泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

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番外編 さいご 青年提督といねのひかり

 晴れの()が熱を持って照らす執務室。会議用のテーブルと席も備え合わせたこの空間は、個人用の仕事場にしては広すぎるほどである。執務机に主もおらず、余計にその感じを起こさせる。

 代わり、机の背後に、高級な洋の内装の雰囲気を通り越した雑な加減で、取り回しの利く二本の支柱を挟んでハンモックが吊られていた。提督は軍服のまま、そちらに寝転がっていた。

 外はじっとりとして暑かったが、室内は冷房の空気で満たされていたのでぐっすり眠っており、彼は大いにいびきをかいていた。

 いっこうに起きる様子のない彼の元へ、扉のノックの音が響く。しばらく経っても返事がないので、扉は勢い開かれ、ずいぶん慌てた様子で少女が中に入ってきた。丈の短いスカートを揺らし、セーラーの余る袖からはみ出た手にはクリップボードを抱えている。

「司令官っ」

 穏やかな気質の漂う愛らしい顔に、伸ばした髪を髪留めで上にまとめている彼女は、駆逐艦”(いなづま)”だった。電は人の見えない室内を見渡すと、机の後ろに回り込み、仮眠を取っている提督を見つけた。

「起きてください!」

 真上から呼びかける。しかめっ面で目を瞑っている彼はしかしまだ覚めない。どうにも急用なのか、電は困りに困り切ったあと、提督の肩を揺さぶり挙句の果てにはボードでべしべしと彼の頭を叩いた。

「んがっ」

 物理的な衝撃に流石の提督も起きた。いやに興奮した目付きで覗き込む少女に、彼はぼんやりした様子で訊ねる。

「どうした、電?」

「き、来たのです。いらっしゃったのです!」

「いったい誰が……あ」

 迫るような電の口調に、提督はハンモックの上で首を傾げたが、ここ最近の来客などに関する記憶を洗う内に、彼女の言っていることを理解した。と同時に眠気が吹き飛び、網から即座に立ち上がる。

「本当か」

「本当なのですっ」

「すぐに行こう。手間を掛けさせてすまんが、電も一緒についてきてくれ」

「分かりました」

 提督は軍服のシワなりを整えつつ扉に向かう。電も、歩く速度を速めて歩幅を稼ぎながら後を追った。

 

 〇

 

夏の外は、火薬や波を分ける音で賑やかだった。艦娘たちがそれぞれ海上演習に励んでいるのだ。

 道行く途中彼女らに挨拶だけ交わしながら、二人はドーム状の一際大きい工廠のそばに到着した。

 シャッターは閉じられていたため、通用口の方から足を踏み入れた。クレーンやそのほか加工用の機械群は普段からは想像出来ないほどに鳴りを潜め、働き者の妖精さんたちはすっかりくたびれた様子であちこちで休んでいた。

「こっちです」

見たこともない状況に提督が不思議に感じていると、電が先へ導いていく。

「……なんだ、これは」

そこには、あった。

押し潰すような圧と威厳を放つ規格外に大きな艦が(そび)えていた。

そして、居た。

まるでこの艦そのものを(あずか)るかのように、艦首の先に、女性が立っていた。そしてやはり、彼女は与る艦の存在それ自体なのであった。

「……」

 提督は唖然としていた。担う本人の華奢な体躯に全く合わない重厚な構造の艤装に、各所に配置された武装の中でも一際巨大な上部の砲。散々艦娘で見慣れた独特の服装はともかく、奇妙な形の和傘を差して凛と立つ姿はえも言われぬ優美があった。

 艦娘である女性が提督と電に気付き、柔らかに微笑む。

「あなたが……」

 艦娘の発した言葉に、提督はようやっと頷く。

「提督だ。一宮京介(かずみやけいすけ)という。そして、お前が」

「大和型戦艦、一番艦、”大和”です」

「はわ……」

 電が、その名前を聞いただけで感嘆の息をついた。いつも冷静な提督はしかしまだ落ち着かない心地で、手を差し出す。

「鎮守府へようこそ」

「よろしくお願いします」

 大和は一拍おいて、控えめではあれど握手を交わした。

 一先ず落ち着いたところで、提督が切り出した。

「さて。早速、施設の案内とついでにその体に慣れてもらうために演習に参加してほしい。残る猶予が読めんので、今日の内に」

 大和は静かに言った。

「何か、作戦が控えているのですね?」

 提督は少々言いにくそうに頷いた。

「あぁ、詳しくはあとで話す。電、頼んでもいいか?」

「大丈夫です」

 大和との対面でしゃちほこばっていた彼女であったが、これを素直に引き受けてくれた。

「よし。最後に、終わったら二人とも、執務室へ寄ってくれ」

「分かりました。では、電。案内を頼みますね」

「はっ、はい」

 提督に一礼をして、電と大和は工廠を離れていく。提督は工廠の様子を再確認してから、残っていた仕事を片付けるために鎮守府へ戻ることにした。

「何か引っ掛かるような……まぁ、気のせいか」

 

