曇天の下、うねる海を、或る艦隊が疾駆していた。
「行く前は晴れてたんだけど……」
隊列の真ん中に位置する雷が、不安な空模様を見上げて呟いた。
「わっ」
その際、波に足を取られそうになって、慌てて主機の出力を調整しつつ持ち直した。
「しっかりしなさいよ……」
すぐ後ろについていた霞が声を上げるが、想像以上に激しい波の音に阻まれ、雷の耳には届かず。
先頭で旗艦を務めていた神通は、状況を鑑みて、一つの考えを思い付いた。
そして、己の耳元に手を当て、心の中で声を発した。
『皆さん、聞こえますか?』
『ビックリしたぁ……漣、居ます』
『響、聞こえるよ』
『えっと、雷も大丈夫!』
『霞、聞こえます。……しかし、慣れないわね、コレ』
各々が返事をして、神通とコンタクトをとる。
これは、最近の演習で彼女達が獲得した無線技術であった。艤装を装備していれば、艦娘同士の心中での意思伝達が可能となることが分かったのだ。所謂テレパシーである。
『なんというか、全身に響くのがね』
霞に漣が同意して後、神通が再び喋る。
『これ以降、無線を使って報告を行います。あと、どうかはぐれないように』
『『『了解』』』
そうきっちりと言い切ると、後続の4人もしっかり応答し、改めて気をギュッと引き締めた。
直後、ちょうど波が引いたかと思うと、目前に敵艦隊が迫っていた。すぐさま神通は無線を使って、
『深海棲艦発見、前方、まもなく接敵します……!』
『突っ切るっきゃないわね!』
T字不利というピンチに関わらず、雷が意気揚々と腕を捲り、
『前方にありったけの攻撃を!』
神通もそれに応じたかと思うと、即座に砲撃を開始した。
相手側は予め待ち構えていたらしく、駆逐イ級が緑の妖しい眼光をぎょろつかせながら、口腔に潜む漆黒の砲門を開いた。
艦娘達は左右にぶれる回避行動を怠らず、お返しとばかりに発砲しまくる。
「__」
14cm単装砲が吐く無数の礫が、攻撃に夢中になっていた目前のイ級に降り注ぎ、あっという間に海の底へに姿を消した。
「そこっ!」
続いて漣の狙いを澄ました砲撃が、的確にもう一体のイ級に当て、響がそれを追い落とす。
これで衝突の心配は霧消し、全員が敵艦隊の空いた腹を全速で走り抜けた。
「アンタはこっち!」
残る軽巡ホ級の大口径の砲弾に臆せず、霞と雷が12.7cm連装砲をこれでもかと浴びせる。
次々と付近に着弾するそれに、ホ級は忌々しげに呻きを漏らして一度戦線を離れ、彼女らと向かい合う形に動いた。反航戦の体である。
『魚雷の準備を』
神通の声で、それぞれが武装のロックを解除すると、計られたタイミングで、合図が出た。
『発射!』
一斉に飛び出した幾本もの魚雷が、真っ直ぐ海中を突き進んで残党にクリーンヒットし、派手な水柱を立てた。
「これで片付い……たぁっ!?」
皆が緊張をほどいた一瞬、最後尾の漣の背後から雷鳴じみた轟音が聞こえたかと思うと、彼女とほんの少し離れた場所で一際大きな水の破裂が起こった。
大量の飛沫を浴びながら振り向くと、暗がりでも分かるほどの白と黒の肢体に、城塞のような砲を装着した深海棲艦が近付いて来ていた。
『敵艦っ、すぐ後ろ!』
漣の報告を聞くまでもなく、神通は隊列を直して再び戦闘態勢に入る。
「嫌な予感がするな……」
響は一人ごちると共に、視界に映った敵艦めがけて発砲し、それを皮切りに海上が再び騒ぎに包まれた。
双方凄まじい弾幕であったが、特に敵旗艦の攻撃が尋常でなかった。只でさえ揺れる海を更に揺るがし、此方の動きを鈍らせるのだ。
そんな中、響の目に、やけにゆっくりと軽巡級の砲口が火を噴く光景が見えた。
その脅威の行く先は、自分ではなく、旗艦である神通へと吸い寄せられていく。
「!?」
途端、彼女の脳裏にざらついた感触が走った。
灰色の景色。遠いどこか。自分ではない自分。
それらノイズが収まらぬ内に、体が勝手に動き出していた。
響は乱暴に主機の出力を引っ張り上げ、神通の前に入った。庇ったのだ。
「くっ……」
敵弾が命中し、装甲板が弾け飛び、全身を殴られるような痛みに吐息が洩れる。
『響っ!』『響ちゃん!』
すかさず雷が割って入って、連装砲をそこかしこにぶっぱなし、神通も、響を支えながら、冷静に努めて弾幕を張る。
『……まだ、大丈夫だ。戦える』
『でもっ』
傷ついてなお砲を構える響に、雷が抗議の声を上げるが、敵の砲弾の雨がその余裕すら与えない。
一方、深海棲艦側も多大な損害が発生しており、一体ずつではあるが着実に仕留められていった。
「__!」
「あいたっ!?」
漣の攻撃が敵旗艦を除く最後の生き残りであった駆逐級を沈めたが、同時に敵の一撃をもろに食らい、連装砲がぺしゃんこにひしゃげてしまった。
「このおバカっ」
衝撃によろめく彼女を身体で支えながら、霞が必死に敵の装甲に弾を撃ち込む。
「危ないから、退がりなさい!」
「かたじけねぇ……」
思わず無線も忘れて怒鳴り、漣もその言葉に素直に従いつつ、代わりに置き土産とばかりに残る魚雷を全部撃ち出した。
苛烈な攻防が続き、気付かぬ内に辺りは夜。
残る一体の深海棲艦……戦艦ル級は、一艦隊の猛攻を単体で凌いでいたが、その城壁にヒビの入る時が来た。
「!」
止まぬ砲撃に気をとられていたル級に、漣の魚雷が命中したのだ。流石の戦艦と言えどもこれには一溜まりもない。
「……此処で、終わりです」
それでも尚あがこうとする謎の敵性体に、神通が最後の一発を放って、長い戦いは終わりを告げた。
重く垂れ込めた雲が晴れ、黄色く輝く月が水面を照らす。
「……帰りましょう。鎮守府へ」
誰もが息も絶え絶えといった状態で、頷く。
こうして、辛くも勝利といった形で、1-3攻略は終了したのであった。