この世に『神』が果たして居るかと聞かれれば、僕は躊躇いをもって是を返すだろう。確かに、アレらは『神の名を冠する存在ではある』。けれども、それを信仰の対象だとか、そういう目線で見ることが出来るか……という事になれば間違いなく否と返さざるを得ない。中には、そんなのをそういう対象として見る人たちも居るらしいけど、それはそれだ。
まあ、まずその神の名を冠するアレら―――化物―――アラガミを殺す事が、僕の―――僕達『ゴッドイーター』の仕事なんだ。そんな事を思ってたら間違いなく僕はアラガミに食われているだろうな。
ゴッドイーターとは、オラクル細胞……アラガミの体を構成している細胞を体内に取り込み、それを内蔵した神機なる兵器を用いてアラガミを殲滅する事を目的としている。
紙で出来た丸鋸を使えば、木材を切断する事が出来る。
要は、同じモノを壊したいなら、根本の部分で同じモノを用意しなければならないのだ。
しかし、自ら好きになれる物でも無い。神機に適合できる人でなければ、漏れなく神機に食い殺される。……博士から見せてもらった資料の中に、そういう物が在ったんだ。捕喰形態の顎が神機の本体であるコア……アーティフィシャルCNSから出て来て適合に失敗した人を文字通りグチャグチャ食われてた。まあ、それ以外にも柄に触れた時点で侵食され始めるのだけど、規模で言えば直接がぶりなんてされたらもう助からない。
僕の神機がやったことだと知ったのは、僕が配属されてから一週間後くらいにツバキさんが教えてくれたからだ。
ショックだったけど、その人の分まで頑張らないと何て、今思うとだいぶ似合わない事を言っていた。
人が武器を選ぶではなく、武器が人を選ぶのだ。
ある種、
僕はゴッドイーターになる前から七十年近く昔の、神話やら伝説やらのファンタジー的な内容の本を読み耽っていたので、神機に対する最初の第一印象は『何でも食べる魔剣に銃身と盾をくっ付けた物』だった。
アラガミ研究の第一人者、博士ことペイラー・榊にゴッドイーターなり立てだった頃にそう考えたという事を伝えたら、『君はもしかしたら、旧型神機の方が良かったのかもしれないね』と返してくれた。
確かに、ソーマやタツミさんのように接近戦オンリーで戦う事に、何かしらの羨ましさはあるのかもしれない。だったら刀身だけ使って戦えばいいだけの話なのだが。銃の方にも今まで何度も救われてきたのも事実だ。
とまあ、前置きはこの位にして。
ソーマの実父にしてフェンリル極東支部前支部長、ヨハネス・フォン・シックザールのエイジス計画を止めてもうすぐ四か月。
第一部隊前隊長、雨宮リンドウさんの救出――で良いのだろうか? あれは……――から二か月。此処に就任してから大よそ一年がたった。
僕と、今現在俺が隊長を務める第一部隊は今日も大忙しらしい。
らしいというのも、俺は極東以外でアラガミと戦った事が無いから、その辺の区別は僕には分からないのだ。アリサがソファーに座りながら船を漕ぎ、寝惚けていたが故にどことなく拙い日本語で答えてくれた。
唯、他の支部からしてみると地形的な問題からか、はたまたエイジス計画の要となる筈だったエイジス島が近い位置にある為か、アラガミとの接触並びに戦闘回数が他の支部を優に上回るらしい。リンドウさんとサクヤさんがそう教えてくれた。その中でも、アラガミの討伐数が突き抜けて多いというのも、中々受け入れがたかったけども。
そうであったとしても、今の僕にはあまり関係ない。
数日前とていつも通りアラガミを殲滅するだけ
予定では、昨日報告されたハンニバルの討伐が入っている筈
ただ、不確定要素もある。まず、リンドウさんの神機―――この場合はレンと言ったら拙いだろうから―――のオラクル細胞による侵食によって僕自身の状態が不安定であった事。更にボルグ・カムラン種のアラガミの目撃例も
その日は、一人で仕事をこなす事になっていた。
第一部隊の面々は、その日は特に忙しかったらしい。サクヤさんとリンドウさんは―――リンドウさんに関しては今現在第一部隊所属では無い―――新人新型の育成に。ソーマは単騎で極東支部において三度目の確認となった『第一種接触禁忌種』カリギュラの討伐。
