泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

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29話 見つけた答え

「来たな」

かつて横須賀と呼ばれた場所に建った鎮守府。その波止場に立つ、涼し気な(まなこ)を持った青年提督、一宮京介(かずみやけいすけ)が、目を凝らして言った。視線の先には、辛うじて船と分かるシルエットがこの港に近づいていた。

「これで、みなさん揃うのですね」

彼の傍らにちょこんと佇む少女、電が安堵の息をつく。かの船が遥か北方からの来訪であり、また最後の一団だと聞いていたので、その無事が案ぜられたのだ。

夏も盛りなこの時期。しかし今朝は海辺の湿った風に冷えて涼しい。

船が波止場に寄る。輸送用の巨大な船体が、先に停泊している船の間を縫って、彼らの目前にぴたりと停まった。タラップが下ろされると、どたどたと慌ただしい音を立てて、眠そうな目に微かな隈をつくった提督、折口半次郎(おりぐちはんじろう)が渡ってきた。彼を先頭に、後ろから準備の整った順に、小綺麗な和装の女性と、艤装を装備した艦娘たちが続いていく。

京介はさっと手を振った。ほんの少し、瞼が持ち上がる。

「よう、半次郎。それと、チヨさん?」

「京介!」「おはようございます」

半次郎は懐かしさに笑みがこぼれ、地上に着くなり京介と握手を交わす。チヨは側に立つ。

「元気だったか?」

「どうにか。そっちも、無事みたいでなによりだ」

「しかし、チヨさんまで来ていたとは......」

「給仕の手伝いをしてもらってたんだ」

「あの、司令官さん」

男衆が再会の喜びを分かち合っているなか、申し訳なさそうに電が京介の裾を突っついた。二人もそれに気づいて、本来の目的を思い出した。

半次郎が船の方を見やる。今、目をしょぼつかせた雷が甲板から離れた。

「あと1人......明石さんは?」

これには大淀。

「持ち寄った資源の搬入作業で妖精さんを手伝っています。あらかじめ伝達された通り、ですよね?」

大淀の目配せに、京介が肯定した。

「あぁ、助かる」

明石の所在を確認したところで、

「んじゃ、今から……」

「「あーっ!?」」

京介が営舎の案内をしようとしたとき、電と、もう一つ、反対側から声が上がる。

雷だった。響も、ぽかんと口を開けていた。

「もしかして、電?」

「雷お姉ちゃん、響お姉ちゃんなんですか!?」

「初めまして……じゃなくて、僕たちも”久しぶり”か」

わっと感極まった電は、嬉し涙を滲ませて二人の元に駆ける。雷と響は互いに顔を見合わせ、優しく妹をその腕で迎えたのだった。

「会えて本当に良かったのです……!」

「暁はいるの?」

「うん。先に、こっちに」

「じゃあ、これで揃ったんだね」

姉妹の睦まじい様子を傍に見守りながら、神通が目を細める。

「私たちも、会えるんですね」

「多分……あ、なんか、それはそれで緊張してきた……」

「ま、なるようにしかならないわよ」

「そうだねぇ。あー、アブとか、どうしてるかなぁ」

4人もいろいろに落ち着かない心地になった。在籍する鎮守府が遠い地ということもあって、彼女たちはメンバー以外の艦娘に全く会っていない。それゆえに、積る思いも沢山あるのだろう。

その気持ちを踏まえた上で、京介が先を取り戻した。

「えー、ヨコスカ鎮守府へようこそ。君たちの生活する営舎へ案内するから、俺たちに付いてきてくれ。半次郎も同伴を頼む」

「分かった」

京介の提案に頷いて、彼らは営舎へ向けて歩き出した。

 

 

一同は巨大な工廠を横に通り過ぎ、半次郎らの鎮守府とはまるで規模の違う立派な営舎の内へ、ぞろぞろと入っていく。

広い玄関に入ったところで、京介がふと立ち止まった。

「そうだ。大淀は、前にいた部屋を空けたままなんだが」

「では、そちらを使わせて頂きましょうか」

「......確か、もう一つ分余っていたかな」

「でしたら、私が入ってもいいですか?」

おずおずと、チヨが申し出た。

「もちろん」

「それなら、電が案内するのです」

「ん、頼んだ」

こうして、3人とは一旦分かれ、複雑な廊下と階段を行き来していった。苦労の末、残った一行は新造されたと思われる一角に到達した。

運動で乱れた呼吸を整えて、隣り合う華奢な扉を指差しつつ、京介が説明する。

「ここだ。左が4人部屋で、右が2人部屋。部屋割りは自由」

「どうする?」

半次郎が少女たちに訊ねた。小時間の相談を挟んで、特に悩む様子もなく話は決まった。

「私たちが4人部屋で、神通さんと鬼怒さんは2人部屋ということで」

「分かった。活動は明日から始まるから、今日はゆっくり休んでくれ。他の人もいるから、あんまりうるさくしないようにな?」

提督としてのささやかな注意に、皆が了解の旨を返して、それぞれの部屋に入っていった。

おおー、二段ベッド!

