人間と異形と狂気の狭間   作:sterl
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※途中(一つ目の●)から三人称神視点になります
クトゥルフ神話「俺大連鎖」



始まりゆく混沌

 深夜二時。多くの人が寝静まったであろう頃、わたしは全裸でモノリスの外にいました。露出狂ではありません。服を着るのが面倒だっただけです。それにわたしなら見つからないので問題ありません。

 

 家ではわたしに人の因子を捧げて干からびた陸さんが気絶しています。たったの一時間で力尽きてしまったので、思ったよりも早く家を出ることができました。

 

「モデルオウル」

 

 フクロウの因子を解放します。全身を白銀の羽毛が覆い、ちょうど下着のような形になりました。足は指が長く細長く硬くなり、鳥の足になります。腕は大きく変化し、猛禽特有の翼になりました。お尻からは背骨を延長するように尾羽が生えます。

 

 わたしの今の外見を一言で表すなら、ハーピーでしょうか。神話上の醜悪なハーピーではなく、日本人がファンタジーに美化したハーピーです。

 

 ここまでしっかりと因子解放したのは久しぶりです。これも陸さんさまさまですね。心の中で感謝しておきましょう。

 

「それでは行きますか」

 

 翼を大きく広げ、飛び上がります。羽ばたくのは少し疲れますが、そもそものスタミナが無尽蔵なので問題ないです。みるみる高度が上がり、あっという間にモノリスを越えました。

 

 空をゆるりと滑空しながら、巨大なガストレアや影胤さん、ガストレアではない怪物がいないか、地上を見下ろします。

 

 昨日……ではなくもう深夜二時なので一昨日ですね。影胤さんがいなくなった後、聖天子様から緊急の依頼。それも実質指令に近いものが言い渡されました。

 

 要約すると、曰く、七星の遺産とは厳重に保管しなければ東京エリアに大絶滅を引き起こすもの。それが影胤さんに奪われてしまった現在、早急に取り返さなければ東京エリアが滅んでしまう、とのことです。

 

 わたしとしては東京エリアが滅ぶこと自体はどうでもいいのですが、亜土民間警備会社の事務所が無くなるのは嫌ですし、みなさんの居場所が無くなってしまうのはもっと嫌です。

 

 ですので、明日――厳密には今日ですが――のボランティアで行く場所の下見ついでに影胤さんを探せるよう、影胤さんの気配を感じられなくなったモノリスの先でボランティアを行うことにしました。

 

 眼下、モノリス側も気にしつつ飛び回ります。ステージⅠやステージⅡはいつも通りたくさんいますね。ステージⅢもちらほら見かけます。陸さんはステージⅢまでは余裕を持って対処できるので、ステージⅣがいたら適度に間引きしておかないといけません。

 

 やはりというべきか、昨日見たガストレアではない怪物は見当たりません。渦を巻きいくつもの触肢を生やす頭部。蟹の鋏のようなものがついた腕。胸元付近から生える足は4本あって、虫の腹部のように膨らんだ腹とあわせて見ればまるで虫のようです。しかし、蚊のような不快な音を出して羽ばたく翼は蝙蝠のようでした。

 

 この複数の生物の身体的特徴を併せ持つことだけを見れば間違いなくガストレアなのですが、わたしが同族と感じなかったのであれはガストレアではありません。では、あれは一体なんだったのでしょう……?

 

 ……前方から飛行型ガストレアが飛んできました。見たところステージⅡでしょうか。狙いはわたしのようなので、すれ違いざまにガストレアの頭を潰し、地上に落としました。

 

 考えていても仕方ありません。ステージⅣは目につく範囲にはいませんでしたし、適当なステージⅢを食べてから帰りましょう。

 

 

 ●

 

 

 深夜二時。暗い部屋の中。赤い髪の少女、延珠は大の字になって寝ていた。

 

「れんたろぉ……。すー」

 

 寝返りを打つ延珠。幸せそうな顔でよだれを垂らしている。しかし、そこに蓮太郎の姿は見えない。

 ただ時折、蚊の飛ぶような不快な音が聞こえるだけだ……。

 

 

 

