泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

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30話 最終戦

 全艦隊集結から一週間。

 合同演習と作戦の再確認なども終えていよいよ万端となり総集され、龍馬の簡潔な言葉を聞いたのち、艦娘と提督らは涼しい早朝の空の下に集った。

「みんな」

 各々が出撃の準備を終えるなか、提督が深く息を吸って、言った。

 全員が振り返る。表情は穏やかであり、重苦しいというよりはむしろ、晴れがましささえ感じられた。

 行ってしまうのだ。

 提督……半次郎はこのときに至って、その思いが強くなった。息が詰まったが、あらゆる思いを込めて出てきた言葉が一つ、あった。

「帰っておいで、必ず。俺たちの鎮守府で、待っているから」

「……もちろんですよ」

 一瞬ぽかんとした表情を浮かべた漣が、笑って見せた。それぞれと顔を見合わせた。みなが頷いた。

 胸がいっぱいになって、涙が今にも溢れそうになったが、上を向いて、かろうじてせき止めて、

「行ってきなさい」

 ついぞ慣れることのなかった敬礼をした。

 一同も揃って礼を返し、海面にいざ来るところと勢いよく着水した。陣形を組むのを怠らずに、素早く並ぶ。

「出撃します……!」

 神通を旗艦に、彼女らの主機が水面を滑り出す。先に出撃した兵藤提督の艦隊に追いつくように、どんどんと舷速を上げて。

 半次郎は長いことその航跡を見つめていた。彼女たちの姿が見えなくなったあとも、なお。

 

 〇

 

 作戦の概要は、こうだった。

 京介率いるヨコスカ艦隊と、明のクレ艦隊が、戦艦大和を旗艦として南部の泊地を経由しながら、中枢海域を目指すルートが一つ。もう一方のマイヅルとサセボの艦隊は北方の泊地を経由し最深部での合流を目指すルートを取っていた。漣たちは圧倒的に規模が小さいため、慣れている北方側についていくことになった。

 この作戦には、あるだけの輸送船も参戦し、泊地ごとに止まり、艦娘たちの補給を行う役目を担った。

 むろん、船員たちはみな妖精さんである。

 艦娘たちの今までの成果というべきか、道中に深海棲艦の潜んでいることはなかった。それでも警戒は怠らず、休憩も挟んで輸送船から補給を行い、また長い旅路へ……。

 

 

 これらの行程を繰り返した末、遂に彼女たちは深海棲艦の中枢に到達した。

 その異様は、空と海の色からも明らかであり、この世ならざる正気の赤と黒が混ざり合い、肌を刺すような殺気が全員の体にのしかかる。

 そして、待ち構えていた。

 正々堂々と、艦娘達の来ることを予期していたかのごとく、深海棲艦たちが、姫と呼ばれる戦闘力の最も高い個体の指揮の元に集っていた。その中央後方には、凍るような白い肌の美しい女性が、一対のそれこそ怪物のごとき巨人の駆体を従えて余裕ありげな笑みを浮かべていた。深海棲艦の首領格、戦艦水鬼だ。

 それぞれの艦隊も、ちょうど合流した。総勢ともなればさすがの大艦隊である。

 本来の艦のサイズであれば大混乱必至の構図だが、これは、彼女たちが人たるゆえにとれる陣だった。

 まず、絶対に死なないこと。そして、深海棲艦を倒すこと。

 お互いのすべてが揃った今、この戦いで勝敗は決まる。

『全艦娘に告げます』

 旗艦大和の無線が走る。聞く者の心を落ち着かせる、のびやかで凛とした声。

『暁の水平線に、勝利を刻みなさい!』

 士気を上げるに至って、言葉はそれ一つで充分であった。

 閧の声が、呼応して海へと広がる。深海棲艦も、戦闘開始の合図と受け取り、腹の底まで震え上がらせる叫びを空に轟かせた。

 

 

 各艦隊が放射状に展開して、かしこで砲弾が飛び交い始める。

「さて、やりますか」

「はい、加賀さん」

 後方に待機していた空母艦隊が艦載機の全てをぶつけにいく。

「さぁ、うちらも張り切ってぇ、ごぉー!」

「アウトレンジ、いきます!」

 さらに両舷では、軽空母の艦娘らが増援とばかりに飛行機を発艦させる。

 それは圧巻ともいえる大編隊で、渡り鳥の群れように、エンジン音を蹴立てて、深海棲艦に突っ込んでいく。

 むろん、彼らとてただやられるわけではない。

「___!」

 空母棲姫を中心として、禍禍しい気を帯びたヲ級たちが杖を海に一突きすると、どこからともなく羽虫のごとき攻撃機を生み出し、飛ばしてきた。軽空母級たちの口もがばと開き、次々と暗緑宿す目をぎらつかせて艦載機を放出し、凄まじいドッグファイトが中央で火蓋を切る。