コウタは第二部隊の人達と防衛に回っている。何でも、タツミさんが無茶をしたらしく、その穴埋めに駆り出されていた。
アリサは、一週間ほど前から極東支部を離れている。両親のお墓参りの為にロシアに行ってしまっている。今頃は恐らく帰っているはずだ。
そう言えば、あの時『わ、私は、その……――――や、Я люблю тебя!』と顔を真っ赤にしながら言われたが、途中からロシア語になってしまっていた。
可愛らしいく、思わず抱き着きたかったが、場所が場所だった為に諦め、意味を尋ねようと思ったら何故かリンドウさんとソーマに止められたのは余談だ。
今度からロシア語の勉強でも始めてみようか等とも、その日は考えていた。
消去法で、一人で向かう事になり。
そして、武器を整えて極東支部唯一の神機整備士、顔に汚れが付いているが、それが最早チャームポイントと化しつつある楠リッカに礼と労いをかけて仕事に向かったのだ。
「……ふうッ!」
「グオオオオッ!!」
立ち並んだビルの残骸。その付近に存在する教会の中で白い表皮を持った竜人のような外見をし、左腕に金色の籠手を着けた、かつて実在したというカルタゴの将軍の名を冠すアラガミ―――ハンニバルと俺は殺し合っていた。
スタングレネードを使ってハンニバルの視覚と聴覚を潰し、一時的に距離を取る。
神機に取り付けられた青い刀身を持つブレード―――『クレメンサー極』で斬り付ける。
数度連続で斬り込み、仕上げに
神機が捕喰したそれを吸収すると同時に、全身に力が入る。
バーストモード。
アラガミの体を神機に喰わせる事によって得られる一時的な強化。
ハンニバルの視覚と聴覚が戻ると同時に、一気に前進。共にブレードを横薙ぎに振るいながら後ろに回り、ハンニバルが此方を向けばまた後ろに回りを繰り返す。
だが、常に上手く行くとは限らない。
単に奴が学習したのか、偶然なのか。
此方を向こうとした体を止め、片腕で体を持ち上げた。始めは距離を取る心算かと勘繰って、地を蹴って先回りをしようと行動に移した瞬間―――捻りながら炎を纏った右手の掌底を僕に叩きつけてきた事によって、その予想は裏切られることになった。
予想外の一撃だった。今まで、あのような体勢からあの攻撃をしてきた事が無かった故の、一瞬の空白。
結果から言って、それは俺の神機に付けられているバックラー『ティアストーン極』を使った防御は間に合わなかった。
衝撃と爆風で吹き飛ばされる。
痛い、痛い、痛い。
炎と熱で体を焼かれた。
熱い、熱い、熱い。
壁に激突し、口から血が零れだす。
痛い、熱い、熱い、痛い。
「っづう……ありゃ?」
運が悪い事に、諸に攻撃を受けた為に、ポーチの中のオラクル細胞を活性化させて負傷の治癒を促す―――その分、それなりの痛みを伴う―――回復アイテムが全て駄目になってしまったようだ。
節制癖が災いして三つしか持ち込まなかったスタングレネードが無事だったのは、唯一の救いと言っても良い。
だが、何時の時代でも不幸というのは連鎖爆発を起こすというのが相場らしい。
「―――……確かに骨格はそうだけど、別枠でしょこれは……ッ!」
「――――オオオオオゥッ!」
上を見上げれば、割れたステンドガラスから教会の内部に侵入してきたアラガミは、確かにボルグ・カムラン種のものとそっくりだったが、違う。
黒く、淡い紫の色合いをした四足歩行の、蠍を連想させる風貌をした『第一種接触禁忌種』―――スサノオ。
それが、上から降ってきた。
飛び退く様にその場から退避し、神機を変形させ六つの砲身を持つガトリング型の青いアサルト『サイレントクライ極』で連続してハンニバルを銃撃する。
ハンニバルはそれに反応し、炎剣を片手に携え、跳躍。
僕に突き立てようとする。
そして、火傷によって引き攣る体を転がすように移動させ、炎剣を避ける。しかし、スサノオの尾に付いている巨大な大剣の薙ぎは、避けられなかった。
「う、ぉあッ!!」
ミシり。嫌な音が聞こえた。
腰にその一撃を受けて上半身と下半身が無き別れをしなかったのは、偶然では無い。薙ぎ払われた剣の速度が、落ちたのだ。
スサノオの剣が俺を巻き込みながらハンニバルに衝突し、ハンニバルの炎剣が、スサノオの右前脚の付け根を貫いたことによって。
