泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

24 / 42
22話 図書館

 翌日。一晩まで続いた雨は止んだが、路面は露に濡れている。

 そんな朝の鎮守府入り口には灰色のかっちりしたジープが停まり、提督がドアの前で上衣の襟を掻き合わせていた。

「事情は先ほど話した通りです」

 迎えに立つ大淀が頷く。

「分かりました。その間、鎮守府のことはお任せ下さい」

「お願いします。では……」

「あ、提督」

「はい?」

 ロックを開けようとした所を、呼び止められて振り返った。と、大淀は手に持っていた包みを差し出す。

「伊良湖さんから、お弁当を預かっていたんです」

「あぁ、どうも」

 提督は照れくさそうに受け取って、改めて車に乗り込んだ。ウィンドウを下げて顔を出し、

「行ってきます」

「お気をつけて」

 エンジンが掛かり、ジープはのろのろと走り出して門を抜けていった。

 

 ○

 

 日が昇る頃合いにも、提督はのんびり走らせていた。窓の外は見るたび田畑や山が望み、行き交う車ましてや人もないが、本人の慎重さゆえに過度なスピードは出していなかった。

「~♪」

 車内の暖房で温まりながら気分良く鼻唄なんて歌っていると、

「それ、なんて曲ですか?」

「うおぁわっ!?」

 何の前触れもなく後部座席から漣がひょっこり顔を出した。

 仰天した提督はハンドル操作を誤って大きく蛇行し、危うく車道から落ちかけたが、寸での所で立て直すとブレーキを踏んだ。

「ど、どうして君が?」

 やつれ顔で深呼吸しながら訊ねると、漣はあんまり反省していない様子で答える。

「いやー、昨日、ご主人様がお出かけすることをちょろっと耳にしまして。『やりたいこと』を探す手助けにならないかなと思って」

「あとは、大淀さんの部屋に忍……げふんげふん、、寄って車の鍵を一個借りてから、ここで待機してました」

「き、昨日の夜から……?」

 最早怒る気にもならない提督に、漣は首を縦に振った。

「はい、それでつい寝ちゃって、さっき起きたところです」

「……」

 こめかみを揉みながらどうしたものかと考えたあげく、提督は言った。

「今さら引き返すのも面倒だから、一緒についてきなさい」

「はーい」

 彼女は元気に返事をして、器用に助手席へ飛び移った。ちらと横を見ると、無邪気な笑顔を浮かべている。

 提督は痛む胃を押さえて、再び発進した。

 

 ○

 

 田園地帯を抜けるとちらほらと住宅が景色に混じり、やがてビル群の並ぶ完全な都市に入った。

 建物によっては倒壊したり焼けているものもあって、瓦礫で道を塞がれることもあったが、ジープは順調に目的地へ向かっていた。

「だいぶ、寂れてますね」

 漣の一言に、提督が首を向けずに反応した。

「深海棲艦の残した爪痕(つめあと)という奴さ。おそらく、以前君たちが戦った空母の襲撃だろう」

 それを聞いて、漣は(にわか)に苦々しい顔つきになった。無論、運転に集中している提督は知る由もない。

「こんな大きな街まで……」

「対抗手段がまるで無かったらしいから、無理もない。ちなみに、狙われたのはここのような都市部だけだったみたいだ」

「そうなんですか?」

「教えてもらった話ではね」

 話の途中、街並をぼんやり眺めていた漣が驚きの声を上げた。歩道を老齢の男性が歩いていたのだ。

「ご主人様、人がいますよ!」

 提督は困り気味に言った。

「そりゃ、いるさ」

「ご主人様と伊良湖さん以外で、初めて見ました」

「そう言われてもな……」

 無造作に、漣が男に向けて手を振った。男も気付いたのか、足を止めて小さく手を振り返してくれた。

「良い人っぽいですね」

「争う必要もない時代だからな。今は……今も、お互い助け合わなきゃ生きていかれないんだ」

「はぁ」

 話半分で相槌を打っていると、車がゆるやかに速度を落とした。提督はエンジンを止め、鍵を抜いた。

「着いたぞ」

「結構かかりましたね」

「その為に早く出たのさ」

 二人は一緒に車を降りて軽く体を伸ばすと、ドアの鍵を閉めたことを確認し、階段を一段ずつ上る。細い長方形のような建物が多かった中でも、目前の施設は違って独特な形状をとっていた。