 その騒ぎを鬱陶しく思ってか、戦艦水鬼も挨拶代わりに砲弾をところ構わず撃ちまくった。

『皆、左右にばらけろ!』

 誰かの無線が入るや否や、艦娘たちはとかく避けることに専念しはじめた。

 直後、どかんどかんと激しい水柱を上げて敵艦の弾が落っこちる。あまりの弾幕の厚さに、陣形を保つことは困難であり、また危険だった。

『このままだと、ばらばらに……』

 弾幕をなんとか潜り抜けつつ、雷が懸念する。そこで、神通が言った。

『そのときは、同じ場に居合わせた艦娘の方と協力してください。……きっと』

 波が揺れる。衝撃で更に弾み、髪も服もびしょ濡れになるが、しょげることはなく。

 分断されゆく間際、鎮守府のメンバーに、彼女のはっきりとした言葉が耳に届いた。

『大丈夫です』

 

 ○

 

 深海棲艦中枢海域の南方、艦隊が敵の一群と戦っていた。

 対するは軽巡棲鬼率いる重巡リ級と軽巡ホ級、へ級そして十数の駆逐ロ級の艦隊であった。

「てぇっ!」

 天龍が切り込まんばかりに14cm連装砲を打ち込む。

 烽火は恐れず、ものともせず。

「気合十分ねぇ、天龍ちゃん。まぁ、私もだけれど」

 隣を疾る龍田も、微笑みながら、砲を連発する。飛んでくる攻撃は手に持った薙刀で華麗に水面へ弾いていく。

『行くぞ、羽黒』

『はい!』

 傍ら、那智と羽黒が、次々と大口径の砲を放ち、敵艦に打撃を与えていく

『那智、羽黒。こちらにいましたか』

『あら、偶然』

 そんな戦の最中、同じ妙高型の妙高と足柄が乱戦を縫って滑り込んできた。

『どうやってここへ……!?』

 別の艦隊に配属されていた筈の2人の来訪に羽黒が戸惑ったが、足柄は気にせず彼女の肩に軽く手を置いて、

「たまたまよ。それより、ぱーっとやっちゃいましょ?」

「そういうことです。では皆さん、いきますよ」

「「(りょっ、)了解!」」

 妙高たちは、凄まじい砲火をとどろかす。

 

 

「はぐれちゃった……けど、一人でも頑張らないと」

 戦艦水鬼の威嚇射撃から逃れた五月雨は、搭載したソナーで海中に潜む脅威を探り当て、爆雷を的確に投げていく。

 反応の消失を確認していると、ふと背中からおぞましい叫びが聞こえてきた。はッと振り向くと、深海棲艦。

 同じく単艦であったが、全く不意の出来事で反応できなかった。

 撃たれる、と思い覚悟した瞬間、敵艦のどてっ腹にいくつもの砲弾が叩き込まれた。思いもよらぬ海の先を見遣ると、三人が援護に来ていた。夕立と時雨だった。

「大丈夫っぽい?」

「あ、ありがとうございます」

「ここで会うのも縁というやつかな。ボクたちも手伝おう」

「____!」

 会話の後ろで、先ほどの艦隊の旗艦らしき重巡リ級が波に紛れて襲ってきた。

 すかさず三人は砲を構えて有らん限り撃ちまくる。リ級の全身に覆われた装甲がどんどん剥げていくが、倒れるまであと一歩足りない。

『三人とも、横に避けてちょうだい!』

 近辺から無線が伝わってきて、素直に五月雨たちはその場を一旦離れた。視界の端には複数の魚雷の航跡が走っていた。

 結果は明らか、砲撃で動きの鈍っていたリ級はその数発の直撃を受け、一矢報いることなく水底へ姿を消した。

 さて声の主は誰かと振り返ると、悠々と水面を滑る夕張の姿があった。

「やっほー。私も交ぜてくださいな」

「夕張さん!」

「今度は、一緒に戦えるわね?」

 微笑む夕張。五月雨は、その言葉に、神妙な面持で頷いた。

「頑張りますっ」

「こんなお祭りみたいなこと、せっかくだから楽しまなくちゃ」

「パーティーはこれからっぽい!」

「無茶はよしてほしいんだけど……」

 もはや誰がどうあろうと区別はいらなかった。

 彼女たちは抱く思いを新たに再び戦いへ飛び込んだ。

 