「キシャアアアアアアアァァァ!!!」
「グゥウウッ…」
咆えるスサノオ。軽やかに距離を取り、顔を拭うような動作をして視線を俺では無くスサノオに向けるハンニバル。
互いの交戦意識が俺に向いていない内に逃げようとするも、過激な一撃によって腰が砕けてしまって、碌に動く事も出来ない。
こんな所で、死にたくは無い。
ある事以外目的の無い僕にとって、死ぬまで生きるというのは、唯一の目的、ないしは生きる意味と言って良い。
何より、諦めと潔さだけは極東支部の誰よりも悪いというのは、リンドウさんの一件で経験している。
なら、生きろ。自分で言った事だろう。
生きて、そしてどこまでも足掻け。
逃げない為に。
死ぬ事から、では無い。
愚直に、死を受け入れない為に――
「―――生きる事から、逃げるな……か。言い出しっぺの法則ってのがあるって……何時だかタツミさんだかシュンさんだかが言ってたな……」
蚊の鳴くような声だった。思わず自嘲気味に笑ってしまう。
しかし、それでも体を引き摺って動けるくらいの力は戻った。
今なら行ける。そう確信してその場を去ろうとして。
「――――ぁッ、がっ!?――――」
――全身、内側から貪られるような、許容できない嫌悪感と激痛で、動けなくなった。
火傷や腰、体の中ならまだ理解できる。
全身だ。痙攣まで起こってきた。
急に博士が何時だかこんな事を言っていたのを思い出した。
『良いかい。アラガミは捕喰場パルスと呼ばれる物を持っている。けれど、それはごくごく微弱な物だ。だから君達には何の問題も無いけど、接触禁忌種、特に第一種級のアラガミの中でも―――スサノオ、ツクヨミ、アマテラスの三種になると、君達の偏食因子やオラクル細胞を乱すほどに強くなる。危険性もとても高い事も相まって、それが第一種接触禁忌種の中でもあの三種が第一種と呼ばれる由縁でもあるのだがね。普通であれば回復薬の効きが悪い、神機が重たく感じる、最悪の場合、神機に捕食される可能性も有る。そして、今の君は今の例え以上に危ういバランスで成り立っているんだ。まだリンドウ君の神機のオラクル細胞が体に入っている。だから、今の君はそれらに該当するアラガミと交戦するのは、可能な限り避けるように。いいね?』
笑えない。
生きる覚悟を固めた途端にこれだ。更にはこんな重要な事を忘れていた僕自身に対して、最早自嘲の笑みすら浮かばない。
つまり、僕は今アラガミになろうとしているというのだろうか。
四肢に力を込めようにも、最早そこに割くほど意識に余裕が無かった。
意識が霞んでいく。
――ああ、でも。
「……リンドウさんが、黒いハンニバルになった時みたいに、あいつらをくたばらせられれば、良いんだけど……」
その前に喰われる可能性の方がよっぽど、高いか。
意識に掛かった霞は、更に増していき、もう意識が在るのか無いのか、現実なのか夢なのか、分からなかった。
「……アリサ」
告白すらしていないが、最愛の女性の名が最後に、口から漏れ出した。
――これが、僕がゴッドイーターとしてから、
そして――此処から先がゴッドイーターでは無い僕が覚え続けている始まりとなった。
視界の霞が解ければ、僕はまだ教会の中に居た。
そしてすぐに異変に気が付いた。自分の腹の辺りからハンニバルの籠手の付いた腕とスサノオの剣が飛び出していた。
「何が こ た?」
呟きが漏れる。その声は紛れも無く僕の物ではあった。でも、おかしい。
まるで、言葉に虫食いが生じているような、相手方に意味が通じさせるのを出来なくなるような声。
僕は
さて、体の確認は大体終わった。
どうも、今の僕は黒いヘドロのような姿をしているらしい。顔は後になってから白い御面に点を三つくっ付けただけの、抽象画のような顔があるのが分かった。でも、リンドウさんがハンニバルになった時とは違って、自分の意識ははっきりしていて、ちゃんと動かせる。
贖罪の町と極東支部の人達の間でそう呼ばれるゴーストタウンを徘徊していると、偶然鏡の破片が落ちていたのが幸いした。
声の方は腹が満たされればある程度改善するらしい。というのも空腹感に襲われて、記念? にコンクリートブロックに覆い付いた(口が何処にあるのかもこの体でははっきりしなかった為)所シュウシュウと音を立てながら溶けた。その後に声を発してみようとしたら、先程よりもよっぽどまともな人語が出た。
