泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

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番外編その2 少年提督と吹かれ舞う雪

 在る湾に面した波止場に、水平線から今まさに日が昇り、この世のありとあらゆるものを照らし出さんとしていた。そんな眩しさに目を滲ませて、新鮮な空気を味わう少年が一人。

 中性的な顔立ちで、身なりに合わせた着古しの白い軍服を着込み、ちょっと帽子を浮かして風を入れた。

 そして、ズボンのポケットからさらさらとした手触りの蒼い小箱を取り出して、じっと見つめる。まるでこれが世界の命運を決めるかのように考え込んで。

 

 ○

 

 元の経緯はといえば、つい先日のことである。

 軽巡洋艦の艦種(シップタイプ)であり趣味で工廠の仕事も兼ねている艦娘゛夕張゛がその小さな箱を執務室へ持ってきたのだった。

「なんですか、これ?」

「私もまだ中身は見てないの。とにかく、妖精さんがあなたに渡してくれって言うから」

「ふむ……」

 提督は箱をためつすがめつ観察するが、別段気にするような箇所はない。ならば後は開けるのみである。

 そっと、腫れ物を触るみたいに蓋を開けてゆく。まもなくその全貌が明らかとなった。

「「あっ」」

 思わず二人は顔を見合わせる。

 殻の中で丁重に座していたのは、淡く煌めく銀の指輪だった。蓋の裏には妙に達筆な文字で、

「愛スル人ニ渡スベシ」

 と書かれていた。

 そう、紛うことなき婚約指輪である。

 

 ○

 

「うーむ……」

「司令官、おっはよう!」

 悩む背中を、不意に誰かに叩かれた。どんより振り返ると、如何にも活発そうな、それでいてどこか年寄る雰囲気を醸す少女が此方を見上げて呵々と笑っていた。

「……あ、龍驤さん、おはようございます」

 あんまり彼の反応が薄いので、少し表情が白けて真顔に戻る。

「なんや、元気ないな?」

「いや、そんなことはないですよ」

 提督は苦笑して、首を振った。ついで、件の箱をそっとしまおうとする。が、彼女は目ざとくそれを見逃がさなかった。

 つまらなそうな顔から、そこはかとなく口角が上がる。しまったと思っても、時すでに遅し。

「ははぁん、指輪を渡そうか迷ってたんやな?」

 この際あえて誰とは言わなかった。指輪の存在はもう周知の事実であるから提督は驚かないし、自ら墓穴も掘らない。

「……それが、あなたとどう関係があるっていうんですか」

 若干なげやりに問い返す提督に、彼女は腕を組んで真っ直ぐに答えた。

「大袈裟に聞こえるかもしんないけど、提督の幸せは皆の幸せなんよ。ほんまに」

「竜驤さん……」

 流石にふざけている訳ではないと分かって、提督も幾分か態度を改めた。しゃんと立って、竜驤と相対する。

「でも、渡されるその人にとって迷惑にならないでしょうか」

「アホか!」

 特徴的なイントネーションが殊更語気を強め、提督の頭を一発叩こうとするが身の丈が合わず不発。

 ちょっと変な間が空いてから、龍驤は言葉を続けた。

「あのな、そんなことは関係あらへん。自分の気持ちを伝えるっちゅうのが一番大事なことなの。心やで、心」

 今度は肘で彼の胸を小突いた。身長差のため位置的には腹であったが気にしない。彼もたじろいで一歩引くが、目は離さない。

「それに、ウチも含めて、みーんな提督が大好きやさかい、気にすることなんてないって……それと、こっちが本題だけど」

「?」

 龍驤は遠く日の出ずる海を眺めた。そして、半ば顔を隠すようにして、うんと体を伸ばす。

「ウチら、いつ消えるかも分かんないから」

 がつんと、金槌で頭を殴られたような衝撃が走った。彼女たちが居ることがあまりにも当たり前のことで、全く考えていなかった。

「……ずっと、一緒に居られるかもしれないでしょう?」

 苦し紛れの言い訳。保証なんてどこにもない。

 少女は震える少年の肩を優しく叩いた。

「いつか生まれて、いつか死んでいくのは皆おんなじ。だったら、お互い人生、後悔の無いように……な?」

「……はい」

 決意の顔が、朝の光を受けて映えた。人生の先輩も満足そうに微笑む。

「用事が、出来ました」

「ほな、頑張ってな」

 提督は鎮守府へ駆けて戻っていき、龍驤は手を振って見送った……かと思いきや、姿が見えなくなった途端、彼女も愉快にステップを踏んで鎮守府に向かうのであった。

 

 ○

 

 よく日の当たる執務室。提督は、自分の体格には少々手に余る執務机に両肘を突いて、待っていた。

 トントンと戸を叩く音が小さく鳴る。瞬間、提督は跳ね上がって裏返りそうな声で「どうぞ!」と来客を呼んだ。

「失礼します。吹雪、参りました!」

 元気に入ってきたのは、深い青を基調とするセーラーを身に纏う駆逐艦の艦娘゛吹雪゛。(うなじ)の所で髪を纏め、折り目正しい敬礼をしたその顔は、きりりとしていてもどこか垢抜けない女の子らしさがあった。

