「大淀さん」
「はい?」
ある日の朝、報告書を仕上げたばかりの提督が、大淀の立ち去り際に用事を思い出して、声をかけた。
「建造をしようと思うんですが」
「構いませんよ」
「では、これを……」
了承してくれたので、提督は予め用意しておいた申請書を大淀に渡す。彼女は快く受け取り、資材の投入量を見て目を丸くした。
「随分、使いますね?」
怒るのではなく、珍しいといった心持で、提督に訊ねた。彼は頷いて、
「これで、最後にしようと思って」
「確かに、あと一人で艦隊の上限に達しますね」
「ええ。それで、少しでもあの子達の力になる人が来てくれれば良いな……と」
なんだかきまり悪そうに語る提督に、大淀は微笑む。
「承知しました。早速、明石に連絡します」
「お願いします」
頼み終えたところで、大淀は一礼して再び踵を返して執務室を去っていった。
緊張の解けた提督は、ほうと一つ息をついて椅子にもたれ掛かった。そして、しょぼつく眼を擦り、あくびを噛み殺してから、今度は一思いに立ち上がる。
「二人の様子を見に行かなければ」
「残る海域はあと、一つ。……だけになれば良いが……」
独りごちて、うなだれたままドアノブを握った。
○
「怪我は本当に大丈夫か?」
「バッチリ治しましたよ。つーか、あれから何日経ったと思ってるんですか」
響と漣の被弾、もとい1-3海域攻略から数日。二人はすっかり完治して、修理された艤装の勘を取り戻す為に演習に励んでいた。そして今、建造予定の新しい艦娘がもうすぐ来訪するということで、漣が提督に呼ばれた次第である。
「それにしても、今回はどんな人が来るんでしょ?」
わくわくしている漣に、提督はげんなりした表情で見た。
「楽しみか?」
「モチのロン!」
「そうか……」
女性は元よりそもそも人と接することに根っこから慣れない提督は、今では付き合いの長くなった漣ならいざ知らず、新しい艦娘を呼ぶことは(しかも女性であることは確定しているので余計)、胃を痛める事なのであった。
腹を手で押さえる提督と、ソファに座って足を泳がせる漣。外は暖かくなりつつあり、日差しも色を帯びていた。
「……遅いですね」
「そろそろの筈だが……」
ぼやく漣に、提督もポケットから懐中時計を取り出して時刻を確認しようとしたとき、コンコンと叩く音がどこからか聞こえた。
「んえ?」
漣が妙な声を出して天井を見上げる。
自然、提督の視線もつられた。
まさかと思った瞬間、四角に区切られた天井板の一枚がだんだんとずれ、暗闇が広がったかと思うと、
「とうっ」
という活発な声と一緒に、潜んでいた人物が現れ、軽やかに
もはや既視感を覚える程にあっけに取られた提督を前に、やってきた少女はきっかり敬礼して、
「到着しました!軽巡洋艦の゛
と自らの名を名乗った。灰色を基調としたセーラー服に、短い赤の髪が揺れ、琥珀の目がきらりと輝く。そんな少女である。
「き、鬼怒か。これから、よろしく頼む」
「こちらこそ!そっちのあなたも、艦娘?」
相手のペースに呑まれた提督がなんとか挨拶を返すと、鬼怒は快活に応じて、今度は漣に視線を移した。
「綾波型駆逐艦の漣です。こっちもヨロシク!」
「おうとも!」
漣もすぐさま彼女のノリに呼応し、意気を合わせてみせた。
呆れるやら感心するやら驚くやら、とにかくほんの一瞬でどっと疲れた提督は、脱力したまま言う。
「……えーと、じゃあ、彼女が案内するから、詳しい指令は明日以降に伝える」
「了解。じゃ、漣。執務室の外でね」
「はいー」
鬼怒は漣ののんきな返事に頷くと、
「では、失礼しました!」
再び跳躍して天井裏にかえり、きっちりと板を閉じて、その姿を消した。
「面白いヒトですねぇ」
「……まぁ、君達が仲良くなってくれるなら、それが何よりだ」
くつくつと笑う漣に、提督は額の汗を拭った。
「あの天井板、直しておかねば……」
まだまだ先の事が思いやられるようで、彼はひょろりと魂が抜け出そうになるのであった。