「大きいですねぇ」

「そうだな」

 見上げて感嘆する漣に、提督が頷いた。

「さて、開いて……いるな。良かった……」

 どこからかまだ電力が通っているのか、自動ドアがちゃんと機能して二人を出迎えた。

「行こうか」

「はい」

 恐る恐る足を踏み入れると、本の敷き詰められた書棚がずらり揃う空間が広がっていた。ポツポツと点る暖色の照明と窓から差し込む日光で、館内は比較的明るい。しかも至って清潔で、時々人の手が入っているのかもしれないと思われるほどである。

「探してる本、見つかるんですか?」

「あぁ。それは……」

 漣の疑問に、提督は言いかけながら、付近に佇む筐体に近付いた。すると、ディスプレイがパッと光に溢れた。彼は特に動じずポチポチと画面を弄り、漣はそれを横で興味深げに見つめた。しばらくして、操作する手が止まる。

「分かった」

「分かったんですか!?」

 すたこらと館内を歩いていく提督と、謎の機械を交互に見やりつつ、慌てて提督の後をついていく。あちこちを行ったり来たりして、遂にある書棚の列に辿り着いた。提督は本棚から気になる冊子を1冊ずつ吟味して引っこ抜いていく。

「そういえば、ご主人様は何の本を探しに来たんでしたっけ?」

「聞いてたんじゃないのか」

「寝てる間に、キレイサッパリ」

「……太平洋戦争、だ」

「あー……」

 どことなく空気が張り詰めた。ちょっぴり後悔しつつ、それでも漣は聞いてみる。

「それまた、どうして?」

 提督が本から目を離して、漣の顔を見た。我知らず彼女は唾を飲んだ。

「艦娘の正体を見つける為だ。話を聞くに、君達は自分の存在する理由を求めているんじゃないかと思って。それで戦わなくてはいけないのなら、俺は俺なりの方法で納得できるような答えを探そう と思ったんだ」

「えっと、ちょい誤解してるトコが」

「え?」

 思わず聞き返した。漣は必死に言葉を紡いでいく。

「確かに、ご主人様の言うように、生きる理由を探してもいるんですが……」

「多分、そんなことも関係なくなっちゃう位に、私達と深海棲艦は繋がってるんだと思うんです。なんつーか、宿命的な」

「宿命……」

 提督はほんの一瞬 何かを掴みかけたような気がしたが、閃きは去ってしまった。

「でも、戦えば、やっぱり君たちは傷付く」

 本を床に置いて、しゃがみ込む。そこには、いつもの伏し目がちな彼ははおらず、純粋に誰かを慮る提督という人の素顔があった。漣はちょっぴり苦しそうに、ゆるゆるとかぶりを振った。

「それでも、です」

「漣……」

「勿論、ご主人様が一緒に探してくれるなら、とっても心強いですよ!」

 それは、少女の真摯な言葉だった。

「……もう、なんで泣くんですか」

「あれ?」

 気付くと、提督の瞳から止めどなく涙が溢れていた。ただただ無性に。

「すまん」

 コートの裾で必死に顔を拭う提督に、漣がいたずらっぽく言う。

「そんなに泣いてたら、泣き虫提督って呼ばれちゃいますよ?」

 まだ嗚咽を引き摺ったまま、提督は片腕で本を抱えてくるりと踵を返した。

「この気持ちを失うくらいなら、俺は泣き虫のままでいい」

「へ、今なんて?」

「……なんでもない」

「えぇっ良いじゃないですか、ちょっとくらい。ねぇ、ご主人様ってば」

 とぼとぼと歩く提督を、漣は追いかけるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。