泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

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12話 手違えてふたり

「ご主人様」

「何だ?」

「そろそろ新入りが来る時間ですよ」

「そうだな」

 空も青く抜けた晴天の日。天気が良いから出掛ける……ということもなく、提督は執務室で黙々と海域攻略の報告書を作成していた。漣はというと、提督に呼ばれてやって来たという具合であるが、彼があんまり黙っているので口を開いたのだった。

「どんな娘が来るんでしょ」

「分からん」

「響ちゃんみたいな抱き締めたくなるロリもいいですが、神通さんのような儚げな女性(ひと)もそそりますよね!」

「聞いてないが」

 漣の意味不明な発言に提督は素直にそう返したが、彼女は思わずムッとする。

「なーんか、ご主人様、素っ気なくありません?」

「そうか?」

 提督は筆を止め、顔を上げ漣を見た。といっても、漣には提督の目は見えない。なぜなら、彼は軍帽を目深に被っていたからであった。

「……それ、見えます?」

「一応」

 漣は言おうか一瞬迷ったが、一呼吸おいて、思い切って訊ねた。

「もしかして、先日の件、怒ってたり?」

「いいや、そういう訳じゃ……」

「じゃあ、どういう訳なんですか」

 提督の煮え切らない態度に漣は更に追及するが、彼が逡巡の末ようやく何かを言おうとしたとき、ノックの音が転がった。

「どうぞ」

 提督は開きかけた口を、戸越の来訪者に向ける。

 漣も自然集中がそちらに向き、ソファから立ち上がって提督の傍らに向かい、待つ。

「頼もー!」

 果たして扉は豪快に開けられ、二人の少女が入ってきた。

 一人は栗色の髪の短い、溌剌とした女の子で、もう一人は銀の髪を横で一つに纏め、気が強そうだった。

「あり?」

 漣は首を傾げて提督を見ると、彼も固まっている。

「……間違えて、二人、呼んでしまったか」

 予想外の事態に狼狽している提督に、元気な少女の方から声を出した。

「あなたが司令官ね?」

「あ、あぁ」

 辛うじて肯定すると、少女は胸にトンと手を当てて、可愛らしい八重歯ののぞく笑顔を見せた。

「私は゛雷゛」

「いかずち、か」

「そう。かみなりじゃないから、そこのところもよろしく頼むわね!」

「わ、分かった。気を付けよう」

 名前を間違えぬよう何度か心の中で反芻しながら、今度は隣の少女を見遣る。

「えぇと、君は?」

 銀髪の少女は表情を引き締めたまま、腕を組んで答えた。

「゛霞゛よ」

「かすみ、な」

「えぇ。下手な采配とったら容赦しないから、その時は覚悟しなさい」

「覚悟します……」

「いや、なんでそれ前提なのよ」

 提督の後ろ向きな発言に、突っ込みが入った。思うほど接し難い性格でもないのかもしれない。

「ところで」

「む?」

 話が一区切りついて、雷がとてとてと提督に近づく。

 何事かと提督が不思議に思っていると、

「帽子がずれてるわ、はいっ」

「っ!?」

 何の気なしに彼女は、腕を伸ばして、提督の静止よりも早く軍帽の縁を上げた。瞬間、目と目が合う。

 提督は目が点のまま口をぱくぱくとさせ、一方の雷はそんな彼の様子に気付くことなく満足そうにこれでよしと頷いた。

「……」

「あのー、ご主人様?」

 顔面蒼白で滝の汗を垂れ流している提督に、不審に思って漣が声を掛けたが、残念ながら反応はなかった。

 仕方なしと彼女は溜息をついて、代わりに言葉を継いだ。

「えっと、私がこれから鎮守府を案内する……んだけど、準備があるからちょっと外で待っててね」

「分かったわ」「よろしくね!」

 漣の言うことに素直に従って、二人は先に執務室を出る。

 その戸の閉まる音で、再び提督は意識を取り戻した。

「はっ!」

「まったく、急にどうしたんですか?」

 不満げに彼女が訊ねると、提督は非常に言いにくそうに答えた。

「……さっきも言い掛けたが、俺は、人と目を合わせるのがとても苦手なんだ」

 その発言に、漣は疑問符を浮かべる。

「でも、今まで普通に話してませんでした?」

 その謎に提督は、すっかり短くなった自分の髪を指差して解答を示した。

「あー……」

 漣は即座に理解したが、呆れ半分自分の責任半分で何も言えなかった。

「そういう訳があるから、帽子の件は触れないよう言ってくれると助かる。あと、この事は他言無用で」

「分かりましたけど」

「どうした?」

 ついさっき明かした事実に反して今、提督は漣を真っ直ぐ見つめていた。しかも、どうやら本人はそれを自覚していないらしいのである。

「……なんでもありません」

 問うてやろうかとも思ったが、雷と霞が待っていたし、何より自分からそれを言うという事が気恥ずかしかったので、漣はやっぱり聞かないことにした。

「では、おふたりを案内しに行ってきます」

「?あぁ、頼んだ」

「ほんとに、ヘンな人」

 間の抜けた顔で見送る提督を一瞥して、微かな呟きと共に漣は(きびす)を返すのであった。

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