 〇

 

「甘いわっ」

 肉薄してくる砲弾を避けた叢雲は、お返しとばかりに12.7cm連装高角砲を撃つ。軽巡ツ級にとってそれは軽微な一撃だったが、ここはお祭り騒ぎの大戦場。誰かの砲弾が怯んだツ級を貫通して、沈めた。

 歓声が砲撃の爆音のうちに微かに聞こえる。残った駆逐ロ級がわらわらといたので、叢雲は確かめる暇がなかったが、まもなく声の主は駆けてきた。

『吹雪、白雪!?』

『迷っ……援護に来ましたっ』

『そういう訳で、お供させてもらいますね』

 どういう訳も何も彼女には分からなかったが、仲間が増えるのは非常に心強い。

 不敵な笑みとともに、叢雲は長物を振るい、構え直した。

「全力でいくわよ!」

「「おう!」」

 

 〇

 

 前線まっただ中。敵味方の砲弾がおちこちに飛び交うなか、電は必死に戦火をかわしながら弾幕を張っていく。

「め、めちゃくちゃなのです……!」

 思わず恨めしい気持ちにすらなるが、心に決めたのは生きること。だから、折れはしなかった。

「電ーっ!」

 ふと声が掛かる。振り向けば暁が雷と響を連れて、真っすぐに向かってきていた。

「お、お姉ちゃんたちっ!?」

 驚き冷めやらず、呆れたような嬉しいような気持ちで電は彼女たちに振り返ったかと思うと、状況を思い出してまた戦闘に立ち戻る。

 気が付けば、姉妹は傍に並んで、肩の連装砲を放ち続ける響が代わりに答えた。

『戦場は、時と場合に応じて臨機応変に、だよ。電』

『ま、はぐれちゃっただけだけど』

『わ、私はみんなを放っておけなくてこっちに来たんだから!』

 ハチャメチャに会話を繰り広げつつも、深海棲艦を着実に仕留めていく。各々が鎮守府で培った実力の賜物だった。

「……いけますっ、ね」

 電も吹っ切れたのか、自信を取り戻した晴れやかさで、姉妹に加勢するのだった。

 

 〇

 

『いやぁ、凄いコトに……』

 全艦隊出撃というのは名ばかりではないもので、漣は応戦しながら、感慨深く呟いた。

 駆逐艦娘たちが縦横無尽に動きまわり、軽巡、重巡、戦艦その他さまざまなクラスが得意な距離で暴れまわり、思い思いに戦っている。中央の制空権の熾烈な争いは鎮守府が勝利し、爆撃、雷撃に移るなか、戦艦の破格な砲撃がその直下を通って、次々と敵艦を沈めていった。

「よっと」

 漣はソナーで、潜水級の存在を捉えた。迷いなく爆雷を落とすと、叫びと共にソ級が沈んでいった。

「いったん片づいたことだし、私もぼちぼち……」

 なんて言っていると、気付けば駆逐級と軽巡級の一隊がこちらに接近しているではないか。

 どこかで損傷したのだろう、それゆえ一時離脱を図ったようだが、運悪く鉢合ってしまったらしい。

「やべっ」

 漣は即座に砲を構え、どんどんと撃ち出す。いくつかの手負いに当たり、撃破したが、このままでは数の勢いでやられかねない。

 遂に、一発が肩を掠めた。よろける。次の砲弾が来る。

 壊れかけロ級がその牙を向いた瞬間、艦の底から勢いよく水柱が噴き出した。魚雷が命中したのだ。

「漣ぃ!」

「朧!?それに、曙と潮も……」

 声の方をみやると、朧が駆けつけてきていた。後ろから、曙と潮も応戦しながら寄って来る。

「なんでこの戦況で孤立してんのよ!」

「いやぁ、ゴメンゴメン」

 ちょっと呆気に取られながらも、嬉しそうな漣に、曙が小言を言う。そんな彼女に微笑みながら、潮は漣の手をとった。

「行こう!」

「……モチの、ロンっ!」

 漣は沸き上がる意気に任せて腕を振り上げ、決意新たに、砲の把っ手を強く握りしめた。

 

 

