泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

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3話 はじめての演習

 凪いだ群青の海が視界いっぱいに広がる、昼下がりの波止場。

 太陽の熱で外気は仄かに暖かく、それでいて暖房より新鮮だ。

「うーん、良い天気ですねぇ」

 上衣を袖を通さず肩に掛けた提督の隣で、手で(ひさし)を作って輝く青を眺めていた漣が呟いた。

 彼女はというと、青と白を基調としたいつものセーラー服に物々しい装備を着けていた。提督はそれを一瞥して訊ねる。

「……艤装、という奴か?」

「はい。なにせこれから演習ですからね……一人ですケド」

 ぼやいた後で、漣はあることに気付く。

「そういえばご主人様、ここにいてお仕事とか大丈夫なんですか?」

「大淀さんのマニュアルを読んでて頭痛くなったから、休憩がてらな」

「なるほど」

 なんとなく2人の会話に妙な間が間が空き、改めて提督が漣の装備をしげしげと見つめた。そして、気になって口を開いた。

「それは、何だ?」

 彼が指差したのは、漣が2本の太いベルトで背負った、艦船の一部を切り貼りしたような装置だった。

「これは、缶ですね。いわゆる燃料とか色んなモノを積んでます」

 続いて彼女は紐で掛けて首にぶら下げていた、正方形の物体を持ち上げた。

 それは缶と同じく鼠色で下部には取っ手が備え付けられ、前面には細長い2門の砲が空を見上げている。

「で、これが12.7cm連装砲です。私の武器その一」

「本当に使えるのか?」

 自慢げに掲げる漣に、提督が疑わし気な眼差しを送る。

 漣もこれには眉根を寄せて答えた。

「もちろんですとも!まぁ、今日は使いませんがいずれお見せしましょう」

 そう言って、今度は両の腿に締めた、白色の小さな弾頭を収納したホルダーを示した。

「お次がこれ。武器その二にして主力の、三連装魚雷です!」

「はぁ。それで、その靴は?」

 装備の位置が位置だけに、提督はあまり注視しないようにしてさっさと先を促す。

 魚雷の強さを語ろうとしていた所に出鼻を挫かれた彼女は、少々不満げになりながらも答えた。

「……これは主機(もとき)といいまして、いわば海上を走るための推進機です」

「ふむ……。それで、これらの装備は何のために?」

 割に熱心に聞いていた提督の最後の問いに、漣は呆れのあまりずっこけそうになった。

 どんな愚痴を言おうかと頭を巡らしたが、提督は至って真剣な表情だったので、どうにか軌道を修正して率直に述べる。

「それは、深海棲艦(しんかいせいかん)と戦うためです」

「深海、棲艦……」

 彼はその言葉に少なからぬ動揺を受けた。過去の記憶の小さな断片が微かに閃いた。

「流石に、それはご存知ですよね?」

 茫然とする提督に、半ばからかうような目つきで漣が見上げてきた。

 彼は辛うじて頷いて、自らの認識を思い出すように言葉を紡ぐ。

「学生時代、少し文献を読まされた。深海よりの使者、黒い怪物……大袈裟な記述には、世界を滅ぼす者、なんて書かれていた。まぁ、今では強ち間違いでもなくなってしまったんだろうけど」

「その深海棲艦を倒す決定打が、私たち゛艦娘゛なんです」

 言って、漣は胸を張った。

「……実戦の経験は?」

 提督の的確な質問に、自信ありげな笑みが固まる。そしてついと目を逸らした。

「そ、それはこれからですよっ。そのための演習ですし」

 彼女の言い訳は彼の耳に皆まで届かず、提督は憎いほどに晴れ渡る空を仰いで、長い長い溜め息を吐いた。

「ずうっと黙っていたのは、そういう理由だったか……」

 走馬灯のように、脳裏に最近の過去が浮かび上がる。着任の直前に告げられた゛艦娘゛という存在。

 己が゛何゛であるかは分からずとも、゛何のために゛あるかを知っている少女。

 提督は意気揚々としている漣を見遣った。

 こんないたいけな少女が、或いは世界の命運を掛けたかもしれない強大な敵と戦わねばならない。

 たとえ彼女がそんなヤワな精神など持ち合わせておらず、超人的な力を有していたとしても、それでも゛艦娘は人間ではない゛と割り切ることは出来なかった。

 ふと、先に別の鎮守府へ赴いた同僚の顔が思い出された。彼はどうしただろうか。

「……おーい。大丈夫ですかー?」

 あまりにもだんまりを決め込んでいたので、漣が心配そうに顔を覗き込んできた。意識を浮上させた提督は、慌てて頷く。

「あぁ。ちょっとしたホームシックだ」

「はぁ……?」

 その言葉が冗談とも本音とも取れなかった彼女は、曖昧に返事をした。

 そして、一度大きく深呼吸する。そうして気分を一転させて、

「さぁ、何はともあれ演習ですヨ。そりゃっ」

 所在なげな提督に構わず、漣は海面に跳んだ。瞬間、凪いだ海に慌ただしい波しぶきが立ち、先ほどまで彼女の居たアスファルトに雫が掛かった。

「漣、行きまーす!」

 元気の良い掛け声と共に、水面に足を着けて浮かんだ彼女は姿勢を僅かに前へ傾け、足を滑るように動かしていく。

 初めは、ゆっくりと静かに。しかし主機が唸りを上げると、その不思議な技術のカタマリはすいすいと水を掻き分けていった。

 忽ち波止場から遠く離れると、彼女は艦隊行動演習とは名ばかりの自由気ままな遊泳を始めた。時々手を振ったりなどもしている。

「……これから、ちゃんと考えていかなければ」

 提督は楽し気に踊る漣に手を振り返して、その眩しさと先行き見えない彼女たちの未来を案じた。

 ふと、冷たい潮風が吹きつけた。それは、嗚咽に似た短い吐息に交じって彼の頬を濡らした。

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