燃えていた。
身も尽きようとする中、なお轟音は止まない。
怒号が飛び交う。死の淵にあっても、最後まで戦うために。ただ勢い増して猛る悪魔めいた炎だけが辺りを真昼のごとく照らし、中から辛うじて伸びる人工の光が、暗闇に紛れる敵艦隊を明るみに
蒸し暑い夜半、艦は果たして文字通り全身全霊を尽くし、暗澹たる水面の底へと眠りに落ちた。
○
「……大丈夫そうか?」
「うん。眠っているだけみたい」
「よかったぁ」
営舎に在る艦娘寮の一部屋。整えられた室内には、提督と雷、そして鬼怒が、ベッドに横たえられた神通の寝顔を見守っていた。床には古めかしい救急箱と水を張った金盥が所在なげに佇んでいた。
「急に呼び出してすごめんなさい。雷も、お手伝い、ありがとう」
神通の無事を確認してか、鬼怒が向き直って言った。それに対し二人は申し合わせたように首を横に振る。
「いや、何かあったら一大事だから、呼んでくれてよかった」
「私も、ちょうど手が空いてから」
お礼云々に関してはここで区切って、提督は肝心なことについて訊ねた。
「そもそも、なんで急に倒れたんだ?」
鬼怒は動揺していた気を深呼吸で落ち着かせて、思考を整理させながら口を開いた。
「えっと、最近記憶がちょこっとずつ戻ってきまして。ここでいうのもなんだけど、鬼怒、第二水雷戦隊の旗艦を務めていたの」
唐突に聞きなれない用語が出てきて、今一ピンと来ない提督が首を傾げる。
「第二水雷戦隊……とは?」
これには雷が説明を挟んだ。
「前線ですっごく頑張る部隊のことよ。いわゆる切り込み隊長ね」
「ほう」
提督は素直に感心して、目の前の紅い髪の少女を見た。彼女は得意気であったが、本題はそこではないので大人しく話を続ける。
「それで、神通さんも同じく二水戦の旗艦だったことを思い出して。是非お話を聞こうと思ったら……」
「過去を語るうちに倒れてしまった、と」
「はい」
鬼怒は面目なさそうに頬を掻いた。
「もっと、気を付けるべきでした……」
「きちんと謝ったら、神通も分かってくれるさ。それより、このあと演習があるだろう?」
二人は頷いた。
「彼女は俺が様子を見ておくから、君たちはそっちに行ってきなさい」
その命令に、雷が少々不満げに唸る。
「司令官だけで大丈夫?」
こどもの素直な言葉に少なからずショックを受けるも、提督は割と強情に否定した。
「もちろん。ついでに漣たちに状況を伝えておいてくれ」
「……はーい」
「分かりましたっ」
説得によって彼女らは立ち上がり、部屋を出た。閉め際、ちらと様子を伺ったかと思えば、すぐにぱたりと音がした。
部屋は急に静寂に包まれた。
大きな一つの窓から淡い光が差し込み、空間の陰影を際立たせる。
軽く息をついた提督は、安らかに寝息を立てる神通の顔を改めて覗いた。
「……本当に、普通の女の子なんだけどな」
そう呟いていると、ふと、彼女を包むシーツから色白の華奢な手がはみ出していることに気が付いた。
ぼうっとそれを眺めていて布団をかけ直そうと思い至り、布の端を掴もうとして、途中でやめた。代わりに、彼女の手を傷つけないようにそっと握った。
仄かな温かさが、互いの体に波動となって緩く伝わっていく。
彼女は、生きている。
そんなことを漠然と考えながら、提督は夜更かしの眠気で大きな欠伸をした。
そういえば神通が寝ていたと思い出して、慌てて口を押さえたときには、彼女は微かに瞼を持ち上げていた。
「……提督?」
「ああっ、すまん」
「……いえ」
反射的に離そうとする彼の手を、神通は放すまいとぎゅっと力を強める。当然、どうにもならないので、提督は彼女の体を起こすのを待った。なだらかな肩に長い茶の髪が肩にしなだれかかる。
「何か、あったのですか?」
「えぇと、な」
提督が自分の部屋にいることの理由を問うと、彼はかくかくしかじかを説明した。それで、神通は了解した。
「なるほど……それは、ご迷惑をおかけしました」
「気にしないで、俺よりも後で雷と鬼怒にお礼を言ってあげてくれ」
「はい」
また沈黙がおりる。別にわざわざ話を続けなければいけない状況でもないので、彼は黙っておいた。
すると、彼女が独り言のように静かに、小さく話し始めた。
「……私」
「ん?」
「昔のことを、夢に見ました。自分の最期を」
「……」
忽然と放った一言。自分の死をもう一度垣間見るというのは、体験せずとも恐ろしさを想像するに難くない。
「おそらく、あの戦争は、勝ち目のあるものではありませんでした」
「それでも、抗わなければいけなかったのです。たとえ終着が既に決まっていたとしても。一時の勝利が敗北への一歩に過ぎなかったとしても」
「
提督はただ頷いた。何も言いようがなかった。
神通は、ちょっと視線をさまよわせて息を吸って、はっきりと告げた。
「私は、強くなりたいです。皆と一緒に、最後まで戦い抜けるように」
「だから……どうか、力を貸して下さい。提督」
彼女はもう迷ってはいなかった。弱気な目付きはなりを潜め、真っすぐに彼を捉えていた。
たとえ自分がその誠意に値する力を持っていないとしても、答えない理由はなかった。
「分かった。精一杯、協力する」
その言葉に、少女はこの上なく穏やかな笑みを見せた。心の底から落ち着いたように。その言葉だけが重要であるかのように。
「本当に、ありがとうございます」
「はは……そろそろ演習が始まるぞ。もちろん、隊長が悪いようなら休んでてもいいが」
「えっ?」
言われて神通は壁に掛けた時計を見上げた。そして、慌てて立ち上がる。提督もそれに合わせる。
「わ、私、行ってきます。すみませんっ」
「頑張ってな」
「はい!」
丁寧にお辞儀をしてから、彼女はぱたぱたと走り去っていった。提督は廊下から、その後姿を眩しそうに見送るのだった。