 〇

 

 時も早く経るもので、遅からず夜は来た。月は靄がかって、明かりの少ない地上はなお暗い。

「大和は、深海棲艦については知っているか?」

「はい。彼らに対して、何をなすべきかも」

「そうか」

 執務室に机を挟んで相対する提督と大和。提督の横には、所在なげに電が秘書艦用の小さな椅子に座っていた。

「作戦の話だが……ごく大まかに言うと、ここ(ヨコスカ)へよその鎮守府から全艦隊が集結して、深海棲艦の全勢力との決戦を行う予定だ」

「その作戦を始める最後の合図として、大和、お前の来訪を待っていた」

「そうでしたか」

「そして、上層部はお前を艦隊の旗艦にすることを望んでいる。それが最良だと」

「来てまだ間もないのにこんな重い責務を託すのはどうかと思うが……どうか、受けてほしい」

 提督は頭を下げた。電も、一緒に下げる。

大和は迷うことなく、はっきりと誓った。

「お二人とも、顔を上げてください。私は構いません。だって、そのためにある(・・・・・・・)存在なのですから」

「……助かる」

「ありがとうございます!」

 身近な感謝には慣れないのか、大和はほんの少しはにかんだ。

「もう御用はありませんか?」

「ああ。ゆっくり休んでくれ」

「それでは」

 大和は恭しく礼をして踵を返した。

「おやすみなさい、なのです」

「えぇ、おやすみなさい」

去り際、電が見送りに立って、大和も優しさの沁みる言葉で別れた。

扉の閉まる音が静けさを打つ。

「司令官さん」

「ん?」

「……大和さん、とてもすごかったのです」

 ゆっくり席に戻った電が、そんなことを言った。提督も頷いて、今日の内に取った戦闘に関する記録を一枚ずつ読み返し始める。

「正直、桁違いだ。じいさんが待てと言ったのも頷ける。練習の時に地震みたいな揺れがこっちにも来たのは本当に驚いた」

「はい。電も、ひっくり返っちゃうかと思いました」

 提督の笑いにつられて、電も微笑む。

「……電は戦艦さんではなくて駆逐艦ですけど、皆のために戦えるんでしょうか」

「その、力もないのに」

 この先の戦いにおいて、何か不安に思うところがあったのか、電は肩を落として指をいじる。提督は微かに唸って、目を閉じた。

「電は、戦うのが苦手だって言ってたよな」

「……はい」

「それでも、戦うと決めた。それは、自分の意志じゃなかったのか?」

 何気なく聞かれたその問いを、電は真っ向から否定した。

「そんなことはありませんっ」

「なら、気にすることはない」

「え?」

 首を傾げる電に、提督はとんと自分の胸を叩いた。

「どんなことにも頑張ろうとする気持ちは、大切だ。むろん戦略、戦術、練度……そして力も重要なことには変わりないが」

「人にその人自身の役目があるように、電にも、電にしか出来ないことがある。だから、あとはそれをやり通す勇気があれば……」

 言葉を考える内に、提督はどうにも複雑な気分になってくしゃくしゃと髪を掻き起こした。電はきょとんとした様子で彼を見つめる。

「こんなのは柄じゃないし、むしろあいつの言いそうなことだ……ええい、じゃあこうしよう。電、何かしてほしいことはあるか?」

「ど、どうしたのです、急に?」

「いいから」

「えぇ、えっと」

 突然の提案に電は戸惑いながら、腕を組んでうんと悩んでようやく、照れた様子で小さく言った。

「あ、頭を撫でてくれますか?」

「それでいいなら」

「もちろんなのです」

 こくりと頷く。ならば提督にも異存はなかった。

 青年の大きな手が栗色の髪にそっと乗せられる。気分が大丈夫か反応を見て、そっと艶やかな髪をなぞった。

 最初は固まっていた電も、緊張をほどいていつしか身を任せていた。

 夜の静かな時がゆるりと溶けていく。

「これで、どうだ?」

「ありがとう、ございます」

 終わってみると、電は満足そうな笑みで答えてくれた。直に伝わる温かさといのちに、提督自身もほだされたような、感慨深い気分を味わっていた。

「さ、夜も深い。明日に備えて電も休め」

「はい。その……、また明日、なのです」

「おう。また明日な」

 和やかな空気にくるまれて、電は椅子を立つと、執務室の扉に触れる。去り際、小さく手を振った。

「……」

 同じように返して、提督は一人になった部屋で息をつく。気持ちを落ち着かせるようにくるくると室内に首を巡らした。そして、曇りの空を見上げて祈るように呟くのだった。

「どうか、救われますように」

 

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