 同時刻。某所公園。人払いをしたように人気は無く、二人の男が佇むのみ。……否。空に、木の影に、遊具の裏に、暗色に身を溶かした異形が潜んでいた。

 

「こんなとこに連れてきて、何が目的だ?」

 

 寝間着のままの不幸面の男、里見蓮太郎。寝癖で髪がボサボサで、心底不機嫌そうに目を細めている。しかし、銃だけは対面に立つ男に向けたまま、警戒を解いてはいない。

 

「アイノくんがモノリスの外にいると連絡を受けてね。君と話すなら今しかないと思った次第だよ」

 

 対面に立つのは笑う仮面に燕尾服、そしてシルクハット。ふざけたような格好の長躯の紳士、蛭子影胤。丸腰で銃口の先に立つが、警戒している様子は見受けられない。

 

 影胤の言葉に、眉をしかめる蓮太郎。銃を握る手に力が入る。

 

「さて、本題だ。里見くん、私の側に来ないか? もちろんタダでとは言わない。望むなら金でも力でも、なんでも――」

 

 影胤の言葉を銃声が遮った。半透明の青い壁に阻まれ、黒い銃弾は地に堕ちる。夜の公園に甲高い音が響き渡った。

 

「てめぇの仲間になんか、死んでもなるかよ」

 

「ほう、本当にそれでいいのかね?」

 

 蓮太郎は無言を以て答える。

 影胤は踵を返し一歩、歩き始めた。

 

「ヒヒッ、それでこそ里見くんだ。だが、いずれ君は知ることになる。星辰は既に揃っているのだと」

 

 影胤は首を回し、蓮太郎を視界に捉える。

 

「里見くん。君は、君自身のために私と行く道を選ぶことになるだろう」

 

「何を、言っているんだ……?」

 

 影胤を訝しむ蓮太郎。

 影胤は右手を掲げ、指を鳴らした。蚊の飛ぶような音とともに、形だけを見れば蜂のような、渦を巻く頭部の異形が舞い降りる。影胤はその異形の腕の大きなはさみに腰掛ける。

 

「二日後だ。二日後、この東京エリアをステージⅤ(ゾディアック)ガストレアが襲う。その後、再び答えを聞かせてもらうよ」

 

 影胤を乗せた異形が蝙蝠のような黒い翼を震わせ、空へ飛び立つ。それを追うように、大小様々な異形が5匹飛び去っていった。

 

「影胤……一体、何者なんだ?」

 

 宵闇の中、蓮太郎はただ一人残された。

 

 

 ●

 

 

 深夜二時半。聖天子の寝室。部屋の主たる聖天子は、窓の外を見て憂いていた。

 

「七星の遺産は既に敵の手に……。このまま取り戻せなければ……」

 

 聖天子の顔には疲労が浮かんでいる。影胤の手に『七星の遺産』と呼ばれるものが渡ってから既に一日以上経過している。モデル・スパイダーのガストレアはその影すら見せておらず、その事実が影胤の言葉を裏付けていた。

 

「もう寝ましょう……」

 

 俯いたままベッドに座り込む聖天子。ふと、背後に気配を感じる。何者か。この時間帯では普段なら部屋にいるのは聖天子ただ一人。誰かが入ってくるにしてもまずノックの音がある。

 まさか、暗殺者か。そう思いつつ、聖天子は立ち上がりながら振り向いた。

 

「何者ッ!」

 

 その褐色肌の美しい男はベッドに座ったまま、笑顔で聖天子を見ていた。聖天子と真逆の、漆黒に染まったゆったりとした服に身を包み、漆のように美しい髪は短く整えられている。その容姿は女性どころか男性でさえ惚れてしまうのではと思うほど美形。

 しかし聖天子には、その男があまりに完璧過ぎて不気味に感じられた。

 

 黒い男は口を開いた。

 

「やあ、はじめまして。僕は君を導きに来たよ」

 

 その大人びた外見から発せられる言葉は少し幼げで、明るい声なのにその男の全てから深淵を感じさせる。

 

 不安、焦燥、驚愕、恐怖。

 

 いくつもの感情が渦巻く中、聖天子は一歩、後退る。

 

「そんなに警戒しないでおくれよ。大丈夫、僕に君を傷つける気は全く無いから」

 

