本日は晴天、そして波も穏やか。
出撃に絶好の日である。
埠頭では提督が見送りに立ち、艦娘たちは海面に浮いて駆動系の調整を行っていた。
「行けるか?」
「はい。全員、大丈夫です」
前回の作戦に引き続き、旗艦を務める神通が確認を終え。
提督は頷くと、一同を見渡して、ぎこちなく敬礼した。
「あー……気をつけて」
不思議に思ったり嬉しんだり、それぞれ表情は違ったが揃って敬礼を返す。
「第一艦隊、出撃します!」
神通の声と共に、気合を入れた調子で主機が出力を上げる。
航行跡が白波の尾を引いて、やがて彼女らの姿は見えなくなった。
提督は、遠く水平線を、溜め息と共に見つめ立ち尽くすのであった。
〇
鎮守府海域と呼べるぎりぎりの範囲。長い航行を経て、艦隊は近海諸島周辺、つまり作戦区域にやって来た。
道中は以前に制圧してあるので特に苦もなかったが、ここから先はまた深海棲艦の領域である。
『皆さん、気を引き締めて』
『分かってますって』
神通の声に、漣が軽く応答し、実際つぶさに周囲に注意を払う。
『あっ、いた!右舷に深海棲艦の艦隊、こっちに真っすぐ進んでくるよ』
時まもなくして鬼怒が敵艦を発見し、
『このまま来るのであれば好都合です。砲雷撃戦、用意』
『『『了解』』』
各員が臨戦態勢をとった。予測通り、すぐに敵艦隊が
「撃ちますっ!」
ちょうど互いの砲門が火を噴く。
戦形としては艦娘側が有利であり、駆逐イ級は砲弾の雨に次々と沈み、軽巡へ級も中破にせしめた。
一方、こちらの被害は雷がかすり傷を負った程度であった。
残る重巡リ級は軽巡と駆逐の砲撃では装甲に及ばないので、旗艦の指示で早々に雷撃の準備をする。
装置を動かし、或いは収納部分から手掴みで魚雷を放り込み、とかく盾を貫く鉾矛が海中を突き進んでいく。
幾つかの弾頭は重巡リ級の放ったものにぶつかり半ばで水柱を立てたが、十字の隊形を取り囲むように放たれた雷撃は、もはや避けられようもなかった。
「___!」
悲鳴のような憤怒のような、声ならぬ叫びを上げて、重巡リ級は轟沈し、後方の軽巡ホ級も余波を受けて撃沈した。
『敵艦、全ての撃破を確認』
「快勝!」
響が警戒を解いて、鬼怒が初戦の高評価にぐっと拳を握った。
「敵本隊はまだ先なんですから、気を抜かないでくださいね」
後ろの霞がたしなめ、鬼怒は我に返ってか照れたように紅髪を掻いた。
「えへへ、ごめんごめん」
こうして1-4攻略の口火は、快調に切られた。
〇
航行を続けて、はや数時間。既に日は暮れかかり、海は夕焼けに染まっていた。
ふと、偵察中の雷が通信を入れる。
『そういえば、神通さん。偵察機、持ってなかったかしら?』
『あら、そういえば……』
思い出したように神通は艤装のあちこちを探り、手のひら大の模型じみた複葉機を取り出した。だいぶ前の改修で取り付けてもらったはずなのだが、ついぞ忘れていたらしい。
鬼怒が覗き込んで、
「それが偵察機?」
「うん、えぇ……と」
小鳥を飛び立たせるように、そっと手の平を空へ差し出すと、なぜか動力が掛かり飛行機もとい正式名゛零式偵察機゛は鈍い音を響かせ宙へ舞い上がった。
「行っちゃった」
漣が呟き、なんとなく行方を見守っていると、
『っ敵!!』
弾かれたように皆が上空を目視する。したれば、飛行する黒ずんだ物体が目に映った。
飛行機の類なのだろうが、どうにも有機物めいて機械には見えず、凶悪な昆虫と言うに相応しい。
ボディの中央部はぎらぎらと緑の目が点っており、それはまさしく深海棲艦の特徴と一致した。
「爆撃機!?」
鬼怒が叫ぶ。瞬間、敵機の編隊十数機から黒い鉄球のような礫が降り出した。
「わわわわっ」
