泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

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11話 気分転換

 色濃い暗闇に、一筋、細い光が差し込んだ。光は大きくなったが、すぐにぬっと現れた漣の影に遮られた。

 彼女は側頭で縛った二房の髪を揺らしながら、微かな音と共に入り込む。

 狭苦しい部屋には膨らんだ布団が一つ、生き物のように浮き沈みしていた。実際、生き物……もとい提督がぐっすり眠っているわけであるが、漣はそこへそっと近づく。

 そして、不健康そうな顔つきに似合わぬ良好な睡眠状態を確認すると、戸口に向けてGOサインを送った。

 ホールからそれを確認した響は、髪を一つにまとめて制服の下に突っ込むといった格好で、音もなく滑り込んだ。

 その様子を心配そうに神通が見守る。

 侵入した二人は、提督をそのまま布団でぐるぐる巻きにして、ひょいと持ち上げた。

 一見非常に闇の深そうな現場だが、実際は、少女二人がむさい男を持ち上げている、というなんともいえない絵面であった。

「あの……やっぱり、止めた方が……」

 神通の静止も彼女らの耳に届くことなく、彼は隣部屋にせっせと運ばれるのであった。

 

 ○

 

 響が片手で引き戸を開けると、簡素な作りの脱衣所に入る。更にもう一枚戸を開けて、目的の部屋に着いた。

 清潔な淡色の壁に耐水仕様の高級な木造床。

 浴槽は男一人が入るに十分な大きさで、しかし今はその用をなしていなかった。

「ん……お?」

 提督はここまで来てやっと目を覚ました。

 寝ぼけている内にも二人はテキパキと作業を進め、そっと床に彼を横たえると、さっと布団を剥がした。

「……寒っ!」

「おはよーございます」

「っ、漣?」

 急な寒気。自室ではなく浴室にいること。なぜか響と漣と、戸越に神通がいること。

「……夢か」

「残念ながら現実です。よっこらせ」

「うぉっ!?」

 事態に混乱している彼を余所に、漣はその身体を軽々と持ち上げ、あらかじめ用意してあった少し幅広の椅子に座らせる。間髪入れずに響が長い白のシーツを首に巻き付けた。

「苦しくないかい?」

「ん?あぁ、大丈夫……って、そういう問題ではなく」

 一連の動作でなんとなく予想がついたが、それでも確認せずにいられなくなる。

「まさか、散髪か?」

「大アタリ!」

「待て待て待て」

 思わず立ち上がろうとするも響にガッチリ肩を掴まれ、腕の先が上がるだけだった。

「提督として、その身だしなみはどうかと思われるということで、ご主人様の髪をチョキチョキすることに決定しました」

「……俺の意見は?」

「反対しそうなので却下で」

「議論の余地すらないとは……」

 嘆く提督に、漣が理容用ハサミをちらつかせる。

「さ、大人しく観念してください」

「くっ……」

 いざ切りかからんとしたそのとき、

「ま、待ってください!」

「ひょ?」

 あまりに見かねた神通が飛び出してきて、漣の前に割り込んだ。

「やっぱり、いけないと思います」

「ここまできたら、退く訳にはいきませんよ」

 両者、微かに火花を散らす。

 提督はどうしたのかと腰を上げかけたが、やはり響が止める。

「どうしてもというのなら、神通さんでもタダじゃおきませんよ……」

 漣はハサミを危険にならない場所に置いてから、ファイティングポーズを取った。矢先、その動きが停止する。

「わ、わたしも、それなら……」

「ちょっ、タンマタンマ、やっぱり一旦落ち着きましょう神通さん!」

 漣の慌てたのも当然のことで、なんと彼女14cm単装砲を構えていた。漣や響のそれとは違い腕部に取り付けるタイプであるため、二人はついぞ気付かなかったのだ。

「どうしてもというのなら、撃ちます……!」

「ストップ、ストッープ!ご主人様もいるんですからっ」

 漸く何かこのままでは危ないと悟った提督は、絞った声を掛ける。

「神通」

「……はい」

 彼女はゆっくりと振り向くが、砲は構えたまま。

 もの凄まじい緊張に心労しつつも、彼はなんとか言葉を発した。

「実は、ちょうど髪を切ろうと思っていたんだ。その、ありがとうな……でも、大丈夫だ」

「提督……」

 ホロリ涙を流すのをきっちり見届けて、神通は静かに砲を下ろした。一同、ほっと安堵の息をつく。

「じゃあ、気を取り直して、いっきますねー」

「け、怪我しませんように……」

 提督は覚悟して目を瞑った。

 

 ○

 

 結果として、漣の腕前は見事なものだった。

 彼の見るからに鬱陶しかった長い髪はきちんと短く揃えられ、不精ヒゲは丁寧に剃られていた。

「お疲れ様でした。もう、目を開けても大丈夫ですよ?」

「いや……まだ髪が目に入る可能性がある」

「さっきちゃんと洗ったじゃないですか」

「とにかく、君たちは先に部屋を出て、朝食を食べてきなさい。俺は遅れると伝えておいてくれ」

「えっ、あ、はい」

 三人は押し出されるように浴室を出た。

「さて……」

「司令官」

「うわっ!」

 いなくなったかと思い目を開けようとしたとき、戸口からいきなり響が顔を出した。

「道具は片付けておくから、そのままで」

「わ、分かった」

 咄嗟にシーツで顔を覆った提督を不思議そうに見やってから、彼女はその場を後にした。

 残された提督は、やっと緊張を解いて目を開けた。

「はぁ……」

 そして、すっかり短くなった前髪をつまみながらぼやくのであった。

「どうするかな…これ」

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