死体。或いは亡骸。
そういう類の物だった。昔は。今は違う。物から者になった。でも、違う。
彼女では無い。
読み方が同じでも意味合いは全く違うなんて、だから日本という国はとても不思議だと思う。
英語だと物も者も、発音から何まで全く違うというのに。
まあ、そんなくだらない事はいい。
今は、この体の元々の持ち主の、出来なかった事をしたい。記憶はある。知識もある。でもそれは張りぼてで、元々の持ち主の脳に刻まれていた情報を見たに過ぎない。
だから、恩返しという訳でも無いけど。
本人の名前を知っている訳でも、ましてや友達でも知り合いでも無く、唯々赤の他人だけど。
やせ細って、骨と皮だけの様な体つきになっても、その生の終着に辿り着くまで『色んな風景を見て回って、後世にかつての風景を伝えたい』。
女は奇妙な能力を持っていた。未来を見とる事が出来た様だ。
そこで、女は見た。
今ある自然の存在が失われ、彼女にとって祈るべきで、同時に慕うべき神が、自分達が慄くべき、恐れるべき妖怪が妄信の類と一蹴される未来を。
それほどまでに、魂が抜け落ちた体にすら深く刻まれる程の強い願いを抱いていた、この体の元々の持ち主だった若い女に敬意を表して。
せめて、その位救いが在っても神様は許してくれると思った。
だから、今でも旅をしている。時代に、土地に合わせた服装で体を隠し、やせ細った二本の脚で歩き、色んな国の風景を渇いた目で見て、それを節くれだった老婆のような手で絵に書いてきた。
そうやって、二千年を使って、見て、書いた、歩いた。
ある時は、砂の国の大きな石墓。
ある時は、緑色生い茂る熱帯の森。
ある時は、
ある時は、人と人とが刀で殺し合う果たし合いの様。
ある時は、時代が移ろいで行き、徐々に記憶にある未来の様子と合致していく世界。
幸いにも、この体は既に人の物では無いから、死ぬ事は無かった。持ち主に謝りたい気分だ。ここ最近はそんな事を考える事が多い。
でも、最近思う。
幻想郷、だったか。そこの管理人であり、大妖怪であり生きた歳月は及ばなくとも、僅差で敗れる事になるだろう『妖怪の賢者』がとやらが幾度も忠告してきた。
『貴方はその体の持ち主の為に生きていても、自分の為に生きていないわ。そんなの駄目よ』と。
その通りだと思う。だが、それが何だというのだ。
何故、それが駄目なのだ?
他人の考えであっても、自らの意思で練られた思想でなくとも、それを尊く思い、それが出来ぬ者の代わりに成し遂げようとするのは、何故駄目なのか?
それが悪ならば、即座に止めよう。だが悪では無い筈だ。元は地蔵だった閻魔も何と説教すればいいのか分からない様な面持ちで、どうやってか出自を知って困惑を露わにしたのだ。
閻魔である者が言葉を濁したのだ。
だから、悪では無い。ならば、続けても問題無かろう。
そうは言っても、別に彼女の事は嫌いでは無い。好感が持てる。『妖怪の賢者』が確固とした信念と理想を掲げて幻想郷とやらを作り上げたのは知っている。常時酔っぱらっていた『伊吹童子』と恐れられたあの鬼が、素面で言っていたのだ。
間違いない。それを聞いた時は、感銘にも似た何かを受けたものだ。
だから、これは互いの意見の食い違いなのだろうと納得する他ないのだろう。
唯、彼女には謝りたい事が一つだけ在る。
五百年ほど前の当初、その事を指摘された際、相手方の事を詳しく知らなかったが故に、追記するならば初対面であったが故に、乏しいと自覚がある感情が、憤怒一色に染まったのだ。
だから、つい。
『黙れ……小女! 彼女の尊き願いを愚弄するか!』