礫は海に、或いは艦娘の身体に着弾して、小規模な破裂を起こした。
被害を免れた響と雷が即座に砲撃を行うが、宙を舞う機体に砲弾は当たりづらく、幸運にも数機を落としたものの、残りの編隊はゆうゆうと翼を翻し、離れた距離に現れた、見慣れぬ姿を交えた深海棲艦の隊へ戻っていった。
『被害状況は?』
『鬼怒、ちょっとケガした』
『響、問題ない』
『霞、被害は軽微』
『雷、食らってないわ』
『漣、中破しましたぁっ!』
報告を聞いて、神通は咄嗟に戦術を纏める。
新しい深海棲艦はおおよその目星がついた。空母と呼ばれる艦種である。
効果的な攻撃を与えるなら夜を待つべきだが、あいにく敵艦隊はこちらに迫っており、なにより
『……反航戦に持ち込みます。各自、生き残ることを優先して攻撃を行ってください』
その言葉の直後、時間も惜しいとばかり砲戦が開始される。
旗艦の深海棲艦゛空母ヲ級゛の攻撃は確かに脅威だが、それは視界が利く時間だけである。幸いにも落日は近い為、神通は夜でも動ける艦隊の後方を狙った。
静かな海が、再び轟音で満たされる。
順当にイ級が撃沈され、鬼怒と雷の攻撃がヲ級と軽巡へ級に小破の損害を与え、
「___!」
ヘ級の砲口が霞に向けて閃いたが、
「当たるかっての!」
彼女は有言実行、演習で鍛えた艦隊運動のテクニックで、最小限の動きを以て着弾を避け、
「そこっ!」
カウンターをお見舞いし、砲弾は後続の二体目のイ級に直撃し沈ませた。
「……」
ヲ級の目が怪しく光る。かつて戦艦レ級と似て白く滑らかな女性の体を持つヲ級は、頭部を覆う巨大な帽子のような機構から、先と同じ艦載機を吐き出して牙を剥いてきた。
『回避に専念して!』
各自その声で距離を取り之字運動を続けたが、よりにもよって狙いをつけられたのは、損傷して運動性能が低下した漣だった。
「うぎゃ!?」
集中爆撃を受けた漣は、回避で最悪の事態は免れたものの、艤装の殆どが壊れ、主機で浮いているのがやっとの状態にまで追い込まれた。
『っ雷撃、用意!』
言うや否や漣を除く全員が魚雷を展開し、合図を受けて発射した。
これで軽巡ホ級が討たれ、空母ヲ級もその装甲に大きな
「___ユルサナイ」
女性の顔が苦痛と憎悪に歪み、間髪入れずに艦載機を発射させようと機構を開いたが、
「もう、夜だよ」
響の言う通り、戦闘の間に日はとっぷりと沈んでいた。
この暗がりでは深海棲艦空母の不気味な光はただの的である。
「てやぁっ!」
一斉に砲弾を光源へ撃ち込み、集中砲火を浴びせた。
「____ユルサ、ナイ___」
猛攻を受けたヲ級は、冷たく突き刺すような怨嗟の声と共に、その白い肢体を闇の底へ委ね、消えていった。
「……お、終わった……」
「漣っ、大丈夫!?」
「ちょっと……一人じゃ、ムリ、かも……」
「まったく……」
満身創痍の漣は雷に肩を貸してもらい、霞も空いている方を抱える。
残りはさっと辺りを見回して、少しでも敵影がないか見張っていた。
「ん、何かある」
ほんの少し経った後、響が海場に揺れる何かを見つけた。それは、ほの白く光る小さな球体で、ふよふよと波間に揺られていた。
ヲ級の沈んだ辺りである。
「何でしょう……?」
注意深く見守っていると、球は無造作に浮き上がり、空高くでぱっと一際明るく輝いた。
「っ」
眩しさに皆が目を覆い、再び見えるようになった頃にはもう、球は跡形も残っていなかった。
それからしばらくして何も起こるということはなく。
「……帰投しましょう」
光の消えた跡をぼんやりと眺めながら、神通は言った。
この日、鎮守府海域における最後の激戦は無事……ではないものの、成功に終わったのであった。