こら、言われたそばからさっそくはしゃがないっ

「……大丈夫そうだな」

「うむ」

提督らは一息ついて、なにとはなしに廊下を見る。とても朝早いので、まだ出歩く人はおらず、仄かに暗く、静かである。

「で、俺はどうすればいい?」

荷物の鞄を抱えて、半次郎は訊ねた。

「お前は鎮守府の方でな。荷物を置いてもらって、すぐで悪いが会議に出てもらう」

「会議……」

「あぁ。作戦内容の確認と、もう一つ」

今回の作戦はともかく、"もう一つ"の内容については、聞かずとも半次郎も心得ていた。

今まで、自分が探し続けてきたこと。

「……言い訳がましいが、俺たちは海域攻略で一杯だったのさ。正直、手が回らなかった」

「だから、教えてくれ。艦娘(かのじょたち)のこと」

半次郎は怯んだ。

一応の答えらしきものは得ていたが、それは、全く確証あるものではなかった。

言えなければ、言わなければ、この作戦が中止される可能性も出てくる。

そうなれば、艦娘たちが最も危険な戦いに身を投じる必要はなくなる。それが、半次郎が何度も願ってきたことではあった。

しかし、彼の心には、願いを聞き届けた日の、漣の姿が強く面影を残していた。ふだんは飄々と振る舞う彼女が見せた表情と、想いが。

"人間になりたい"

あるいは、間違っているのかもしれない。それでも、この作戦を実行することは、彼女の願いを叶えるための、考えうる最初で最後の一手なのだ。

半次郎は、切れ味鋭い友人の瞳を見据えて、頷いた。

「あぁ」

 

 

 

準備を終えて、半次郎と京介は執務室の扉を叩いた。

横に伸びた部屋に、会議用であろう楕円のテーブルで席に着く人物が4人。

うち3人は、彼らの真向いに座っていた。

「よく来てくれたな。半次郎」

「お久し振りです」「やっほー」

「おじいさん。遼君に、先輩も……それと、あなたは?」

約一年と半年という時間を経て再び会った友人に感動の涙を流しかけるが、三上遼(みかみりょう)の隣席の男性の存在の手前、なんとか堪えた。怪しいというよりは誠実な物腰とよく日に焼けた顔は壮年らしいが、思い出そうにも半次郎にはまったく覚えがなかった。

「あぁ、お前も初対面になるな。こちらは私の友人の息子さんだ。彼にも提督として南方で活動してもらっていた」

紹介を受けて立ち上がると、男は折り目正しく会釈して、余裕ある柔らかい大人の笑みで半次郎を迎え入れた。

兵藤実助(ひょうどうさねすけ)だ。短い間になるだろうが、よろしく頼む」

「折口、半次郎です。よろしくお願いします」

年の差に合わない実助の気さくな雰囲気に戸惑いながらも、半次郎も頭を下げた。

「チヨさんはどうしたかね?」

「一緒に来てもらいました。今は部屋で休んでいると思います」

「そうか。それなら、よかった」

「半次郎君。背、伸びた~?」

会話の切れ目を見計らって、半次郎たちの側の席に座したこの場唯一の女性提督、渡岸鳴(とぎしめい)が、無邪気に手で背比べをしようとする。

子供扱いされているようで少々決まり悪かったが、ほんわかしている本人に悪気はまったくないので、控えめに否定した。

「伸びてませんよ」

「それ、俺にも聞きましたよね」

「僕は、実際に伸びましたよ」

京介のツッコミから遼のずれたコメント。そんな他愛ない会話で生徒時代の懐かしい気分を味わっていると、龍馬が声をかけた。

「お互い話したいこともあるだろうが、それは後でな。とりあえず二人も座りなさい。会議を始めよう」

彼の言葉に従って、鳴の隣の席に二人とも腰を落ち着けた。

急に、空気が緊張を帯び始める。

「さぁ、聞かせてもらおう。お前さんの探した答えを」

何気なくさらりと滑り出した重大な問いに、緩んだ心の準備がままならぬ半次郎は待ったをかけた。

「ちょ、ちょっと。作戦の方が先じゃないんですか?」

龍馬の代わりに、実助が静かに言った。

「とても、気になっているんだ......我々がね。龍馬さんと、君は別として」

「艦娘とは、一体どんな存在であり、この作戦に求める意味とはなんなのか」

「意味......」

正しいかは分からないけれど、意味ならある。

半次郎は深呼吸を繰り返して、改めて覚悟を決めた。

「分かりました。俺が、説明してみます。疑問が浮かんだら、話の途中でも構わないので言ってください」

これに一同、同意した。

「まず、艦娘とは何なのか……についてですが、彼女たちは、遠い過去の戦争で戦った艦の”魂”、です」

「太平洋戦争、でしたか。しかし、魂とはいったい?」

遼が首を傾げた。とつぜん神秘的な要素が持ち上がってきたのだから無理もない。

「ここでは、人間の持つ心、あるいは精神を指すものと思ってもらえるといい。もっと踏み込んで言えば、艦娘の姿は、"魂が実体化したもの"。仮に人間が......おおざっぱに肉体と魂に分けられるなら、彼女たちはその体までも魂で補っている」

