泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

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18話 ちょっとしたおでかけ

「あー、こほん」

 ニホンの北方に位置する、小ぢんまりとしたいち鎮守府。

 いつもどこかのんびりとした空気が漂う執務室も、今日は一味違う緊張感に包まれていた。

 なぜなら通常艦隊として戦うメンバーのみならず、鎮守府で各々の職をこなす大淀や明石、そして伊良湖まで呼び出されていたからだ。

 一つ咳払いした提督に、若干数名が唾を呑む。発された言葉は……

「おでかけしよう」

「「「……はぁ?」」」

 ニコニコと柔らかな笑みを崩さない伊良湖以外の全員が、肩透かしを食らった気分になった。

「それはまた、急ですね」

「そもそも、どうして出掛ける必要があるのよ?」

 突っかかり気味に聞く霞にも、提督は予め準備していたのか落ち着いて答える。

「今後行う1-4攻略作戦は今までで一番の困難が予想される。かといって、演習続きの毎日ではみんなも精神的に参るかと思ってな。要するに息抜きだ」

「お気持ちはとてもありがたいのですが、その、許可などは……」

「ないない。実を言うと、俺達にそういう機構的な複雑さは殆どない」

 不安がる神通に、思いきり手を振って否定した。彼が狼狽(うろた)えない辺りどうやら事実のようである。

「訓練も大事だけど、休憩が必要なのも提督の言う通りだと思います。っそれで、どこへ行くんでしょう?」

 意気揚々とする鬼怒に、提督は彼女らの背後へとちょっと視線を上げた。

鎮守府(ここ)の裏手にある小さな丘だよ。遠くないし、丁度良いと思うんだが」

「遠出するわけじゃないのネ……」

 漣のぼやきも露知らず、提督は椅子から立ち上がって、引っ掛けたコートを手に取り袖を通した。

「さ、決まったから行こう。何か持っていきたいものがあったら、準備していくように。では、門の前で集合。解散」

 

 ○

 

 それぞれ言いたいことはあったりなかったりしたが、それほど時間も経たぬ内に皆が門前に集合する。

 艦娘たちはほぼ手ぶらで来ていたが、伊良湖は紫の布に丁寧にくるまれた四角い包みを抱えていた。

「伊良湖さん、随分おっきな荷物ですね!?」

「お昼ご飯のお弁当よ。張り切って作っちゃった」

「……ということは、予定は最初から決まっていたみたいだな」

「そういうこと」

 指摘する響に、彼女はいたずらっぽく笑った。

「ひ、ふ、み……揃っているな。よし、早速出発だ」

 数をかぞえ確認を終えるなり、提督はさっさと歩きだした。彼女達もてくてくと後をついていく。最後、大淀が律儀に門を閉じて鍵を掛けた。

「全く……何を考えてんのかしら」

「さっき言ってたじゃない、私たちに休みをくれたのよ。多分、それだけの事だと思うわ」

「それにしては、やたらと積極的で正直不気味……」

 雷と霞の会話が提督の背中にグサグサと刺さったが、涙を堪えて振り返り、

「伊良湖さん」

「はい」

「お弁当、持ちますよ」

「あら……では、お言葉に甘えて」

 なんてやりとりをしていた。

「仲良いなー、あの二人」

「親戚の方みたいよ?」

「そうなんだ……ということは、艦娘じゃないの!?」

 だいぶ前からメンバーが知っていた事実を今頃になって知った明石に、大淀が呆れた目で彼女を見る。

「あなた、いつも工廠にこもりっぱなしなんだから……」

 会話がお互い弾む中、舗装された道から外れた木々の間に残る獣の通るような道を抜けると、すぐ丘の斜面に差し掛かった。

「この上だ」

 振り返って言うと、そそくさと登り始める。

 すると、先程までうずうずしていた鬼怒が、

「これも、訓練の一環。一番乗りになってみせるわ!それっ」

 何を決めたか、唐突に走り出して提督を追い抜いていった。

「お先、失礼します!」

「怪我しないようになー」

「……」

「あ、抜け駆けっ。待ちなさい、響!」

 いつの間にか響も走り出し、それを見つけた雷も負けじと慌てて追い掛ける。

「い、行ってしまいました……」

 誰も転ばないか心配する神通。残る霞はわざとらしく溜め息をつき、大淀と明石は先から会話の尽きぬまま。

 そして漣はというと、そろりと提督の隣を歩いていた。

「しっかし、何で丘なんです?」

「最近海ばかりを見ていたからな。たまには、内側を見たって良いだろう」

「うーむ……」

 あんまりピンと来ていない漣に、提督は穏やかに答えた。

「そういうモンですかね」

「そういうモンだよ。さ、着いた」

 先に到着していた三人は、一様に丘のふもとに広がる田園地帯を興味深そうに眺めていた。

「あれが田んぼか」

「綺麗な眺め!」

「一面の緑っていうのも、なんだか新鮮な気がするなぁ」

 別鎮守府で働いていたことのある大淀や明石はともかく、他の艦娘は陸地を楽しげに見ていた。そんな彼女達の様子に安堵しつつ、声を掛ける。

「昼飯を食べよう」

「待ってました!」

 景色に見とれていたのも束の間、漣がすぐに丘の端から戻って来て、それにぞろぞろと続いた。

 分担して草むらの上に敷物を広げながら、伊良湖が包みをほどいて高級な黒い塗りの重箱を開けていく。

「おお……ご、豪華」

 肉から魚、果ては菜と甘いものまで、ありとあらゆる料理が隙間なく敷き詰められており、一同唸った。

 期待も高まる中お箸を配り終えて、伊良湖が挨拶を務める。

「では、いただきます」

「「「いただきます(!)」」」

 わいわいと喋ったりしながら、各々好きな食べ物をつまんでいく。

「それにしても、よくここまで食材が集められますねぇ。今の時代、あんまり人はいないって聞いてた気がするんですが」

 食事の最中、不思議に思った明石がぼそりと呟く。それを耳聡とく聞いていた提督が、蜜たっぷりの黒豆をひょいと口に放りながら、言った。

「田んぼ、よく見てみてください。小さな、白い点みたいなのが動いてるでしょう?」

 言われた通りに目を凝らすと、彼の言うとおり、立方体状の何かがのろのろと田を行き来していた。

「あれ、機械ですか」

「はい、自動農作業機械といった所ですかね。あれのおかげで、無人でも食料の生産が出来てます」

「自動!?」

「えぇ。一から十まで、あれ一つでこなしてくれるみたいです。俺の家も、何台か所有していました」

「ほぉぉ……恐るべし、現代」

 強い関心を惹かれながらも、おそらく解析は叶わぬことだろうと諦め、テクノロジーに舌を巻きながら今の食事に勤しむのだった。

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