声も妖力も荒げ、激昂する感情のままに怒ってしまった。あれ程声と妖力を荒げたのは初の経験だった。
そして、五百年たった今でさえその事を謝れていない。言おうとする前に彼女が去るか、言おうとして結局何も言えずに終わるのだ。
自身の事ながら、何と嘆かわしい。
だから、けじめとして謝ることが出来るまでは彼女の事を名で呼ばないと、決めているのだ。中々に馬鹿馬鹿しいとは思う。
「……幻想郷か。そうだ、そうしよう」
絵を書く序で、賢者に謝る事が出来れば一石二鳥だ。
問題の方法だが、最近少しばかり名の売れた吸血鬼が幻想郷に屋敷ごと無くなる様に移動したらしい。スカーレット家だったか。幼子が家主について有名だったが、真実は歪められるものだ。
大方、あまり発育のよくなかった吸血鬼なのだろう。
だが、日本と違って魔法とやらが発達した国だ。
きっと、妖術や陰陽術の類では無いのだろう。そも、その手の類の技術はからっきしである。才覚すら無いと判断している。
だが、屋敷より大きくも無く、ましてや重くも無いこの体なら自身の能力を使って無理に行けない筈はない。
未来を見る目は渇いて、先を見る事は出来ず。そも、この体は彼女の物で、私の物では無い。賢者曰く『先を見る程度の能力』らしいが、どうでもいい。
賢者と童子、それから賢者の式をしている傾国の妖狐辺りに評された『他を尊び支える程度の能力』というのが、違和感と語弊がありながらも最も納得できる呼び名だった。
確かに、場所が分からなくとも情報さえあれば何処であろうと、能力さえ使えばそれこそ賢者の境界、スキマの中に移動するのは出来る。酷く疲れる事を除いては。
私見では、これは思いの力というものでは無いかというのが個人の解釈だ。
そうなると、まるでこの体の持ち主をずっと思っていた様で妙に気恥ずかしい。
「さて……」
画材も持った。絵具やら色鉛筆やら、必要な物は全て持った。
目を閉じる。
体では無く、魂に妖力を流す。見聞きした情報から、正しいであろう場所へ、この体を移動させる。
体から急速に妖力が奪われ、立つ事すらままならなくなり、尻餅をついてしまった。
だが、尻餅をついたのは為れた硬い人口の木目が付いた床では無く、もっと硬い石である事はすぐに分かった。
この体には肉が無いから、とても痛い。
「……素晴らしい」
僅かに腰を浮かせ尻を擦り、目を開くと、そこにあった見下ろす絶景に思わず言葉が漏れた。最早見る事は叶わないと思っていた過去の自然。それがそのままの姿を保ち世界を謳歌している。
此処が、幻想郷――。
続けて周囲に目を配ると、色褪せながらも凄味と迫力を伴った何とも力強い鳥井と、その奥に見える一見小ぢんまりとして古ぼけた様に見えて、その実凛とした佇まいを連想させる神社が目に入った。
……神社か。
「迷惑になってしまうな。場所を変えるか」
初めて絵に書いた神社の主は、気に入った様な事を言って絵を書かせてくれたが、今でも取って置いてくれているだろうか。当時は紙なんぞ無かったから、木の板に花弁を千切って潰した米粒で貼り付けた、何とも子供らしいような物だったが。
もしそうだと、嬉しく思う。
悔しいのは、あの蛇の赤眼を再現できる色合いの花弁が無く、仕方が無く桜で代用した事か。
流石に、全ての神様があの神様のように寛大だとは思えない。信仰の妨げになってしまうかもしれないと思うと、とても嫌だった。
文句と言う訳では無いが、二千年たった今でも尚昔と変わらずとても歩きづらいと思う足で、境内を歩きながら、途方も無く長い階段を下って行った。
途中、転げ落ちてしまい偶然神社に向かおうとしていた人の子に助けられたのは、何とも笑えない話だった。