を恐れて、世界中からの刺客が襲ってくることでしょう。

 わたしはともかく、陸さんまで危険な目に遭うのは看過できません。

 

 

「にしても、ガストレアではない化けもんねぇ。新種の生物って訳でも無いんだろ?」

 

 

 昨日わたしが相馬さんと防衛省に行った時に東京エリアとの敵対を宣言した蛭子影胤。影胤さんと小比奈さんだけなら逃がさない自信があったのですが、そのあと表れた謎の怪物に乗って逃げられてしまいました。

 今思えば、完全に気配を消したのもあの化物の力によるものでしょう。

 

 

「同族の気配は感じませんでしたし、地球上であんな生物は誕生できません。可能性があるとすれば、ガストレアウィルスとは違う別のウィルスが生み出した生物か、宇宙から来た未知の生物、でしょうか」

 

「よくわからねぇけど、もし戦うことになったら勝てるのか?」

 

「戦ってみないことにはわからないですが、見た感じでは雑魚です」

 

「ならよし」

 

 

 一つ気になることといえば、化物が全身にまとっていた薄緑のゼリー状の物質でしょうか。猛毒物質なのか、衝撃緩和装甲なのか、どういうものなのか未知数です。

 猛毒でもなんでも、わたしなら特に問題無いので大丈夫なんですけどね。

 

 

「あっ、豚バラ肉が3割引されてますね。少し多めに買っておきましょう」

 

 

 食材を買い物カゴに入れながら歩いていると、豚肉が目に止まりました。賞味期限も切れてませんし、外見も悪くなさそうです。それになにより、わたしの中の肉食獣の本能がこれは大丈夫だとGOサインを出しています。

 

 買いですね。

 

 他に必要なものは……なさそうです。一泊二日だけならこれで充分でしょう。

 

 

「レジに行きましょうか。……陸さん、何を見ているのですか?」

 

 

 陸さんに声をかけたのですが、反応がありません。どうやらカップラーメンのコーナーを覗いているようです。

 

 

「買うべきか買わざるべきか……。いや、でも、バナナキムチ味?好きなメーカーの新商品でもこれは……」

 

 

 陸さんは黄色と赤のまだら模様のパッケージを手に取って悩んでいました。パッケージにはバナナ味キムチ風味と書かれています。謎のラーメンです。

 

 

「バナナ味ならまあわかる。キムチ味はいいだろう。しかし、バナナキムチ味はどうな――グハッ!?」

 

「買うなら早くしてください。わたしは先にレジに行ってますよ」

 

 

 あまりに遅いので脇腹にチョップを入れます。

 さて、悶絶する陸さんは放っておいて会計を済ませましょうか。

 

 余談ですが、結局陸さんはバナナキムチラーメンを買いませんでした。




Tips

謎の生物

 脳の缶詰めを作れる程度の技術力を持った神話生物。当然科学は発展するものであるため、クトゥルフ神話作品やCoCシナリオなどで登場する同種個体よりも強力。

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