人間と異形と狂気の狭間   作:sterl

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ガストレアならざる異形

『蛭子影胤を追う必要はありません』

 

 

 

 それが、わたしたちがボランティアをしているとき、相馬さんが聞かされた聖天子の言葉だそうです。そのせいで、臨時手当は貰えましたが報酬は貰えなかったそうです。正直なところ不完全燃焼です。

 

 今は特にやることも無いので、事務所でそれぞれのんびりしています。相馬さんは莉子さんと昼寝、藤谷さんは持ち込んだポータブルゲーム機で美雨さんと協力プレイ、わたしは先ほどキッチンを借りて作った創作料理を食べ、陸さんは昨日の疲れからか気絶しています。

 

 

 

「ごちそうさまです」

 

 

 

 空になった皿を持って階段を上がります。事務所の2階は相馬さんと莉子さんの寝泊まりする住居になっていて、細かく部屋が区切られているので広々とした1階に比べてやや窮屈です。

 

 キッチンで使った食器を洗い、お風呂場の洗面台で身支度を済ませます。階段を降り1階へ。

 

 相馬さんはまだ寝ていたので、ゲームをしている藤谷さんに声をかけます。

 

 

 

「少し出かけてきますね」

 

「おう、相馬に伝えときゃええんやなっ……と。罠サンキューな、美雨」

 

「ん、早く」

 

「りょーかい、これで倒しきる!」

 

 

 

 藤谷さんが手元のゲーム機に視線を戻したのを見届けてから、事務所を出ます。誰もいないことを確認してからクラゲ等の因子を解放。肉体を透明化かつ軟体化し、道路の側溝から下水道に降ります。最近毎日陸さんから人の因子を補充しているので、この程度の因子解放なら問題はありません。

 

 それでは、不満を燃焼させに行きましょう。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 カエルのガストレアが木々の間を飛んで行きます。巨木に衝突したガストレアは、木の表皮に血の染みを残して潰れました。

 

 現在地は昨日の夜切り開きキャンプした場所です。ここは自分のものだと言い張るように切り株の上に座っていたカエルのガストレアを殴り飛ばしました。ステージⅠの分際でいい度胸です。

 

 さて、準備は整いました。

 

 

「5匹……形からして3匹は昨日付け回してきたのと同じ個体ですね。出てきてください」

 

 

 ……反応はありません。

 ですが、わたしの耳は人間の可聴域外の羽音を捉えています。空気がほんの少し揺れ動くのを感じました。気配は徐々に近づいて……いや、手を伸ばしています。これは……っ!

 

 その場で慌てて宙返りすると、わたしの心臓があった位置をバチバチと音を立てて光るなにかが通り過ぎていきました。

 

 着地と同時に飛んでくる光る弾丸の2射目。上体を反らして弾丸が目の前を過ぎていきますが、目下にあと1弾飛んでくるのが見えます。

 

 

「モデル・スティックインセクト」

 

 

 即座にナナフシの因子を解放し、両腕両足を地につけて変形、伸ばします。枝のようになった足の間、胴体の下を光る弾丸が通り過ぎます。

 

 

「手荒な歓迎ありがとうございます。今度はわたしから行きますねっ」

 

 

 ナナフシの因子を抑え元の足に戻しつつ跳躍。四方から飛んでくる光の弾を回転して回避しつつ、敵の気配の直上に辿り着きます。

 

 

「モデル・シダー」

 

 

 全ての針葉樹の因子を解放。下半身が木になり、服を破って地面に向かって幹と根を伸ばします。木の体は、敵の気配を地面に縫いつけました。

 

 木に変化した下半身をトカゲの尻尾切りの要領で切り離し、プラナリアを筆頭に再生力の強い生物の因子を解放して下半身を復活させます。

 

 幹の上から飛び降り、いまだ途絶えず飛来する光の弾丸を空中で(かわ)しつつ、着地。ガストレアウイルスを保有するキノコの胞子を周囲に撒き、高さ3メートル程度に瞬時に成長させ光の弾丸を防ぐ盾にします。

 

 ガストレアキノコが敵の攻撃を防げていることを音で確認してから、木の根に捕らわれたその存在に目を向けます。

 

 渦を巻き、短い触肢を生やした鮮やかな色の頭部。木の根の間からカニの(はさみ)のような形状の腕が左側のみ表れ、千切れた蝙蝠のような羽の残骸が地面に転がっています。体表を覆う薄緑色の粘体はぐずぐずと煙を出して溶けています。

 

 

「どんな生物かは知りませんけど、知的生命体と判断します。防衛省で影胤さんの逃走に手を貸した生物の仲間ですね? 命が惜しければ影胤さんの居場所を教えてください」

 

『無駄だ。その個体は直に死ぬ』

 

 

 身動きが取れないでいる異様な風貌の生物に話しかけますが、反応があったのは別の方向からでした。

 

 虫の羽音のようにざわついて、やや不快に感じる声です。四方から音を出し反響させ、私の耳に届くときにちょうど声として聞こえるように重ねているようで、明確な音の発信源は掴めません。