例えるなら「あ お」と「あいう お」位の違いだ。
口が何処にあるのか分からなくて頭を悩ませたけど、これは意外な事で解決した。口のイメージをしていたら、どうも腹の辺りから横に割れて、歯以外は真っ黒な口が現れた。
どうにも、へばり付いてシュウシュウとかしながら食うというのも食べた実感がわかない上に、何か納得できなかったんだ。ちゃんと顔についていた口で食べられないのは残念だけど、諦めよう。
イメージ通りに体を変えるというのも、色々と流用できるかもしれない。
……大分、考えが人間らしくなくなってきてるけど、それはさて置いて。
神機は、ステンドグラスの下……アラガミが休息を行う場所に突き刺さっていた。
地面に深々と突き刺さって、別に抜く必要も無いけど、相棒だからさてどうやって抜こうか、持ち運ぼうか考えて、そう言えば腕輪は大丈夫かと思って確認をしてみた。
腕は……結論から言って、手遅れのようだ。見た目は。
右腕を動かそうとして、体から出てきたのは骨だけになった自分の腕だったからだ。見た瞬間はもう僕自身何を言っているのか分からないほどパニックに陥っていた。ただ、肉すらなくなっても骨に噛み付いているかのように離れない腕輪を見た時、パニックも収まった。筋肉も無いのに腕はちゃんと曲がったし、指も動いた。どういう原理だと思うと同時に神機を扱える可能性がぐっと増したことに安心して、不安に駆られた。
腕輪って、追跡機能が付いているのだから。
もしかしたら溶けるかもしれないけど、出てきた時は既に体の中にあった事を考えると恐らく溶ける事は無いと思う。
というか、本当だったら腕が千切れたりしない限りはこの腕輪が外れるさまが想像できない。リンドウさんは引っ張られたような形だけど、アレは例外だ。考えてみて欲しい。カリギュラの折りたたまれたトンデモリーチを誇る腕の刃の一撃を腕輪に受けている様を。あれを持ってして壊れなかったのだ。如何にかしている。
第一、ディアウス・ピターの腹の中に長期間収まって、形を変えずに出てきたのを思い出した時点で恐らく壊れることは無いのは確信していた。
それで、僕が一番危惧しているのは『今の姿の僕を元々の姿の僕を食べたアラガミだと勘違いされる事』。この一点に尽きる。
何より、アナグラの人たちに殺されるのはごめんかな。特に第一部隊。いや、ある意味マシか。殺されるにしても、アリサなら納得できるけど。
「行 か。流 に同じ 所に留 ていれば、バ る し」
声が何処から出ているのかはたはた疑問だ。
若干時間が過ぎて数日。恐らく、既にアナグラは落ち着きを取り戻して、アリサはアナグラに戻っていると思う。僕は今、愚者の空母と呼ばれる場所にいた。
「どうしてこうなった……」
珍しくどこも虫食いが起こらずに発音できても、今の僕の気持ちは差し詰め
結局、神機を持っていくことが出来なかったのだ。
刀身があまりに深々と床に突き刺さって、抜く事が出来なかった。
それで、仕方が無く、ずちゃずちゃと引きずる音を立てながらここまで出向いたというのに、いざ考えてみると『周りの地面ごと食っておけば持って来れたな』なんて結論に達して、それが原因で凹んでいる。
「ま い、行 か」
気を引き締め直して、空母へ向かう。
理由は多々あるけど、最も大きい理由はここで昔テロが起きたらしいからだ。他のアラガミに食われてる可能性も否定できないけど、運が良ければまだ銃の一つは転がっているかもしれない。
あと、何日か色々な物を食べて分かったんだけど、食べたモノは大まかには再現出来る事が分かった。
コンクリートや金属なら、この体を同じ位に硬く出来た。
ガラスを食べたら、体を透明にすることが出来た。
コクーンメイデンを食べたら、棘を再現することが出来た。
最後がおかしいような気がするけど、気にしたらダメだ。
流石はオラクル細胞と言った所なのか? それとも俺のイメージ力の問題なのかは分からないけど、とにかく、探すだけの価値は有る筈だ。
そう思いこんで、僕は空母の奥へと進んだ。
活動報告に書いたものの一つだったりします。
それじゃあノシ