先日一時天気は好転したものの、今日は雨模様だった。1-1攻略の報告書を作成していた提督はふと手元の電話が鳴動したのを機に、一旦筆を置いた。
そして、受話器を取って応対に出る。
「もしもし」
『おう、元気にやっとるかの?』
音声に出たのは、しゃがれたお爺さんの声。しかし、電話越しでも分かるほど気骨と若々しさがあった。
その声を聞いた提督は一瞬固まったが、なんとか気を取り直して応える。
「まぁ、元気です」
『彼女達とは上手くやれているか?』
「まだ慣れませんが……皆優しい人たちですから、なんとか」
『そうか』
彼の言葉に、老人は安堵したように息を吐いた。
それを機に彼も少し緊張を解こうとした時。
『ときにお前さんや』
「は、はい」
老人が急に声を張り上げたので、提督は慌てて気を引き締める。
『ちゃんと食ってるか心配だと娘が言うのでな。お前さんの所に、あの子を送っておいた』
「はい?」
『そろそろそっちの最寄り町に着くだろうから、迎えをやってくれ。頼んだぞ』
「ちょ、ちょっと」
『それではな』
置いてけぼりの提督に、トドメとして一方的に電話が切られた。
「……全く」
暖房の音だけが聞こえる執務室で、彼は深々と溜め息を吐いた。
それはそうと客人が来るのはもう確定している事項のようなので、思い直してさっさと席を立ち大淀を呼びに行こうと扉を開けると、
「「あ」」
丁度、本人と鉢合わせた。
「えぇと、取り敢えず中へ」
「は、はい。失礼します」
開けっぱなしでは冷えるので、とりあえず執務室に通す。
「どうしました?」
一旦落ち着いて、提督が聞くと、
「先程電報が届きまして。えー、おじ……上層部からお客様を迎えに行ってほしいと」
「そちらにも連絡してたんですか」
「というと?」
「いや、こちらにも電話が来まして」
「成る程。でしたら、話は早いです。私が参りましょう」
大淀の提案に、彼は顔を上げた。
「良いんですか?」
「はい。全く問題ありません」
「じゃあ、お願いします」
ほぼ即決である。
「任されました。それでは、早速行って参りますね」
「気をつけて」
提督の言葉に大淀は頷くと直ぐに執務室を抜けた。
数分後雨に混じってエンジンの掛かる音が外で響き、窓に寄って見ると、一台の武骨なデザインの車両……ジープが母港の敷地を颯爽と横切っていった。
「車……」
着任初日のこと。彼は、たった隣町だからと迎えを断ったことを思い出した。おかげで、散々歩かされる羽目に陥ったのだ。
そんなしょうもなく苦い記憶を心にしまって、提督は報告書作成の作業に戻るのであった。
○
時計の針が正午を指し示した頃。
提督は報告書をちょうど完成させ、大きく伸びをした。外では、相変わらず雨粒が窓を叩いている。
「だいぶ時間掛かってるな……」
ぼんやりと呟くと、ふと客人が誰なのか気になった。確かあの子と言っていたが……。
思考を広げようとしたと同時に、思い出したかの如く腹が鳴った。
だが今現在、料理を作ってくれる大淀は不在である。
「何かあるかな……」
提督はそう独りごちて、大儀そうに立ち上がった。
○
廊下を辿ると、果たして給仕室はあった。
食事を運び易くする為かドアは備えられておらず、提督はおもむろに中に入る。
そこは綺麗に磨かれた台所が正面を大きく陣取り、その他諸々の物をしまう戸棚と簡易的な貯蔵庫が据えられていた。
貯蔵庫を開けて中身を漁ると、提督はあるものに目をつけた。所謂カップ麺と呼ばれる、インスタント食品である。
「……良いな」
彼は思わず顔を綻ばせて、それを手に取った。
包装を破って蓋を半分まで開けておくと、今度はヤカンに水を注いで火を点ける。
腕を組んで待つこと数分。ぼこぼこと水が泡立ち、口から蒸気がのぼった。頃合いである。
「よっと」
火を止めて、念の為布巾で以てヤカンの把っ手を握ると、容器に湯を注いだ。