 

 

「血も涙も無いのですか?」

 

『無い。君の質問に対する回答だが、契約によって話すことを禁じられている』

 

「あなた方を追えば影胤さんの居場所が判明するのでは?」

 

『イエスだ。しかし、君では我々を追いかけるなどできはしない。何故なら、君は隠れ尾行していた総勢12体の我々に気づけなかった。それが答えだ』

 

 

 ……ブラフでしょうか。確かめようにも、この声が聞こえはじめてから空気をかき乱すように妙な風が吹いていて、空気の動きから気配を感じることは難しいです。

 声の発信源は、会話の中で入念に聞き分けて、4体が発する音を重ねたものだと確信できました。

 さきほど感じた気配は間違いなく5体だけだったので、これがブラフか事実かはわかりません。もし事実なら、この生物への評価を改める必要があります。

 

 

『信じぬならそれでいい。たった一度の接触で、今まで気付けなかった気配に気付けたのだから、君は間違いなく優秀だ』

 

「今まで? まさか、わたしのプライバシーを覗き見していたのですか?」

 

『イエス。君が超越者であるが故に、必要な観察行為だ。(もっと)も、疑心を持った蛭子影胤は君と無用な接触を(おこな)ったが』

 

 

 ……わかりません。口振りから察するに、影胤さんとわたしが会う前からこのガストレアならざる生物はわたしを尾行(ストーキング)していたようです。理由は影胤さんも防衛省から去るときに口にしていた、『超越者』に関連しているそうですが、なぜわたしが超越者とされるのでしょう。心当たりはありますが。

 

 

「超越者とはなんですか?」

 

『……教えられない。まだその時ではない』

 

 

 その時ではない、とはどういうことでしょう。わたしの心当たりの通りなら、今知っても問題はないはずです。わたしが思い当たるようなものではないということでしょうか。

 

 

『……関わりすぎた。これ以上の接触は望ましく無い。さらばだ、超越者アイノ・クラフト。明日を楽しみにしている』

 

「待ってください! まだ聞きたいことがあります!」

 

 

 ガストレアキノコの上に飛び乗り、辺りを見渡し呼びかけます。

 ……返答はありません。気配を遮断する妙な風が収まる頃には、あの生物の気配は感じられなくなっていました。

 

 ふと、背後の気配に変化を感じて振り向くと、木の根に囚われていた生物が煙を出して、体表を泡立たせながら空気に溶けていました。数秒もすれば、木の下にはなにも無い空洞だけが残りました。

 

 

「……明日、ですか」

 

 

 悩んでいてはどうしようもないです。不満は晴れるどころか溜まるばかりですが、もう帰るとしましょう。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

「As01から12の帰投を報告。内、As08が死亡。状況は良好だ」

 

 

 黒色の壁に囲まれ、薄明かりを放つディスプレイだけが光源となっている。壁には計器が埋め込まれ、コンソールを叩きながらその様子を見ていた男は、羽虫の飛ぶような音が混ざる声の主へ振り向いた。

 

 

「電気銃とバイオ装甲を装備していてもなお、1体を返り討ちにするとはね。しかもこれで全力ではないんだろう? ヒヒヒッ、なんとも恐ろしい話だ」

 

 

 奇妙な笑い声の燕尾服の男は、片手で仮面を持ち上げ懐から取り出したペットボトルの紅茶を口に含む。

 

 

「天使の最終調整は終わったのか?」

 

「終わったよ。今は経過観察中だ」

 

 

 男はペットボトルごと紅茶を差し出すが、人ともガストレアとも取れない異形は首を振って応えた。

 

 

「最後の仕上げは計画を遅らせてでも自分でしたいなどと言い出したが、やはり、ヒトのその感情は理解できない」

 

「自ら生み出したものの進化を他者に完全に任せるというのはどうも、私の性に合わないようでね」

 

 

 ディスプレイには、2メートルのカプセルに満たされた薄緑の液体の中で眠る全裸の少女の姿が映っている。液体の中を漂う長い黒髪の合間からは、蝙蝠のような皮膜の翼が覗いていた。

 

 

「君を生み出した新人類創造計画、それに則り考案した我々の新宇宙創造計画。第一フェイズの仕上げは成果報告までだ。解っているな?」

 

「ヒヒッ、もちろんだとも。明日、報告を楽しみにしてくれたまえ」

 

 

 男は部屋から出ていく異形を見届け、紅茶をすすった。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 海底を歩くソレは、赤い目を爛々と輝かせる。1年前、誰にも知られることなく傷付き壊れかけた体は治り、力を得た。

 

 地上へ幾多の触手を伸ばす。海底を這いずり、進んでいく。ゆっくりと、着実に。海面はもうすぐそこだ。




Tips

新宇宙創造計画

 作者の安直なネーミングセンスによって生み出された影胤sideの計画。詳細不明だがどう転んでもロクでもないのは確か。
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