 不思議とその言葉は、聖天子の心に染み渡るように広がっていった。

 

「私に何の用でしょうか?」

 

 ふと気づけば、聖天子は男に気を許していた。しかし、害意があるならば気づかれる前に何かしてきているはずだ、と考え直す。聖天子は完全に警戒を解き、再びベッドに座った。男が不審者であることには変わり無いのに。

 

「言っただろう? 君を導きに来たんだ。この東京エリアを存続させたいなら、呪われた子供たちとの共存を望むなら、今の君だけでは力不足だ」

 

 その言葉は聖天子の心に深く突き刺さった。確かに、自分は思想ばかりで自分の望むことなど何もできないのではないかと、心のどこかで薄々気づいていたからだ。

 しかしこの程度の言葉など、現聖天子を評価した評論家の一部は既に吐いている。

 

「私は、どうすればいいのでしょう……」

 

 気づけば、聖天子は男に縋っていた。それは、聖天子という立場故に募った不安か、或いは、人知の及ばぬ渾沌故か。

 

「二日後、奪われた七星の遺産の影響で《天蠍宮(スコーピオン)》がこの東京エリアを襲う。それを倒すんだ。そうすれば、東京エリアとそれを統治する君自身が、ステージⅤ(ゾディアック)を打倒した者として確固たる存在となる」

 

 天蠍宮(スコーピオン)。それは10年前、世界を蹂躙した黄道十二星座の名を冠する最凶の十一体の内の一体。それを倒すなど、根拠の無いこと。だが、

 

「……はい」

 

 瞳に光を失った聖天子は、安心したように小さく微笑んだ。それを見た男も、一層笑みを深くする。

 

「いつまでも君と呼ぶのは忍びないね。これから君のことは“白色”と呼ぶことにするよ。僕のことは“黒色”って呼んでね。それじゃあまた来るよ、白色」

 

「わかりました、黒色様……」

 

 黒色は空気に溶けるように、闇に融けるように消え去った。そこに黒色のいた痕跡はない。

 

 一人、眠りにつく聖天子。その表情は、憑き物が取れたように穏やかなものだった。

 

 

 

 

 とある国のとあるガストレア研究家の男は、衛星を通して太平洋上を観測していた。渡鳥型のガストレアの群れが飛んでいるのを眺めていると、ふと、島のようなものが見えた。

 

 男はそれを拡大して見る。いくつもの建造物が連なる都市を乗せた島のようだった。拡大すればするほど、男はその島の異常性に気づく。

 

 その建造物群は凡庸な脳ではとても理解しがたい非ユークリッド幾何学的な構造をしており、詳しく理解しようとすればするほど頭痛と吐き気を催す狂気的なものだったのだ。

 

 気分を害した男は、正しく見ようとするのは止めて眺めるようにその島にあるものを見ることにした。

 

 建造物の間に複数見える生物の姿……ガストレアだろう。地上を歩く魚のガストレアが多数見受けられた。当然のことだが、これほど多くの同じ外見のガストレアが群れでいるのはなかなか珍しい。正確な大きさは解らないが、体格さえ同じなのだ。しかもしばらく見ていると、一定の社会性を持って高度で知性的な行動をしている様子が伺える。

 

 これは大発見だと気をよくした男は、社会性を持つなら王に位置する存在がいてもおかしく無いのではと考える。実際、過去に《金牛宮(タウルス)》というガストレアの軍勢を率いたステージⅤ(ゾディアック)ガストレアも実在した。

 

 男は一度衛星から送られてくる映像を縮小し、もっとも王たる存在がいる可能性が高いであろう都市の中央部分を拡大した。

 

 そして、男は『ソレ』を見てしまった。

 

 ガストレアと呼んでいいのか。或いは『ソレ』こそが欠番だった十二番目のゾディアックガストレアに収まるべきなのではなかろうか。

 

 『ソレ』は、左右3つずつついた目で映像越しに男を睨んだ。

 

 

 

 ――その後、男の溺死体が研究室で見つかった。

 

 

 溺れるほどの水など無いその部屋でなぜ溺れたのか。胃液の逆流や肺の異常とも思われたが原因は定かではなく、衛星との接続が切れたスクリーンが現場にあるのみだった。

 







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