「さわれる幽霊、という感じでしょうか~」

鳴の的確な解釈に、半次郎も勢い付く。

「先輩、まさにその通りです」

「体自体も精神で創られている、か。だが、食事もするし、睡眠もとるよな」

「簡単な話、それは心を回復するためだ。食べればお腹も心も満たされるし、眠れば疲れがとれる」

「それも、そうか」

先立つ肉体がないだけで、精神の変調はやはり身体に影響を及ぼすのである。京介の納得した隙に、実助が手を挙げた。

「もうひとつのことは、どうだろうか」

半次郎は、ちょっとの躊躇(ちゅうちょ)を含めて、訥訥と語りだした。

「ほとんど憶測の話になりますが......ひとつずつ、行きましょう」

「先ほど言ったように、かつてのこの国は、戦争に挑みましたが......その結果は、敗北でした。敵、味方に関わらず多くの人が亡くなり、艦隊の大部分は沈没して故郷に帰ることはできず、僅かに残った艦たちも不幸が続きました」

「......」

沈黙が連なる。人間同士の争いにおいて生み出された彼女たちは、望んでか望まずか戦いに身を投じた。

過去を思い出すということは、同時に覚えているということでもある。それは、人間ではなかった当時の頃から、記憶が()きついていたことの証だった。

「とても、言葉にはできない想いがあったと思います。後悔や無念、怨み、悲しみ......」

「......やるせない、ですね」

遼の小さな呟き。誰もが、彼の言葉と同じように感じていた。ようやっと、気を取りなおして、半次郎は続ける。

「この、負の感情の側面が形をなした存在が、深海棲艦の起源です」

半次郎の予想していた通り、提督の面々は深く驚きはしなかった。薄々勘づいていたことではあったらしい。

龍馬が言った。

「先に出現したのは、そうした、いわゆる"悪"の深海棲艦だ。その防衛装置として、もう半分の"善"なる彼女たち......艦娘がやって来た。お前さんの意見と同じかね?」

半次郎は頷いた。

「もともと一個の魂、ということですか.....」

「カガク的にあり得ない、とかいう次元の話じゃあないよな。現に今、一緒に生きている訳だし」

「そうするとこの戦いの目的は......」

遼の言葉を継いで、己の答えを打ち出した。

「自分に、決着を着けること」

「そしてそのしがらみは、深海棲艦の根を絶つことで解放されると、俺は思います。そうすれば、これ以上危険な目に遭わずに、彼女たちがこれからを生きられる」

「だから、どうか力を貸してください」

あとは、各提督の反応次第である。

「もちろんですよー」

即座に、間延びした鳴の返事があった。

「あの子たちの意思は聞いていますし、このお話で、なんとなく腑に落ちましたから。私自身できることは少なくても、全力で支援します」

「私も、異論はないよ」

「先輩、兵藤さん......」

2人の意思は明らかになった。

「遼は、どうだ?」

組んだ腕をほどいた京介が、俯く少年に投げかける。

問うた本人の目には、迷いは感じられなかった。

「僕は......」

遼は、机の下でそっと手袋を外した。薬指には、銀に照る指輪が穏やかな光を放っていた。

かけがえのない契りを結んだあの人(ふぶき)と、自分を支えてきてくれた大切な仲間たちを、敵の本拠という、今までの比にならない危険な場所に送り、やはり、帰りを待つことしか出来ない。

でも、それは他の提督たちとて同じだ。

自らの心配と不安をかけてなお、彼女たちの生きる先の安寧のために協力を惜しまないと決めたのだ。

ならば、自分も、一人の人間として。

顔を上げた。半次郎に頷いて、龍馬に振り向く。

「……分かりました。僕も、この作戦に参加します」

「俺も、右に同じ」

全員の結論が出された。

ふと、大淀と出会ったときのこと、学校を始めたときのことが、老人の記憶に瞬く。

龍馬は顎の髭を撫で、感慨の深い息を吐いた。

「半次郎、皆......ありがとう。では」

生徒たちの成長を慈しむ老人の瞳が、元の厳つさを取り戻した。

「作戦を説明しよう」

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