「とんでもないったら!」

 霞が怒りの抗議を暗雲の空に叫ぶ。吹き飛びそうな右、左の砲撃のさなか、遠くない距離で戦う姉妹の姿を認めた。

『満潮っ』

『っ霞!?。こっち、来て、一緒に応戦して!』

『言われなくても!』

 目の先には軽空母ヌ級と数体の駆逐級が襲撃にかかっていた。しかし、こちらの戦力も二人だけではない。

『霞……待ってた』

『ようし、これで負けなしよ!』

『陽炎。それは過言、でもありませんね』

 霰、陽炎、不知火。過去に紐付く仲間たちが、彼女を待っていた。

『あんたたち……まったく』

『霞、情け無用でいかせてもらうわ!』

 頼もしい味方に改めて心奮い立たせ、霞は戦闘に向かった。

 

 

 さらに前線、というかほぼ敵陣に入りかけた海域。三人の艦娘がひたすらその戦線を引っ掻き荒らしていた。

「夜戦だぁーっ!」

 先頭は川内。もはや艦とは思えない(じっさい艦でじはないのだが)変態機動で軽巡、駆逐級に損傷を与えていく。その後ろをカバーするのが、神通と那珂。

「もうっ、川内姉さん、夜になった途端に……!」

 困ったように言いつつ、神通がなんだかんだ順応して、きっちり旗艦の後片付けをしていく。その後ろを、ぜえぜえ那珂が肩で息をしつつもついていく。手にしたマイクは片時も放さなかった。

「ちょ、ふたりとも、ハイにならないでぇ……」

 三女の声もむなしく、もうしばらくひきずり廻されることになった。

 

 

「アブッ!」

 戦乱の渦巻き起こる海の上、鬼怒は慣れずとも知ったる顔の少女をはぐれている最中に見つけ出した。阿武隈が、複数の深海棲艦と相手していたのだ。

『鬼怒!?ちょうどよかった。手伝ってっ』

『はいよっ』

 頷き、手慣れた構えで砲を撃ち放ち、積んだ魚雷も惜しまず発射する。

 合流への障害を突破したその先に、また一人鬼怒が憶えている艦娘の姿があった。思わずまた名前を呼んだ。

『由良ねえっ』

『あら、鬼怒』

 ほか大勢の艦娘たちともに戦って、なおその戦場でも優雅な彼女に密かに感心しつつ、鬼怒もその戦線に加わる。

『さぁ、一緒に戦いましょう!』

『『了解!』』

 掛け声よろしく、士気高らかに戦場へ突入していく。

 

 〇

 

 高揚した雰囲気のなか、過熱した戦場は、その熱とともに長い夜が明けようとしていた。

 艦娘たちは多かれ少なかれ傷付いた者がほとんどであったが、沈んだものは誰一人としていなかった。

 それもこれも、何度も述べたように今までの戦いで鍛え上げた彼女たちの成果であり、もうひとつは、大淀の場に応じた的確な作戦指示と、明石らが修理に駆けずりまわったおかげであった。

 そして今、遂に残る深海棲艦は、ただ一人。

「決着だ」

 大和と並び立つ戦艦゛武蔵゛が、万感の思いを秘めて言った。大和もただ一つ、頷いた。

 相対する敵の首領、戦艦水鬼は、今や片方の怪物を失い、本人もその装甲を大きく削られていたが、ほぼ丸一日、戦艦級の集中砲火を浴びた末の姿だった。撃つ側が思わず青ざめてしまうような耐久力であった。

「ミナ……シズメ、シズメェッ!」

 水鬼の雄叫び。怪物の口が光に瞬くと、瞬間、鼓膜をつんざく音が響いて、水面を消し飛ばした。しかし、狙った筈の大和たちには当たらなかった。見えない力で弾き飛ばされたとでもいうべきか。あるいは、自らが無意識に狙いを逸らしたのか。

「……ユルサ、ナイ……」

 苦痛にまみれた呻きに、大和は穏やかに、語りかけるように返した。

「いいえ、恕すのです」

「……?」

「私たちが憎んだものも、あなた自身も」

 紅い闇が、海の風の一息にすぅっと吹き払われる。

 敵意が、波のごとく退いていく。

 祈るように閉じた瞼が、ゆっくり見開かれた。

 

 

 最後の一弾が放たれた。大気がありえないほどに震え、その場に居た者すべての、文字どおり魂を揺さぶる。波を切り裂いて海を渡り、真っすぐに水鬼の命の核を貫いた。

「_____!」

 声ならぬ声が夜明け前の空を突き抜けた。

 戦艦水鬼は、その身体を仰け反らせたまま、微かな墨色の煙と化して、少女たちの頭上に淡く溶けた。

 先ほどの激戦から嘘のような静寂が訪れる。

 そこに勝利の喜びはあれど陶酔はなく、澄み切った、群青の、清々しい哀しみが、海を包んでいた。

 

 まもなく、日が昇る……。

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