 提督も反射で礼を返したが、頭が空っぽになって何を言おうものか黙り込んでしまう。

「……あの、司令官?」

 首を傾げて吹雪が呼ぶ。彼は我に返る。

「と、とりあえず、掛けて下さい」

「?はい」

 きょとんとなったが、彼女は素直にソファに腰を下ろした。提督もその向かいに座る。

 ちらと視線を上げた。

 丸い瞳が、彼を無意識に射る。それ意識してしまって、すぐに目を逸らした。

「もー、何やっとんねん……!」

 そんな彼をやきもきしながら、扉の隙間に覗き見する龍驤。吹雪が入った直後に位置に着いたのである。廊下側からは丸見えなので当然怪しまれる。

「龍驤……さん?」

 後ろから、控えめに掛けられる声。振り向くと、菫の制服に身を包む妙高型の重巡洋艦娘゛羽黒゛とその後ろに゛那智゛が立っていた。

「何をしているんだ、こんなところで?」

「実はな……」

 龍驤は立ち上がって、二人にそっとかくかくしかじかを耳打ちする。彼女らは最初そっけなかったものの、段々興味津々に聞き入った。

「……というわけで、成り行きを見守っとるんや」

「成程」

 伝え終わると、再び様子見に戻る。すると、那智も彼女の上を陣取った。どうやら覗く気満々である。

「あ、あの……那智姉さん?」

「一艦娘として、提督の成長は見届けなければなるまい」

「はぁ」

 姉の拙い言い分に羽黒は長い息を吐いて、だが自分もちょっぴり気になるので、間を取って扉の傍に身を置いた。一応、演習の報告をする為という当初の目的故でもある。

 さて内の方はというと、彼らは益体もない世間話をしていた。

「良い天気、ですね」

「そうですね。お天気日和です」

「「お見合いか!」」

 ツッコミが入っていることなど彼らには聞こえる由もなく。

「最近、調子はどうですか?」

 吹雪は自らの腕を持ち上げて、ぴしゃと叩いてみせた。

「いつも万全ですよ!」

 提督は微笑んだ。その無邪気さに、ほんの少し緊張がほぐれたのだ。ちなみに、惚れた所その一でもあった。

「他の人たちとは、その、うまくやれてますか?」

「それも、全然問題ありません……あのう、司令官」

「ん?」

「ほ、本当の要件はなんでしょう?」

「えっ」

 図星を当てられて、提督は口を開けたまま固まった。

「入ったとき、難しい顔されてましたから」

 理由を素直に述べた吹雪に、提督はとうとう観念した。先延ばしは最早不可能だった。

 今こそ、言うべき時なのだろう。

 廊下側も、一層耳を澄ませる。そこへ、また誰かがとことこやって来た。吹雪と同じ制服であるが、こちらは栗色の髪を二つに分けており、おっとりした顔つきをしている。駆逐艦娘の゛白雪゛だった。

「お、おはようございま……」

 異様な光景に気圧されつつも、きっかり挨拶はしようとした所で、慌てる羽黒に口を手で塞がれた。

「ご、ごめんなさい……!」

 消え入るような声で謝られ、これには白雪も頷く他なかった。

 提督はすっくと立ち上がって、吹雪に歩み寄る。そして、そっと手を差し伸べた。吹雪は困ったように彼を見たが、何か意思を知ってか静かにそれを受け取って立ち、向い合う。

 迷いはない。たとえ、どんな事があろうとも。

「好きだ!その、結婚して欲しい」

「……えぇっ!?」

 少年提督は遂に言った。力の籠った声で、勿論外の連中にもばっちり聞こえた。

「あー……」

 と、白雪が納得して間の抜けた声を出した。

「……え、えっと、その、わた、私には身に余る光栄で、であります!」

 顔が上気している吹雪が、へんてこな調子で言った。

 握ったままの手が汗ばんで、どっちが自分の手であるかも分からなくなる。

「駄目、か?」

 提督の瞳の光が熱に揺らぐ。少女はぶんぶんと首を振ってそれを否定し、俯いて、か細い声で答えた。

「その、……お受け、します……!」

 まさに煙の出る勢いだった。提督の顔がみるみるうちに喜びで輝いて、思わず彼女を抱きしめる。

「ありがとう……吹雪、ありがとう……!」

「わぷっ、司令官、恥ずかしいですよっ」

 執務室は完全に二人の空間と化していた。それでも尚、龍驤と那智が興奮冷めやらず突撃しかけたが、羽黒と白雪が必死に押し留めて事なきを得た。

 代わりに、ケッコンの話はあっというまに鎮守府中に広まってその日は一晩中祝いの宴が続いたそうな。

 

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