「うっし、やるからには気張るか」
「気張るなら夜も頑張ってください」
「それは……な?」
現在モノリスの外側、既に廃れ廃虚となった街を歩いています。外周区のマンホールから既に使われなくなった地下水道に降りれば、モノリスの外へは比較的簡単に行けます。自衛隊はモノリスとモノリスのちょうど中間ばかりを気にしているので、モノリスのほぼ真下を通る地下水道は眼中に無いのでしょう。たまに瓦礫が道を塞いでいますが、わたしにとってはあってないようなものです。
わたしだけなら迷彩で自衛官の隣を通り過ぎることもできますが、陸さんもいるので地上を通ることはできません。
「にしても、今回はガストレアが少なくないか? 先々月はマンホールから出た直後にステージⅠが襲ってきたろ」
「な、なんででしょうかねー」
「……面倒事になってないし構わないけどよ」
陸さんに呆れたような目で見られます。先々月のボランティアでは陸さんと一緒でした。その時にステージⅠとⅡが絶えず襲ってきたので、それを気にしているのでしょう。なぜか感づかれてしまいましたが。
実は昨晩、適当に見繕ったステージⅢのガストレアがたまたま小規模の軍団指揮能力を持っていてステージⅠの取り巻きが数十体いました。それに加え死んだ時に死体から他のガストレアを集めるフェロモンを発したので、その死体を食べている間にもステージⅠが辺りから寄ってきました。そのせいで、食べ終わる頃にはこの辺りのステージⅠは大体狩り尽くしてしまいました。ステージⅡも巻き込んだので、今日のキャンプ予定地にはステージⅡとステージⅢが数体ぐらいずついる程度でしょう。ですのでまだガストレアに襲われていません。
……場所を変えましょうか。
「ガストレアが少ないので、せっかくですし少し離れた所まで行きましょうか」
「あー、んー、別に問題ねぇか。この程度なら地獄って訳でもないしな」
釣れました。流石、脳筋は餌が無くても引っ掛かってくれます。では、前々から気になっていたジャングルの方へ行きましょう。ガストレアウイルスの影響で日本原産の植物でもジャングルとなりうるようになっています。
ジャングルの上を飛び越えることはあっても、中に入ったことは一度もありませんでした。ステージⅣがどれだけいるのか、今から楽しみです。
――8時間後――
「かはっ! ……もう、無理」
大きな翼の生えたライオンの前足の一撃で吹き飛んだ陸さんが、巨木を背に地面に崩れ落ちました。宙を舞う龍太刀が、陸さんを殴り飛ばしたガストレアと陸さんとの間に刺さります。
「『コイツは俺に任せとけ』とか言うからですよ」
わたしはわたしで目の前にいた鋭い針を纏う大蛇の首をねじ切り、少し離れた場所から固めた土を投げてくる虫の外骨格を持ったサルに投げつけます。大蛇の鱗の代わりに生えていた針がサルの腹部を貫きました。
ちらっと陸さんの方を見ると、這いつくばる陸さんに白翼ライオンのガストレアが迫っていました。
「しょうがないですね……っ!」
頭があった部分の断面を晒す大蛇を両腕で抱えるように持ち上げます。既にゴリラの因子を解放しているのでさほど苦労はしません。陸さんに迫るガストレアの位置を確認して、大蛇の体を鞭のように上から叩きつけます。
轟音。枯れ葉と土が巻き上がり、大蛇の胴体が直撃した木が外皮を破裂させて半ばから折れました。木々が軋む音を聞きながら、針の無い大蛇の白い腹部を駆けます。もうもうと立ち込める土煙に飛び込むと、前からなにかが近づく気配を感じました。
「モデル・ソーシャーク」
咄嗟にノコギリザメの因子を解放、そして跳躍。右腕をノコギリに見立て、下を通る気配を切りつけます。ギャウと小さな悲鳴を漏らし、気配の主が大蛇の下へ転がり落ちる音が聞こえました。
一旦立ち止まり様子を見ます。徐々に土煙が晴れて視界がはっきりしてきたその矢先、サルに投げつけたはずの大蛇の頭が飛んできました。屈んで回避し、頭が飛んできた方向を見ます。そこには、腹部から血を流すサルがいました。大きさだけは一軒家ほどはあるので、先程の一撃だけでは殺しきれなかったのでしょう。
サルに投げつけるための鱗を足下の大蛇の死体から剥がしていると、大蛇の下に落ちていたライオンが飛びかかってきました。左の翼を失っているので、持っていた鱗をぶつけるだけでバランスを崩し転倒しました。
目の前に倒れたライオンの頭部を手刀で切り落とします。ついでにわたしの体重より明らかに重いライオンの頭を、固めた土を投げようとしているサルに向けて投げつけます。ライオンの頭は、同じく投げられた土の固まりに迎撃され、土と血を散らしました。
「モデル・チーター」
ライオンの頭が地面に着く直前、その隣を駆け抜けます。そのままの勢いで軽く跳び、サルの頭を側面から蹴ります。その衝撃にサルの頭は耐えきれず、爆散しました。
倒れたサルの胸部甲殻の上に着地。周囲に生きているガストレアの気配なし。血の臭いに釣られて来るかもしれませんが、その時はその時です。人の因子を活性化させ、解放していたその他の因子を封じます。
「ふぅ」
軽く呼吸を整え、サルの上から飛び降ります。針の鎧の大蛇、白い翼のライオン、虫の殻のサル。3体のステージⅢに同時に襲われましたが、なんら問題ありませんでした。