そして食器棚からフォークを取り出し、おもしとして蓋の上に載せる。後はまたもう少し待つのみ。
機嫌良く鼻歌なんぞ歌っていると、何やら廊下から靴音が聞こえてきた。
どっちがやって来たのだろうと提督が視線を向けると、戸口にひょこと現れたのは桃色の髪の少女、漣であった。
「どうした?」
「いや、響ちゃんが寝てて暇なのでなんとなく……それ、食べ物ですか?」
そろそろと台所に近づくと、物珍しそうにカップ麺を見つめる。
「そうだ。割と貴重品だぞ」
「はぁ」
話を聞いてますます気になったらしく、上目遣い(身長差のせいでもあるが)で提督に訊ねた。
「その、食べてみても?」
「どうぞ」
提督は快く頷いて、食器棚からもう一本フォークを取って、漣に手渡す。彼女は礼を言って受け取り、ほんのりと湯気を立てる麺を恐る恐る啜った。
「……んまーっ!」
「そりゃ何より」
「これぞメシウマって奴ですね!」
「それは違う意味に聞こえる気もするが……」
提督のぼやきも気にせず、漣は無言で中身を食べ続ける。
「……そ、そろそろ良いか?」
「ハッ!?すみません、つい」
みるみる量が減って半分まで減り、悪いと思いつつも提督が止めに入り、漣も気が付いて素直に謝った。
「ん」
容器を返してもらって、いざ自分が食べようとすると、
先の漣と全く同様にこちらを覗く響と目が合った。
「……食べるか?」
聞くと、彼女は素直に頷く。彼は観念した。
結局、カップ麺は提督の口に入ることなくすっかり平らげられた。
「ご馳走さま」
「……残って、ないよな」
「ゴメン」
「いや……いいんだ」
ホロリと涙を流したところで、提督はふとある疑問に突き当たった。
「そういえば、食事はどうしてるんだ?」
その問いに、二人は顔を見合わせて、
「食べてませんよ」「食べてないよ」
と同時に答えた。今まで何度も艦娘について驚いていた提督は、今回もまた例に漏れず動揺した。
「えっと、大淀さんは?」
「忙しいですから、ご主人様の分で精一杯ですよ。別に私達、お腹減る訳じゃないですしネ」
「でもさっき、食べたよな?」
「なんというか、食べてもいいし、食べなくてもいいんだ」
「でも、食べた方がより元気が出る、かな」
「そうか……」
何か考えておかなければと悩み始めたとき、外でエンジン音が響いた。
「誰か来たんです?」
「ん、あぁ、ちょっと大淀さんにお客さんを迎えに行ってもらってたんだ」
「そうだ。挨拶ついでに一緒に来なさい」
○
ということで、会話もそこそこに三人はぞろぞろと階下に降り広いホールに出る。車の駆動音は既に止んでおり、程なくして扉が開かれた。
現れたのは大淀ともう一人。話に出ていた人物らしいが雨合羽ですっぽりと身を包んでいるため容姿は良く分からない。
「只今戻りました」
「お帰り。それと、お疲れ様」
労いの言葉を掛けて、提督は客人と向き直る。
「あぁ……」
まもなくフードが払われ、その顔が明らかになった。
短く切り揃えられた、青みがかった髪に落ち着きある瞳といった、大人の女性にも年頃の少女にも見える不思議な顔つき。
「お久しぶりでございます、ぼ……ごほん、提督様」
丁寧にお辞儀する女性に、提督はまたも困惑せずにいられなかった。
どうやら提督の知人らしいその人物に、漣はほんのちょっぴりの警戒心で以て、響は別段変わらぬ表情で事の行方を見守る。
「チヨ、さん?」
辛うじて彼の声に出た名前に、女性は微笑んでゆると首を振った。
「こちらで給仕として働かせて頂きます手前、゛伊良湖゛とお呼び下さい」
「腕によりを掛けて皆さんにお料理を作りますから、これからよろしくお願い致しますね?」
「はい……」
身内が職場に来たという心労と、艦娘達への食事の悩みが解決出来た喜びの混じった複雑な気分で、提督は彼女を迎えるのであった。