泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

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番外編その1 女性提督とさつきの雨

「遠征、終わったぜ」「報告に来ましたぁ」

「天龍さん、龍田さん、お疲れ様でした。まだ報告書を書き終えていないので、そこでちょっと休んでて下さい」

「おう」

午後も三時に差し掛かるであろう陽気な晴れの日の、とある鎮守府にて。

「じゃあ、私もー」

生け花やクロゼットなど、半分私室のように改造された洒落た執務室では、現在三人。

女性用に仕立てられた白の軍服に身を包んだ提督が、きっちりした姿勢で書類の束に目を通してサインやら記入やらを行っており、

艦娘である、眼帯と鋭い黄の瞳が特徴的な天龍と、それとは対照的に優し気ながらどこか妖しさも漂わす同じく軽巡の龍田が、ソファに座って提督の作業を眺めていた。

そこへまた、トントンと戸を叩く音が響く。

「はいー」

「お茶を持ってきましたっ」

入ってきたのは、同じく艦娘であるが先の二人より背は小さかった。

幼さの残る丸みのある顔つきに、腰まで伸びる一つにまとめた蒼の髪が目立つ少女である。

「ありがとうございます、五月雨ちゃん」

少女……五月雨はティーカップを載せた小さな盆を慎重に両手で持ちながら、一歩一歩踏み進めていく。

どこか危なげのある姿に、天龍はあわあわと、龍田は笑みを絶やさずに見守った。

「あと少し……あっ」

提督のもとに辿り着く数歩手前、不運にも絨毯に足を取られ、五月雨の体勢が崩れてしまった。

腕が前に投げ出され、カップが宙に浮く。やってしまったかと天龍が目を瞑る。

さて中身が零れカップも割れあわや大惨事と思われた瞬間、五月雨は寸でで盆から手を離し、瞬くような速度で空中のカップを捕まえた。

中身も波を立てながら、再び容器に収まる。

緊張の面持ちから一転、安堵の息をつくと、今度こそ机の邪魔にならない場所にそっと置いた。

「ど、どうぞ」

「確かに。空中キャッチ、上達しましたね」

「そ、そうですか?えへへ」

「褒めるトコそこなのか……?」

紅茶を一啜りしてにっこり微笑む提督に、五月雨が恥ずかしそうに頬を掻き、天龍がささやかなツッコミを入れる。

「訓練のおかげねぇ」

が、龍田も含め誰一人として気にしていないようなので、それ以上はふれないことにした。

「……思えば、鎮守府(ここ)に来てから結構経ったんだな」

代わり、ぼんやりと天井を見上げて呟く。

「あら、天龍ちゃん。珍しく感傷的じゃない?」

「そりゃ、五月雨のドジが克服されたと思うと、その時の長さを実感するぜ」

「日々是精進です。いつまでも躓いてばかりじゃいられませんからっ」

ふんすと意気込む五月雨。それはそうとさっき物理的に躓きかけていたのだがそれはともかく。

「そういえば、私たちは今、どんな作戦を執り行っているんでしたっけ?」

「忘れちゃいましたか。まぁ、こちらのお仕事を手伝ってもらってばかりでしたからねー」

ふと浮かんだ疑問に、提督は茶を飲んで一拍置いてから、書類を(めく)りつつ言った。

「我々はかつてミッドウェーと呼ばれた諸島の海域を攻略中です。人呼んでMI作戦」

ミッドウェーという言葉と共に、なんとなく空気が重くなる。

「どうかしました?」

「い、いえっ、ぜんぜん、何でもありません」

「そうですか……続きですが、こちらの艦隊の他に、マイヅルとサセボの鎮守府から応援を貰って頑張ってます。今のところ順調だとか」

「横須賀からは出せないのかしらぁ?」

提督の発言を不思議に思った龍田が、疑問を発した。

「あすこは別の重要案件に引っかかっているらしくて、出撃は控えられてるんです」

「ふーん。けど、羨ましいぜ。俺も前線でバリバリ戦いてぇなぁ」

天龍の率直な思いに、提督も困ったように眉根を寄せる。

「ごめんなさいね。でも、いずれその時が来ますよ」

「その時……ですか?」

五月雨が小首を傾げて、提督の顔を見た。彼女はのほほんとした様子で頷く。

「えぇ。つい先日、といっても数か月前ですが、私の後輩が鎮守府に着任しまして」

「ちょ、ちょっと待て。鎮守府は四つだろ?」

「いいえ。五つですよ?ほら、ムロランを含めて」

「新しく建てたみたいねぇ」

妙に話が噛み合わないが、重要な部分はそこではないので彼女は取り敢えず話を続ける。

「それで上層部の方が、彼らが北方の安全圏を確保したら本格的な作戦に移行する、と」

「それって、つまり……」

「すべての深海棲艦の撃滅です」

「うぉぉ、燃えてきたぁっ!」

さっきの事はどこへやら、提督のその一言でテンションの上がった天龍が思わず立ち上がる。

「演習行ってくる!」

そして、勢い良く部屋を飛び出していった。これには龍田も五月雨も見送るばかり。

「い、行っちゃいました」

「あらあら。天龍ちゃんたら、気が早いんだから」

「私としてはあなた達の無事が一番なんですけどね。まぁ、元気なのは良いことです」

仕上げた書類を積み重ねて、提督とはちらと窓の外に広がる青を見た。果てしなく広がる海。

どこかで、彼と繋がる場所。

「……あなたもどうかお元気で、半次郎君」

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