既にステージⅢと単独で17連戦やらせていたからか、陸さんは変なテンションで白い翼のライオンに突っ込んで返り討ちにされていました。結果、現在大木の下で気絶しています。頑丈な陸さんのことですから、夜になる頃にはスッキリ目覚めるでしょう。
さて、ちょうどいいのでこの3体のステージⅢは食べてしまいましょう。陸さんもこうしてわたしがガストレアを食べるのは知っているのですが、あまり見ようとしません。なので気絶している間に食べてしまいます。
「モード・イーター」
複数因子の多量解放。あらゆる生きものの捕食者としての側面。全身がメキメキと音を立て変形し、急な変化に白銀の体毛が抜け落ちました。
……それでは、いただきます。
●
「ふあぁぁぁあっ、んー」
「おはようございます」
「ぁぁあ、あ? ここは……あー、そういやボランティア中か」
夜の闇の中。たき火の隣の地面に放られていた陸さんが起き上がりました。持ってきていたリュックサックの中身を取り出すのを止め、陸さんの方を向きます。
「なあアイノ、なんでそんなんなってんだ?」
陸さんがわたしを見て言いました。そんなん、とは、わたしの姿のことでしょう。今のわたしは、パンツだけを穿いて上半身は裸です。それに加え、肘先と膝先からは白銀の毛がびっしりとはえ、手足の爪は異様に鋭く伸びています。我ながら惚れ惚れする毛なみです。
ちなみに、歯を見れば八重歯が鋭く伸びているでしょう。チャーミングです。
「陸さんが気絶したあと追加でステージⅣも来たので仕方ありません。寝る前にしますよ」
嘘です。残念ながらステージⅣは来てくれませんでした。無駄に使いすぎた因子を補充するための口実です。本当は獣じみたこの格好をする必要もありません。
「おっふ……」
顔面蒼白で再び倒れた陸さんをよそに食事の用意をします。バーベキューコンロは既に組み立てたので、炭に火を起こします。起こすと言っても、松の因子を中心に解放し体内で合成した可燃性の油を炭にかけ、たき火の火を移すだけです。
炭に火が行き渡る間、たまに息を吹き掛けるしかやることがないので空を見てみます。
ジャングルの中の開けた場所、と言うより、木を切り倒して強引に作った空き地からは満天の星空を見ることができます。
一昔前……わたしが生まれるより前では、人工の光に遮られ、地上からは星々の煌めきがほとんど見えなかったそうです。今の東京エリアの中心部からも光の弱い星を見ることはできませんが、夜間は光の無い外周区からなら同じくらいの星空を見ることができます。
人類の文明はガストレアによって滅亡寸前まで追い込まれましたが、それにより、より身近になった自然もあります。現在の人類はガストレアを滅するべきものと断定していますが、それは一概に悪とは言い切れないと思うのです。
地球……この世界にとっては、環境を破壊し、野生を棄てた人類こそが絶対悪なのではないか。ガストレアこそが正義の使者で、世界を護る存在なのではないか。ふと星を見たり、空を飛んだりすると、たまにそんなことを考えてしまいます。
わたしの立場から生まれる、哀しい
……。
さて、炭全体に火が行き渡りました。昨日買った野菜や肉を焼いても大丈夫でしょう。金網を置き、とりあえずは食パンを並べておきます。米は炊くのに時間が掛かるので、パンで代用です。
「陸さん、起きてください」
陸さんに呼び掛けつつ、食パンに焦げ目がついているか確認します。うっすらと茶色が差しているのを確かめたら、裏返します。両面に焦げ目さえあればそれで充分なので、焼き終わった食パンから順に紙皿に移しておきます。
……陸さんが起きる気配がありません。仕方無いので、野菜と肉を焼いてしまいましょう。陸さんが食べる分を残しておけば特になにも言われません。
ジャングルと化した木々の間に、たき火と野菜の水分が弾ける音が響き、肉が熱され縮れながら小気味良い音を鳴らします。先程ステージⅢのガストレアを3体食べたばかりだというのに、お腹が鳴ってしまいました。
火が通った肉と野菜を食パンに挟み、甘口の焼肉のタレをかけます。仕上げにブラックペッパーをお好みで振りかけたら完成です。野菜は種類によって生のまま挟んでも美味しいです。
一口。サクッと小さな音を立て、歯がパンを貫通します。炭火焼き特有の食欲をそそる風味が口に広がり、安物の肉に付け加えたタレが絶妙なジューシーさを生みだします。
ジャングルの中とはいえ、夜の涼しさと日本の元々の気候により、あまりじめじめとした嫌な感じはしません。そのお陰か、屋外で食べる料理というものをしっかりと楽しむことができます。
平和。ガストレアと人類が劣悪ながらも絶妙な均衡を保つ現在、このように平穏の中に平和を感じることはできます。朝起きてから夜寝るまで、何事もなく平穏に過ごせることこそが、平和とも言えます。
「いつまでも、この平和が続けばいいのですが……」
遥か遠く、しかし着実に近づいてくる、人には聞こえない周波数の遠吠えを聞きながら、夜は深くなっていきます。
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アイノが